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1969

 万葉の街にたった一つだけあった郵便局は、その窓際に誰にも見えない女が立っているのを万葉だけが知っていた。女は毎日正午になると、郵便局の外にあるポストの中に手を突っ込んで、葉書をむしゃむしゃと食べるのだった。だから次の日になると、いつも新聞には郵便局の不祥事だとか、葉書紛失だというような記事が乗り、ついに郵便局は閉鎖されてしまった。

 ところがその六年後、万葉の家に葉書がぽつりぽつりと届き始めたのだった。まったく知らない人への葉書も、近所の女性宛ての葉書も、都会宛ての葉書も、あるいは雑誌の懸賞や、ラジオ番組宛ての葉書まで、とにかく万葉の家のポストに詰め込まれ始めたのだった。万葉の両親はそれにとても困って、どうしましょうと言いながら、その葉書を使ういい方法を思いついたと語った。つまり、いつまで経っても死なない両親の両親、つまり万葉にとっての祖父と祖母を殺し、その死体を焼くためにこの葉書を使いましょうと言うのである。その三日後、葉書がかなりの数になった頃、母は祖母を殺し、父は祖父を殺した。燃やしやすいような殺し方をした。万葉はまだ学生だったので、祖父と祖母が殺されたのを見届けた後に学校へ行った。放課後に友人と接吻を交わすと、あなた死体のようなにおいがするわねえと言われた。

 万葉は、きっと家に大量に届いた葉書は、あの郵便局の窓際に立っていた、誰にも見えない女の腹の中に溜まりに溜まっていたものに違いないと思い、帰り道に久しぶりにあの郵便局を訪れた。閉鎖はされていたが、建物だけは残っていた。そして、やはりあの女は窓際に立っていたのだった。万葉はその女に近づき、なぜあんなことをしたのか問うた。すると女は、お前宛ての手紙を届けてやっただけだと言った。あれは、全てお前宛ての手紙だぞ、だから届けたんだぞ。そう女が言うので、そんなことはありえないと万葉は女を見捨てて家に帰ってしまった。

 家に帰ると、庭で死体を焼いていた。母親が逆手拍子をして、踊り狂っていた。けけけけ、と笑っていた。父親はその横に座り、お経を唱えながら、祖父を殺した鉈で自分のふくらはぎに切れ込みをいれていた。ふひひひ、と笑っていた。万葉は死体の匂いがすると友人に嫌われるだろうと思い、一人で部屋に戻った。部屋には、六枚ほど葉書が残っていた。

 一つはS女史という名前の歌人からの葉書だった。あなたを見た時からあなたが好きなのであなたには死んでほしいのです、と書いてあった。そこには写真があって、二人の女性が写っていた。一人は知らない女、もう一人は以前見たことのあるグレイノ・ルクレツィア・ティハーセンだった。そうなると、この知らない女がS女史だろうか。その写真と文面を見る限り、万葉にはまったく関係がないように見えた。右下に「呪」と書かれてあった。一階に戻って、笑っている母親に写真を見せた。どちらか知っている? と尋ねた。

 母親は、まだ燃え足りないから早くその葉書も燃やしなさいと言って葉書を奪い、燃え続けている死体の炎に葉書を突っ込んだ。すると、炎は何倍にも膨れあがって、離れようとしていた母親の足に引火してしまった。母親はもだえ苦しみ、そして最終的には転んで、膨れあがった炎の中に倒れ込んでしまった。炎は勢いを止めることはなく、母親も焼かれてしまったのである。父親は母が祖母を殺した際に使用したスコップで穴を掘り始めていた。父親は、けけけけ、と笑っていた。

 万葉が部屋に戻ると、郵便局のあの女が立っていて、これで最後だと言って葉書を一枚渡してきた。女は、これで役目は終わったぞと言って、一階へ向かった。万葉は、どうせ葉書には大したことは書いていないだろうとポケットにしまい、それよりもと女の後を追った。女は父親の耳を削いで、そこに出来上がった穴から父親の体に入り込み、その体を操って、未だ燃え続けていた炎の中に入った。祖母と祖父のものだと思われる真っ黒の死体に、さらにその上に重なった、半分だけ黒い母親の死体。そして、最後には父親が重なって、炎は死体を四つ燃やし続けた。

 万葉が家に戻ると、電話があり、父親が橋から落ちて死んだと連絡があった。閉めた玄関をどんどんと外から誰かが叩いており、出てこい出てこいと誰かが叫んでいる。万葉は女が最後に渡してきた葉書をポケットから取り出した。文字と写真だった。

 万葉、万葉を殺しましょう。万葉、万葉殺しを手伝ってください。そして写真は先ほど見たS女史と思われる女が、万葉と思われる女の乳房を吸っているものだった。万葉の左目が爛れていて、右目には釘が刺さっていた。

 


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