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災厄現る

 それから暫くは静かな日常が続いたんだけど、災いっていうのはいつでもいきなり舞い降りるもので……。

「只今帰りました」

 玄関のドアをしめると、靴を脱いで中へ上がり。ふと、見慣れない靴が目に止まり「あれ?」と首を傾げた。

「あら、お帰りなさいミナト」

「ただいま母さん」

 奥からパタパタと足音をならしながら母が姿を現し、カバンを受け取りながらニッコリと微笑んだ。

「誰かお客さん?」

「え?」

「知らない靴があるからさ」

「あぁ、美月が来てるのよ。貴方に用事ですってよ」

「叔父さんが?」

 美月と言う名前をきくやいなや僕はうえーと顔をしかめる。

 美月と言うのは僕の母親の弟で、時たまに姿を現しては面倒事をおいて去っていくなんとも迷惑この上ない人なんだ。

 どうせ今日もなんか訳わかんない面倒事おいていくんだろうなぁ……。

 嫌だなぁとげんなり肩を落としながら居間へ向かうと、畳に座ってズズズと茶を啜る人物を見つけた。

 色素の薄いさらさらとした髪を肩の辺りで綺麗に切り落とし、今時珍しい(古いと言うのか?)黒渕眼鏡をかけた青年。彼は僕の姿をその茶色の瞳で捉えると母親似のニッコリ笑顔を見せる。

「やぁお帰りなさいミナト君」

 見た目十代後半にしか見えない容姿をした彼は御歳三十六歳。

 隣に腰掛けながら「どうしたんですか」と言葉を返す。

「今日は何か用でも?」

「ええ、少し君にお願いしたい事があってわざわざ来たんです」

 やっぱりな……。

 予想通りだなと内心やれやれと肩を竦めながらとりあえず「何でしょうか」と言葉を返す。

「歌詞を一詩書いて頂きたくて来たんですよ。勿論タダで」

「歌詞って、僕はもうそっちの仕事は中学にいる間はしないって言ったじゃないですか」

「まぁそう言わず。どうせ高校生になったらまたやる予定なんでしょう? 一年早まったくらいどうって事ないでしょう」

 いや、そう言う問題じゃないんだけど……。

 以前、僕がまだ小学生の頃だ。学校の授業で詩を書いてみようってのがあって、僕的には気軽に書いたつもりだったのにその詩をみた叔父さんが何を血迷ったのか自分の担当しているアイドルの新曲に使うとか言い出したんだ。

 あ、実は叔父さんは芸能事務所でマネージャーの仕事してるらしくて、僕もよくモデルにならないか子役にならないかとスカウトされたもんだ。

 どこの事務所かは忘れちゃったけど。

「最近書いてないし、そんなすぐに書けと言われても」

「大丈夫。君の才能は僕も認めてますからね。机に一日二日へばりついてれば書けますでしょう」

 や、それって認めてるって言わないんじゃ……。

 はぁ~……言い出したら絶対言葉覆さないんだよなぁこの人。

「……とりあえずどんなのがいいかだけ聞きますよ」

「じゃあ」

「あくまで相談段階ですからね。請けるか否かは話を聞いてからです」

「……いいでしょう。ではまずはその歌詞を宛がう歌手ですが、君はSAGINって言うアイドル歌手グループは知ってますか?」

「SAGINっ?」

「知ってますね?」

「ま、まぁ、今うちのクラスメートでハマってる子がいてよく話は聞いてますけど、彼らの歌を聴いた事は……」

 半分本当、半分嘘。

「そのメンバーの一人を今度ソロで活動させてみようと言う話になりましてね。元々は映画出演を専門にしてる子役の子なんですが、最近パッタリとオーディションに受からなくなって。まぁ彼が元々アクション向きだと言うのも要因ではあるんですが」

