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凍える夢  作者: 亜薇
本編
15/33

十三.覚悟

 強く美しき恋人たち

 紗柄が尊んだ、眩しい恋人たち

 引き裂かれたと知り、哭するしか無かった

 奪われたと知り、嘆くしか無かった

 絶念は、やがて正義へと力を与えるか

 正義は、愛するものを守れるか





 

 紗柄と雪は、楽人・依水の家で一夜を明かした。

 室の数が足りないため、依水は階下の自室を紗柄に渡して居間で休んでいた。ところが彼女は、雪と共に二階から下りて来た。

「君たち、同じ部屋で寝たの?」

 昨日と同じ椅子に座る依水が、訝しげに訊いた。雪は決まり悪そうに顔を背けたが、隣の紗柄は至って平然としている。

「ああ。何が有るか分からぬから」

 祥岐人の価値観では、夫婦同士でもない男女が同室で夜を過ごすなど、先ず有り得ない。遊び女や娼妓の類を別にして、後ろ指を指されるものだ。

「私に客室を譲り出て行くと言って聞かなくてな。術で足を縛ったのだ」

 血も涙も無い紗柄が言い終わらぬうちに、雪は依水に縋るような目を向けた。

「折角貴方の室を空けてくれたのに、ごめんなさい」

「いえ、お気になさらず」

 依水は憐れみめいた言い方に聞こえぬよう、咳払いしてみせた。

「大事な話が有る」

 只ならぬ空気を感じ、紗柄と雪は依水に正対して座った。依水の目元の細さに、雪が喉を鳴らす。

「近衛の隊長、火澄。おまえたちの仲間と言っていたな」

 紗柄が眉根を寄せ、雪ががえんずる前に、依水が続けた。

「捕らえられたそうだ。晟凱の宮に忍び込み、其の娘御を害そうとしたかどで」

 絶句した雪は、程無くして疑問を漏らす。

「火澄、何で……」

 雪にも、火澄が晟凱を急襲する予感は有った。れど娘を狙ったと聞き、解せなかったのだ。

「其の娘こそ、俺たちが注視していた者の一人。晟凱の一の姫、霞乃江。此の一件で、より怪しく為った」

 やんごとなき姫君に相応しい、貴い響きの名。紗柄には聞き覚えが無かったが、雪には鮮烈な記憶が有った。

「昔、一度だけ会った。人形みたいに綺麗な人だよ。あんなに美しい人は、君以外他に見たことが無い」

 主人の率直な言に、紗柄は片眉を上げた。彼がさり気無く己を褒めてくるのは何時も通りだが、他の女を同列と評するのは初めてだからだ。

「病弱で、晟凱親王が屋敷の外に出さないと聞いていたけれど」

 霞乃江なる女を思い浮かべる雪に、紗柄は不可解な苛立ちを覚えた。彼の思考を遮ろうと、依水へと話を振る。

「依水。其の女の動向を探っていたのだろう? 理由は」

「晟凱を操り、祥岐王を殺させた女ではないかと、疑っている」

 緊迫感が流れた。やがて、紗柄が顎を引いた。

「そう思ったからこそ、火澄殿も乗り込んだのだな」

 昨日までの話も踏まえ、雪が問うた。

「霞の君が、闇龍ということ?」

「本人に会い、黒の気の有無を確かめるまでは分かりません。隠していたとしても、『紗柄ならば』見破れるでしょう」

 依水の答えには含みが有った。

――やはり、避けては通れぬか。

 二人に気取られぬよう舌打ちして、紗柄が指先を己の額へ当てた。

「其れで、火澄殿は」

「消息不明だ。晟凱側が捕らえたと公表したのみで、今の状況は分かっていない」

 少しの間黙考して、雪が決定を下した。

「都へ帰ろう、紗柄。火澄も心配だし、真実を確かめなければ」

 此の先の行動を判断するのは、紗柄ではなく雪である。だが紗柄は、何時ものように再考を促そうとした。反対しているのではなく、彼の本心を確かめるために。

「罠だと分かっているのか。火澄殿は、死んでいてもおかしくない」

 恐怖を煽り、引き返す道を示した積もりだった。予想通り、雪には立ち止まる気など無かった。

「分かってる。もし、霞の君が闇龍なら――私よりも紗柄を誘い出したいのかもしれないよ」

 雪の読みが、依水を頷かせた。

「一方が避けていても、神巫女は出会うものだ」

 光焔の民の言には、確からしさが有った。

 俄かに席を立った紗柄が、雪を見下ろした。

「行こう。霜雪そうせつの季節が訪れる前に戻るぞ」

「うん」

 上階へ荷物を取りに行く紗柄に、雪も慌てて続こうとする。其処を、依水が引き留めた。

「雪王子。ご無礼を承知で申し上げたいことが」

 雪を呼び寄せると、声を落として言った。

「どうか、紗柄を宜しく頼みます」

 紗柄に聞かれぬよう、近付き耳打ちしたのだろう。依水が彼女を心底から案じているのが、雪にも見て取れた。

 大いなるものに抗う紗柄を、見守る。人から言われずとも、何時しか自覚していた。過去も未来も、紗柄と共に在り続けたいと願う雪にしか出来ぬであろう。

 自分や氷姫以外に、紗柄に心を配ってくれる者が居た。依水の存在は、雪にとり新たな希みと為った。

「勿論です」

 感謝の念を籠めて、依水に笑み掛けた。挑もうとしている難局への恐れは、呼び起こされた使命感に依って燃やされ、埋もれていたのだ。其れが幸か不幸か、今は未だ、神々のみの知るところであった。

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