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鏡月は涙する

 目の前に出された写真をひたすら破いていく作業をすることになった万葉は、日本人形が真正面に座っている部屋で、写真を破いていった。一枚目は母の顔だった。それを丁寧に横に破くと、日本人形の首が折れて、そこから小人がゆっくりと現われた。小人は万葉の元へやってきて、万葉の耳元に細々と囁く。写真に写っている人間の顔が、破った時にきちんと裂けるように破りなさい。小人はそういうと万葉の口の中に勝手に入りこみ、顎を無理やり操作して、万葉に食わせた。喉を通る時、泥のような味がした。

 二枚目も母だった。万葉は今度は、母の顔がきちんと断裂されるように写真を破いた。続いては父の顔。写真は皆、まるで証明写真のように無機質に、肩から上の部分の写真ばかりで、白黒の写真だった。まるで遺影だった。父の写真を破ると、今度は祖母。そして祖父。次は友人。万葉の知っている人間の写真が次々と万葉の前に現れるので、万葉はそれをずっと破り続けていた。紙食い虫の××××が万葉の横に座っていて、破り捨てられた写真をしゃぶり、舐め、最後には食った。そして、写真に写っていた人物に関して何かしらの言葉を残した。母の写真を破って捨て、それを××××が食べ終えると、そいつは万葉の耳元で言うのだ。それからもまた同じだった。「お前の母親はウマかったナア……ナア、うまかったナア……ウヒヒ……」「お前の父親は不味かったナア……ウッ……ヒヒッ……」「お前の祖母はただの骨だったナア……鳥にでもアゲたらいいのに」「お前の祖父はただの腐った皮膚だ……オエッ……」――万葉が六千五百人ほど写真で切り裂き殺してそいつに食わせる。そして、最後の一枚だった。

 月の写真だった。万葉は月の写真を切り裂き、それを手で握ると、その握ったままの拳を××××の口の中に突っ込んだ。××××は万葉の手を噛み千切ろうとしたが、万葉は動じず、とうとう肉がそげて骨だけになった。骨だけになると、その手を起点にして万葉の全身の肉が全て溶けた。部屋の天井が両開きに開かれて、巨人のような胎児が覗きこみ、オワッタオワッタと言った。液体になった万葉を胎児が舐めとると、胎児は一人湖に向かい、そこでS女史に万葉を嘔吐した。S女史は蝋燭から溶け始めている蝋を使って、自分の耳の穴と口を固定させると、そのまま湖に沈み、万葉と同化しようとする。湖の中では、人間も液体も決して離れないからだった。S女史は水底で、沈没した楼閣に入り、その奥の祭壇へ歩んだ。そこには<神>がいた。神、とうとう私は万葉と一体になりました。<神>は万葉の顔をしていて、そしてS女史の顔をしていた。横の窓からは、月の光が滲んでいた。

 それで万葉と一体になれたなど笑わせないでほしいと<神>は言った。液体という物体になったからと言って、あの肉体がお前のような存在に従順になろうはずがない。液体という言葉には液体という言霊があるので、そこには魂があるのであり、それを液体と呼ぶのであれば、そこにまた生命があろう。では、お前があの胎児に吸わせた万葉は、また口に入り込む余地のあった魂であるので、お前はまだその魂を包み切れていない。液体ではなく、××としなければ意味がない。あの娘はまた甦るであろうに。S女史の耳を閉じていた蝋が溶ける。そこから蟷螂が這い出すと、その口から針金虫を吐き出し、針金虫がまたそこから透明な液体を噴出させた。透明な液体がみるみる水溜りを創造すると、そこに月が映り、万葉の顔が写った。

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