残されたの少女の話
ーーーーー20xx年六月十三日(木)ーーー
ーーーーーー八谷咲パートーーーーーー
私はの学校は孝くんと違う学校だ。
だから私に彼氏がいないという噂が流れている。
自慢じゃないけど今までに四十五回の告白を断っている。
元カレの式城悠木くんと別れたのが二ヶ月前。
といっても彼はただの幼馴染みで偽物。
ただ孝くんはそのことを知らず、私は前まで付き合っていた人がいたと思ってるらしい。
恋人らしく見せるために何度か人前でキスしてみたりもしたが、晴れて好きな人ができた暁に別れてもらった。
でもそれが間違いだった。
孝くんとは同じ学校じゃないから一緒にいることもできず、悠木くんと別れてフリーになったと思っている男たちに何度も告白され、迫られた。
その度に彼氏がいると伝えるのに一向に告白は止まらなかった。
理由として、『告白を止めるための嘘』ということになっていた。
それを止めたのが悠木くん。
悠木くんが事実だと言ったことによって告白がピタリと止んだ。
元カレの言葉は本人の言葉より重い。
それを思い知らされた。
「そういえば遠藤孝ってどんな奴なんだ?」
悠木くんはよく私に聞いてくる。
そして私は決まって
「優しくて、いい人」
と答える。
「遠藤孝に会わせてくれ」
朝の悠木くんの一言目がこれ。
「またそれ?」
これで何回目だろう。
多分百回超えている。
「気になるんだよ、どんな奴なのか」
「だから優しくて、いい人だってば」
「俺とどっちがカッコいい?」
「孝くん」
即答してやった。
悠木くんが落ち込む。
このやり取りも何度もやっている。
実は薄々気づいていることだけど、悠木くんは多分私に恋しちゃっている。
多分じゃないかな?
多分絶対に恋しちゃっている。
多分と絶対って反対の言葉なのになんで一緒に使うのかな?
まあとにかく、悠木くんは私のことが好きだからちょっと虐めてやるのが習慣になっている。
「なになに?もしかして妬いてる?妬いちゃってる?」
「な、妬くわけにゃいだろ」
あ、噛んだ。
「ふーん。じゃあこれ以上詮索しないでね」
いかに悠木くんが私に好意を向けてくれても私は孝くんが好きだし孝くんも私を好きでいてくれる。
とにかく私と孝くんはラブラブなのだ!
何てことは正直恥ずかしくて言葉にできない。
そうこうしているうちに朝のチャイムが鳴る。
逃げるいい口実ができた。
「ほらチャイム鳴ったし自分の教室に帰りなさい」
「いや待て、まてーーーー!」
悠木くんの叫びを聞きながら教室の外に追い出す。
扉を閉めると悠木くんの声は完全に聞こえなくなった。
授業中丸められた紙が飛んできた。
開くとそこには
『ヒューヒュー。穂花より』
と書いてあったのでとりあえず破り捨てる。
それを見た左斜め後ろの少女が言葉ない叫びをあげる。
彼女は夢見穂花。
私のもう一人の幼馴染み。
悠木くんと家が隣で私とは悠木くん挟んだ隣の家。
手のかかる妹のような存在だ。
私はノートを破りそこに文字を記す。
『私の彼氏は遠藤孝くんなの!八谷咲より』
それを丸めて思いっきり穂花の頭に投げつけた。
私は今日機嫌がいい。
なぜなら孝くんの心配ごとがなくなってめい一杯甘えられるからだ。
孝くんはどこまで許してくれるかな?
もしかしてCまで行っちゃうかな?
そしたらあんなことやこんなことまで・・・・・。
妄想は途中で止められた。
いまは授業中。
クラス中の視線が私に向かっている。
あれ?もしかして口に出してた?
「八谷、お前最近ぼーっとしすぎだぞ」
先生に怒られた。
考えていた内容が内容なだけに恥ずかしい。
「まあいい、九十六ページを音読」
「は、はい・・・・」
クラス中で笑いが起きた。
穂花も笑っている。
すべてのの元凶のくせに。
「もう、なんなのあの手紙!」
私は穂花に詰問していた。
あれさえなければ恥をかかなくて済んだのに!
