全ての完結
ーーーーーー七月十四日(日)ーーーーー
あっちでの二年というのはこっちで一ヶ月だったらしい。
目を覚ました僕は咲ちゃんに連れられて喫茶紅に来ていた。
本来ならリハビリなんかをしてからの外出になるらしいが僕の場合一ヶ月という期間だけあってリハビリをしずに退院することができた。
僕は絶望の中で咲ちゃんに救われてこうしてまたこの喫茶紅に来ることができている。
本当咲ちゃんには色々迷惑をかけてしまったようだ。
だから今回は咲ちゃんへの恩返しの一環として咲ちゃんの頼みでここに来た。
本当は一刻も早く七草を助けたいが彼女の頼みなら仕方ない。
「で、咲ちゃん」
「なに?」
「会わせたい人ってだれ?」
そう、今日は咲ちゃんが僕に会わせたいという人物に会いに来た。
よくわからないが咲ちゃんの大切な人だって事はわかった。
大抵こういうのは元カレだったりするんだよね〜。
「あ、来た!こっちこっち!」
どうやら待ち人が来たらしい。
どんな人なのか楽しみなようで少し怖い。
「お待たせ〜」
女の子だった。
あれ?もしかして咲ちゃんの元カレって元カノ?
「へぇ、これが『孝くん』ね。まあまあかな」
なんかひどい言い草だな。
「孝くんはいつでもカッコいいよ!穂花の目がおかしんだよ!」
そうか、この子は穂花というのか。
「初めまして、私は夢見穂花と言います。咲とはクラスメートでーす」
「・・・・・ども」
なんてテンションの高い子だ!
高子と呼んでやろうか?
「それより悠木、早くこっち来なよ!」
悠木?それは誰だ?
「え?来てるの?」
咲ちゃんが珍しく嫌そうな顔をする。
「来てるよ。ていうか連れてきた。無理やり」
「そう・・・」
穂花は一旦席を立って『悠木』という人物を取りに行った。
もしかしてその『悠木』が元カレか!?
「お待たせ!連れてきたよ」
穂花は一人の男を連れてくる。
その男は咲ちゃんを見たが咲ちゃんは明らかに嫌そうにしていた。
それが原因か男は僕をじっと見つめてくる。
品定めしているように思える。
「式場悠木だ」
「遠藤孝だ」
ぶっきらぼうにはぶっきらぼうで対抗する。
僕を見る悠木の目からは『なんでこんな奴が』といった念が強く感じられる。
「お前が咲の今の彼氏か?」
なんか『今の』のところが強調された気がする。
「そういうきみは咲ちゃんの前の彼氏かな?」
お返しとばかりに『前の』を強調する。
「そうだがなんだ?今の彼氏がどんなものか確かめに来てみたが、これなら俺の方が五百倍はいいな」
なんだこいつ。
だんだんイラついてきた。
「帰って!!」
咲ちゃんが声を荒げた。
なんとも珍しい。
「え?咲?」
悠木も驚いているようだ。
「悠木くんの顔なんか二度と見たくない!孝くんに謝って早く帰って!」
「クソッ」
悠木は僕を睨みつけた後悪態をついて店から出て行った。
「ごめんね孝くん。悠木くんがひどいこと言ったよね?」
咲ちゃんは僕を心配してくれている。
「私からもごめん。連れてきたらこうなるって薄々気づいてたはずなのに」
穂花ちゃんも反省していた。
どうやら完全に高子ということではないようだ。
ちゃんと名前で呼ぼう。
「いや、いいよ。そんなに気にしてないから」
暗い雰囲気はあまり好きではない。
「でも咲ちゃんも大声で怒鳴るんだね」
「確かにあんなに怒るのは珍しいけど怒る時は怒るよ?この子」
「へ?そうだった?」
そこからはガールズトークで盛り上がった。
ただし、僕抜きで。
もう帰っていいかな?
数十分後ようやく会計を済ませることができた。
「さて、噂の『孝くん』も見たし、私はこれで帰るね」
満足そうな穂花ちゃん。
「じゃあね!」
嬉しそうな咲ちゃん。
なんで嬉しそうなんだろ?
「じゃあね孝くん」
穂花ちゃんは僕に別れ言葉を告げて帰って行った。
「ごめんね。悠木くんのこと」
「いや、気にしなくていいよ」
嫉妬丸出しの表情だっで面白かったし。
「それで、七草さんの話なんだけど」
これが本題とばかりに真面目な顔になる。
「まずは美亜さんにあたってみようと思うんだ」
「美亜に?」
「うん、前に美亜さん『あっちの私は諦めていない』って感じのこと言ってたから」
あっちの私?
なんだそれは?
多分そのシチュエーションであっちといえばもう一つの日本のことだろうけれど、あっちに美亜は存在していない。
というか
「美亜にあったのか!?」
「うん、病室で」
病室でか。
見舞いに来てくれてたのか。
ずっと僕を想ってくれていた彼女を自分の都合で振った。
そんな相手の見舞いに来てくれていたのか。
「美亜さんは孝くんが選んだことだからって言ってた」
僕の気持ちを察した咲ちゃんが言う。
「僕って最低だね?」
「そんなことないよ」
返ってきた声は咲ちゃんのものではなかった。
それは聞きなれた声で忘れるはずのない声。
「コウちゃんは最低じゃないよ」
この呼び方をするのは一人だけ。
美亜が立っていた。
「美亜さん!?」
咲ちゃんも予想外の事態に驚いている。
「コウちゃんはやっぱりその女を選ぶんだね。やっぱりそういう運命なのかな?」
満面の笑顔。
それがとても不気味に思えた。
「えっと〜咲ちゃんだっけ?」
「うん」
「邪魔」
「え?」
「聞こえなかったの?あなたは邪魔。お姉ちゃんの代替物のくせに」
「だいたい・・・・ぶつ?」
「そう、あなたはお姉ちゃんの代替物。穴を埋めるためのものでしかない」
待て、美亜は今なんて言った?
お姉ちゃん?
美亜にお姉ちゃんなんていないはずだ。
美亜は一人っ子だ。
なんなんだ?
こいつは本当に美亜か?
そんなわけない。
美亜はこんなに禍々しく笑わない。
じゃあ、一体
「お前は誰だ?」
「ん?コウちゃん私がわからなくなったの?美亜だよ。千歳美亜」
「違う。お前は美亜じゃない」
「でも美亜だよ。それともこっちの方がわかりやすいかな?お兄さん」
お兄さん?
