湖の傍に住むぬいぐるみたち
クロル=アドミリードは引っ越しをした。
父と母と弟と一緒に旅をして。最後に乗ったのは空飛ぶ船だ。船は湖の傍に降りた。
大きな家がそこにあった。
先に父たちのお友達が住んでいた。
リュイスという小さな女の子と、その父と母。
そして、たくさんの動くぬいぐるみ。ちなみに、動かないぬいぐるみはもっとたくさん。
みんな、クロルたちの到着を喜んでくれた。
動くぬいぐるみは、クロルたちの到着に、一斉に手を振ってクルリと周ってくれた。
魔法では無く命が本当に入っているそうだ。つまり、生きて動くぬいぐるみ。
さて。
この家は本当に大きいので、クロルたちも一緒に住む事になった。
家は6階建てだ。
6階は、クロルたち家族で住むことに。
5階は、誰が好きに使っても良い。子どもでも、ぬいぐるみでも。
4階は、5階と同じ。
3階は、先に住んでいた家族で住む。
2階は、お店のために使う。品物を置いたり、お客さんと話したり。
1階は、2階と同じ。
そして、この家には地下もある。
地下1階は、空飛ぶ船がたくさんある。
地下2階は、湖に浮かぶ船。
地下1階は、陸を走るのが早い船。
全ての階に、エレベーターで行くことができる。
エレベーターは2つ。端の方に階段も2つある。
クロルは、5階にクロルの部屋を貰った。1人部屋だ。
弟はまだ2歳で小さいから、父と母と一緒に6階だ。
さて1人部屋がもらえたけれど、まだ5歳だと皆が心配そうだ。
必ず、動くぬいぐるみ、少なくても2つと一緒にいることを約束した。
そして、夜。
初めて自分一人で寝るのだ。
クロルは寝に行く前に、動くぬいぐるみたちに声をかけた。
「僕はもう寝るから、誰か2人、一緒に来てください」
すると、ぬいぐるみたちが相談を始めた。
どうやら、皆なんだか嫌そう。
なんだかつまらない気分で相談が終わるのを待つクロルに、リュイスの母が言った。
「待たせてごめんなさい。ぬいぐるみたちは、リュイスが生まれた時からお世話をしてくれているから、リュイスの傍にいたいみたい。でも、これからたくさん遊べば、ぬいぐるみとも仲良しになれるわ。みんなとても元気で優しい子たちだもの」
「はい」
ぬいぐるみのジャンケンが始まった。
ぬいぐるみの手には指がないので、体全体を使ってグー、チョキー、パーの勝負をしている。
イヌとウサギのぬいぐるみが負けた。
トボトボと、イヌとウサギが、クロルの元にやってくる。
「よろしく。イヌとウサギさん」
クロルが挨拶すると、イヌとウサギは頷いた。
さて、エレベーターに乗って自分の部屋に。
今日この家に着いたばかりだから、自分のものはあまりない。
それでも5階からの眺めの良さに、クロルはとても嬉しくなる。
窓の外は暗い。
傍の湖に、この家の灯りが映っている。
クロルが窓の外を見ていると、イヌとウサギが一緒に窓を覗き込む。
そして、イヌがカーテンを閉めようとする。ウサギがベッドをポンポンと叩く。
もう寝ろということだ。
「分かったよ。でも、珍しくて嬉しくてすぐに寝れないかもしれない」
クロルは呟きつつ、ベッドに横になる事にした。
すると、イヌとウサギも一緒にベッドに上がってくる。
クロルの頭を撫でてくれる。
優しいなぁ。
しばらくして、クロルは眠くなってきた。
***
クロルはふと目を覚ました。
まだ暗い。あ、いつもの部屋じゃない。
クロルは起き上って部屋の中を確認した。
ここはどこだったかな。
窓のカーテンが開いている。夜空が見える。
そうだ、引っ越ししてきて、ここはクロルの部屋だ。
あれ。イヌもウサギも、いないみたいだ。
まさか、帰っちゃったんだろうか。
「あ。ドアが開いてる」
クロルはベッドを抜け出して、ドアを押してみた。やっぱり簡単に向こうに開く。
廊下も暗いけれど、ランプはついていて、ほんのりと青い光で照らされている。
「!」
エレベータのある部屋に、イヌとウサギが入っていくのが見えた。
やっぱり、リュイスのいる部屋に戻るのかな。それとも?
ぬいぐるみと一緒にいると約束したクロルは、ニッコリ笑った。
面白そうだ、ついていこう。真夜中の冒険だ!