「いや〜、なんか悠木といい感じだったからつい」
「『つい』で許されると思っているの?」
きっと彼女にとって今の私は阿修羅の如く見えているだろう。
「そ、それよりこっちこそなんなのあの手紙!」
「何が?」
「『私の彼氏は遠藤孝くんなの!』ってやつ。よく恥ずかしげもなく言うよね?」
「だって事実だもん」
はっきり言う。
恥じることはない。
私は孝くんが好きだから。
「はいはい、ごちそうさま」
穂花も呆れたように肩をすくめる。
「でもまさか咲のハートを掴む男がいるとはね〜」
「孝くんはいい人だもん」
「それは何回も聞いた。それに今日は妙に上機嫌だし」
「孝くんの心配ごとがかたずいたから今日はめい一杯甘えるの」
楽しみを自慢するように言う。
実際自慢しているんだけども。
「なるほど。どうせさっきもどうやって甘えようか考えてたんでしょ?」
「それは・・・・・」
考えていた内容を思い出してしまった。
顔が熱い。
「なんか今日は暑いね〜」
「そんなに暑くないよ?曇りだし」
意地悪な笑顔で私に言ってくる。
「そんなことより孝くんだっけ?早く紹介してよ」
「やだよー。まだ会わせてあげない」
「なんで?」
「なんとなく」
「えー」
本当は二人の時間を邪魔されたくないだけでそんなに深い理由はない。
「孝くんは私だけのなんだから!」
膨れている穂花に言い放った。
さあ昼休みだ!
「穂花食べよ〜」
私はいつものように穂花の元に歩く。
「いや!」
拒否された。
なんで!?
「孝くんを紹介してくれるって言うまで一緒に食べない」
まさかの孝くん目当て!?
「あの、一つ聞きたいんだけど、孝くんと知り合ってどうするの?」
「略奪!」
「拒否!」
「うそうそ、本当」
「どっちなの!」
「嘘だって。ただの興味」
本当に心臓に悪い子だ。
それに穂花は悠木くん一筋のはずだし。
「じゃあ一緒に「却下」」
最後まで言わせてくれなかった。
仕方も時間もないので一人で食べようとしていると
「咲ー!」
悠木くんが来た。
今一番いらないのに。
いや、今一番有効活用できる便利アイテムが来た。
「穂花、こっちきて一緒に食べない?悠木くんと一緒に」
「行く!!」
簡単な女だった。
「それでこいつ俺に遠藤孝を紹介しようとしないんだよ」
「私にもだよ。もしかして本当はそんなのいないんじゃないの?」
「いるよ!孝くんはきっといるよ!」
「「絶対じゃないのか!?」」
二人見事にハモった。
ナイス私!
「今頃孝くん何してるのかな?」
「学校行ってるんじゃないのか?」
「学生なんでしょう?」
「うん。放課後喫茶紅で会う約束してるしね」
「「え!?」」
「ん?」
しまった!!!!!
言っちゃった。
『つい』言っちゃった。
「いいこと聞いたな」
「そうだね」
何か相談している幼馴染み二人。
「あの、つい言っちゃっただけだから聞かなかったことにして?」
「『つい』は通じないんだいね?」
「うっ!」
まさかこの言葉で返されるとは。
反抗できない。
「そうだー。悠木くん今日は帰りに喫茶紅でお茶しよー」
完全に棒読みだった。
「それがいいな!よしそうしよう!」
こっちは過剰演技だった。
「二人とも〜」
私は泣くことしか許されなかった。
放課後二人はやはり付いてきた。
「なんでついてくるの!?」
「付いて行ってないよ?行く方向が同じだけだよ?」
白々しく穂花が答える。
自業自得。
この言葉の意味を体感した。
「・・・・もう勝手にして」
「やった!!」
そのまま喫茶紅に入る。
私は当然職員用入り口からだけど。
更衣室で着替え、店長に挨拶し、フロアに出る。
ここからの私はウェイトレスだ。
自分を切り替えてウェイトレスモードになる。
パッと目に入るのは穂花と悠木くん。
二人とも私を見てニヤニヤしている。
「ご注文はお決まりですか?」
相手が友人であろうとウェイトレスモードは崩れないのだ!
