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「機嫌、悪いですね」

 ハハハと乾いた笑みをもらせば、トナミさんはフンッとそっぽを向いた。

「何、美月に俺の機嫌とりでもしろって言われた訳?」

「そういう訳じゃないけど……」

「じゃあ何。俺今めっちゃくちゃ機嫌悪いんだけど」

 うん、それは見ればわかる。なんて流石に言えないけど。

「何で嫌なんですか、その……歌うの。雛瑠璃、でしたっけ」

「だって女の歌なんだぞ? 俺男だし。男が女の心情を歌うなんておかしいじゃん!」

 ああ、そう言うことか……。

 トナミさんの言葉にピンとある確証が思い浮かぶ。トナミさんが雛瑠璃という曲を歌いたくない理由って、歌詞が女性ぽいからなんだ。

 そう言えばさっき誰だったか、カッコイイ歌じゃないと歌いたくないとか駄々こねてたって言ってたっけ。

「トナミさんて、まだまだ子供なんだね」

「何でそうなるんだよ」

 はぁ、とため息混じりに言った言葉にトナミさんの頬がぷくっと膨らんだ。

「僕も歌詞とか書くからトナミさんの気持ち少なからずはわかります。確かに男が女性の気持ちを解るって難しいですよね」

「だろ? わかるわけないじゃん、だって俺女じゃないんだもん」

 僕の言葉に便乗する様に身を乗り出したトナミに「でも」と制止をかける。

「これがお仕事だった場合、お金を貰う側の人間がわからないからってやりたくないなんて言えると思います?」

「え?」

「トナミさんてプロなんですよね。プロのエンターテイナーなんですよね。なのにやってもみない内から出来ないってワガママ言ってレコーディング遅らせたり、駄々こねて社長である貴文さんを困らせて……恥ずかしくないんですか?」

「う……そ、それは……」

「それ以前に、今トナミさんが羽織ってる袿女物じゃないですか」

「これは鈴あんちゃんのだから関係ないだろっ?」

 なおも大事そうに羽織ったままの袿を指差せば、トナミさんはガーッとまるで威嚇する犬のように怒鳴ってくる。

 あーなんか貴文さんの苦労がちょっと垣間見える気がする……。

「その、さっきも言ってましたけど鈴あんちゃんって女性の方……じゃないんですか?」

「あんちゃんはあんちゃんだよ」

 て事は男性、だよな。

「着物の縫い師さん、とか?」

「違う。鈴あんちゃんは女形」

「女形っ?」

 って、あの歌舞伎の? 男の人が女装して舞を舞うやつ?

「じゃあそれって鈴あんちゃんさんの仕事着なんじゃ……」

「そうだよ」

 恐る恐る問い掛ければ、トナミはあっけらかんと答えた。

「歌舞伎の衣装って、特に女形の衣装は反物自体が何千万もするって聞いたけど……」

「そなの? 俺知らない」

 知らないって。

 もしかしてトナミさんそんな何千万もする袿羽織ってあんな埃っぽい社長室にこもったり、裾を引き摺りながら裸足で走り回ってた……とか?

 ふと視線をトナミの足下に落とすと、靴を履いてない足の裏は真っ黒に汚れ、それと同じくらいに綺麗な布の裾が灰色に薄汚れていた。

 それを目にした途端くらりと目眩を感じて僕はグッタリとその場に腰を降ろした。

 信じられないこの人……。

 突然俯いて黙ってしまった僕の顔を下から覗き込む様に見るトナミさん。

 どうしたの? なんて普通に聞いてくる。

「も、何でもないです……」

 なんかこれ以上言っても馬の耳に念仏な気がするし。

「とりあえず頑張りましょーよレコーディング」

 ね? と満面の笑みで話の軌道修正を行うと「やだ」とスッパリ即答される。

 …………。

 流石の僕もいい加減怒っていいかな?

