荒療治≠実力
戻ると既に会場は薄暗くなっていた。そろそろ次の演目が始まると言う合図だろう。
「よかった間に合った」
胸を撫で下ろしながら元の席に着席すると、遅かったですねと叔父さんが首を傾げる。
「迷いましたか?」
「えっ、あ……えと、ちょこっとだけ」
あははと笑いながら頬をポリポリとかく。
「次の演目は誰ですか?」
わざとらしく手元のパンフレットを覗き込み訊ねると、叔父さんも手元の視線を落としながら「ええと」と呟く。
「蒼の宮……と書いてますね」
「蒼の宮?」
「きっと芸名でしょう。流派は神宮と同じ様ですが、多分お弟子さんか誰かではないですか」
「ふーん」
そっか、トナミさんこっちではそう名乗ってるんだ。
「どんな人だろ、楽しみだな」
出てくるのが彼だと知っているけど、僕は歌手としてのトナミさんしかしらないからちょっと楽しみだ。さっき会った時だってまるで本当の女性の様驚いたし。
ああ……でもなぁ。
僕はちらりと横に座る叔父さんを盗み見る。
叔父さんには当然今から起こる作戦は知らせていない。
あの日……――――。
「ええっ、僕が雛瑠璃をっ?」
「そ。んで俺がその曲に合わせて踊んの。いい考えだろ?」
「そんな、無茶ですよ! 大体あの曲は僕じゃなくてトナミさんの……それ以前に一般人の僕が歌うなんて」
「どぅあーって俺歌より踊った方があの歌を上手く表現出来る自信あんだもん。けどせっかく歌詞もあるんだからさ」
ぷぅと口端を尖らせるトナミさんに僕はブンブンと首を左右に揺らした。
「だからって僕が歌うなんて……」
「大丈夫だって。お前の声なら」
「だからどう言う自信ですかそれは!」
ニッと笑って僕の肩をポンポンと叩く彼に、半ば叫び気味に言葉を返す。
いい考えがあるって言うから聞いたのに、何処をどう間違えたら僕が歌うなんて答えが導き出されるんだか。
「貴文には俺が上手くゆっとくからさ。な?」
「な、じゃなくて。いいですかトナミさん、これは仲間内の御遊戯会じゃないんですよ? プロの現場で何百万ってお金が動くのにそんな安易な」
「貴文はいいって言うと思うぜ」
「そんな訳ないでしょうが。貴文さんは社長なんだからそんな……」
貴文さんならダメって言うに決まってる。そんな希望を持ちながら聞いたら……。
「別にいーんじゃね?」
だった。
「ほらな?」
なんて自慢気に言われても困るんですけど……。
「本当にいいんですか貴文さん?」
「まぁ。ダメって言ったってこいつは無理矢理やり通すんだろうし、ちょっとでもやる気になったんならいいだろ」
「けど……」
それでもいい惑う僕に、貴文さんが一枚の書類を眼前に広げてくる。
「なんならタレント契約しとくか?」
からかい口調にそう言って笑う貴文さんに、僕は呆れの視線を送った。
やりたくないと言い切ってたタレントがやる気を起こしたんだ。それはどんな形であれ社長である貴文さん的には喜ばしい事の様で、進んでこの作戦に参加してくれたけど……。
でも本当によかったのかな。後で叔父さんに叱られたりしないかなぁ……。
うう……と悩む僕をよそにトナミさんの演目が開始された。
カチリ、とまるでレトロなラジオのスイッチを押すような効果音を始まりの合図に、曲が流れ始める。最初はゆっくりと始まり、6秒後くらいからドンッと飛び上がる様に曲のテンポが早くなる。
それと同時にカッとスポットライトが舞台の中心に集まる。
そこには可愛らしい笑みを携えた一人の姫が華やかな扇で口元を隠し立っていた。
――――月夜に咲く一輪の花 優雅な香りよ
――――月の光浴びて咲いた 美しき月光華
軽快なトナミさんの歌声が会場内に響く。それと同時に姫姿のトナミさんが曲と同じアップテンポで軽快なステップで舞台の上で舞い始める。
――――障子を透ける蒼色 美しき夜光は月の媚薬
――――遠くで聞こえる楽の音 柔らかく響き渡る
まるで湖の上で飛び回る蝶々の様に、トナミさんは曲に合わせてトントンと舞い踊る。