でも、孝くんならお客さんが少ないと咲ちゃんモードになるんだけど。
「じゃあ『孝くん』と同じものを二つ」
穂花が注文する。
孝くんがいつも頼むのはブレンドコーヒー。
正直かなり苦い。
ふとイタズラ心が芽生えた。
やっぱり孝くんが絡むとウェイトレスモードを保てないようだ。
「かしこまりました」
私はブレンドコーヒー二つを厨房に伝えに行った。
それからしばらくしてあるテーブルから
「「苦っ!!!!」」
と叫び声が上がったが知ったことではない。
しかし、いつもならそろそろ孝くんが来る時間だ。
「今日は孝くん来てくれないのかな?」
もしかしたら何か都合が出来て来れないのかも知れない。
でも、また明日って言ったよね?
私は微かな不安と期待の入り混じった複雑な気持ちになった。
結局今日孝くんが来ることはなかった。
二人は残念そうに帰って行った。
でも、本当に今日はどうしたんだろう?
孝くんに電話しても出てくれない。
もしかして浮気!?
そうだ孝くんの家に行こう!
私は前に聞いた孝くんの住所に向かった。
孝くんの家に行くと救急車が止まっていた。
私は嫌な予感に駆られて駆け寄った。
孝くんのお母さん曰く起きないのだそうだ。
夜普通に眠ってそのまま起きない。
「孝くん!孝くん!」
救急車に運ばれる孝くんの名前を呼ぶことが私にできる精一杯だった。
「お願い!気づいて。咲さん!」
誰かが私を呼んでいる。
目を開くとそこは白い空間だった。
そこにはたたずむ一人の少女。
「あなたは?」
ずいぶん焦っているのか必死な顔だ。
「咲さん!よかった。繋がった」
何か一人で安堵している。
「とりあえず落ち着いて話しましょう」
「ご、ごめんなさい」
「それで何を焦ってるんですか?」
「孝くんが夢に捕まった!」
「へ?」
今この人はなんて?
孝くんが捕まった?
何に?
夢に。
それは後で考えるとして、
『孝くん』?
これは私の孝くんの呼び方。
なんで他の知らない女が孝くんを『孝くん』とか読んでるの?
「あなたは孝くんのなんですか?」
おそらくすごい敵意だったと思う。
でも少女は一言こう言った
「初めまして私は孝くんの元カノの春野七草と言います。よろしくね」
「出来るかーーー!」
元カノと今カノがどうして仲良くできる!?
というか孝くん確か恋愛経験ゼロだったと思うんだけど!?
「その話は後でにしてまず私の話を聞いて」
「ごめんなさい。無理!まずは孝くんとあなたの関係をはっきりさせないと「孝くんの危機なの」」
割って入ったその声で頭が冷えた。
孝くんの危機。
この子春野さんは確かにそう言った。
「どういうこと?」
やっと私は春野さんの話を聞く気になれた。
「さきに言うけど今から私が話すことはすべて事実だから心して聞いて」
そう前置きして春野さんは話す。
自分の過去と孝くんのこと。
孝くんと恋人同士になったこと。
孝くんを思い出したこと。
そして最後に夢に取り残されたこと。
「正直信じられない」
「だよね。でも本当にあったことなの」
「もしそれが本当だとしたら私あなたが許せない」
「ごめんなさい。私が孝くんに助けを求めたから・・・・」
「違う。そんなことじゃない」
「えっ!?」
「私が許せないのは孝くんと恋人同士になったこと!」
「そこ!?」
「だって孝くんは私の恋人なんだもん。例え過去でも私の方が先!」
「そっか」
春野さんはなんだから安心したようだ。
「それで相談なんだけど、孝くんを助けるのを手伝ってくれないかな?」
「いいよ」
即答する。
一瞬も躊躇わない。
躊躇うわけがない。
だって孝くんのためだから。
「危険かもしれないよ?」
「うん」
「もしかしたら死んじゃうかもしれないよ?」
「うん」
孝くんのところに行きたいから。
だからやる。
「わかった。私は夢の中でしかアドバイスできないから私の作戦を頭に送るね」
そして私の頭に触れる。
その時情報が頭を流れる。
「じゃあ、また会う日までその作戦通りお願い。私も夢からアプローチしてみるから」
私は闇に落ちていった。
ーーーーー六月十四日(金)ーーーーーー
「きゃー!!!!!」
妙な浮遊感の後、私は目を開いた。
目の前には自分の部屋の天井。
「夢?じゃあないんだ」
私の頭の中には春野さんの言う作戦があった。
孝くんを取り戻すためには春野さんが言うあちら側と繋がないといけないらしい。
その繋ぐ媒体として夢を使う。
ただ、その夢を見つけるのにも時間はかかる。
実行は一ヶ月後七月十四日。