「俳優なのに歌手を?」

「歌唱力が高い子なんです。それに演技で伸び悩んでいるなら無理させず違う事をさせて気分転換するのもよいかなと」

「それで売り込み方針はどのような感じに?」

「そうですねぇ。まだ細かく決まっている訳じゃないんですが、和をコンセプトにしてみてはどうだろうね」

「って事は演歌って事ですか?」

演歌はちょっと……と苦笑えば、最後まで聞きなさいと叱咤の言葉がかかる。

「和と言っても何も演歌でなくてもいいではないですか。和楽器を使ったロック調の音楽やPOP’S等も今じゃ珍しくもないのだし」

 確かに。そう言えばクラシックも昔に比べれば幾分か砕けてき聴きやすくなって来たな。

「曲はもう出来てあります。はい」

 言いながら胸ポケットから一枚のMDを取り出すと僕に手渡してくる。

「こんな物用意する時点で有無言わせる気元からなかったんじゃないですか」

 呆れたように言えば叔父さんはクスクス笑いながら「戦略です」とペロリと言い放つ。

 本当に怖い人だなこの人……。

「わかりました。書いてみますけどあまり期待はしないで下さいよ」

「いいえ大いに期待させて頂きますよ。勿論売れる詩をお願いします。前回の作詞家は高い金とったくせにクズでしたからねぇ」

「……頑張ラセテ頂きマス」

「フフ、お願いします」

 なんだなかなぁ、何か上手く扱われた気分だ。

「そう言えばソロデビューするってどの人なんですか? 確か5人組だったと思いますが」

 MDを胸ポケットにしまいながらふとした疑問を問い掛けてみる。まさか……なんて期待も含めて。

 でも叔父さんはその僕の小さな期待さえもしっかりと叶えてくれたんだ。

「あぁトナミ君と言ってね、まぁ見掛けも中身もクソガキなんですが」

「神田トナミっ?」

 不意討ちパンチを食らった僕はついその人物の名を叫んでしまう。確かにちょっと期待したけどまさか当たるなんて……。

 そんな僕に叔父さんの不信な視線が突き刺さる。

「ミナト君? 貴方先程から知らない知らないと言う割にはやけに至る所で食い付きがいいですね」

「えっ、やっ、別にそんな事はっ……」

「……僕に隠し事、ですか?」

 首を傾げながらにぃっこりと笑顔を見せる叔父さん。

 怖い怖い怖いぃ!

 白状しなきゃ喰われる……っ

 そう体全体で感じた僕は「実は……」と話を切り出した。



「ふーんその様な事が……」

「別にただそれだけ、なんですけどね」

「いえいえ話して頂いてありがとうございます。そうか、僕が取って来た生放送をボイコット。いやぁ初耳ですねそんな話」

 うふふアハハと確かに顔は笑ってるのに彼の目は確かに怒りに満ちていて、サーッと血の気を引かせつつ俺もアハハと乾いた笑みをもらす。

 ごめん貴文さんとついでにトナミさん。成仏して下さい……。

「とりあえず話はわかりました。では彼には仕事をボイコットした分更に頑張って頂かなくてはね」

「あ、歌詞はいつまであげればいいんですか?」

 立ち上がり帰り支度を始めた叔父さんにそう問うと、彼は「え?」と首を傾げる。

「新曲に使うんでしょ? だったらリテイク期間なんかも見合わせたら早くて二週間くらいですか」

「やだなぁ先程言いましたよ僕。机に一日二日間へばりつけばって」

「……はい?」

「明後日また来ますのでそれまでに死のうが気が狂おうが何が何でもお願いします」

「はぁぁあっ? って無理があるでしょっ?」

「さぁてじゃあ僕はもう一度事務所に帰って仕事せねばなりませんのでそろそろ失礼しますよ」

 言うだけ言って立ち上がった叔父さんの腕を必死に掴みとる。

「せめて5日下さい!」

 懇願に近い視線で彼を見るけれど、叔父さんはニッコリ笑顔で一言。

「やれっつったらやれ」

…………死亡確定。

「じゃあそう言う事で」

 そう言って彼はそれはもう爽やかに去っていきました―――。



「マジでありえない」

 机と向き合って早二時間。詩どころか言葉の一句さえも思い付きやしない。

「んー、月に咲く花弁……違うなぁ。優美なる千年に鳴る琴の音が……これも違うな」

 さっきっから叔父さんにもらった楽曲のMDをループで長し続けているけど全然ダメ。流れる楽曲はアップテンポで構成されたものだから、しっとりとした歌詞は多分合わないと思う。でも叔父さんは和言葉を使って欲しいって言ってたし。

「暫く書いてなかったし、感が鈍ってんのかなぁ」

 うーんと唸りながら携帯のメール画面を睨み付ける。

 僕はいつもこのメール新規画面に詩を書きこんで行くんだけど、その画面は真っ白のまま。”あ”の字さえも書かれていない。

「ちょっと気分転換しよう」

 パタンと携帯を閉じると、流れている楽曲を一旦停止して代わりにこの間買ったSAGINの曲をかける。

 これもまたアップテンポの楽曲で、一人一人が一節をソロで歌いサビを皆でというノリのいい曲。皆各々個性的な声でハモりも綺麗。そんな中でも一番に耳に残る声があった。

 その声はとても中性的で、よく言えば少年。悪く言えば少しざらつき感のある、そんな声だった。

 あ、これトナミさんだ。

 そっと耳をすませる。

 メンバーの中でも群を抜いて個性的なこの声。多分さらっと聞き流すだけでも聞き分けが出来るんじゃないかな?

 二曲目に流れ始めたのはバラード。この楽曲ではシーナと樹(だっけ?)の二人のハモリが一番綺麗で楽曲を際立たせている。

 けど何でだろう。トナミさんの声だけがとても苦しそうに聴こえるのは。

 あれ? もしかしてトナミさんて……

「バラード苦手なの……かな? 苦手って言うより声質の問題かもしれないけど」

ーなんかパッとしないなぁ。

「なんて言うかトナミさんの声だったらもっとこう……上がり下がりの激しい曲とか、ころころ転がるボールみたいなノリの曲とか」

 くるくると指先で宙にのの字を書きながらうんうん唸る。

「そんな曲に合う歌詞……ねぇ」

 上がり下がりの曲……って言ったらネコふんじゃったとか? ネコ、ネコと言えば金の瞳。金と言えば……月?

