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井の中の蛙大海を知らず  作者: 暇王
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第五話【邂逅】

すいません、大分遅くなりました、なんかスペースとかルビとかマニュアル読んで打とうとしても打てないんです...すいません...読みにくいかもしれませんが読んでくれた方、よろしければ感想お待ちしてます。

「...やぁ、君か...」



誰もいない、静かな大聖堂に声が響く。


ともすれば当然、返事はなく、声の主は振りむいたその先に誰もいない事を確認するやいなや、数秒の沈黙の後、その場に膝から崩れ落ちた。



「あ、あぁ...私は...また...」



やってしまったとばかりに、四つん這いの状態で頭を地面に擦り付ける。


暫しその状態でブツブツと声を漏らしながら時折ガンッガンッと頭を打ち付ける。


しばらくして立ち上がると、パンッパンッと衣服についた汚れを払い落とす。



「...ここに来ると...その度、君がいてくれるような気がしてね...」



そう呟くとまた数秒の沈黙の後、先程と同じように膝から崩れ落ち、頭を地面に擦り付けた。

そうして、また立ち上がり、先程と同じように汚れを払い落とした。



「...私はもう病気だよ......」



誰もいない大聖堂で一人きりで言葉を紡ぐ。

その様子は言ってしまえば異常な光景だった。


一人、大聖堂で語るその様子は懺悔といえばそれほどおかしいことではない。

しかし、ことこの声の主に至っては異常と断じざるを得ない要素が明確である。


見ればこの大聖堂はボロボロなのだ。

過去、細部に至るまで施された絢爛な装飾はその大半が剥げ落ちていて、頭上高くある筈の天井もいまや崩れ落ち、見る影もなくただの吹きっさらしへと成り果てている。

そのなかでも特筆すべくは、かつて崇め、祭られていたであろう女人の彫像だ。

それは果たしてどのような経緯があったのか、その美しい肢体はいまや五体バラバラの状態で、無造作に地面へと転がされている。


ともすれば、言ってしまえば不気味極まりないその空間に一人きりで佇み、言葉を紡ぐなど、はたから見れば異常すぎる光景である。


もっともこの場に、はたからみる者の存在など皆無であるからして、この声の主がそのようなことに気を回す必要もまた皆無である。



「...会いたい、と願ってしまっているのだろうな、私は...お陰でこの有り様だよ...」



悲しみに満ちたその声で言葉を紡ぐ度に、浮き彫りになっていく虚無感は声の主の瞳を次第に、しかし、着実に濁していく。



「願っても...祈ろうとも...叶うものなどなにもないと...知っていたはずなのにね...?」



会いたい者にただ会いたい。

そんな単純な願いはしかし、叶うことはない。

それでも祈ってしまう。

願ってしまう。


そうせずにはいられない現実に、声の主は自虐的に笑う。



「...私はね?...疲れてしまったよ、何もかも......」



声の主はなおも続ける。



「...神に願うのも...祈るのも...実体のない君に一喜一憂してしまうのも......こうしてここに足を運ぶことも.........」



そうして静寂が辺りを包み込む。

それはまるでなにかを予期する...嵐の前の静けさのように不穏な静寂だった。


しばらくして声の主が口を開く。

静寂を破ったその声色からは既に、悲しみの色はなくなっていた。



「...だからね、私は決めたんだ...」



そう言葉を発した声の主のその瞳には、もはや濁りなどなく、それどころか決して揺るがぬであろう意志の光が灯っていた。



「願っても、祈っても...誰も叶えてくれないのなら......」



続く言葉を、それを実行する意志を...声の主は解き放つことなく、胸に秘め、誰もいない大聖堂から、音もなく、その姿を消した






ーーーーーーー






時刻は午後6時を過ぎ、夏、というこの季節においてまだまだ十分に明るさの残る茜色の空の下、にわかに活気づきはじめた夜の街は、よく眼を凝らせば、もうすでにいくつかの灯りをともしはじめているのが見てとれる。


そんな中、ともりはじめた灯りから隠れるように、身近にある、電柱、もしくは看板、あるいは蓋の外れたごみ箱の中に、居場所を転々としている一つの小さき影があった。

更には、その影を先程から付かず離れず見つめているもう一つの影も。


その正体は先日この街で、左手首骨折と共に、形容しがたい屈辱を味わった青年、安藤 隆行 である。


何故、隆行がこそこそと隠れながら、その小さき影を見つめ...いや、監視ともとれる行動をとっているか...それはやはり先にあげた“形容しがたい屈辱”それを払拭する為に他ならない。

そしてそれを成す為には、あの“小さき影”が必要不可欠であるであると判断したからだ。


そう、あの“ブチ”と呼ばれていた小さくも眼を背けられぬ、大きな存在が。

しかし、その正体はといえば、なんのことはない、野良猫である。


街を行き交う人々の中に、その存在を重要視するものは一人もいない。

先程から、隆行ただ一人をおいて視線を向ける者は皆無と言ってもいい程だ。

それほど大した存在にもならない、みる人によっては、汚い、とすら表現してしかる、みすぼらしいその野良猫から、それでも隆行は眼をはなさない。


...何故か?それは...