それまでに私は明晰夢を習得しなければいけない。
そして私の明晰夢を春野さんが見つけた孝くんの夢に繋げて引き上げる。
これが作戦。
要は私がどれだけ夢で意識を保てるかだ。
早速今日から練習しないと。
「ってやば!遅刻する!!」
反復に時間をかけてしまったようで、普段の時間から二十分も遅れている。
朝ごはんは食パン一枚。
とにかく、明晰夢の練習は学校でやろう。
気分を入れ替え学校まで全力で走った。
「どうしたの?今日はギリギリじゃない?」
ホームルームのあと穂花が私の席に来た。
「ちょっと寝坊した」
机に突っ伏しながら言う。
「もしかして『孝くん』関連?」
ニヤニヤ顔を隠そうともせずにズカズカ踏み込む穂花。
「まあ、そんな感じ」
あながちハズってもいないので適当に答える。
「そっか〜、昨日の夜はご無沙汰だったか〜」
「うん。・・・・ん?」
「ついに咲も大人の階段登り「ません!」」
何を言いだすか?この子は。
確かに夜に孝くん関連の事情はあったけど大人の階段を昇るようなことはしていない。
「ねえ、咲」
穂花が何かを言おうとするもチャイムに阻まれた。
「またあとで言うね」
そう言い残して自分の席に帰った。
一時限目国語
私は明晰夢の練習を始める。
やり方も昨日春野さんに直接ではないけど教わった。
それでは始めましょう。
失敗だった。
夢を覚えることは得意だけど夢で夢を自覚するのは予想以上に難しい。
正直無理なんじゃないかな?
でも孝くんはできたんだよね?
最初は私のこと忘れたらしいけど思い出せたみたいだし。
それに孝くんが起きるかどうかも私にかかっている。
というわけでめげずにチャレンジしよう。
二時限目体育
できない!
体育で寝るなんて無理!
しかもよりによってバスケ!
私運動音痴!
「咲、パス!」
顔面に直撃したのが最後の記憶だった。
でも結果として保健室に運ばれて心置きなく練習できた。
結果は失敗だったけど。
三時限目世界史
よし、今度こそ成功させる。
先生の声を子守唄に私は寝にかかった。
というわけでおやすみ。
・・・・。
失敗した。
夢の中で猫と遊んでしまった。
あれ?どんな猫だっけ?
どうしよう。
成功できる気がしない。
時計を見るとあと二十分ある。
もう一度挑戦しよう。
というわけでおやすみ。
四時限目 物理
気づくと世界史が終わっていた。
まさか休み時間をまたぐとは。
不覚。
そしてやはり失敗。
もう一度
おやすみ。
・・・・・・・・。
できるかぁ!!!!!!!!!
今日で何回寝てるの!
そんなに何回も寝れてたまるかぁ!!
もうお目々ぱっちりだよ!
眠くないよ!
朝もう少しとか言うけど寝るのもしんどいよ!
今日はもうやめよう。
その後授業を真剣に受けました。
昼休み、いつものように悠木くんと穂花が集まってきた。
「でさ、結局あれから『孝くん』と会えたの?」
穂花が興味深々といった調子で聞いてくる。
悠木くんも身を乗り出さんばかりだ。
「うん。会えたっていっていいのかわからないけど会えたよ」
「どういうこと?」
「ちょっと孝くん風邪ひいたみたいで寝てたんだよ。だから私が一方的に見ただけ」
「そっか〜じゃあ仕方ないね」
普通の会話。
でも穂花の表情が少し険しい。
「穂花さっきはどうしたの?」
朝、穂花は何かを言いかけた。
「ううん、あとででいいよ」
「そっか」
場の雰囲気が悪くなる。
なんというか気まずい。
「じゃ、じゃあ放課後お見舞いでも行こうぜ。今日はバイト休みの日じゃなかったか?」
「そうだけど、孝くん入院中なんだよ」
「入院!!そんなにひどいの?」
「うん」
流石に眠って起きないとは言えない。
でもお見舞いか。
行ってこよう。
私は昨日聞いた病院に行くことにした。
鈴木病院。
そこに孝くんは入院した。
受け付けで孝くんの病室を聞き、廊下を歩いていた。
「あの、すみません」
突然後ろから声をかけられた。
振り返るとスケッチブックを持ったイケメンな男が乗った車椅子を押しているナースがいた。
「どうかしましたか?」
私にはイケメンにもナースにも面識がない。
「私ではなく彼が用事があるみたいで」
とイケメンに視線を送るナース。
『そういうことだ』
とスケッチブックに書いてだすイケメン。
『君は孝の彼女だろ?』
挑むような顔でスケッチブックを見せる。
「孝くんの知り合いですか?」
『陽木礼希。まあ、孝には親友なんて呼ばれているな』
孝くんの親友。
そういえば前にイケメンの親友がいると聞いたことがある。
でもなんで喋らないんだろう?
