#2-6 屋上の怪
『にゃん太に自己責任での例外を認めていると、ユキに対してバカ正直に話した僕が悪かった。君の性格を考えたら、そりゃ行くよね……』
翌日、ナワバリに戻った私はシロに小学校であった出来事を説明したわけだが、ガクリと肩を落とす姿を見ると、何だか申し訳無い気分になる。
しかし、いざ私の見た状況を伝えたところ、報告内容に全員が驚愕していた。
『女子トイレでの目撃情報があったから、まさかとは思ってはいたんだけど。本当にトイレの花子さんが実在していたとは……』
にゃん太の言葉に他の猫達も大きく頷いた。
『誰もいない放課後の音楽室でピアノが~って、昔っから怪談の定石だったけど、まさかそれも花子さんの暇潰しだったなんて、ホントびっくりだよっ!』
幽霊が怖いはずの裕子さんだったけど、今回は好奇心が勝っているのか、その表情から興奮が溢れている。
皆の反応やその表情から察するところ、やっぱり花子さんはかなりの有名人みたいだ。
そんなこんなで怪談話に賑わう皆に視線を向け、シロはコホンと咳払いした。
『さて、今回のユキの行動は決して褒められるものではないのだけれど、学校の七不思議の代表格である花子さんが僕達に危害を加えてこない事や、友好的に意志疎通が出来ると分かったのは大きい収穫だった。よって、明日は僕も同盟関係を結ぶ為に学校へ行ってみようと思う!』
『花子さんと手を組むって事?』
『ああ、場合によっては七不思議……いや、花子さんがピアノを演奏していたから実質6人だが、彼らとも協力関係を築きたいとも思っている。もし僕達が校内を自由に行き来できるようになれば、台風の時も安心だからね』
確かに、猫の身体は思った以上に寒さに弱く、ちょっとした雨ですら命の危険を感じるくらいだし、まだ体感したことは無いけど台風が超怖い事くらいは予想できる。
『念のため私も行くね』
『へ? 裕子さんも?』
というわけで、超恐がりなのに好奇心が上回ったのか、裕子さんまで来る事になってしまった。
◇◇
『チッ……』
『あはは……』
シロを見るや否や超絶不機嫌になったユウゾウを見て、裕子さんは思わず苦笑した。
『てめえら、俺らのナワバリに乗り込んで来るとは良い度胸だな。ついにドンパチしようってのか?』
『いやいや、今回は和平交渉だよ。君達も例外じゃない』
『"今回は"って、いつか寝首を掻く気満々じゃねーか!』
ユウゾウのツッコミにシロは何故かニヤリと笑う。
『はいはい、話がややこしくなるから。さっさと花子さんを……わわっ』
『居るよー?』
いきなり後ろから抱き上げられた。
『今日はにゃんこさんいっぱいだねー。……おや、そこの貴女は?』
何故か花子さんは顎に手を当てて不思議そうな顔で、祐子さんをじっと見つめている。
祐子さんは少し顔がこわばりながらも、花子さんから目を逸らすこと無く、同じように相手の目をじっと見ていた。
『んー……? まあいっか。んで、ユキちゃんは友達も連れてきて、今日は何のご用かな?』
先程までの不思議なやり取りがまるで無かったかのようにパッと話題を切り替えた花子さんの質問に、シロが前に出て話を始めた。
『僕らは君達のような"先住の方々"と敵対する意思が無い事を伝えに来たんだ。もし学校の七不思議の他の幽霊達とも意思疎通が出来るのであれば、和平を結びたいと思う』
『和平って……リーダーさんは、何だか生真面目さんだねぇ。ウチの子とはえらい違いだよ』
『うっせえな! 何で俺を見ながら言うんだよっ!! っていうか、ウチの子扱いかよ!!』
不満そうに騒ぐユウゾウを見て、花子さんはニコニコしながら頭を撫でた。
うーん、完全に子供扱いだなぁ。
『私としては特ににゃんこさん達をいじめる気は無いのだけど、リーダーさんにひとつお願いしたいことがあるかな』