僕はぬいぐるみといなくちゃいけないからね!
急いでクロルは後をつけた。
ドアからそっと中を除くと、エレベータにイヌとウサギが一緒に乗って、下に向かったのが分かった。
どこで降りるんだろう。
クロルは急いでエレベータに向かう。柵がついていて、覗き込めない。
あっ、下で、柵の動く音がする。
クロルは、ボタンを押して戻ってきたエレベータに乗り込んだ。
すぐ下では無かったと思う。
あと、3階はリュイスたちの家族の場所だから、クロルたちは勝手に降りては駄目だと約束した。
だから、2階に行ってみよう。
クロルは2階についた。周囲を見たが、良く分からない。もっと下かな。
1階についた。
うーん。分からない。
もっと下だと、地階で船の部屋になる。
それに、ぬいぐるみの部屋は1階だったから、1階で降りた可能性は高いと思う。
クロルは一度、エレベータから降りてみた。
あっ、誰か来る!
クロルは音に気づいて、慌てて傍の椅子の影に隠れた。
パタパタと来たのは動くぬいぐるみだ。トラにライオン。
トラとライオンはエレベータに乗り込み、さらに下に降りた。
すぐにエレベーターの柵が開く音がした。こんなに早いなら、すぐ下の、地下1階?
クロルも急いでエレベータを呼び戻して、地下1階に降りた。
ちなみに、地下1階は、湖の方から見れば、地面の上だ。
クロルたちも、空飛ぶ船でこの家に来た時、地下1階の出入り口から入ったのだ。
つまり湖の方から見ると、この家は7階建てで、地下が2階ある家。
さて、クロルが地下1階に降てみると。
あっ、湖の方に出るドアが開いている。
クロルはエレベータを降りてドアに向かった。
家の外、湖との間には、空飛ぶ船の着陸に使った広場がある。
その広場を、トラとライオンのぬいぐるみが向こうに走っていくのが見えた。
どこに行くんだろう。
クロルはついていく事にした。
あれっ、姿が見えなくなった。
変だ。クロルはトラとライオンが見えなくなった場所を探した。
すると、地面に丸い穴が空いていて、下に向かう滑り台がある。
きっとこれを使ったんだ。
クロルは面白そうだと思った。
よし、自分も滑り台で滑ってみよう。
クロルは滑り台に乗り込んだ。スルン、と滑り始める。
真っ暗だったのは一瞬だ。
すぐに周りは夜空になった。
わぁ、長いー!!
滑り台はずっと続いている。どこまで行くんだろう。
気が付けば、天井が揺れて見える。
あれ? 魚が泳いでいるのが見える。
もしかして湖の中を滑っているのだろうか。
すごい、お父さんやお母さん、ルルドたちにも教えなきゃ。
リュイスちゃんたちも驚くのに違いない。
夢中で周りを見ているうちに、滑り台に終わりが来た。
クロルはトン、と床に降り立った。
綺麗なツルツルした床だ。
白い色だと思うけど、天井が湖なので、どこかゆらゆら、青く見える。
あっ、向こうにドアがある。
開いている。
ドアは1つしかないから、きっとトラとライオンが通ったに違いない。
クロルは走った。
ドアを開けたら、またドアだ。
変なの。
ドアを開けたら、ぐねっと曲がった廊下に出た。
またドアだ。
次に階段を降りて、すぐ上った。
またドアだ。
いくつもいくつもドアがある。全部開いた。簡単だ。
12のドアを開けると、とても大きな部屋に出た。
音楽が流れていた。
白い人影がたくさんいて、皆が楽しそうに踊っていた。
えっ、オバケ?
クロルは驚いて口を開けた。
「あれ。これは、今日やってきた坊やだぞ」
傍からも白い人影が2つ、現れた。
服もきちんと着ているけど、着替えていたところみたいに、ブラウスのボタンを留めていた。
「クロルくんだ。さては、ウサギとイヌくんたち、抜け出すのに失敗したな」
「あなたたちはどなたですか。僕は、クロル=アドミリードです」
とクロルは挨拶をした。
あれ?