誰かに言われていた。
誰かにそう呼ばれていた。
「私は春野里穂はるのりほ。春野七草の妹だよ」
春野里穂。
僕が向こうにいた時に世話になった春野家の次女。
「なんで君がここにいる?静香さんはどうした?」
「お母さんならちゃんと私が一緒にいるよ?」
「どうやって?」
美亜は少し笑った。
「美亜と里穂は同一人物なの。というか同じ存在なの」
「どう違うんだよ?」
「違う人物だけど中身が同じ。美亜はお兄さんを諦めたみたいだから美亜に里穂を上書きしてわたしが千歳美亜となったの」
「美亜さんが言っていたのってこれ?」
咲ちゃんが独り言のように言う。
「はぁ、美亜は口が軽いんだね。まあ、いいけど」
さして気にした様子もない。
「この時間線と前の時間線というのは完全に切れているわけじゃないよ。『春野七草』が消えたことで、存在しなかったはずの『八谷咲』が出現した」
「まだ僕の質問に答えてもらってないけど?」
「ごめんそうだった。つまり里穂のの記憶のコピーを美亜にペーストしただけ。だから向こうにも春野里穂はいるしこっちも春野里穂がいる。そういうこと」
なんだそれは。
そんなの人間に出来るレベルを超えている。
「何者なんだ?君は」
「私は美亜だよ?」
「美亜・・・・・」
「じゃあ今日はこれで帰るね。また明日学校で」
美亜はそう言い残して帰って行った。
太陽はまだ高かった。
その後僕らは少しデートしてからそれぞれ帰宅した。
美亜が何か仕掛けてくるかと思っていたが意外なことに何もしてこなかった。
晩御飯を食べ終わるとスマホにrainが入っていた。
rainとは無料チャットアプリだ。
礼希からだ。
『退院おめでとう』
「どうもありがとう」
『礼には及ばない。むしろ俺が礼を言うべきだろう』
「なんの?」
『お前の彼女可愛いね〜』
「会ったのか!?」
『健気に見舞いに来てたよ』
「やっぱり病院でか」
『やっぱり?』
「美亜とも会ったらしい」
『へぇ。お前の所にも行ってたか』
ここまで話して(メールでだけど)話を変える。礼希の所にも美亜が行っていたのなら美亜の変化に何か気づいているはず。
「最近の美亜で何か気づいてたことないか?」
『美亜のことでか。今日の美亜はどこか変だった。俺が言うんだ間違いない』
「どう変だった?」
『なんか別人みたいだっち』
「タイプミスしてるぞ」
「慣れない左での操作だし、しばいくらいするだれ?』
芝居するとしか読めない。
しかも最後は誰?とか言ってるし。
多分解読すると
失敗くらいするだろ?
だよね?
「と言いつつ早速失敗?」
『うるさい。たまたまだ。とにかく明日来たら聞いてみる』
「頼む」
『任せろ』
「おやすみ」
ケータイを閉じる。
時計の短針は十を示していた。
そういえば明日普通に教室で美亜に会うじゃん。
ーーーーーー七月二十日(月)ーーーーー
夏休みに入るまであと五日。
この一週間美亜に変わった様子はない。
よく見れば違う点もあるがクラスメートくらいは軽く騙せている。
たまに僕にも話しかけてくるが、あらかさまに避けるのも不自然なので最低限の反応はしている。
それだけの生活を一週間続けていた。
それより礼希が心配で仕方ない。
あのあと礼希からrainが入ることはなかった。
こっちから送ってみるか。
「礼希大丈夫か?」
未読
二分後:未読
十分後:未読
一時間後:未読
何かの検査でもしているのだろうか?
とにかく、未読だった。
ちょっと見舞いにでも行ってやろうか。
僕は支度をして家を出た。
受付で礼希の病室を聞いたら面会謝絶だと言う。
面会謝絶?
なんでだ?
「なんで面会謝絶なんですか?何かあったんですか?」
「お話できません」
「教えてください!」
「個人情報ですので」
ダメだ。この人は何を言っても絶対教えてくれそうにない。
どうしようか?
「礼希くんのお友達?」
受付に出てきたおばさんが僕に聞く。
「はい、遠藤孝と言います」
「遠藤くん、ああ、一週間前まで入院してた礼希くんの親友だ!よかった。まだそんなに歳じゃない!」
いや、あんたは十分歳だ。
おばさんは思い出したことを喜んでいた。
「じゃあちょっと別室で話そうね」
おばさんが僕の背中を押す。
「湯葉さんいいんですか?」
「遠藤くんだからいいの」
若い受付の人に言うと僕は個室に連れ込まれた。正直怖い。なんか怖い
「それで礼希はどうしたんですか?」
「殺されかけたの」
「・・・・・・え?」
殺されかけた?
「屋上から落ちたの。高い柵があるにもかかわらずね」
礼希は今飛び降り自殺できる体ではない。
だからこれは事故ではない。
明らかに他者の手によって成されたこと。
確かに『殺されかけた』だ。
「それっていつなんですか?」
「七月十五日だね」
礼希とrainした翌日。
まさか美亜が?
いや、動悸がない。
美亜がなんで礼希を殺そうとする?
でももしそうなら、美亜が犯人なら多分次に狙われるのは、咲ちゃんだ!
「すみません。ちょっと電話いいですか?」
一応断りを入れて咲ちゃんに電話する。
三コールで出た。
「どうしたの急に?デートのお誘い?」
無事だ!
「いや、なんともないなら良いんだ。今どこにいる?」
「喫茶紅でバイト中。今日は三時までだよ」
デートに誘えという意味だろうか?
「今から行く」
「待ってるね〜」
電話を切るとおばさん、いや湯葉さんがニヤニヤとしていた。
「親友がピンチな時に彼女とデート?」
「礼希も僕に心配されるのは嫌でしょうから」
「そう?じゃあもういいかな?わたし休憩中だから」
「ええ、ありがとうございます」
僕は病院をあとにして喫茶紅に向かった。
今日の喫茶紅の前には珍しくたくさんの人がいた。
というか店が燃えていた。
「咲ちゃん!店長!!」
僕は店に駆け込もうとしたが何者かに肩を掴まれたことによって止めたれた。
振り返るとそこには店長と咲ちゃんがいた。
ちょうど消防車が到着したようだ。
「店長!無事でよかった」
「あれ?私は?」
「ケガとかありませんか?」
「ああ、大丈夫だ」
「ねえ、私は!?」
意地悪はこの辺にしよう。
「当然咲ちゃんが一番心配だったよ」
「ツーン」
いじけたようだ。
可愛いけど。
「本当に咲ちゃんが一番心配だったよ」
「ツーン」
僕は咲ちゃんの耳元で囁く
「僕は咲ちゃんを愛してるからね」
「うきゅー!!!!」
意味不明な言葉とともに体を硬直させる咲ちゃん。
「わ、私だって孝くんのこと愛してるからね!!」
何を思ったか大声で言った。
視線の中心で愛を叫んだね。
そしてそのことに気づいてたのか顔がみるみる赤くなり
「うきゅ〜」
しぼんでいった。
「何があったんですか?店長?」
「わからん。いきなり燃え出して客スタッフ避難させてよく見ていなかった」
「もしかして十五歳くらいの女の子見ませんでした?」
「いたような、いなかったような。覚えていないな。心当たりでも?」
「わかりません。僕が一方的に疑っているだけですから」
本当は疑いたくないが、礼希の件といい、今回の件といい、僕の周りで起きている。
礼希に怪しまれずに屋上に行くことができる人物でなおかつあの人間不信をスルーできる人物。
ここまでくるとやっぱり疑うしかない。
「まあいい、今日はもう店じまいだ。咲ちゃんを連れて帰ってくれ」
店長は地面で伸びている咲ちゃんを顎でしめす。
「わかりました。では」
僕は咲ちゃんをおぶって休める場所を目指した。
公園のベンチに腰をかけ、咲ちゃんを膝枕す。
寝顔が天使だった。
キスしたくなる衝動を抑えて僕が寝顔を見続けていると咲ちゃんの瞼が薄く開いた。
「こうくん?」
寝ぼけているのか平仮名で呼ばれた。
そしてしっかり目が開くと
「孝きゅん!!!!」
ワーオ、可愛いあだ名〜。
膝枕されていたことに驚いたようだ。
「はい、孝きゅんです」
自分で言ってて恥ずかしいなこのあだ名。
「ち、違うの孝くん。噛んだだけなのっ!」
あんまり苛めると拗ねるからこのくらいにしよう。
わかったわかったとあやして落ち着けせた。
言い訳する間にまた五回くらいの噛んだけど。
「咲ちゃん、美亜を店で見なかったか?」
「美亜さん?多分見てないと思う」
「そうか・・・・・・」
「犯人美亜さんなの?」
「わからない。でも可能性は高い」
「でも、ただの放火かもしれないよ?」
そうか、咲ちゃんは礼希の件を知らないのか。
「さっき礼希の見舞いに行ったんだけど、礼希誰かに屋上から突き落とされたらしい」
「どういうこと?」
「屋上には柵があるみたいなんだけどそれを乗り越えたらしんだ。当然今の礼希に自殺のようなことはできない。つまり礼希が気を許す誰かの犯行だ」
「それで美亜さん?」
「・・・・・うん」
僕らは沈黙した。
お互い何を言えばいいのかわからなくなった。
「あれ?孝くんと咲だ!!」
そこには空気を読まない穂花ちゃんが登場してきた。
「二人してデート?このこの!」
「穂花ちゃんだっけ?よく空気読めよって言われない?」
僕は聞く。
咲ちゃんも頷いている。
「なんでわかったの!!」
すごく驚いていた。
「咲!教えた!?」
「教えてない」
「教わってない」
「なんで!!」
まあ今回はそれで助かったわけだけど。
「そうそう、聞いてよ孝くん。最近悠木が私に優しいの!」
悠木といえば前に突っかかってきた嫉妬くんか?