「すごい……すごい……」
僕は無意識にそう一言だけを繰り返し呟いていた。
視線を彼から放せずに、先程の神宮三兄弟の時と同じ食い入る様にその演技を見る。
トナミさんはただ踊るだけじゃなく歌の歌詞に合わせて扇を開いたり閉じたり小さな所作さえも優雅にこなした。叔父さんは多分踊ってるのがトナミさんだと気付いている筈だけれど、ジッと無表情で彼の演目を眺めている。
やっぱり叔父さんはもう見慣れてるのかな、こんなの。
そう思ったら一人で子供みたいにはしゃいでるのが恥ずかしくなって、僕は視線を手元へと落とす。
するとそれを見ていたらしい叔父さんがふいに僕の名前を呼んだ。
「ミナト君」
「は、はい!」
弾かれる様に視線を叔父さんへと戻すと、叔父さんは口元にうっすらと笑みを刻んでいた。
「僕をはめるとは……いい度胸してますね」
「えっ」
「大方この前のトナミ君のプロデュースから手を退くという話を撤回させようとしての行動なのでしょう?」
「あ、あの、それは……」
叔父さんは口元は笑ってるのに目は無表情のまま。声音は穏やかだけどどこか刺々しかった。
こ、怖い……っ
ひしひしと感じる威圧感につい目線が上下左右と動いてしまう。 覚悟はしてたけど、やっぱり怖い。怖すぎる。
「トナミ君に言いくるめられでもしたんですか?」
「違っ……」
違う、と言い切ろうとしたけどそれはきっと僕の本心じゃない。叔父さんにもバレるはずだから。
やや間を置いてからゆっくりと首を上下に振る。
「最初はそうでした。でも行動に移したのは僕自身の気持ちです」
「本当に?」
「……はい。あの日、トナミさんと話をして……彼がただ自分のワガママだけで嫌だって言ってないんだってのがわかったから。叔父さんも……そうなんじゃないですか? 叔父さんも本当はトナミさんが嫌だって言ってる理由、わかってたんじゃないですか?」
「……何故?」
「トナミさんが女形として伸び悩んでる時、俳優への転向を導いてくれたのが叔父さんだったと。そして今回はその演技で伸び悩んだトナミさんに歌を歌えと言ったのも叔父さんですよね」
無理をさせず、けれど本人の素質を潰さないように、良さだけを損なわない様に伸ばそうと導いてる。
普通だったらきっとトナミさんみたいなワガママばかり言う人すぐ解雇になるんじゃないかな。それが例え本人の信念に則った理由があったとしても。
「でもトナミさんはそれをハッキリ言わなくて。嫌だってたった一言だけで、誰にも相談しなかったんじゃないかと思って。貴文さんにも勿論叔父さんにも。だから、その……叔父さん怒っちゃったのかなと」
「そんな子供染みた理由で? 僕がですか?」
笑いを含んだ口調でいいながら肩を竦める叔父さんに僕はコクコクと頷く。
「叔父さんはプロデューサーだから。私事を挟むわけにはいかない。会社の事も考えなきゃいけないし、トナミさんにばかり構ってられない。だったらいっそ荒療治を試みてはどうだろうって……思ったのかなって」
言い切ると、叔父さんはふむ、と顎に手をあて考えるポーズ。
じとり目で僕を見やる。
「叔父さん怖いです……」
なんか睨まれてないか僕。
叔父さんの視線が痛くてなんとく居心地悪さを感じて、いっそ逃げようと立ち上がった時聞き覚えのある音楽が流れ始める。
貴方と出逢い 共に過ごした時間はやがて
夢うつつ儚くなりて思い出となるのでしょうか
出来るならば
叶うことならば
これからも貴方の傍で私も共に歩みたい
それさえも叶わぬのならば許されぬなら……
うわーっっ
カッと僕の顔全体が真っ赤に染まる。そう、二曲目に流れ始めたのは僕が担当した雛瑠璃。
わかっていたけどこんな大音量で自分の歌声が流れるのは初めてだから恥ずかしい。
叔父さんも流石にこれには驚いた様でぱちくりと瞬きを繰り返していた。
「ミナト君、これはもしかして……」
「ぼ、ぼぼぼ僕用事を思い出したんで帰ります!」
席に置いていた荷物をひっ掴むと、半ば転びながらその場を逃げ出した。