デッキA「イ短調、バッドエンド」
∞八時半
@アパート
マナミ「凛奈。進むべき路について、もっと真剣に考えなさい。一時の流行に乗って適当に決めたら、きっと、後で悔しい思いをするんだから。いい? いまは人生の基礎工事をしてる大事な時期なの。土台がしっかりしてないと、伯父さんみたいな根なし草になっちゃうんだから」
リンナ「はいはい。左様然り、ごもっとも」
マナミ「凛奈」
リンナ「何よ?」
マナミ「ママは、凛奈の将来のためを思って言ってるのよ?」
リンナ「もういい、分からず屋。ママなんか大嫌い」
マナミ「こっちこそ、甘っちょろい人生設計が通じると思い込んで世の中を舐めくさってるような人間を、娘とは認めないわ」
リンナ「サイッテェ。もう、知らない」
マナミ「待ちなさい。こんな朝っぱらから、どこへ行くつもりよ?」
リンナ「どこだって良いじゃない。もう、ママの娘じゃないんでしょう?」
マナミ「あぁ、そうですか、そうですか。勝手にしなさい」
∞九時
@アパート
リョウイチ「ハロー、愛美。ハワユー?」
マナミ「ナッソーグゥ。ゲラウトヒア」
リョウイチ「ノーウェイ。そこは条件反射で『ファイン、センキュー。アンジュー?』と返してくれきゃ」
マナミ「『アイムファイントゥー、センキュー』とでも返すつもりだったの?」
リョウイチ「お察しの通りで。――ところで、凛ちゃんは、まだ寝てるの?」
マナミ「出掛けたわよ」
リョウイチ「こんな朝早くに? ハハァン。さては、口喧嘩したんだな? 娘は反抗期、真っ盛り。何かと手を焼かせる上に、旦那は単身赴任で海外にいるときて、ストレスが鰻登り。そして、やり場のないイライラが臨界点を超え、八つ当たりへと発展」
マナミ「ちょっと、兄さん」
リョウイチ「図星だろ? 当たり、正解、ご名答」
マナミ「調子に乗らないで」
*
∞九時
@街中
リンナ「既読は付けど、ナシのツブテ。そりゃ、受験生だもんなぁ。遊んでる暇なんか無いわよね。あぁあ。つい、カッとなって飛び出してきちゃったけど、どこへ行ったら良いんだろう?」
∞九時半
@アパート
リョウイチ「そりゃ、愛美が悪いや。短気は損気。愛娘相手にカッとなるなんて、みっともないことだぜ、ガミガミおばさん」
マナミ「お黙り。フン。兄さんに説教される筋合いないわ」
リョウイチ「こっちを向け、愛美。いいか? 下世話な話も挟むけどさ。愛美側は、その気になれば、もう一人か二人くらい娘を産めるだろうけど、凛ちゃんにとっては、愛美が唯一の実母なのだぞ? 拒絶する側とされる側の重さが違うんだから、売り言葉に買い言葉で、軽はずみに言って良いもんじゃない」
マナミ「何よ。兄さんは出産どころか、結婚もしたことないじゃないの。もうすぐ本厄を迎えるってのに、いつまでも身を落ち着けないままブラブラと気ままに暮らしてるけど、これからどうするつもりよ?」
リョウイチ「なるようになるさ。四十にして惑わず。俺は結婚しないって決めたんだ。風来坊のフウテンさ。ケ、セラァ、セラァ」
マナミ「暢気ね。だから、そんなキレイ事を言えるのよ。これは、実際に親になった人間にしか分からないんだから」
リョウイチ「そんなこと無いぜ。俺は雌鳥じゃないから鶏卵を産んだことはないけど、玉子が腐ってるかどうかは判断できる。実体験じゃなきゃ語りえないなんてのは、煙に巻くための詭弁だよ。とにかく、早いところ仲直りしろよ。これで音信不通にでもなったら、一生後悔するぜ?」
マナミ「あの子のことだから、ほとぼりが冷めたらケロッとした顔でノコノコ帰ってくるわよ」
リョウイチ「どうだか。表面上は気丈に振る舞ってたって、内心では深い傷を負ってるかもしれないぜ? 誰かさんに似て、変に頑固で気難しいところがあるから」
マナミ「余計なお世話よ。悪いけど、もう帰って」
リョウイチ「こりゃ、かなり虫の居所が悪そうだ。ここは、ひとまず撤収しよう」
∞十時
@街中
リンナ「あぁ、もぅ、ムカつくなぁ。いっそ死んで、何もかもリセットしてしまいたいわ」
クロノス『それじゃあ一度、試しに死んでみなよ。ソレッ』
リンナ「え? キャア」
♪建築資材が落下する、けたたましい金属音。
*
――クロノスから、手短に自己紹介と現状の説明をされたリンナ。クロノスが時を司る神様で、自分は建築現場の事故で亡くなったことを、どうにか理解したリンナ。
リンナ「蜘蛛の巣?」
クロノス「ウェブじゃないよ、クロノスだよ。ホラ。ジーッと時計の針を見つめてたら、一瞬、時間が止ったように感じたことはないかい?」
リンナ「あぁ、あるある。国語の授業中にボケーっと見てたら、たまにそうなるわ」
クロノス「その現象は、僕の名前を取って、クロノスシタスって言うんだよ」
リンナ「ヘェ。結構、有名なのね。――ところで、手に持ってるソレは何?」
クロノス「良い質問だね。これは、僕が愛用してるクロノメーター、カセットデッキだよ。二本セットすればダビングも出来る優れものさ。ちょっとアナクロニズムだけど、ギミックが面白いから気に入ってるんだ」
――リンナは、クロノスの能力を借りて、自分の葬式に参列することに。そこには、喪に服した家族の姿があった。
クロノス「クリスマスキャロルと同じで、向こうから僕たちの姿は見えないし、声も届かないから」
リンナ「あたしは、スクルージなのね」
クロノス「さしずめ、そんなところ。もうすぐ到着するよ」
*
∞九日後
@霊園
マナミ「こんなことになるなら、好きなようにさせてやれば良かった」
リョウイチ「俺も、縁起でもないことを言うんじゃなかったと思う」
マナミ「凛奈、ごめんなさい」
リョウイチ「ごめんな、凛ちゃん」
クロノス『フムフム。話せば通じたみたいだね。でも、今更かな』
リンナ『嫌。わたし、こんな死に方したくなかった』
クロノス『あぁ、そう。戻ってやり直したい?』
リンナ、嗚咽混じりの頷き。
クロノス『あのね。言霊って言って、昔の人は言葉には霊力が宿ると考えてたんだ。それくらい、言葉ってモノは、重みがあるものなんだよ。だからさ。二度と軽々しく死にたいと言わないって約束してよ。それができるなら、時間を巻き戻してあげる。どう? 守れる?』
リンナ、涙を拭い、クロノスを見つめて頷く。
クロノス『大事なことだから、ちゃんと口に出して誓ってくれるかな?』
リンナ『はい。わたしは、今後一切、軽はずみに死にたいと口にしません』
クロノス『上出来、完璧、マーベラス。それじゃあ、行ってらっしゃい』
クロノス、ガチャっと巻き戻しボタンを押す。