しかも左手で書いているので文字が読みづらい。
よく見ると右腕がないような。
『ああ、この腕か?この腕は俺の罪の証ってところだな』
喋らない件についてはスルーなの!?
『そんなことより、孝に何があったんだ?』
「なんでそれを?」
『俺はこの病院に入院してるんだぜ。そのくらい耳に入る』
「そうですか」
『で、なんで孝は寝たきりなんだ?』
「わかりません」
本当の事を話しても信じてはもらえない。
だから知らないことにした。
『嘘だね。君は知っている。大丈夫俺は多少のことには動じないよ』
「本当に信じられますか」
最後の確認。
『俺は孝の親友なんだぜ?』
その言葉だけで私が全てを話すには十分だった。
「わかりました。お話します」
『看護師さん。少し外してくれるかな?』
スケッチブックを向けられたナースは私の顔を見てお辞儀し立ち去った。
『さあ、教えてくれ。今孝に何が起こっている?』
・・・・・・・。
『そうか』
私の話を聞き終えた礼希くんはただ一言書いただけだった。
『孝が夢にか』
やけに落ち着いている。
過去の時間線とか言われて混乱しないのだろうか?
『孝は俺を止めるとき言ったんだ。過去の世界からきたと』
「え?」
『俺にできることはなんでも言ってくれ。孝は俺の恩人だからな』
ニコリと笑う。
孝くんの次にカッコよかった。
『これが俺のアドレスだ。何かあったらメールしてくれ』
そこにはケータイのアドレスが書いてあった。
「はい」
私はアドレスをガラケーに打ち込んだ。
赤外線が使えないとやっぱり不便だった。
『俺のアドレスは絶対に孝に見せるなよ。あいつ妬くから』
「なら逆に見せたいです。妬いてくれるなら」
それを聞くと礼希くんは吹き出した。
あくまで声が出ないらしい。
『君はやっぱり孝とお似合いだ。孝のことは頼んだ』
そう言うと何かボタンを押す。
すぐにナースが来て礼希くんを連れて行った。
「やっぱりって前にあったことあったっけ?」
私は疑問を抱え孝くんの病室に向かった。
そして出会った。
その少女は孝くんの病室にいた。
「あの、どちら様ですか?」
私は聞いた。
「千歳美亜です。あなたは・・・・孝くんの彼女さんかな?」
千歳美亜。
孝くんに好意を寄せ、恋をしたもう一人の少女。
「私は八谷咲と言います。知っての通り孝くんの彼女です」
「あ、敬語とかはいいよ。聞いた話だと同い年だし」
千歳美亜はあくまで笑顔で言う。
「あなたは、美亜さんは私はを恨んでないの?」
「なんで?」
「私はあなたが孝くんを好きだと知りながら孝くんを好きになった。恋人になった。あなたの気持ちを知っていたのに・・・・・」
「私は咲さんを恨んでないよ。だってコウちゃんが決めたんだもん。文句は言えないよ」
彼女の言葉からは彼女が本当に孝くんが好きだったことがわかった。
「でも、気をつけて。あっちの私はまだ孝くんを諦めていない。いつか私は消されあっちの私がこっちに来ると思う。その時は私からコウちゃんを守ってあげて」
美亜さんは立ち上がり病室の入り口に歩み寄る。
「それじゃ、縁があったらまた会おう」
背を向けたままそう言うと彼女は病室を出て行った。
それを見送り、ベットで眠る孝くんの手を握る。
「孝くん。きっと助けるからね」
それだけ言って孝くんの手を握り続けた。
家に帰ると夜の八時だった。
私はベットに倒れこむ。
眠れない。
昼間寝すぎたせいで全然眠れない。
そこでケータイが鳴る。
画面には『穂花』と書いてあった。
「はい、咲でーす」
『もしもし咲?えっと〜なんというかね、朝の話の続きなんだけど、今いい?』
「うん」
『あのね、咲って結局悠木のことどう思ってるの?』
「どうって?」
『・・・・・好きなの?』
何を言っているんだろう?