「...来た、か...」



今この時をもって明らかとなる。



「...ブチ。」



それは確かに忘れもせぬ、隆行にとって、忘れたくても忘れられぬ、見覚えのある顔だった。


ほんの少し赤みがかった黒髪は、艶もなく、ボサボサで、手入れなどしていないだろうことが見てわかり、顔にかかる前髪は無造作にかきあげられているが、しかし、やはり手入れのされていない髪は、キューティクルが損なわれていて、硬く、纏まらないまま、くたびれたように両のこめかみに垂れかかっている。


なにより印象的なのはその目元だ。

鬱蒼と生え揃うその眉は太く、頭から尾にかけて、まるで獣の爪のように三又に鋭くわかたれている。

加えて真下に構える切れ長のその眼光は漆黒の三白眼。


見るものに強烈な印象を与えるに造作もない、若々しくも野性的な見た目のその青年は、確かに先日、隆行に因縁を吹っ掛けられ、それを返り討ちにした人物そのものであった。

青年は隆行の存在に気づくことなく、自らがブチと名を呼ぶ野良猫に歩み寄る。


隆行は青年の姿が眼に入るやいなや、下唇を強く噛み締め、ただただ拳を握りしめる。

その様子から青年の眼前にすぐにでも躍り出そうな隆行だが、しかし、拳をぎゅっと握りしめたまま、その場を動かない。

否、動けない。

隆行は小さく震える自らの両足に気付くと、忌々しそうに表情を歪めた。



「っくっそ...」



息を殺しながらそう悪態づいて、青年へ視線をもどす、が、さっきまで確かにそこにあった筈の青年の存在も、ブチという名の野良猫の存在も見当たらない。



「っ!?ど、どこにっーー」



と言いかけたところで息が止まる。



「な、んだ?...な...に...」



思考が滞り、上手く呼吸が出来ない。

隆行は自らの身体の隅から隅までジトリとした嫌な汗がわきだつのを感じた。



「...なんだよっ!?なんなんだよっ!これ!?」



上手く呼吸が出来ないまま、絞り出すように叫んだ隆行だがしかし、返ってきたのは包み込むような静寂ただそれだけだった。

それは活気づく街中において、ひどく不自然極まりなかった。

街を歩くなか、突然叫びだす者がいたならば、自然、視線はそちらに向けられ、ともすれば少なからず、ひそひそ声が聞こえてきてしかり。

なのにも関わらずそこには、雑音一つすらなく、ただ静寂が漂っていた。


しかし、隆行を困惑足らしめているのはそんな事ではなかった。


隆行が視線を青年に戻した先、そこにある筈のものがことごとく消え去っていたのだ。


青年も、ブチとよばれるあの野良猫も、それ以外の大勢の人々も、街も空も、アスファルトの施された大地さえも...なにもかも隆行を除いて消え去っていた。



「...う...そ......だろ...」



隆行の瞳に映るのは、塗り潰されたように真っ暗な黒一色の光景だった。

突拍子もなく訪れた奇怪な事象に、その黒い光景に前後不覚に陥りながら、隆行は更におかしなことに気づく。



「.........ん!?」



自らの首から下を見下ろしてみると着ている服の色や履いてる靴のデザイン、なにからなにまでその細部をはっきりと視認できるのだ。

夜より暗い、真っ黒な景色の中で、自分の存在をこうも明確に視認できる事は隆行にある種の安堵感を与えたが、やはり、それと同時に違和感も与えていた。


塗り潰されたような黒い空間が、まるで自分だけを避けるように拡がっている事に。



「...どうなってるんだよ......」



前後上下左右、空も大地も見当たらない真っ黒な空間で、隆行はおもむろに胡座をかいて座りこんだ。

出口もなにも見当たらないこの空間に一人、どうするべきかと思い悩み、眼をつむる。

どうすればこの状況から脱け出せるのか、それだけを考える。

しかし、どれだけ考えても


(どうにもならない)


答えはこの一つしか導きだされない。

それでも隆行は考え続けた。


そうしてどれだけの時間が流れたのか、しばらく経った頃、隆行はふと思う。


(そもそもこんな事はあり得ない、あり得ていいはずがない...)


そもそも何故、自分がこのような目に遭う?

自分じゃなきゃいけない理由はなんなんだ?

自分だけが何故こんな訳の分からない空間に一人きりで取り残されなければならない?

そうした暗い思いに次々と思考を巡らせる。が、それもすぐに終わりをむかえる。そしてまたしばらくすると、隆行は一つの結論に辿り着いた。


(もしかして...これはなにかの悪い夢で、眼を開ければ、全て元通りになってるんじゃないか?)


それはあまりにもありきたりで稚拙な、ただの希望的観測に過ぎなかった。

しかし、隆行からは既に、考える力も、この空間の中一人きりで耐え忍ぶ精神力も底をつき、無くなっていて、もはや子供じみた発想に全てを託すより道はなかった。


これが失敗すれば自分はもう正気でいられる自信がない。

...つまり、自分はもうあと少しで壊れてしまう。

...それでも、じっとこうして眼をつむったままでいるわけにもいかない。


そうして覚悟を決めあぐねてると、気のせいか声が聞こえた気がした。

どこか聞きなれたその声に、瞼の裏に浮かぶのは何よりも大切な弟の姿だった。



「勇気......」



誰よりも自分を慕ってくれる弟の姿をかいまみて、隆行はそっと呟く。



「俺に勇気をくれ...」



そうして遂に覚悟を決めた隆行は、目頭の熱くなった瞼をそっと開いた。


隆行の瞳に映ったのはやはり真っ黒なーーー






「やぁ...って泣いてるじゃないかっ!?」






真っ黒なレディーススーツに身を包んだボーイッシュで妖艶な焦った女性の姿だった。






誤字や矛盾などおかしなところあれば指摘してくださると有りがたいです。


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