二十九.恩寵
地平線無き白の世界に、幾筋もの光が射している。
其処彼処へ恩寵の如く降り注ぎ、天にも地にも銀雪が積もったようだ。
――お会いしとうございました。
巫女が泪を流して見上げたのは、想い焦がれた純黒の美しい青年だった。
「僕も、会いたかった」
彼は膝を折り、跪く巫女と目線を合わせた。
柔らかな微笑みも、低く穏やかな声も、夢で出会った通りの慈しみに満ちている。
彼を想えば久遠の夜も、永劫の螺旋も越えてゆける。巫女はそうして、今生を生き抜いた。
「君が独り、苦しんでいるのを知っていた。君の声はずっと届いていたのに。僕は、君に応えられなかった」
巫女は、主の哀切なる黒曜石の瞳に、自分の姿が映されているのを見た。
――最後に、炬の声を戻してくださったのは。炬の想いに気付かせてくださったのは、貴方さまですね?
黒を纏いし青年は、静かに目を伏せた。
「君は、確かに愛されていた。其れを決して忘れてはいけないよ。此れから先に歩む、来世でも」
張り裂けそうな胸を押さえるも、想いが溢れるのを止められず、巫女は禁じられた願いを漏らす。
――でも、わたしは。貴方からも愛されたかった。
主はほんの少し、困った顔をしただけで、身の程を弁えぬ望みを咎めはしなかった。
「僕が、君を愛していないと? 会えないのは、愛されていないからと?」
思いも寄らぬ問い掛けに、巫女の心がまたも揺さぶられる。
「次に君が生まれ変わったら、必ず会いに行くよ。君が役目を終える瞬間まで、側に居ると約束する」
――鵺、さま。
咽び泣き、震えの止まらない巫女の肩を、黒神が愛おしげに抱き寄せた。
「此の約束を、君は忘れなければならない。僕はまた、来世でも君を悲しませるだろう。でも、忘れないよ――霞乃江。『君たち』が、あの頃と変わらず僕を愛してくれたことを」
――は……い。
此処は、凍える夢の、果ての果て。
花の顔に、零れるばかりの笑みを浮かべ、霞乃江は光に溶けてゆく。
半身を喪いながらも自分を愛し、寄り添ってくれた者と再会するために。
螺旋を巡り、別の少女として生まれ変わり、主との新たな出会いを果たすために。
「また会おう、次の世で」
霞乃江が最期に聴いたのは、誰よりも優しく、寂しげな男の声であった。
凍える夢、過ぎ去りて
辿り着きし玄冬の黎明
奇蹟のような微睡の中
次の夢路へ独り旅立つ