この人たちのすぐ傍に、ライオンとトラのぬいぐるみがある。ちょこんと座り込んでいる。
動かない。まるで普通のぬいぐるみだ。
「クロルくん。秘密のパーティにようこそ」
と一人が言った。
「きみは5歳だったね。じゃあ、リュイスちゃんにも、きみの弟にも、5歳になるまで秘密にしてくれるかな。大人たちにも秘密だよ」
「良いけど、どうして?」
とクロルは尋ねた。
「小さい子にはまだ危ないじゃないか。夜中に抜け出すのも、あんな長い滑り台も。5歳になったら大丈夫だろう。きみが来れたんだからね。大人には秘密なのは・・・子どもだけが知っている秘密があっても良いと思ったんだけど」
と、別の一人が言った。
「分かりました、じゃあ、5歳になった子どもだけに教えます」
とクロルは答えた。
「うん。そうしよう。面白いからね。さて、僕はリオンだよ。いつもはライオンのぬいぐるみに入っているよ」
「私はトーラだよ。いつもトラのぬいぐるみの中がお気に入りなんだ。今日は一緒に楽しもう」
「あれっ、クロルくんがいるよ」
「まぁ本当! ウサギさん、抜け出すのに失敗したのね」
他の白い人影もクロルに気づいて口々に声を上げた。
ひょっとしてこの人たちみんな、いつもは、ぬいぐるみの中に入っているの?
中から、2人が前に出てきて、困ったように頭をかいた。
「クロルくん、良く寝ていると思ったんだけどなぁ」
「私たちが起こしてしまったのね、ごめんなさい」
「ひょっとして、イヌとウサギさん?」
クロルが尋ねると、2人ともが頷いた。
「そうだよ。この場所を見つけてから、夜中にパーティをしているんだ。リュイスちゃんも知らないよ」
「まぁせっかくここまで来たんだから、今日は一緒に遊びましょうよ」
「ねぇ、ぬいぐるみのイヌとウサギは?」
「ぬいぐるみの体は、そこに座っているよ。今は普通の動かないぬいぐるみ」
指された方を見れば、イヌとウサギのぬいぐるみが並んでお行儀よく座っている。
「私たちは眠らなくても大丈夫だから、リュイスちゃんたちが寝ている間、ここで遊ぶのよ」
「でもクロルくんは人間だから寝なきゃ体に悪いよ。ねぇ、部屋まで送ってあげようか?」
心配したトラが言ってくれたけど、クロルも遊びたい。
こうして、クロルも一緒に、歌って踊って笑う事にした。
***
「クロルくん! 起きて! 早く船に乗って!」
クロルの顔がポスポスと叩かれていて、クロルはやっと目を開けた。
あれ?
イヌとウサギのぬいぐるみがクロルの顔を覗き込んでいる。
「早く早く! お父さんとお母さんたちが起きちゃうよ! お部屋にいなかったら皆すごく心配するから、皆が起きる前に戻らないと!」
「う、うん」
クロルは慌てて飛び起きた。寝ていたみたい。
見れば、大きな部屋の端っこにいる。
たくさんいた白い人影はもういない。その代わりに、座り込んでいたぬいぐるみたちが動いている。
でも。
「あれ、もっといたよね?」
「お部屋に戻るから、もう空飛ぶ船に乗って、クロルくんを待っているんだ! 早く早く!」
急かされて、天井からぶら下がっている梯子を昇る。
昇ったところに、たくさんのぬいぐるみがいた。
皆が手をパタパタ動かしたりしている。
クロルに続いて、ウサギとイヌのぬいぐるみも梯子を上ってやってきた。
「皆揃ったね! さぁ急いで出発!」
クマのぬいぐるみが大きな声を出した。操縦席に座っている。
ちなみに、窓があって、外が見えた。魚が泳いでいるのが見える。
「ここ、もう船の中だ! 湖だ!」
「そうだよ。長い滑り台を滑って来たでしょ。歩いて帰るのは大変だから、帰りは船だよ」
話している間に、窓の外の景色が変わっていく。
水の上に出たみたい。空をぐんぐん昇っている。
あっという間に、家の傍だ。
「ねぇ、クロルくんの部屋はどこ?」
「5階なんだけど・・・」
クロルは困った。
外から見てどこの部屋だろう。5階にもたくさん部屋がある。
イヌが教えた。
「湖が見える部屋の、エレベーターの部屋の左隣だよ!」
「オッケー!」
クマのぬいぐるみが、船を窓の外につけた。運転がとてもうまい。
クロルの右手をイヌのぬいぐるみ、左手をウサギのぬいぐるみが握ってきた。
「じゃあ飛ぶよ、せーの!」
「え、わっ!」
クロルがぬいぐるみと一緒にジャンプすると、降りた時には部屋のベッドの上だった。
