亡霊
山賊たちの事件から数ヶ月、見せしめの効果もあってか掟を破るものも現れず、治安も乱れることはなかった。にもかかわらず不満の声が聞こえないのはイクシズがその他のことは自由にさせているからのようだった。
「あ、守様、洛様。この城下町にいらっしゃるとは珍しい。どうなさいやした?」
守たちの姿を見かけて声をかけてきたのは町一番の力自慢、五兵衛だ。さすがに力自慢なだけあって一歩身間違えればゴリ…格闘家のような体型だ。
「外の奴らがな…。この領内ならば掟と町の方針のおかげで不穏分子は少ない。しかし、ひとたび外へ出ればこの間のような山賊、他の領主等、様々な敵がいる。」
「確かにおっしゃる通りで、へえ。」
「そんな中、とある亡者の噂を聞いてな。なんでもその亡者は武士のなりをしており、人を夜な夜な襲うそうじゃないか。」
「…この間の行商人の噂か。」
「ああ、この町の平穏を存続させるためにもそんな輩は斬り捨てる。そこで五兵衛には数人腕のたつものを集めて欲しい。」
「なるほど、わかりやした守様。明日の夕刻には集まると思いやす!」
「すまない。」
と言い守たちはその場を後にした。
「…どうするんだ?」
「どうするも何も、今回は俺1人でいい、2人も出ることないよ。洛はここの守りを頼む。」
「…イクシズには俺から報告しておく。」
「サンキュ。」
次の日、夕刻には集まると言っていた五兵衛だったが、昼過ぎには準備が終わっていた。全く血の気の多い連中である。
「…どんだけ暇なんだよ、お前ら。」
「守様の呼びかけとあっては仕事をほっぽり出しても来るしかありませんぜ。」
「てめえ、この間山賊事件の時にまたほっぽり出して出ていったせいで女房に3日飯抜きにされたのを覚えてねえのかよ。」
「そんなこともあったっけな。」
といって五兵衛は豪快に笑う。
「…はあ、次からそういう時はこっそりうちに来い。少しなら飯を食わせてやる。」
「ありがてえ。」
「さあ、行くぞ。」
行商人の噂によると、亡霊が出るのは町外れにあるとある峠だった。
「しまった。亡霊なら夜にしか出ないじゃ…。」
と間の抜けたことを言うと、一行の空気が凍りつく。しかし、それは守の間抜けな発言のせいではなかった。
「本当にでやがった…。」
「幽霊なのに足があるぞ…。」
「お前ら…。馬鹿なこと言ってんじゃねえ。あれは生きた人間だ。」
亡霊が刀を抜く。それはどこか不気味な鈍い光を放つ刀だった。
「来るぞ!!」
亡霊はまっすぐまだ構えてもいない五兵衛たちに斬りかかる。
ガンッ
金属同士の衝撃音の後、五兵衛の視界には亡霊の刀を受け止めた刀を抜いた守がいた。
「いきなり斬りかかるとは随分礼儀知らずだな…!」
「………」
守は亡霊の違和感に気付いた。動きが生き物らしからぬのだ。守が亡霊の刀を弾き上げると亡霊は糸が切れたように倒れた。
「なんだったんでぇ…。」
五兵衛がはじいた刀を拾おうとする。
「それに触るな!!」
いきなり大声を出し不意を突かれたのか五兵衛も驚いた様子で大人しく従った。
「…帰るぞ。」
守は亡霊を拾い上げ、城に戻った。
「…なるほど、でお前はその刀が怪しいと思ったのか。」
「ああ、そんでこの刀がそうだ。」
守が峠にあった刀を転移させた。イクシズはそれをひとしきり眺めた後、再び何処かへ転移させた。
「あとで、リブラとヨミに詳しく調査させよう。だが、これは恐らく呪いの類のものがかかっている。」
「呪い?」
「魔法に近いものだ。特に闇属性に近いものと思ってくれていい。」
呪いとはどんなものか、誰がそれをかけたのか、どんな目的があったのか。自室にもどり1人そんな事を考えていると、カグヤがやってきた。
「…なんで当たり前のように俺の部屋にいるんだ?」
「いいでしょ、別に。こっち来てから守が相手してくれなくて暇なの。」
「…はぁ。で、どうしたんだ?」
「守が連れて帰ってきた、彼が目を覚ましたよ。」
「そうか。」
カグヤが不満げな顔をしている。試しにありがとうと抱きしめてみると嬉しそうににんまりしていた。…可愛いなぁ、ちくしょう。
城の客間の一室、亡霊だった男が寝ているはずの部屋にはすでにイクシズ、洛、ヨミが揃っていた。
「俺は…」
「町外れの峠で倒れていたんだ。」
「…俺は、失ったのか。何も守れなかった…!」
男が静かに涙をこぼす。イクシズが渋い顔をする。もしかしたら彼に自分を重ね合わせているのかもしれないと守は思った。
「…俺たちに教えてくれないか?何があったかを。」
「妻が殺され、娘が奪われた。」
部屋にとてつもない殺気が感じられた。…これは、洛か?本人は涼しい顔をしているが。




