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早朝の散歩

作者: 朱

 桜の散る季節になりました。

 近所の並木道は桃色の絨毯に埋まり、木々には柔らかそうな緑が増えています。

 視点を下げれば花弁の桜と若葉の緑と空のやや白い青の三色が目に飛び込んできて、世界が全力で春を主張しているように思えました。

 五月は春か否か、それをこの写真の題にしようと心に留めます。まあ、すぐに忘れるのでしょうけれど。


 私はこのぽかぽかし始める時期、良く写真を撮りに徘徊しています。

 散歩と言えばのどかさが出てより良いのでしょうが、目的地も話し相手も無く歩き回るのを私は散歩だと呼びたくありません。良く分かりませんが、そう思うのです。

 寒い時期は寒いので出歩きたく無く、暑い時期は暑いので出かけたく無く、私は写真好き失格でしょうか。


 彼女が居た頃は、もう少し活発だったと思います。

 駆けて逃げて行く猫の一家を写真に残し、画面を見て出来栄えを確認していると、特にそう思いました。

 彼女が居たなら、きっとあの猫達を逃がしはしなかったでしょう。

 追って、追い続け、追たて、先回りをし、猫も私もぐったりする頃にようやくシャッターを切る....この年ではもうできない事です。けれど、彼女が居たならきっと実行していたでしょう。


 溜息を吐きます、最近妙に多い気がします。きっと気のせいではありません。

 バスを待って、母親と手を繋いでいる園児を見たら、何故か息が漏れるのです。

 私と彼女の間に子供はできませんでしたから、このカメラは一切人を撮影していません。だからどうという訳でもありませんが、笑顔いっぱい、不安ちょっぴり、そんな顔でバスに乗る幼子を見て、思う事があるような、ないような、無いのでしょうね。

 もう歳でしょうか。


 徘徊の終わり、私はいつもその公園のベンチに辿り着きます。

 別に思い入れがあるとか、予定に組み込んであるとか、そういう事ではありません。

 人も少ないのでベンチはいつも空いていますし、自販機やトイレも揃っていて、そして、近所で一番大きな桜の木があります。

 一息つこうと思うと、昔から此処に流れ着くのです。

 彼女と走り回っていた頃もそうでした、他の自販機よりも此処にある地元企業の自販機が安かったのと、あまり人目が無いという事で、愛用していた気がします。

 存外、思い出の場所というのはこういう場所なのかもしれません。

 落ち着ける雰囲気の喫茶店の常連客.....そういう老後を期待していた節が無い訳ではありませんが、良く分からないコーヒー一杯400円と、ここの自販機のラムネ100円を比べるなら、こっちの方が好きなので、良いです。


 今日撮った写真を一通り眺めます。

 桜と緑のある空の写真。

 振り返り睨み付けながら逃亡する猫の群れの写真。

 コンクリートの上に散る桜と掠れた白線の写真。

 誰も居ない、ボロボロの屋根から光の差すバスの停留所。

 誰も居ない、桜のある公園の写真。

 一通りと言っても十枚もありませんでした、しかも、殆ど今まで撮ってきた事のあるような構図で、面白みの欠片もありませんでした。

 彼女が居た頃は、十枚と言わず、百枚くらいなら走り回って撮っていたところですが、私は今、もう一人です。仕方の無い事なのかもしれません。

 安い缶のラムネを飲み干して、帽子を深く被りなおして、刺すような日差しから逃れます。


 少しずつ上がる気温と、はっきりとしてくる陽光が早朝の終わりを訴えて来ました。

 今日の徘徊は終わりにしましょう。空き缶をゴミ箱に投げ、失敗したので拾い、ちゃんと捨てます。

 公園を抜ければ味気の無いコンクリートの道があります。

 慌てて走りゆく学生服の集団を横目に見ながら、私は家路を辿りました。

 三十分で短編一本チャレンジ。

 結果がこれだよ!

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