「へぇ〜。あの嫉妬くんがね?」
「嫉妬くん?」
咲ちゃんが聞き返す。
「なんでもない」
強引に誤魔化した。
「それとね、咲もやっと悠木と仲直りしたんだよ!」
「穂花!」
「咲がね悠木に言ったの『孝くんは誰より私に優しくて、誰より私の為を思ってくれてる。確かに孝くんにも悪いところはあるけど私はそれを含めた孝くんが好きなの!だからもう二度と孝くんに悪口言わないで!それにね、もっと穂花のことも見てあげて』ってね」
おやおやおやおや、これは随分と嬉しいことを言ってくれる。
「直接言ってくれればいいのに」
耳を塞いで座り込んでいる咲ちゃんにあえて言う。
半分泣いてないか?
「そのあと悠木私の所に来て、『咲に振られた』って泣いてた。で、私は言ったの『咲のことが本当に好きなら静かに見守ってあげるべきだよって』って。いやー、もう名言じゃない?」
「・・・・・・・ウンソウダネ」
適当に返事を返しつつ、咲ちゃんをあやす。
「聞いてよ!!!まだあるんだから!」
「まだあるの?」
僕の顔は実に嫌そうな顔だっただろう。
というか嫌だし。
「そんでね、思い切って悠木に告ったの!!」
「「えぇ!!!!!」」
咲ちゃんも一緒に驚いた。
知らなかったんだ。
「で、どうだったの!?」
咲ちゃん完全復活。
まさかの恋話で復活した。
女子のエネルギー源は恋話なのだろうか?
「オッケーはもらえなかったけど、考えさせてくれって。それからは悠木が私に優しくなった」
「すごいすごい!!あの悠木くんがね〜」
なんかすごい疎外感。
女子ワールドにはついていけない。
というわけで傍観。
話が終わったのは三十分後だった。
途中僕たちの告白シーンの話になったから僕は逃げ出した。
穂花ちゃんとさよならしてまた二人きり。
「思えば私たち付き合ってもうすぐ三ヶ月経つんだよね?」
「ごめん。恋人らしいことほとんどできてない」
「いいよ。孝くんが一生懸命だったのは知ってるし、良いところも悪いところも全部含めて孝くんが好きなんだから」
とてもありがたい。
僕も咲ちゃんの良いところも悪いところも全部含めて好きだ。
でも、付き合ってからずっと咲ちゃんに迷惑をかけ続けているのも事実。
「今の僕は咲ちゃんが好きになってくれた僕なのかな?」
「どういうこと?」
「僕は向こうに行った時普通に向こうで暮らしていた。そして一時的にだけれど向こうで生まれ育った記憶もある。つまり、美亜と里穂、咲ちゃんと七草が同じ魂を持っているよに僕と同じ魂を持った人が向こうにいて、僕が向こうに行った時に里穂のように同じ魂を持った人に僕を上書きしたのかもしれない。それって僕なのかな?本当は前とは違う僕だけど世界の『調整』でおかしく感じないだけなんじゃないのか?」」
僕はその時遠藤孝ではなくなってしまったのではないか?
「孝くんだよ」
「え?」
「自分を信じられなくなったら私を信じて。
世界の『調整』だかなんだか知らないけど、私の好きな人がイコールで孝くんなんだよ。
だから目の前にいる君は百パーセント孝くんだよ」
「そうだね。咲ちゃんが好きでいてくれるならきっとそれが僕なんだ」
「そうそう、わかればよろしい」
「そうだ!全部終わったら恋人らしいことをしよう」
「じゃあ早く終わらせないとね」
咲ちゃんがいれば僕は大丈夫だ。
今なら心からそう思える。
咲ちゃんが僕を支えてくれるから。
その夜咲ちゃんから意味不明なメールが来た
。
『私がんばるね!』
次の日咲ちゃんが姿を消した。
ーーーーーー八月三十日(金)ーーーーー
夏休みが終わって新学期が始まった。
咲ちゃんの行方は未だにわからない。
スマホを見る。
『私がんばるね』
咲ちゃんから受け取った最後のメール。
美亜絡みだとはすぐにわかった。
このところ美亜は姿を見せず、学校にさえ来ていない。
放課後を持て余した僕は喫茶紅跡に来ていた。
どうやら先客がいたようだ。
「悠木くんだっけ?」
「そういうお前は孝くんだっけ?」
なんで悠木がここにいる?
「こんな所になんの用だ?」
僕が切り出す。
「咲がいなくなった」
「知ってるし、探してる」
「そうか、じゃあこれは知ってるか?穂花も消えた」
「は?」
穂花といえばあの空気読めない穂花ちゃん?
穂花ちゃんが消えた?
「一ヶ月くらい前に急にいなくなった。咲と同じくらいだ」
「そっれで僕になんの用だ?」
少しきつめに聞くと悠木は膝まづいた。
「頼む、探すのを手伝ってくれ!二人とも俺の大切な幼馴染みなんだ!それに穂花にもちゃんと返事をしたいんだよ!だから頼む!手伝ってくれ!」
悠木は泣いていた。
あの悠木が僕に頭を下げている。
土下座している。
「僕は咲ちゃんを探す。でも、二人同時に消えたということは同一場所にいると考えられる」
言い訳を言う。
そう、あくまで協力するための建前。
悠木も不安な瞳から期待の瞳に変わっていた。
「悠木くんは穂花ちゃんを探すんだ。僕は咲ちゃんを探すから。二人で手分けをして手がかりを探そう」
悠木くんは立ち上がり、僕の手を掴む。
「咲が好きになったお前ならそう言ってくれると思っていた」
嘘つけ。思いっきり不安そうだっただろう。
「よろしくな、孝」
「こちらこそ、悠木」
火と油がくっついた。
「犯人はわかっている」
「は?」
僕のいきなりの発言に驚いたのか犯人がわかっていることに驚いたのかとにかく疑問で返された。
「だから犯人はわかっている」
「聞こえたよ!」
「じゃあ聞き返さないでくれ」
「そういうことじゃなくて、なんで犯人知ってんだよ!」
「多分僕の幼馴染みだから」
「じゃあそいつ捕まえて聞き出せばいいだろう?」
「それができないんだよ。一緒に消えたから」
「だから犯人"は"わかっているか?」
「そう、犯人しかわかってない。しかも悠長なことを言ってられないんだ」
「なんで?」
「あいつは人を殺せる」
「はぁ!?」
そこが問題なんだ。
今の里穂の美亜なら人を平気で殺せる。
実際咲ちゃんも礼希も殺されかけた。
「待てよ。それって咲や穂花も危険だってことだよな?」
「そうなる」
「くそっ!!」
地面を殴る悠木。
痛くないのだろうか?