私は孝くん一筋なのに。
「友達としては好きだよ?」
『あくまで友達として?』
「そうだよ。私は孝くんが好きなの。確かに中学の時とか男の子に興味なくて普通に悠木くんにキスとかしてたけど、今は孝くん以外は考えられない」
『私ね悠木が好きなの。でも悠木はどう見ても咲が好きでしょ?だから咲が悠木をどう思ってるのか知りたくなったんだ』
「で私は二人がくっつくように手伝えばいいのかな?」
『そうしてもらえると嬉しいです』
「わかった。孝くんが優先になるけど協力するよ」
『ありがとう』
電話が切れた。
穂花が悠木くんとね。
まあ、いいんじゃないかな?
その日私が寝れたのは午前三時過ぎだった。
ーーーーー七月八日(月)ーーーーーーー
あと六日しかない。
なのに私は明晰夢を修得できずにいた。
最初こそ『そのうちできるようになる』と余裕をかましていたが流石にこれは焦る。
だからと言って延期はできない。
それは孝くんの精神の問題になるからだ。
孝くんは今独りだと春野さんから聞いている。
ずっと独りでいたら人間の心は簡単に壊れてしまう。
だからやっぱりタイムリミットは四日後でないとダメなんだ。
というのに私は今校舎裏にいる。今年はまだ梅雨が明けないのだけれど、よく晴れていた。夕暮れの校舎裏で私は悠木くんに呼ばれていた。
ここで待って十分ようやく悠木くんが小走りでやってきた。
『私ね悠木が好きなの』
穂花の言葉が思い出される。
「ごめん、待った?」
「十分くらい」
以前に孝くんと同じような会話をした。
あの時は私が悠木くんの役をやってたな。
それは置いといて、この状況。
だいたい予想はつく。
「俺、咲のことが好きなんだ。彼氏がいるのはわかってる。でも、もし中学の時みたいに戻りたいと少しでも思ってるのなら『孝くん』と別れて俺と付き合ってほしい」
やっぱり告白だった。
彼はひとつ勘違いをしている。
私は別に悠木くんが好きで付き合っている振りをしたわけでもキスしたわけでもない。
だから身体までは差し出さねかった。
その事実を伝えようと口を開こうとした時だった。
突然キスされた。
前にも同じことがあった。
あれは一ヶ月前。
孝くんが夢に囚われる日の前日の夜。
キスしてと頼んだら不意打ちでキスされた。
あの時の相手は孝くんだった。
だから嬉しかったし恥ずかしかった。
でも今回は違う。
今回は悠木くんだ。
孝くんじゃない。
中学の時は当たり前だったそれが今はとても
ーーーー気持ち悪い。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
相手が孝くんでないだけで、すごく気持ち悪い。
キスがこんなに気持ち悪いなんて思わなかった。
孝くんとは気持ちよかったのに。
「は、離して!」
私はすぐに悠木くんから離れる。
というより突き飛ばす。
「なんでだよ!俺はこんなに咲が好きなのに。咲の言う『孝くん』なんかよりずっと好きなのに!」
「孝くんを悪く言うつもり?」
正直頭にきた。
孝くんより私を好きでいてくれる人はいない。
「ねぇ、どういうこと?」
声がする方向には穂花が立っていた。
そんなことより、どこからいた?