「いーかげんにしろぉ……っ」

 トナミさんのぷにぷにとした両の頬っぺたを摘まむと、これでもかって程左右につねり上げた。

「いひゃいいひゃいいひゃーいっ」

 途端目尻に涙を滲ませて痛いと叫ぶ。いや、もう手加減してなるものか。

 そう思って更に上へ上へと頬をつねりあげる。

「僕より歳上のくせしてガキみたいな事言ってんな! 人が下手に出てると思ったら調子に乗って!」

「いひゃいーっっ」

 仕舞いには彼はえんえんと泣き声をもらし始め、そうしてやっと僕は彼の頬を解放する。

「うっうっ……うぇっ。痛い……う”ー」

 グスグスと泣きじゃくるトナミさん。ブースの外では貴文さんはポカンと口を開けたまま絶句。叔父さんに至っては何が面白いのか口許に手を当ててクツクツと笑い声をもらしていた。

「あーもう、とりあえず話は以上ですから」

 何かまるで僕がトナミさんをいじめてる様な気がして居たたまれなくなり、さっさとブースの外へと出る。

「お疲れ様ですミナト君」

 外に出ると叔父さんがそんな言葉をかけてポンッと肩を叩く。顔はニコニコ満面の笑みだ。

 僕はそんな彼をじと目で見上げる。

「叔父さん図りましたね……?」

「まさか。あそこで君が怒鳴り散らすなんて誰が予想しましたか」

 怒鳴ったんじゃなくて叱ったって言ってほしいんだけど、人聞き悪い。

「でもまぁ、彼にはいい薬になったんじゃないんですかね。僕ら大人が何を言っても、彼みたいな幼い頃から大勢の大人に囲まれて育った子は度胸がある分反抗するばかりですし」

 ね、とそう問い掛けてくる言葉はどこか含みがある物で、まるで僕もそうだと言われてる様でふいっと顔をそらした。

「僕は反抗なんて……」

「ええ、君は聞き分けがいい。それは十分承知してます。……さて、とりあえず」

 叔父さんは話を中断すると、沢山のボタンが並んだ機材の前のイスに腰掛ける。

 その中の一つのスイッチを押すと、マイクを介してブースの中のトナミさんに声をかける。

「ミナト君に怒られて少しは懲りたでしょう。とりあえず沈丁花は後で録るとして、三枚目の曲……そう、その華と書かれた楽譜です。その曲を今から流しますので泣き止むまでに覚えて下さい。彼にまで迷惑かけてるんです。その自覚があるなは一発でOKを出しなさい」

 叔父さんはトナミに指示を出しつつ更に付け足すようにえげつない事を言ってのける。

 貴文さんの「それは流石に……」のフォローを「社長は黙りなさい」と一蹴りすると、今度は違うスイッチを押して曲を流し始める。

 それは僕が昨夜何度も何度もループして聴いた楽曲。

 そう、今朝歌詞が出来たばかりのあの楽曲だ。

「叔父さん、流石にこれをすぐに歌えっていうのは……」

「彼なら大丈夫」

 どこからそんな自信が出てくるんだろうっていう位キッパリ言い切る叔父さんに、もう言っても無駄だなと諦めの溜め息をついた。

「あ、叔父さん」

「何です?」

「雛瑠璃って曲、聴いてみたいんですけどダメですか?」

 ふとしたお願いに、叔父さんはパチクリと瞬きを繰り返し、いいですよと隣のイスに座れと促してくる。

 座ると同時にイヤホンを手渡され、僕がそれを耳にあてると直ぐに音楽が流れ始めた。

 シンセサイザーの機械音に混じって弦が弾かれる音……これは琴かな。

 始めのイントロは激しく始まるけど、1メロにはいると途端なだらかになる。

 一言で言ってカッコイイ。

「いい曲ですね」

 曲に聞き入ったままポツリと呟く様に言えば、叔父さんもうんうんと頷きながら「そうでしょう」と微笑む。

「今回の楽曲作った作曲家、美月が海都先輩の次に気に入ってる人だしな。腕は確かだと思うぜ」

「ええ、彼の才能は下手したら海都君をも凌ぐのではないかと僕は思っていますよ。ただ彼の場合はいぢり甲斐がないんですよねぇ。だから一番好きなのは海都君なんです」

 はふぅ~と溜め息をつく叔父さん。

 端から見れば物鬱げに何かを迷う美少年……に見えなくはないけど、口をついてる言葉がたち悪いと感じるのは僕だけだろうか。

「とりあえずいい楽曲を頂いたんです。しかも有料で。無駄にする事は決してさせません。ええ血ヘドを吐こうとも歌って頂きます」

 ぐしゃり、と歌詞の書かれた紙を握り潰してフフフと怪しい笑みをもらす叔父さん。そのターゲット(犠牲者とも言う)になるであろうトナミさんに僕はそっと合掌した。




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