「んー……月夜に咲く一輪の花優雅な香り。香りよ、のが昔っぽいかな」

 一度閉じた携帯を開き文面に今思い付いた言葉を適当に書いていく。

「月の光浴びて咲いた美しき月光華」

 あ、何かいい感じかも。

「障子を透ける青色美しき夜光は月の媚薬。遠くで聞こえる楽の音やわらかく響き渡る――――」





「詩の出来具合は如何です?」

 叔父さんがまた家に来たのは明後日でもなくはたまた5日後でもなく次の日だった。

「あんた鬼ですか……」

 上からニコニコ笑顔で顔を覗き込んで来る彼を、僕はベッドの中から睨みあげた。

「納期は明後日じゃなかったんですか?」

 眠気眼を擦りながら問えば叔父さんは「あぁ」とポンと手を叩く。

「そうでしたかね?」

 いやそんな白々しく言われても……。

「じゃあまた明日来て下さい。おやすみなさい」

 もう一度寝ようと布団に潜り直すと、ドスンッと身体の上に何か重いものが倒れ込んで来る。

 見れば叔父さんが僕の上に大の字に乗っかっていて僕は驚くよりも呆れの溜め息をついた。

「重いです叔父さん……」

「歌詞、出来てるんでしょうどうせ」

 お見通しですよとツンと額をつつかれる。

「出来て……ると言えば出来てるかもですけどあえて出来てないと言わせて下さい」

「出来てるならさっさと出して下さい。リテイク無しでそのまま商品化されたいんですか?」

 別に僕は構わないけど困るのそっちなんじゃ……。っていったらまた倍になった言葉が返って来そうだから言わずに飲み込む。

「あーっもうせっかくの休みなのに!」

 のそのそと布団から這い出ると、机の上においてある一枚の紙を叔父さんに差し出す。その紙には昨日考えた歌詞が殴り書きの様に綴られていた。

「言っておきますけど一夜で考えた歌詞だから出来栄えとかそんなの無視ですからね」

 叔父さんは紙を受けとるとさらりと目を通すと一言。

「OKです。このまま使わせて頂きます」

「……今の僕の話し聞いてました? それ以前にちゃんと目を通せたんですか今の間で!」

「ええ、何なら暗唱しましょうか? 月夜に咲く一輪の華、優雅な香りよ……」

「わーわーわーっ!」

 自分で書いた詩をそのまま読まれるのは流石に恥ずかしい。叔父さんから紙を奪おうと手を伸ばしたけれど寸前で避けられる。

「いい詩ですよ。流石ミナト君です」

 言いながらなぜなぜと頭を撫でられる。

 何かそんなハッキリ言われたら恥ずかしいな。

「これであの子も納得するでしょう。一安心です」

「納得? トナミさんってそんな頑固者なんですか?」

 そんな風には見えなかったけど。どちらかと言えば楽しければ来るもの拒まずって感じなのに。

「いいえ少し他のカップリングの曲でゴタゴタが……。あぁそうだ」

 突然叔父さんが何かを思い付いたと言った様に手を叩く。くるりと僕に向き直ると「うふふ ̄」と気持ちの悪い笑いをこぼしながらガッシリと僕の肩を掴む。

「ミナト君」

「な、何ですか?」

「君、今日休みで暇なんでしょう?」

「まぁ、別に今日は大して予定がある訳じゃないですけど」

ああ何か嫌な予感がフツフツと沸き上がってくるのは気のせいだろうか……。

「今日丁度この後事務所でトナミ君がレコーディングするんですよ。見に来ませんか」

「レコーディング? トナミさんが?」

「ええ」

 トナミさんのレコーディング……か。見てみたい気もするけど、なぁんか嫌な予感するんだよな。大抵叔父さんが僕を誘う時は何かに僕を使おうとする時だ。以前もスタジオ見学においでと誘われた時だっていきなりエキストラとしてドラマに出されたし、その前なんか美味しい物を食べに行こうと誘われて行ったら雑誌のモデルとかやらされるし……。

 でもレコーディング……。

「レコーディングするだけ、ですよね」

「そうですが?」

「いきなりテレビに出されたり髪の毛いぢられて写真撮られたりしませんよね?」

「あぁこの間の事まだ引き摺ってたんですか。大丈夫、今回は事務所でやるんですから部外者は誰一人として入れませんよ。エンジニアは僕が勤めますし」

「なら、いいですけど……」

 でも未だ消えないこの嫌な予感。当たらなきゃいいけど……。

「そうと決まれば早く準備して下さい。10時にミーティングが始まりますからね」

「わかりました」

 そうだ、この時にちゃんと断っていればよかったんだ。

 そうしたら僕は……。


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