「穂花?」
彼女が発した言葉は一言。
「咲、私を裏切るの?」
それだけ言い残し穂花は走り去った。
「待って、穂花!」
追いかけようとしたが悠木くんに腕を掴まれる。
「離して!」
「イヤだ。話は終わってない!」
もうダメ。
抑えられない。
「じゃあ、今ここで話を終わらせてあげる!私は孝くんが好きなの。それは絶対に揺るがない」
「俺からしたら『孝くん』はいないんだよ!お前は会わせようともしないし、姿も見せない。本当に『孝くん』なんているのかよ!実はそうやって騙してるんじゃないのか!?」
殴った。
初めて人を、幼馴染みを殴った。
それもグーで。
「孝くんはいる!孝くんは私が連れて帰る!絶対こっちに連れてくる!だから、孝くんが存在しないなんて言わないで!言うんじゃねー!!!」
生まれて初めて私はキレた。
自分のことではここまでキレなかっただろう。
でも、孝くんのことになると私は冷静でいられない。
「あ・・・・・・・」
悠木くんは唖然としている。
私は穂花を追いかけた。
追いついたその場所は公園だった。
孝くんとの初デートはここからスタートした。
その場所で親友にして幼馴染みと対峙する。
「私、悠木が好きって咲に言ったよね?」
「うん」
「咲は私に協力してくれるって言ったよね?」
「・・・・・・うん」
「悠木が咲のこと好きだってきづいてたよね!」
「うん」
「じゃあ、私が咲のこと世界で一番嫌いだってことは知ってた?」
知らない。
知らなかった。
私たちは親友だと思っていた。
孝くんと礼希くんみたいな親友だと思っていた。
いや、親友だからこそ争うようにできているのかな?この世界は。
そういえば前に礼希くんに聞いた。
孝くんと礼希くんは六月に二度衝突している。
一度目の衝突の原因は、礼希くんが美亜さんを好きになった。
でも美亜さんは孝くんが好き。
それに憤りを感じた礼希くんが孝くん対峙した。
よく考えたら私と穂花も全く同じだった。
だから私は穂花を突き放しちゃダメなんだ。
穂花の憤りを全て受け止めないとダメなんだ。
私は言う。
本心をそのまま
「私は穂花を親友だと思ってる」
「親友?なにそれ?私はそんなこと思ったことない。だって、私は小学生の時からずっと悠木が好きだったのに悠木はずっと咲が好きだったんだもん。親友?笑わせないで!私は小学生の時からずっとあんたが敵だった!」
敵。
友達でも他人でもなく敵。
「私は孝くんが好きだよ。誰よりもずっと美亜さんにも負けないくらい好き。悠木くんよりも孝くんの方がずっと好き」
「信用できない」
「じゃあすぐに悠木くんのところに行くといいよ。さっき殴ってきたから」
「え?殴った?」
「孝くんをバカにしたから殴ってきた。私、孝くんをバカにする人は世界で一番嫌い。だから私は悠木くんのこと全然好きじゃないし、むしろ大っ嫌い」
「咲・・・・・・」
「穂花が悠木くんを好きなら私は喜んで協力するよ。だから仲直りしよ?」
私たちの対峙は孝くんたちのような派手な対峙ではない。
お互いの本音を言い合った。
ただそれだけの対峙。
でも私はそれで十分だと思う。
だって私たちは幼馴染みだもん。
穂花も同じように思ったのか
「うん」
と納得してくれた。
「ねえ、咲、『孝くん』に会ってみたい」
それは前からずっと言われ続けていること。
「なんで?」
「あの男に興味のなかった咲にあんな風に言ってもらえる人がどんなのか見てみたい」
その理由はなぜか今までとは違う興味が感じられた。
だから
「そうだね、六日だけ待って」
孝くんを紹介する事を承諾した。
「なにかあるの?」
「孝くんの都合がいい日」
「わかった。六日後ね」
七月十四日。
孝くんを取り戻すその日に約束した。
そのあと、私たちは家に帰った。
その間私たちはずっと無言だった。
「咲さんの意思でここに来られたんだね」
春野さんが私を見て言った。
その声は暗に
『やっと来たか』
と言っているようにも聞こえる。
「心の変化かな?現実で何があったかは知らないけど、なにか覚悟させるようなことがあったんだね」
多分穂花との約束。
それだろう。
「晴れて咲さんが明晰夢を使えるようになったおかげで準備はできた。あとは精度を上げるだけだね」
「孝くんの夢は見つかったの?」
「大まかな場所は掴んだよ。でもまさかあんな複雑な所にあるなんて思わなかったけど」
春野さんは難しい顔をしていた。
「複雑な所?」
「そう、夢の中のさらに深い所。多分、里穂がなにかしたんだと思う」
「私はあと六日、じゃなくて五日かな?とにかく残りは精度を上げればいいんだよね?」
「うん、次に会うときは孝くんを取り戻すその日だね」
その時私は闇に落ちた。
ーーーーー七月十三日(土)ーーーーー
午後十一時五十分。
もうすぐ本番の日。
私はこっそり孝くんの病室に来ていた。
あれから精度を上げた明晰夢はほぼ確実にできるようになっていた。
大丈夫。
絶対に成功する。
絶対に孝くんを取り戻す!