「せめてどこにいるのかだけは知りたい。とりあえず聞き込みをして来よう」
「そうだな。そうするしかないか」
「じゃあ六時にここで」
僕らは反対方向に走った。
僕にはまず向かうべき場所があった。
現在午後四時半。
一時間半後。
僕らは合流して情報を合わせた。
「やっぱりこの廃校か」
僕らの町には少子化の影響で廃校になった校舎がある。
その廃校の近くでの目撃情報が多かった。
「さっさと乗り込もうぜ」
悠木はやる気十分らしいけど
「いや明日にしよう」
「なんでだよ!」
「今日はもう暗くなる一方だ。もう今は八時には暗いぞ?一時間で解決できると思うか?」
「確かにそうだけど」
「明日の朝六時にここでどうだ?」
「わかった。そうしよう」
明日に備えて早く寝よう。
ーーーーーー八月三十一日(土)ーーーーー
「遅いぞ!」
五時半に僕は喫茶紅跡に来た。
集合は六時のはずなのに悠木は遅いと言いった。
「何時に来たんだ?」
「四時」
「早すぎるわ!!」
「それよりさっさと行こうぜ」
悠木は一人で歩き出す。
僕はその後を追った。
数十分間歩き続けようやく廃校にたどり着いた。
かつて校門だったところには『立ち入り禁止』と書いてある。
「行くぞ」
悠木は先に進む。
追って横に並ぶ。
「当たりか?」
僕は確かめるように聞いたが
「知らん」
としか返って来なかった。
校舎内をあちこち探し最後の場所。
というか普通最初に探しそうなんだけどね。
体育館
南京錠は外れている。
埃がない。
最近誰かが開けたのだろう。
僕は悠木とうなずき合い思いっきり扉を開けた。
中には誰もいない。
ただ死体が一つあるだけ。
「嘘だろ?おい」
「・・・・」
悠木はショックのあまり声も出ないらしい。
正直僕も吐きそうだ。
「ほ、穂花ぁ!!!」
「死体の状況からしてここに来てすぐに殺されている。昨日来ていても同じだったと思う」
「穂花ぁ!!」
悠木は泣いている。
まるで前の時間線の僕のように。
「涙は止まったか?」
「・・・・・ああ」
この目もどこかで見た。
礼希が復讐に燃えていた時の目。
復讐者の目だ。
「復讐するつもりだろ?」
「当然だ」
「復讐からは復讐しか生まれない」
きっと美亜が殺されたら礼希が悠木を殺すだろう。
「それでも許せない」
「そうか、でも一つだけ知っておいて欲しい。今の彼女は前の彼女とは別人だ。殺すなら彼女に取り付いているのを殺してくれ」
里穂ちゃんを殺してくれ。
「そいつがやったのか?」
「うん、彼女自身は悪くない」
「わかった。努力はする」
それより
「振り出しだ」
僕は嘆くように言う。
「そうでもない。随分親切な犯人だな」
悠木は紙を拾った。
『コウちゃんのよく知る場所で待つ』
と書いてあった。
僕がよく知る場所?
どこだ?
よく見るとヒントがある。
『ヒント。孝くんが初めて失恋した場所』
一瞬でわかった。
あそこか。
確かによく知っている。
僕が絶望して美亜を避け始めた場所。
「行こうか?」
僕は悠木を呼ぶ。
「わかったのか?」
「もちろん」
僕はスマホを取り出し操作する。
さあ行こうか。
この中学校に来るのも久しぶりだ。
ここを指定するとはなんともタチが悪い。
ちょうどあの日と同じ夕暮れの校舎裏。
そこに立っている美亜。
前回と違うのは僕が美亜の正面にいて、美亜の側には刃物傷だらけの咲ちゃんがいること。
「遅かったねコウちゃん」
「遅すぎたんだよ」
今にも飛びかかろうとする悠木を手で制しながら話す。
今は僕たちだけの時間だ。
「なんで穂花ちゃんを殺した?」
「だって五月蝿かったんだもん。空気読めないし」
「このやろ!離せ!」
悠木をなんとか抑える。
「見ての通り彼はご立腹だ。こいつをどうするつもりだ?」
「死んでもらうつもり」
「殺すのか?」
「うん」
「じゃあ仕方ないな。ごめん」
謝りながら悠木を気絶させる。
やり方は前に七草に聞いていた。
「いいの?眠らせて」
「悠木を殺されたくないし、二人で話したいからね」
「嬉しい」
前戯はここまで。
「さて、里穂ちゃん君は何者なんだい?もう隠さないでくれよ?」
ここはあえて美亜と呼ばない。
「私はね、天使なの」
「天使?」
「そう。お姉ちゃんが持ってた不思議な力は私があげたもの。天使の力だよ」
「それで、目的は?」
「コウちゃんに決まってるじゃん」
「天使様に気に入られるとは僕もすごいね。それでなんで天使様が僕にご執心なの?」
「やっぱり覚えてないんだね」
覚えていない?
知らないじゃなく?
身に覚えがないじゃなく?
「美亜が持ってた優しさは本物だよ。あれは甘いからね」
「甘いんじゃなく優しんだよ」
「同じでしょ?」
「優しさは時に厳しさを兼ねる」
「?」
「甘いだけが優しさではないということだ」
「なるほどね。確かにそうかも」
「納得するんだ」
「私も美亜だからね」
「そうか。ならこの茶番ももう終わりだな」
「は?何を」
「じゃあ後は任せたぜ」
すぐ後ろに車椅子があることには気づいていた。
だから僕は呼ぶ。
かつて美亜を好きだと言った親友を。
美亜のためだけに復讐を諦めた男を。
「礼希」
「えっ!?」
美亜も動揺している。
それもそうだろう。
殺したはずの人間が生きているんだから。
ではなんで礼希を殺す必要があったのか?
礼希は美亜の計画の邪魔にならない。
好意を向けられて迷惑なら振ればいい。
つまり天使は僕以外からの好意が怖かったんだ。
僕への気持ちが揺らぐことを恐れた。
だったら、礼希をぶつければいい。
礼希なら天使を変えられるはずだ。
美亜に戻すことができる。
さあ、僕と礼希と美亜。
三人のいつもの何気ない会話を始めよう。
『美亜ちゃん久しぶりだね』
スマホが喋った!!
スゲー!
