100 なんとしても捕まえたい!
私をひと睨みした後、サラはリクトール公爵に向き直った。
リクトール公爵は冷静を装っていたが、箱から出てきた瞬間のサラを見て数歩後退りしていたのを、私は見ていた。
「……ごほん。
お話はこの中で全て聞いていました。
私はここにいる窃盗団……?の人達とは何の関わりもありませんわ!!
今日初めてお会いしたし、私もリディア様と一緒に牢に入れられていたのです!
私も被害者ですわ!」
……さすがね、サラ。
箱から幽霊のごとく登場したのに、何事もなかったかのようなその堂々たる姿。
そして間違いなく加害者側でもあったのに、完全なる被害者面しているその図々しさ。
たしかに貴女も一部被害者ではあったけど、荷馬車の中での態度は忘れてないからね!?
突然箱から出てきたサラを見て、完全に思考が停止しているカイザとイクス。
2人ともサラの言葉が頭に入ってきていないようだ。
リクトール公爵だけが、すぐに反論した。
「サラ令嬢……そんなところにいたのですね。
それはともかく、どのような言い訳をされても無駄ですよ。
この誘拐の計画を立て、実行させたのは貴女です」
「違っ……私は裏切られて……!」
「裏切られた?
という事は、元々は仲間だったという事ですね?」
「…………っ!!」
リクトール公爵はニヤリといつもの気味悪い笑みを浮かべると、スーツのポケットから1枚の紙を取り出した。
それを広げて腕を前に出し、サラに見えるようにしている。
紙?なんの紙?
その紙を目にしたサラの顔が、どんどん真っ青になる。
目を見開いて、身体はガタガタ震えだした。
「な、何でそれを……」
リクトール公爵は、次にカイザに向けて紙を見せた。
カイザは小難しい顔をしてその紙に目を通しているが、よくわかっていなそうな顔だ。
「あ?……この紙、なんだよ?」
「これは契約書ですよ。
サラ令嬢と窃盗団の、巫女誘拐に関する取引の契約書です」
「なんだと!?」
「えっ!?ち、違うわっ!!
私が契約したのは窃盗団じゃなくて、大神官……あっ!!」
サラは慌てて口をつぐんだが、遅かった。
契約内容に異論を申してはいたが、契約した事実については認めてしまったのだから。
カイザやイクスが信じられないといった顔でサラを見ている。
サラが誘拐に手を貸していたこと、Jはイクスに伝えていなかったのね……!!
自業自得とはいえ、この空気は重いわっ!
カイザが鋭い視線をサラに向けた。
「リディアの誘拐を企てたのは、お前か……?」
声を荒げないように気をつけているみたいだが、声から怒りの感情が滲み出ている。
私ですらゾッとしたのだ。
サラがガタガタ怯えているのも仕方ないだろう。
「そ、それは……でも、私も裏切られて……」
いつもの偉そうな態度も、甘えたような態度もしていない。
ただ蒼白な顔で震えているサラを、リクトール公爵がさらに追い詰めてくる。
「ほら。認めたでしょう?
今すぐに彼女を捕まえた方がよろしいですよ?」
「ちょっと待って!!」
我慢できず、つい口を出してしまった。
私を庇うように前に立っていたイクスが、驚いて振り返った。
たしかにサラも私を誘拐して売り飛ばそうとしてたけど!!
だからって、なんっっでお前は無関係みたいな顔してるのよ!?
サラだけじゃなくリクトール公爵だって捕まえてやるわ!!!
「たしかにサラは私の誘拐を企てたかもしれない。
でも主犯ではないわ!!
つい先程まで私と一緒に牢に入れられて、他国に売られそうになっていたもの!