『お願い……?』
『ユキちゃんにも一度言ったんだけど、この学校の屋上から不気味な気配がするのが気になっててね。リーダーの君なら何か屋上のドアを開けるアイデアが無いかなーって』
花子さんの要求に、シロは器用にも階段の手すりの上に足を組みながら座って考え込む。
一方、祐子さんもさっきまでのやり取りが無かったかのように花子さんに話しかけた。
『ところで花子さんって、幽霊なのに壁をすり抜けたりしないの? 屋上の窓ガラスをスーッと抜けていっちゃったりとか』
『んー、飛んだり消えたりは出来るんだけど、そういう物理法則を無視しちゃうようなのは無理だねー』
『アンタが物理法則とか言っちゃうのかよ……』
一人と二匹が談笑している横で、シロが何かを思いついたのか、前足をポンと叩いた。
『先生を利用してみよう』
シロの言葉に首を傾げる皆を見て、彼はニヤリと笑った。
◇◇
『なるほど、このアイデアは無かったねぇ』
『ふっざ……けんな……ゴホッゴホッ』
関心した様子で階段の上を眺めている花子さんの横では、息を切らしたユウゾウがグッタリとしており、満足げなシロの口には屋上ドアの鍵が咥えられていた。
さて、シロが何をやったのかというと……単なるゴリ押しだった。
夜遅くまで残って授業の準備をしていた先生の目の前にユウゾウを投げ飛ばし、そっちに気を取られている隙に鍵を拝借~……って、ホントどうしようもないくらい力技に、皆は唖然とするばかりだ。
『しかし、あんなに自信満々で言うもんだから、推理小説の探偵ばりに凄いアイデアでも浮かんだのかと思いきやアレだもんね。さすがの私もビックリさ』
『ははは、僕はあまり頭脳労働は得意じゃないからね』
謙遜するシロから花子さんは苦笑しながら鍵を受け取ると、それを屋上ドアの鍵穴に入れて回した。
下の階まで響くガタンという解錠の音が思ったよりも大きく響いたためか、裕子さんが一瞬ビクリと震えた。
そして、ゆっくりとドアを開くと……
『屋上だねぇ』
一歩外に踏み出すと、緑色に塗られたザラザラした足場の感触が直に伝わってきて嫌な感じがした。
まあ、滅多に誰かが出入りする事は無いし、床を綺麗に清掃する事も無いだろうから当然か。
『こんなところに長居したら僕、明日にはクロネコになってると思うね』
『あっ、シロ君、それの元ネタはアレだね! 逆だねっ!』
私には意味が分からないけど、御高齢のお二方にはどうやら鉄板ネタらしい。
『んで、花子さん的にはココが不気味な感じがしたの?』
『うーん、気のせいだったのかなー?』
だが、屋上に何も見当たらない事を確認し終え、皆が再び後者に戻ろうとしたその時……
ガチャン……!
『っ!?』
屋上のドアが勝手に閉まった。
『はて、ドアストッパーがあったはずなのに、風かな?』
花子さんがドアノブを回して引いたものの、ドアが開かない。
『……あれー?』
ドアの隙間から中を覗こうにも、月明かりだけしか光の無い屋上は暗すぎるためか、鍵が閉まった原因は分からないようだ。
『うーん、仕方ない。一度外を飛んで、もう一回登ってくるよ~。鍵は持ってるしね』
花子さんが屋上のフェンスを越えて下に置りようとしたその時!
バシッ!!
『ぎゃんっ!?』
『えっ……うぎゃっ!?』
まるで花子さんは電気ショックを受けたかのように弾き飛ばされると、そのままユウゾウの上に落ちて、失神してしまった。
『どうして学校の屋上に結界が……!?』
祐子さんが驚きながら呟くと同時に、屋上の床からコウモリのような大量の黒い『何か』が吹き上がった。
多数の蠢く影が集まると、それが少しずつヒトガタに変わってゆき、その口元?が不気味な笑みを浮かべた。
『久々の獲物、みーつけた』