「しぶといね。あの高さから落ちて無事だなんて」
『まあ、奇跡としか言いようがないね〜』
「面会謝絶のくせに」
僕はなんとなく口を挟む。
『おいおい、カッコ悪いから言わないでくれよ』
「イケメンが何を言おうと嫌味にしか聞こえない」
『彼女持ちはすっこんでろ』
「二人して何を言い合ってるの?」
『ごめん話を戻そう。まあ奇跡的に助かったわけなんだけど、でも突き落とされたこと自体は怒ってない』
「そんなわけないでしょ?自分を殺そうとしたんだよ?」
『本当だよ。だってあれって俺への愛情の裏返しでしょ?』
「は?何を言いってるの?落ちた衝撃でおかしくなった?」
『俺はいつでも正常だよ。あえて言うなら異常なほど千歳美亜が好きなだけだ』
「迷惑。私はコウちゃんが好きなの!コウちゃん以外を好きになっちゃいけないの!そういう約束だから」
「誰としたんだよそんなの?」
また口を挟む。
礼希にすごい睨まれたけど。
「コウちゃんだよ。一番最初のコウちゃん」
「一番最初の?」
「この世界は何周目だと思う?」
『百!』
「礼希くんには聞いてないよ。コウちゃんは?」
「知らね」
「せめて考えて欲しかった」
「考えるのは苦手なんでね」
「正解は三千回。世界は三千回繰り返している。そのうちの二つはコウちゃんも経験したよね?」
「あの日本とテロが成功した世界だろ?」
『成功した世界を見てみたかったな〜』
僕に視線を流す礼希。
「知るか!」
「私はその全世界に存在する。そしてこの世界においての私が美亜」
「それは知ってる」
『俺は知らなかったぞ』
「私は一回目からずっと記憶を上書きし続けてきた一回目の私」
『とりあえず教えてくれる?その一回目の世界のことを』
「同感!」
「コウちゃんが言うならいいよ。教えてあげる」
『俺の意見は!?』
「全部却下に決まってるでしょ?」
『死にたい』
天使は語り出す。
最初の物語を。
私は天使だ。
名前はない。
かつての私は人間を見下すのが趣味だった。
この時は人間の町に紛れて人間の観察をして遊んでいた
そして思う。
人間とはなんて愚かなのだろうか。
わざわざ自分たちで数を減らしていく。
そのまま放っておいてもいずれ絶滅することは目に見えていた。
私は翼を広げ飛んだ。
空から見る町はなかなかに美しかった。
唯一人間を褒められる所だ。
空を舞いながら美しい町を眺める。
そんな風に何百年と生きてきた。
そしてある日私は一人の少年に出会った。
その少年はまだ十代前半くらいの少年だった。
彼は独りでいた。
私の生き方に似ている。
その少年に興味を持った。
私は彼と一緒に行動していた。
「なんでいつもの一人なの?他の人間と遊べばいいのに」
「みんな僕を避けるからね僕は忌み子なんだって」
「まだ忌み子なんて風習あったんだ」
素直に感動した。
というかなんかこの少年はひねくれていた。
面白い。
今まで個人で私を楽しませることができた人間は一人もいなかった。
「君は何歳なんだよ?物言いがいちいち古臭い」
「女性に年齢を聞くのはマナー違反よ?知ってた?」
「知らね。で、何歳?」
「・・・・・・・多分五百歳くらい」
「あっそ」
「あっそってなに!聞いておいてそれはないでしょ!?」
「実はそんなに興味なかったから」
「じゃあ聞くなっ!!」
本当に楽しかった。
この時の私には今までの数百年を埋められるくらい充実していた。
そして数年経ち、少年は十代後半になった。
「そろそろ君の名前を教えてくれないか?」
彼は私が名乗らないことを不思議に思っていた。
私もそろそろ頃合いだと思い、真実を告げることに決めた。
「私には名前がないの」
「またまた〜」
「本当よ。私人間じゃないし」
とうとう言ってしまった。
私は楽しかった時を捨てた。
そう思っていた。
「そっか、やっぱり人間じゃないんだ」
「へ?やっぱり?」
「薄々は気づいていたよ。だって何年も一緒にいて全然変わらないなんておかしいだろ?」
「怖くないの?」
今まで私が人間でないと知った人間はみんな私から離れていった。
バケモノと言い捨てて。
「なんで?」
「だって、人間じゃあないんだよ?怖くないの?」
「人間じゃあなくても、君は君だからね。別に怖いなんて思わない」
「私は私?」
「そう。なんなら僕が君に名前をつけよう。
それで君は人間じゃあない者から変わることができる」
「私が変わる・・・・」
「そうだな、君の名前は美穂苗字は僕のをとって遠藤美穂だ」
「美穂。私の名前は美穂」
気づいたら涙が出ていた。
なぜかわからないけれど私はその時泣いていた。
「僕は君が好きだ。美穂」
「私も貴方が好き」
「僕は君だけが好きだ。だから君にも僕だけを好きでいて欲しい」
「わかった。約束する」
この時初めて人間を好きになれた。
そして次の日少年は死んだ。
正確には殺された。
人間に殺された。
私はまた泣いた。
恋人を殺されたことで一度は好きになれそうだった人間を恨むようになった。
皆殺ししたい。
でも、あれは彼と同じ人間。
そんな葛藤の中で一つの方法を見つけた。
『世界を巻き戻そう』
全てなかったことにして、またやり直そう。
そうすれば彼は戻ってくる。
そしたらまた彼を愛せる。
また彼に愛してもらえる。
私は天使の力を使って巻き戻した。
彼が生まれるずっと前へ。
そのあと行き着いた世界で少しずつ人間社会に干渉して、彼のための世界を作っていった。
そしてついに彼のいる時代に行き着いた。
そこにはもう忌み子などという風習はなく、彼は普通に暮らしていた。
でも私は世界に干渉した代償を支払うことになった。
前の世界ではいなかったはずの少女が彼の隣で笑っていた。
私がいたはずの場所に違う人間がいた。
前の世界で私と彼が恋人になったのは数時間。
そして今度は恋人にすらなれなかった。
これが世界の『調整』だった。
前は彼が死んだから私たちは結ばれた。
今度は彼が生きたから私たちは結ばれなかった。
結局私と彼では幸せになれない。
私たちが長期にわたって恋人でいることを許さない。
それが世界が選んだことで、どんなに頑張ってもそうなるように『調整』される。
だったら何度だってやり直そう。
私たちが結ばれるまで。
そうして私は繰り返した。
同じことを何度も何度もずっと。
「そして今回千歳美亜としてここに来たの。途中で人間の記憶を操作して人間として暮らす方法を考えてね」
そうだったのか。
この子の名前は美穂なのか。
美亜と里穂。
二人合わせて美穂。
『俺はそんなの関係ないね。どんな過去があっても俺が君を好きだという事実は変わらない』
「礼希・・・・。僕もそうだ。どんなことがあっても、例えそれが世界の『調整』による出逢いでも僕は咲ちゃんが好きなんだ!もし前の僕の言葉に縛られているのならこの僕が言おう」
僕はもう彼女を僕のせいで縛りたくない。
彼女の重荷になりたくない。
記憶の中の中学時代にここで思ったことと同じだった。
「今の僕は咲ちゃんが好きだ!だから君も僕だけを好きでいなくてもいい!いろんな人間を好きになって、最後に君が愛せる男を見つけるんだ!もう僕に縛られなくていいんだ!」
「じゃあ、私はどうしたらいいの!?今まではコウちゃんの為に生きてきた。それがなくなったら私は何を生きがいにしたらいいの!?いきなり知らない人を好きになんてなれないし、いろんな人に迷惑をかけた。教えてコウちゃん。どうしたらいいの!?」
美穂は泣いていた。
この先が不安なのだろう。
「人を頼れ。僕を頼れ。礼希を頼れ。咲ちゃんを頼れ。七草を頼れ。美穂。君の周りには少なくとも僕らがいる。そういった身近な人たちを頼ればいいのさ。美穂が人を好きになれるように僕らも協力するから。なあ、礼希、咲ちゃん」
僕は礼希と美穂の話の途中から起きていた咲ちゃんに同意を求める。二人の答えはわかっていたから。
『おう』
「もちろん」
スマホからの電子声と咲ちゃんの可愛い声ではっきり聞こえた。
「二人とも・・・・・」
「確かに美穂さんにはひどいことされたけど、まあ許すよ。そに変わり、私の言葉には絶対服従ね」
何気にひどいな咲ちゃん。
「ふざけるな」
話が解決に向かったところで声がした。
そういえばすっかり忘れていた。
厄介な男、悠木の事を。
「ふざけるなよテメェ!穂花を殺しておいて今更何を言ってやがる!」
「悠木くん待って!」
悠木は咲ちゃんの制止を聞かずにカッターナイフを手に走り出す。
ここに来るときに買ったカッターだった。
「なにやってんの?悠木?」
そこにありえない声がした。
それは死んだはずの穂花の声。
「穂花!?なんで!?」
悠木と同感だった。
なんで死んだはずの穂花がここにいるんだよ?
