時間金庫~悔いのない人生を。 時間金庫?
時間金庫~悔いのない人生を。
時間金庫?
傑は建物に掲げられている文字を見て
背中を押して事務所へ促すOLのお姉さんに訊ねた。
『何ですか?、この看板は…』
彼女はニコリと笑って自動ドアへと傑を引き入れた。
近くのソファーに矢野の姿を見つけた傑は彼の横に座った。
『矢野先輩!』
『いらしてたのですか。』
『おう!』
『伊東君。』
『どうやら、心の振動数ハートバイブレーションが100を越えたようやな。』
『この時間金庫は、心振計が100を越えた者にしか見えへんのや。』
『伊東君、なんか人助けとかしたかな♪』
となりで話を聞いていたOLの彼女がクスッと小声で笑った。
傑は照れ臭そうに答えた。
『ボクは、別にこれと言って何もしてませんよ…』
『強いて言えば、腹を空かせた仔猫に
コンビニであったかコロッケを買って食べさせてあげたくらいです。』
すると矢野が正面のカウンターへ呼ばれた。
『矢野様…ご用件をお伺いいたします。』
『カウンターへお越しください。』
矢野は手を上げてカウンターへと向かった。
『今日は、会社も退職したことやし、思い残すこともないから……
10年、時を振り込んでくるわ!』
傑は矢野の語った言葉の意味が理解できずにいた。
近くに立っているOLさんに訊ねた。
『あの……時を振り込むて何のことですか?』
彼女はニコリと笑って答えた。
『はい。文字通りの、お客様が持ちの時間を当、時間金庫へお預けいただくことです。』
『伊東様が、このタブレットに左手をお乗せくださった時点で契約成立となります。』
『瞬時に伊東様の人生残り時間テロメアが標示されます。』
『規定により、上限80歳までの標示となっております。』
『伊東様は18歳ですので、残りの62
年をお振り込み可能です。』
『伊東様がお振り込み頂いた時間は、当時間金庫より
時間にお困りのクライアント様へお貸します。』
『時間の多さにより、見返りとして、伊東様の望む未来を設計士がお渡ししております。』
『手続きは簡単です。』
『このタブレットに左手をお乗せ頂くだけです。』
傑は困惑した表情で彼女に答えた。
『ゴメン、少し考える時間を下さい。』
矢野がカウンターから戻ってきた。
『伊東君、俺、人生10年を振り込んできたで…
80歳になるお爺さんが何でも……20歳になりたいらしく時間を60年分借りていった。』
『そこで、俺の10年も、その、お爺さんの若返りのお手伝いに使ってもらって
その見返りに、俺は明日から大会社の社長や!』
『ははは……笑いが止まらんなぁ~』
首を傾げて傑は矢野に訊ねた。
『矢野さん……確か先輩は22歳でしたよね。』
『10年、譲ったていうことは……32歳になったんですか?』
矢野は首を横に振った。
『ちゃう!』
『今回で2回目や、初回は嫁さんと子供と家を手に入れるため20年振り込んでるから……
今は……52歳や!(笑)』
『俺…この自動ドアを出たら、たちまち浦島太郎の白煙、52歳のオッチャンになる(笑)』
『まぁ、これも人生や!』
『伊東君!』
『君も、悔いのない人生送らないかんで!』
『ほな、先帰るわー!』
『元気でな!』
矢野は笑顔で自動ドアを出ていった。
『次の方、伊東様…カウンターへどうぞ』
未来設計士がニコリと笑い椅子へ傑を促した。
『すみません……ボク、今日のところは帰ります。』
未来設計士は、一枚のCardを傑に手渡した。
『かしこまりました…またの起こしをお待ちしております。』
『このCardは最寄りの公衆電話からテレホンCardと同じようにお使いになれます。』
『このCardを公衆電話へ差し込むと、この事務所へテレポートすることができます。』
『本日は、当、時間金庫へ起こし下さり誠にありがとうございました~』
傑が自動ドアへ向かうと、となりに、先ほど矢野が時間を譲った老人が杖をついて並んだ。
老人は頭が白髪で顔にも深いシワが入っていた。
腰が曲がっていて、辛そうに背中をトントンと右手で叩いていた。
老人は傑を見て小声で呟いた。
『悔いのない人生を…』
自動ドアが開き傑と老人は外へと出た。
振り返ると、既にもうそこには時間金庫の建物は無かった。
傑の横を風を切って走り出す青年。
彼を待っていたのか美しい乙女が彼の名を呼び駆け出した。
『雄一郎さん!』
『お帰りなさい!』
二人はしつかりと手をつないで、喜びあっていた。
『雄一郎……どこかで聞いたような。』
傑は先ほどまで老人が持っていた杖が足下に転がっているのに気付いた。
乙女と手をつないで、明るく笑いながら去って行く青年の服装は……
先ほど、傑の横に立つていた老人と同じものだった。
傑は、思い出した。
雄一郎て……我社の会長さんの名前だ!