主犯はリクトール公爵、貴方です!!」
サラが少し驚いたかのように私を見た。
リクトール公爵は全く動じた様子もなく、冷静に私の言葉に反論してくる。
「サラ令嬢が裏切られたのだとしても、それは彼女と窃盗団の間の話であって、私は関係ありません。
私が彼女を牢へ入れたのを見たのでしょうか?」
「あ、貴方が入れたんじゃないけど……。
でも窃盗団の人は、あの人に頼まれたからって言ってたわ!」
「あの人ねぇ。
そこに私の名前が出たのでしょうか?」
「出て……ない……けど……」
リクトール公爵と話していると、彼を犯人だとする証拠が何もない事に気づく。
本人が首謀者だと言ってはいたけど、録音なんてしていないし。
私の証言が意味をなさないのであれば、それは証拠にはならない……。
最初から、万が一の事を考えていたんだわ!!
万が一私に逃げられたとしても、全ての罪をサラと窃盗団のせいにできるように工作してた!
なんて狡賢い男!!
私が言い負かされているのを見て、カイザがポツリと呟いた。
「…………殺るか?」
この言葉を聞いて、さすがにリクトール公爵がビクッと反応をした。
イクスがすぐに答える。
「そうですね……と言いたいですが、騎士団からは王宮に連行するようにと言われています。
相手はリクトール公爵家ですし、カイザ様の立場も危うくなってしまいます!」
「俺の立場なんてどうでもいい。
コイツが本当にリディアを狙った犯人なら、絶対に許さねえ。
捕まえられないなら殺すまで……」
カイザがリクトール公爵の方に一歩ずつ近づいていく。
え!?ほ、本当に殺す気!?
思わずイクスの服をギュッと握りしめた。
さすがにそんな場面は見たくはない。
リクトール公爵が慌てて何か言いかけた時、部屋に新たな人物の声が響いた。
「カイザ!!待て!!」
声のする方を見ると、カイザの後ろ……部屋の入り口にルイード皇子と王宮騎士団のルビウッド団長が立っていた。
今カイザを止めたのはルビウッド団長らしい。
2人ともかなり急いでこの場所に来たのか、ゼェゼェ息切れしている。
ルイード皇子は私の姿を見て安堵していたが、何故かすぐに少し不機嫌そうな顔に変わった。
一瞬イクスを睨んだように見えたけど、気のせい……?
「貴方は……リクトール公爵!?」
ルビウッド団長の大きな声が響き、私達の視線はまたリクトール公爵へと移った。
皇子や団長が来て、リクトール公爵は安心した様子だ。
さすがに2人の前ではカイザも勝手には動けないもんね。
カイザはチッと舌打ちをすると、すぐ後ろに立っていた皇子と団長に小声で現状を説明していた。
ルイード皇子の輝くネイビーの瞳が、だんだん暗くなっていくのがわかった。
カイザの説明が終わると、ルイード皇子がカイザの前に出てリクトール公爵に向き直った。
いつもの可愛いらしいほんわか皇子の姿ではなく、王宮のパーティーの時に見た堂々たる第2皇子様の姿だ。
「リクトール公爵。
巫女誘拐の件で、一緒に王宮へ来ていただきます」
ルイード皇子の言葉に、リクトール公爵は一瞬驚いた顔をしたものの冷静に答えた。
「何をお聞きしたのか存じませんが、私はこの件には無関係でございます。
よって、そのような命令には従えませんね」
「私は関係者として……とは言っていません。
公爵はこの誘拐を事前に知り、巫女を助けるためにここに来たと言ったそうですね?
その情報を詳しく教えて欲しいだけです。
犯人達を裁く際に必要な情報ですからね」
ルイード皇子がにっこりと笑う。
可愛いのにどこか怖い。目が笑っていない。
そうか!!
犯人としての連行じゃなく、情報提供者として王宮へ連れて行くつもりなのね!
刑事ドラマとかでも、よく別件逮捕してから余罪をあきらかにする!とか見るし。
今回もそんな感じ?
とりあえず王宮に連れて行かせるのが第一!的な?
……でもこの論破男をうまく言いくるめられるかしら?