「だから待ってって言ったのに」
咲ちゃんの呆れ声。
「どういうことだ?」
「あれはただの肉塊だよ。それを天使の力で穂花の姿に見せただけ。美穂さんは私たちを傷つけたけど殺しはしなかったんだよ」
「なんでそんなことを?」
僕も聞いた。
というか意味がわからない。
「ああしたほうがコウちゃんも早く来てくれると思って」
「「ふ、ふざけるなぁ!!!!」」
僕と悠木は叫んだ。
もう何も信じられない。
「まあ、めでたしめでたしってことで」
空気読めない穂花ちゃんが無理やり締める。
どこがめでたいのだろうか?
「それより七草を早くこっちに呼び戻そうぜ」
一番の目的を忘れるところだった。
これをやらなくてはどうにもならない。
「それはダメ」
「は?」
今なんて?ダメ?
「どうして!?」
「コウちゃんが咲様を愛しているから」
咲様?
ああ、あの絶対服従の件ね。
って違う
「どうして愛したらダメなんだよ。七草は僕が咲ちゃんを好きなこと知ってるから戻ってきても復縁はせまらないだろ?」
「二股?」
「サイテーだな」
『だな』
穂花、悠木、礼希が軽蔑の視線を向ける。
「そういうことじゃなくて、お姉ちゃんを呼び戻すってことは、その代替物である咲様の消滅を意味するんだよ」
「・・・・・なに?」
「この世界は同じ存在を許さない。もしお姉ちゃんが世界に戻れば代わりに咲様があの空間に飛ばされる。そして咲様がしてきたことは全てお姉ちゃんがしたことになる。世界に『調整』される」
また世界の『調整』か。
最近よく聞く言葉
「私はいいよ」
咲ちゃんの予想外の言葉が重い空気を破る。
「七草さんとは友達だから私はいいよ」
「まて、まだ結論を出すには早いだろ!」
僕は咲ちゃんを失いたくない。
「もっと別の方法があるかもしれない「それは」」
「それはいつ見つかるの?」
「っ!?」
咲ちゃんが痛いところを突いてくる。
確かにその方法が見つかるのにどれだけかかるかわからない。
必然、七草はそれまであそこにずっと一人でいることになる。
「だから私は七草さんを助ける。約束だからね」
「約束って言うなら僕もだ。僕も咲ちゃんと約束した。『一緒に』って」
僕も一緒に七草の元に行く。
咲ちゃんに僕の想いを伝える。
「孝くんまで来る必要はないよ」
「いや、僕も行く。咲ちゃんを独りにはさせない」
「・・・・・・ありがとう」
「というわけで美穂、僕も行く」
「止めても聞かないんだよね?こういう時のコウちゃんは聞かないから」
「それは美亜としての言葉か?」
「まあそんなところ」
「美穂さん。一日だけ待ってくれる?」
「はい、もちろんでございます咲様」
美穂よ絶対服従だからといっても、そこまでしなくていいんだよ?
「孝くん。明日一日デートしよ。そんで恋人らしいことをしよう」
「確かにそうだね。そうしよう」
今までできなかったことを最後にしよう。
「というわけで今日は解散だな」
日も落ちている。
僕はここにいるみんなに聞こえるように言った。
みんなそれぞれ帰っていく。
穂花ちゃんと悠木は咲ちゃんと話しながら帰った。
僕はそれを見送って歩き出す。
『孝』
いきなり電子声で呼ばれた。
「なんだよ礼希」
『本当に行くのか?』
「行くよ。咲ちゃんを独りにしない」
『じゃあこれが最後の会話か。場所を移そう』
そう言うなり僕に車椅子の背を向ける。
押せという意味だろ。
美穂に目を向けると軽く頷いた。
行けということか。
「で、どこに行くんだ?」
『俺と孝が腹を割って話す場所は決まってるだろう?』
つまりあそこか。
結構遠いぞ!
と思いつつも僕は車椅子を押した。
「着いたぞ」
そこは三ヶ月前と変わらずボロかった。
かつて礼希と僕がぶつかった場所。
『どうも』
「どうもじゃないぞ三十分歩き続けたんだぞ!」
『気にしない、気にしない』
「するわ!」
『さて』
礼希が仕切り直す。
『ちょっとこっちこい』
なんだ?
言われるままに礼希の正面に立つ。
そして殴られた。
「なにするんだよ!痛いじゃないか!」
『それの百倍が今の俺の心の痛みだと思え』
心の痛みだと?
なんでそんなもの?
僕の疑問を読んだかのように続けた
『親友が消えるって時に心が痛まないと思ってるのか。何もできなくて悔しくないと思ってるのか。ふざけるな。なんで勝手に決める?」
電子声なだけに若干棒読みだけれど気持ちは伝わる。
「ごめん。でも僕だって恋人が消えるのを指をくわえて見ていることなんてできないんだ」
『わかってる。お前はそういうやつだ。それに俺も美亜がそうなったら同じことをする。だから一発殴った。俺の怒りを一度だけぶつけさせてもらった』
そうか。礼希も変わったんだな。
前の礼希だったら。憎しみに満ちた礼希だったらもっとひどい目にあったかもしれない。
「礼希、僕ら結構変わったと思わないか?」
『お前は変わってないだろ』
「そうでもないよ。いろんなことがあったから」
『確かにいろんなことがあったな』
始まりは僕の見た未来の夢。
そこから全てが動き出した。
美亜と和解した。
礼希とマジな喧嘩した。
美亜に告白された。
咲ちゃんに告白した。
礼希のテロを阻止して未来を変えた。
壊滅的な日本に飛んで七草と出会った。
全てを忘れて七草と恋人になった。
全てを思い出して七草を傷つけた。
七草を救えず絶望した。
それを咲ちゃんに助けてもらった。
穂花ちゃんや悠木と知り合った。
全ての元凶の美穂と対峙し和解した。
この三ヶ月(僕にとっては約三年間)はものすごく濃い時間だった。
「最後にさ礼希に言っておくべきことがあるんだ」
そう、言わなくてはいけない。
騙したままにできない。
『なんだ?』
「実はテロで美亜は死なない」
礼希のテロを止める時にとっさに吐いた嘘。
『・・・・・・・ふざけるなよ。要するにあれは嘘だったってことか?』
「そういう事になる」
『クソォ!!こんな身体じゃなきゃ今すぐ殴ったのに!もう一回こっちこい!』
「嫌だよ。殴られるから」
『当たり前だ!好きな人のための人生の全てを賭けた計画を中止したんだぞ!それが嘘って。ふざけるな!!』
「そんなに強く押すとスマホの画面壊れるぞ?」
『でもやっぱり感謝しよう。お前が止めてくれなかったら俺は憎しみに囚われたまま死んで行っただろうけどお前のおかげでこんな世界も少しは悪くないと思えた」
「それはどうも」
『・・・・・・帰ろうか?』
「そうだな」
僕は病院に礼希を届けて家に帰った。
帰り際、礼希から離れる時に
「じゃあな孝」
と礼希の声が聞こえた気がした。
ーーーーーー九月一日(日)ーーーーーー
待ち合わせ時間を決めていないことに気づいき、昨日の夜咲ちゃんにメールして時間を決めておいた。
時間は初デートと同じで朝の九時に公園の前になった。
公園で待っていると咲ちゃんが駆け寄ってきた。
「ごめん。待った?」
「今来たところだよ」
咲ちゃんはやっぱりこれがやりたいようだ。
「行こうか?」
「うん!」
咲ちゃんに手を差し出すと嬉しそうにそれを握って来た。
行く場所はすでに決めてある。
『ディスティニーランド』
あの遊園地だ。
「やっぱり孝くんはここを選んだか」
予想していたかのような物言いの咲ちゃん。
僕がここを選んだのには理由がある。
だから絶対観覧車に乗らなければいけない。
でもその前に
「遊ぼうか?」
「そのつもりだよ。まずはあれね!」