「着地成功―! 良かったね!」
「楽しかったわね、クロルくん!」
「え、ああ、うん!」
クロルたちが窓の外を見ると、空飛ぶ船が浮かんでいて、窓からたくさんのぬいぐるみたちが手を振っている。
そして、あっという間に船は下に行った。
駆け寄って窓を開けて下を覗くと、船は、3階で一度止まって、それから1階に止まって、それから地面に溶けるように消えていった。
「すごいね」
クロルが興奮してイヌとウサギに話しかけると、ぬいぐるみは揃って「シーッ」っと言って顔に手をあてた。
「そろそろ魔法の時間が終わるから、僕たちと話せなくなるよ」
「ただの動くぬいぐるみに元通りよ!」
「動くというだけで凄いよ」
クロルはイヌとウサギのぬいぐるみを抱き上げた。
でも、もうパタパタ動くだけだった。
返事がない。
「ねぇ、また遊ぼう。約束だよ。僕も約束を守るから」
イヌとウサギは嬉しそうに手を動かした。
でも、誰かに話したくて仕方ない。
だけど約束だ。
今は3歳のリュイスが5歳になったら話すことができる。
絶対に驚くぞ。
話す日が今から楽しみ。
***
次の日。
クロルはぬいぐるみたちの助けも借りて、自分の部屋を掃除して、荷物を置いた。
その後は、昨日だけではとても無理だった、お店のものや、多くの道具も見せてもらった。
昼ご飯の後は、湖の上に船を出してくれた。
湖で魚釣りを楽しんだ。
この湖の下に、ぬいぐるみの秘密の部屋と船がある。
そう思うと湖を覗き込みすぎてしまったクロルは、一度湖に落ちてしまった。
すぐに父たちが助けてくれたから、大丈夫だったけど。
注意しなくちゃ。
家に戻ったら、眠たくなってしまった。珍しく昼寝をした。
昨日の夜、秘密のパーティで遊んだから、寝不足だったのだ。
それから、夕食だと起こされた。
皆でご飯を食べた。お風呂も入って、それから本を読んでもらう。
そしてまた寝る時間になった。
「僕と一緒に寝てくれるぬいぐるみ、来てください」
するとまた相談が始まった。
やっぱりまだ嫌なのかな。昨日、秘密で遊んだのに。
そう思っていたら、4つがクロルの傍にやってきた。皆手を挙げている。
イヌとウサギと、トラとライオンだ!
「きみたち、一緒に寝てくれるの!?」
イヌとウサギとトラとライオンが皆揃って頷いた。
「ありがとう! 嬉しい!」
「みんな、おやすみなさい」
クロルはニコニコしながら、ぬいぐるみたちと5階の自分の部屋に向かう。
自分の部屋について、クロルはさっそく聞いてみた。
「今日もパーティに行っていいかな? 昨日凄く楽しかった」
すると、ぬいぐるみが、ペンと紙を使って文字を書きだした。
トラとライオンが紙を押さえて、イヌがペンの軸を持ち、ウサギがペン先を動かしている。
『今日はおやすみなさい。寝なきゃ体に悪いもの』
「だって昼寝したよ」
『それは昨日の夜の分よ』
「ずるいよ。きみたちは、今日もパーティをするんでしょう?」
すると、イヌとウサギとトラとライオンが相談を始めた。
じっと見守っているうちに、みんな頷き合っている。
また紙に文字が描かれ始める。
『じゃあ、金曜日の夜に連れて行ってあげる。約束よ』
「金曜日って明後日だ」
『私たちも金曜日まで行かないわ』
「本当に? きみたちも我慢するの?」
『えぇ』
「本当に、良いの?」
『良いよ。夜に寝てお昼にたくさん遊びましょう。金曜日だけ秘密のパーティよ』
「ありがとう!」
***
それから数か月が経った頃だ。
リュイスの父と母が、不思議そうに話している。
「湖の底が光って見えたんだ」
「えぇ」
「へぇ」
「月ではなくて?」
不思議そうに、クロルの父と母も聞いている。
「しかも金曜日の夜だけだ」
「私も見たの。不思議なのよ」
「調べてみる?」
「でも湖の底なんてどうやって調べたらいいのでしょう」
おっと不味い。大人たちには秘密なのに。
クロルはぬいぐるみたちと顔を見合わせた。
どうしようか。
とりあえず、もうちょっと灯りを暗くしてみる?
ぬいぐるみたちと跳ね飛びながら、クロルは考える。
秘密を守っていくのも大事なことだ。
早く自分にも仲間が欲しい。
父たちが親友同士みたいに。
早くリュイスや弟が大きくなりますように!
そのうち、リュイスには妹か弟もできる。楽しみだ。
まだ5歳になっているのはクロルだけ。
皆で遊べる日を楽しみに待つ。
END