「今行くよ」
そして私は目を閉じる。
夢を意識し練習した通りやっていく。
目を開くとそこは白い空間だった。
そこにたたずむ一人の少女春野七草。
私と同じように孝くんに恋をした少女の一人がそこにいた。
「準備はいいかな?」
春野さんはなんの雑談もなしにいきなり本題を提示した。
私も雑談をするつもりはないけど。
「いつでもいいよ」
「先に言っておくと、多分これが私に使える最後の力。この作戦が終わればここに来る方法は無くなる。お願い咲さん。孝くんを助けてあげて」
「もちろん」
「よかった」
春野さんは柔らかな表情を見せる。
「でも私は春野さんも助けたい」
「えっ?」
「私は春野さんも孝くんも助ける。絶対孝くんと一緒に助けに来る。だから待ってて」
一瞬驚愕の表情を見せた春野さんだけどすぐに
「うん、待ってる」
と言った。
「それと、七草って呼んでくれたら嬉しいな。友達の証として」
「流石に呼び捨てはきついから『七草さん』で」
「まあ、それでもいいかな?」
一応妥協してくれた。
でもすぐに真剣な顔つきになる。
「じゃあ始めるね」
「うん」
春野さんが手をかざすと私は黒い穴に落ちる。
それからしばらく経ったが未だに穴の終わりが見えない。
一体どれくらい経ったのだろうか?
一時間?
一年?
とにかく落ち続けている。
ふと声が聞こえた
『僕は運命に負け屈服した』
『元の世界なんて知らない』
『もう帰る気力もない』
『だったらこのまま死んでしまおう』
孝くんの声。
それは深い絶望の声。
その中心に孝くんの姿があった。
きっと彼は彼で色々あったのだろう。
でも
「ダメだよ。孝くんはまだ負けてない。
七草さんを助けられる」
孝くんの体がピクリと動いた。
孝くんに一瞬感情が戻った気がして追い討ちをかける。
「だから手を伸ばして。一緒に変えよう。
一緒に戦おう。私はそんな孝くんが大好きだから」
私の誠意いっぱいの気持ち。
届いて!
『きみはだれだ?』
なんて失礼な質問だろう。
「私?私は八谷咲。きみの最愛の彼女だよ」
『八谷咲・・・・』
え?まさか。
まさかね?
「まさか忘れてないよね!?まだ一ヶ月しか経ってないのに!?」
素で反応したら孝くんがこっちを見た。
その目は私のよく知った光のある目だった。
『七草を助けたい。手伝ってくれ
ーーーーーー咲ちゃん!』
私の名前を呼んでくれた。
その前の『七草』が引っかかるけど確かに私の名前を呼んだ。
孝くんが私に向かって手を伸ばす。
それをしっかり掴んで引き上げた。
黒い穴を通る。
今度はとても短かった。
そして光が見えて眩しくて目を閉じる。
瞼裏から光が視界を覆い尽くしゆっくり目を開くとそこは病室だった。
帰って来たらしい。
孝くんを見るとまだ眠っている。
すると瞼が動いた。
「んっ」
声も聞こえた。
戻ってきたんだ。
そう思うと勝手に涙が溢れてきた。
色々言いたいことはあるけれど最初に言うことは決まっている。
笑顔で迎えるんだ。
そうこう考えているうちに孝くんの目が開く。
その目が私を捉えた。
きっと泣きながら笑うという意味のわからない表情になっていると思う。
それでも言おう。
「おかえりなさい」
この一ヶ月、幼馴染み二人のおかげでより深く好きになった最愛の恋人がこの世界に帰ってきたのだった。