指差す先にはジェットコースター。
高さ三十メートルからの落下が売りのもので、前に乗った時は吐きそうになった。
「ほらほら、行くよ〜」
僕の腕をぐいぐい引っ張る。
七草に逢う前に死ぬかも。
その後が吐きそうになった僕を気遣ってかジェットコースターを遠慮してくれたが、
コーヒーカップ、
バイキング
フリーフォール・・・・・・
とにかく絶叫系に乗せられた。
だいぶ遊んで暗くなり始めた頃。午後七時。
僕は咲ちゃんを連れて観覧車に乗った。
「観覧車か〜。三ヶ月ぶりだね?」
「そうだね」
「でもなんで観覧車?」
「あの時のリベンジだよ。途中だったでだろ?」
「そっか。つまりあの続きがやりたいと?」
「そういうこと」
「じゃあ私からだね。いくよ?」
一度だけ大きく深呼吸した咲ちゃんは意を決したように始める。
「ねえ孝くん」
そう言う彼女はあの時と同じように大人っぽい。
「私ね多分最初に孝くんに会ったあの日から、ずっと・・・・・好きだったんだと思う」
ここからはあの日の続きだ。
「だと思うってなに?」
「ごめん。嘘。あの日からずっと好きだった。いつも今日は孝くん来るかなって思いながら働いてた」
「僕も咲ちゃんのことが好きだ。前にも言ったけど、僕が喫茶紅に行く理由の一つは咲ちゃんに会うためなんだから」
「じゃあ、私たち両思いなんだ」
「みたいだね」
お互い見つめ合う。
そしてその距離はどんどん縮まり、僕らは唇を重ねた。
僕たちの二度目のキス。
でも今の僕らにとっては初めてのキスだった。
沈む夕日をバックに何度かキスした。
その後のことはご想像にお任せします。
「もういいの?」
僕と咲ちゃんは美穂の前にいた。
美穂は最後に確認した。
「もういいよ」
「たくさんイチャついたもんね?」
「そういうことを言わない」
美穂の前で何かを暴露しそうな咲ちゃんを止めて美穂に向き直ると美穂の顔が目の前にあった。
というかキスされた。
頬にだけど。
「美穂?」
いきなりのことで僕は美穂に説明を求める。
「幼馴染みとして、元恋人としての別れのキスだよ」
「ちょっと過激すぎるけどね」
「別に今生の別れじゃないよ。いつかきっとまた会えるから。」
「そうだな」
「さて、じゃあお別れも済んだし始めようか」
僕らは同時に返事する。
「「オッケー」」
美穂が僕たちに手をかざすと目の前が真っ白になった。
意識が遠のく。
「必ず二人を連れ戻す方法を見つけるから」
意識の端にそう聞こえた気がした。
「助けに来たよ」
膝を抱えた少女に声をかける。
「きみはもう自由だ」
少女は顔を上げる。
その顔に表情はない。
「向こうで感情を取り戻すといい。さあ行け!」
僕は少女の背中を思いっきり押す。
そして少女は闇に沈んでいった。
ーーーーーー?????ーーーーーーー
あれからどれだけの時間が経っただろう。
一年だろうか?
百年だろうか?
まるでもう一つの日本での二年間のように時間の感覚がない。
でも今回は咲ちゃんと一緒だ。
僕は咲ちゃんを見る。
咲ちゃんも僕を見る。
この白い空間で僕らは二人でいろんなことをした。
いろんな話をした。
今までは忙しくてできなかったことをしている。
きっと独りならこの時期空間には耐えられない。
だから七草は僕の夢に入ったのかもしれない。
「ついてきてくれてありがとね」
咲ちゃんも同じことを思ったらしい。
「どういたしまして」
僕は応えた。
ここ会話って何回目だっけ?
多分僕らはだんだんおかしくなっていっている。
同じことをずっと話し続けている気もする。
「・・・・・・ん・・・る!?」
なんだこの雑音は?
咲ちゃんに目を向けるが首を横に振る。
どうやら咲ちゃんではないらしい。
「コ・・ゃ・きこ・る!?」
また聞こえた。
「コウちゃん!聞こえる!?」
この声は誰だっただろう?
誰かとても大事な人だったはず。
「咲ちゃん、知ってる?」
「どこか聞いたことあるよね?」
「コウちゃん!聞こえてる!?」
コウちゃんとは僕のことだろうか?
「聞こえてるよ!」
「コウちゃん!?よかった」
「きみは誰?」
「やっぱりわからないか。まあいいや。とにかく今そこから出すね。話はそれから。待ってて!」
出す?ここから?誰を?
「咲ちゃん。僕たち出られるのかな?」
「わからないけど、あの声はなぜか信じられる」
「だよね」
そう話していると空間に亀裂が走った。
その亀裂は徐々に広がり、ついには空間全体にまで広がった。
「もうすぐその空間は崩れるから、亀裂に飛び込んで!」
僕たちその指示に従い、亀裂に向かって走った。
でも一向に亀裂に行き着かない。
空間が広いのだ。
そうこうしているうちに空間が崩れ始めると目の前に亀裂ができた。
「コウちゃん、咲様早く!」
僕は咲ちゃんの手を掴みそこにあるはずの亀裂に飛び込む。
そこは暗い闇の中だった。
そして長い浮遊感に襲われる。
上を見ると白い空間が崩壊していくのが見えた。
「これでよかったのかな?」
咲ちゃんに聞く。
「あの声の人の言ったことだから大丈夫だよ」
二人で抱き合い落ちていく。
そして眩しい光に包まれたと思ったら、景色が変わった。
目の前には少女がいる。
どうやらどこかの家のようだ。
そうだ思い出した。
彼女は千歳美亜で春野里穂で遠藤美穂な天使の少女。
つまり僕らは帰ってきたのだ。
僕らの日本に。
「おかえりコウちゃん」
「ただいま、美穂」
「ただいま美穂さん」
僕に続いて咲ちゃんも思い出したようだ。
「そういえばどうやって呼び戻したんだ?」
「私も気になる」
二人で美穂に詰め寄る。
「その前に二人とも、今がいつかわかる?」
「20xx年だろ?」
「やっぱりあの時のままなんだ。ごめん。変な意味はないの。ただの確認」
「で、答えは?」
「今は23xx年。つまりあれから三百年後なんだよ」
「「え?」」
三百年後?なにそれ?
「つまり僕たちは三百年もあっちにいたの?」
「うん。お姉ちゃんよりも更に長い間ね」
七草よりも長くか。
「それでなんで戻ってこられたんだ?」
「私がした話は覚えてる?世界の『調整』の話」
覚えてる。というかそれのせいで咲ちゃんは向こうに飛ばされたのだから。
「世界は同じ存在が同じところにいるのを許さない。でも、片方がいなくなればもう片方は存在できる」
「それがどうした?」
「あれから三百年。お姉ちゃんは普通に歳ををとって死んでいった。そして咲様は今お姉ちゃんの生まれ変わりという扱いで世界にとどまっている」
どういうことだ?
「つまり美亜さんと里穂さんの関係と同じってこと?」
「そういうこと」
咲ちゃんは地味に理解していた。
「神様に頼んだんだよ?大変だったな〜」
まるで懐かしむように言う美穂。
「でもなんで三百年後なんだよ?もっと早くは無理だったのか?」
「だって、礼希くんとの結婚生活が大変で大変で。ここは私たちの家だったんだよ。更に神様もなかなか許可くれないし」
礼希との結婚生活?
「美穂、礼希と結婚したのか!?」
「え!?本当!?」
「うん。すごく楽しかったよ。ちなみに穂花ちゃんと悠木くんがくっついたし喫茶紅も復活したし・・・・・・」
この三百年間の出来事を嬉々と語っていく美穂を見て、成長したなと思う。
あの時の僕に執着していたのが嘘のようだ。
「でも流石にみんな死んでいくのを見るのは辛かったな」
美穂は天使だから、寿命は人間よりも長いらしい。
むしろもう死んでんじゃね?
「あとこれを」
そう言って差し出されたのは通帳だった。
「これはみんなが二人のために少しずつ貯金していったお金の入った通帳だよ」
みんなが僕らのために?
でも
「みんな忘れるんじゃなかったのか?」
確か美穂はそう言った。
「うん。しっかり忘れてたよ。でも一生懸命話したらわかってくれた」
「思い出したわけじゃないのか?」
「わかってくれただけ」
「でもなんでそんな存在するかしないかわからない人間のために貯金なんかしたんだ?」
「それはその人にしかわからないよ」
「だよな」
みんなに感謝しないといけないようだ。
「もう一つこれを」
差し出されたのはビデオカメラだった。
「みんなからのメッセージが入ってる」
それを聞いて僕はすぐにビデオをテレビに繋ぎ回した。
最初に映ったのは悠木と穂花ちゃんだった。
二人とも老けても昔の面影を残していた。
「『久しぶり』と言うべきかか『初めまして』と言うべきか迷うけどここは久しぶりと言っておこう」
喋り出したのは悠木だった。
「美穂さんに聞いたよ。二人には世話になったらしいな。でも不思議なもんだな。まさか穂花と七草以外に俺に幼馴染みがいたとわな。って違うか。穂花と咲が俺の幼馴染みなんだっけ?まあ時間もないし手短にやろう。
俺が二人に伝えたいことは感謝なんだ。
咲がちゃんと俺を振ってくれなかったら俺は穂花と結婚できなかった。
孝が手伝ってくれなかったら穂花を見つけ出すことができなかった。
だからありがとう。
それだけだ」
悠木は言い終えて今度は穂花ちゃんにカメラを渡した。
「こんにちは。久しぶりなのかな?とにかく二人とも観てる?元気かな?」
昔に比べて随分落ち着いたようだ。
もう高子の穂花ではないらしい。
「本当のことを言えば二人のこと全然覚えてないんだよね。でも美穂ちゃんの話に嘘はないと思う。そういうのは聞けばわかるからね。二人が私と悠木がくっつくきっかけを作ってくれたんだよね?ありがとう。覚えてないけど、私は二人のこと大好きだよ。本当に大好き。できれば生きているうちに会いたいけど歳には勝てないからね。そうそう、ちなみにプロポーズの言葉は『穂花のことを絶対守る。だから結婚してくれ』だったよ。
本当臭いこと言うよね?
まあおかげで子供が二人、孫が三人生まれて楽しく暮らせたんだけどね。
そろそろ時間がないから切るね?
じゃあね二人とも。
家族の次に愛してるよ」
それでビデオは切れた。
二人は僕らを覚えてはいなかったけど、それでも僕たちがいたと信じてくれた。
それがすごく嬉しい。
そして次が始まった。
次は多分礼希だろう。
隻腕の車椅子なんて礼希しかいないからな。
「久しぶりだな孝」
あまりの自然さに僕らを忘れたようには感じられない。
「って、なんで喋ってんだよ!?」
確かあいつ喋れなかったよな!?
「お前が思いそうなことはわかっている。なんで喋っているかって?そんなの治ったからに決まってるだろ?医学の進歩舐めんなよ。
それと俺もお前のこと忘れてる。
でもお前はいたということは確かだ。
根拠はないけどそう思う。
俺がお前に伝えたかったのは喋られるようになったことと俺にも彼女ができたこと、そして元気にしてるということだけだ。
あとこれは咲ちゃんに、孝のことよろしく頼む。以上だ」
ビデオはそこで終わった。
相変わらずで安心したよ。
最期まであれか。
美穂も大変だっただろうな。
最後に映ったのは七草だった。
彼女もだいぶ老けたようだった。
「ごめんね孝くん。私は孝くんたちに助けられたのに私自身は何もしてあげられなかった。咲さんもごめん。
私は二人のことを忘れてなかったんだけど、里穂から私じゃ何もできないって言われちゃった。
私は今でも孝くんが好きだよ。
結局結婚もしずにここまで歳をとってしまった。
でも悔いはないんだよ。
だってそれは、最期まで孝くんを愛せたということだから。
孝くん、咲さん。
私を出してくれてありがとう。
約束を果たしてくれてありがとう。
私に友達をありがとう。
本当に感謝してもしたりないよ。
だからせめてあの空間から出てきた二人が幸せであるよう祈ってます」
ビデオが終わった。
みんな歳をとっていた。
僕たちだけが置いて行かれた。
「私も感謝してるんだよ」
今まで黙っていた美穂が言う。
「私の友達もみんなが私の前からいなくなっていく。でも二人は帰って来てくれた。だから本当に感謝してるの」
「僕もみんなに感謝してる。みんながいなければあそこから出られてもその後を生きていけなかったと思う。それに美穂も僕たちのためにいろいろしてくれたわけだし」
「私も孝くんと同じ。みんなが私たちの存在を信じてくれたから私たちは生きていける。
美穂さん。みんなのお墓に行きたいんだけどいいかな?」
「もちろん」
僕たちは悠木と穂花、礼希、七草の墓にお礼を言って回った。
気づけばもう夕暮れだった。
「二人はこれからどうするの?」
美穂が確認のためか聞く。
「僕らはそうだな。とりあえず家を借りて二人で住むよ。それからは普通に暮らしていくかな?でもその前に」
僕は咲ちゃんの前に片膝をつき片腕を伸ばす。
「え?なに?」
咲ちゃんも戸惑っているようだ。
でも僕は言う。
必要なものがないけど、後ででいいかな?
「咲ちゃん、僕と結婚してください」
「こ、孝くん。・・・・・・はい。こちらこそよろしくお願いします」
僕の手を取ってくれた。
「でもコウちゃん、プロポーズって指輪いるよね?」
「後ででいいだろ!」
「え〜後で〜」
「咲ちゃん!?」
「冗談」
「笑えない」
美穂と咲ちゃんが笑う。
僕もつられて笑った。
ーーーーー 一年後 ーーーーーーー
空は雲ひとつない快晴だった。
そんな空の下
「では誓いのキスを」
神父が告げた。
今日僕は咲ちゃんと結婚する。
みんなの貯金は予想以上に多く、合計で数億円という国家予算的数字になっていた。
話では悠木が政治家だったらしい。
そのため一年後には結婚式を挙げることもできた。
僕は純白のウエディングドレスを着た咲ちゃんにキスをする。
悠木が見たら怒るだろうな。
そして僕は咲ちゃんに告げる。
「咲ちゃん、この先何があっても、二人で協力して生きて行こう。みんなのためにもね」
「うん!」
咲ちゃんは大きく頷いたのだった。
これで僕の、いや、僕らの話を終わろうと思う。
世界はいつも理不尽だけど、人はその中からは抜け出せない。だけど負けずに立ち向かえばきっといいことがあると思う。
もしも負けそうな時は信頼できる仲間に頼ればいい。きっとその人は助けてくれるはずだら。
ただし、借金とかは止めておこうきっとみんな離れていくから。
今まで聞いてくれてありがとう。
それでは皆様さようなら。
長々と読んでくださった方ありがとうございます。
この作品はこれで終了しますのでご安心ください。
これを読んでると
「リア充爆破しろ!」
と思うわけですけど、実は羨ましかったりもするんですよね。
あと題名に(上)とか書いてあるけど、あれはただのミスです。
(中)とか(下)とかはないのでご安心ください
。
あと途中タイプミスが多発していた件も深くお詫びいたします。
というわけで『理不尽な世界の中と外』これで終わりたいと思います。
本当にありがとうございました。
次の作品も是非読んでください。
切実にお願いします。
この作品はフィクションであり、実在する人物及び地名とは全く関係ございません。