出会い
世の中には自分に顔のソックリな人間が少なからず三人はいるって言うけれど、殆どはこの100年の長い生の中で出逢うなんて稀な事だ。
そんな”ソックリさん”が凄く身近で、手を伸ばせば届く様な距離にいるなんて誰が想像出来ただろうか。しかもまるで双子の様な容姿で瓜二つ。違うのは……そうだな、歳くらいかな。
双子は少し言い過ぎかも知れないけど、笑った顔とか無邪気に飛び回る姿とか食の好みに至るまで似ていて、自分でも驚いたくらい。
ただ顔が似てる食が似てるなんてよくある事。多分だけど。
でもね例えば。例えばその似てる相手が今巷を騒がせている人気上昇中のアイドル歌手だったら?
普通以上に、驚くよね?
「ミナト君てさ、トナミに似てるよねぇ」
ある日クラスメートの女子に突然そう言われたのが彼を知ったきっかけ。
トナミ? 誰それと返しながら首を傾げれば、女子生徒は「えぇ!」と声を上げた。
「知らないの? 今話題のアイドル歌手SAGIN (サギン)の神田トナミ君よ」
「ごめん、僕芸能人はちょっと……」
「うそっ、勿体無い! 今うちらの間でめっちゃ有名なんだよ? カラオケ行ってSAGINの曲歌えない奴は遅れてる~って」
遅れてるって……そんな事言われても困るんだけどな。
「SAGINってね、5人組の平均年齢九歳~十五歳の男の子アイドルなんだけどさ、またその5人の経歴が凄くてね」
「う、うん」
「リーダーの蘭くんは新人だけど売れっ子俳優だし、メインヴォーカルの樹は可愛くてねぇ凄く歌うまいのよ。そんで悠太くんとシーナくんはイギリスでは有名なモデルだし」
目をキラキラと輝かせながらペラペラと説明してくる彼女に、僕は内心深い溜め息を付きながらうんうんと相槌を打った。
最後、話題の神田トナミの説明に辿り着いた時彼女の瞳の輝きは一層強さを増す。
「それでさっき言ってたトナミ。トナミはねぇ、グループ1の悪ガキで問題児でね、とっても可愛いの」
……ん?
今何か可笑しくなかった?
「あの、百瀬さん」
「なぁに?」
「今の僕の聞き間違いかな。物凄く矛盾した言葉を聞いた気がしたんだけど」
「何が?」
「グループ1の悪ガキで問題児で……可愛いって」
「可愛いのよトナミって」
キッパリそう言い切る彼女に、僕はポカンと口を開く。
「どこが」
「全体的によ。笑顔でしょー無邪気な性格でしょーあとそれと」
「あのさ、なんで悪ガキで問題児が可愛い部類に入るの?」
疑問をそのまま口にすれば百瀬さんは「あら」と眉をピンと跳ねあげる。
「知らないの? バカな子程可愛いって言うじゃない」
「そう、なの?」
「そうよ。もぉーわかってないなぁ」
そんな事……言われても。
まぁ所謂そのトナミって人は母性本能を擽る人物って事で合ってるのかな。
「ねぇ美佳今日さー」
う~んと考えている内に百瀬さんはクラスメートに呼ばれて教室の外へと行ってしまった。内心ちょっとホッと胸を撫で下ろす。
「神田トナミ……ねぇ」
別にアイドル歌手なんかには興味はないんだけど、似てると言われたらちょっと。うん少し気になる訳で。
「帰りにレコ屋寄ってみよっと」
「え~とSAGIN………SAGIN……」
沢山並べられたCDをくまなく見渡しながら目的の商品を探してゆく。〟さぎん〝だから真ん中辺りかなぁ。
「あ、あった」
5人の少年達が写ったジャケットのCDを手にとると、う~んと覗き込む。
多分真ん中の一番歳上っぽいのがリーダーの蘭かな。この眼鏡の子がシーナ?
百瀬さんから仕入れた情報を元に一人一人メンバーを確認していく。最後に一番右端の少年に視線を移し、僕はつい「あ」と声をもらしてしまう。
青色に染められた派手な容姿とは反して少し幼さの残るその顔は確かに何処と無く僕に似ていた。
この人が神田トナミ……か。
「ふーん」
そのまま暫くそのCDを眺めていると、ふと横から僕の手元をジッと覗き込む人物がいる事に気付く。
うわ……
目深に被られた帽子、目元をおおったサングラス。一言言って怪しすぎる……。
「それ」
「え?」
「買うの買わないのどっち?」
スッと指差されたのは僕の手に握られたSAGINの新譜CD。CDを買うのかって聞いてるのかな?
「えっ……と」
買うのかって聞かれれば答えは否。だって興味ないんだから。
「買わない……かな」
言いながらCDを元に戻そうとすればガシッとその手を掴まれ僕は拍子にビクリと身体を揺らした。
「えっ? えっ?」
「一度手に持った奴戻すのは反則だぞ」
「反則って……そんなの客の勝手じゃないか」
何こいつ。SAGINの熱烈なファンとか?
掴まれた腕を振りほどいて放り投げる様にCDを元に戻す。それを見て奴は「あっ」と声をあげたけどそんなの知らない。
帰ろ。そう思って踵を返し歩き始める。
すると……
ツカツカ タタタッ
ツカツカ タタタッ
まるで僕の歩数に合わせるように重なり聞こえる足音。
もしかしてついてきてるのかな?
店外に出て暫く歩いていく。その間も足音は聞こえていて、最後には少し……いや、かなり気持ち悪くなって僕は自分でも気付かず早足になってしまっていた。
行く方向が同じなだけ? そう思って時々足を止めてみるけど、それと同時に背後の足音も止まった。
はぁ……なんだかなぁもう。
「あの」
くるりと振り返ると二メートルくらいの間隔をあけて奴が立っていた。
「僕に何か用?」
「え?」
問い掛ければ奴はポカンとした顔を覗かせる。
「え? じゃなくて。何でついてくるんですか。君ストーカー?」
「誰がストーカーだよ!」
「じゃあ何でついてくるんですか」
「そりゃあ、だってあんたが」
「僕が? 何ですか」
「あんたが、さ」
はっきりせずモゴモゴと言葉を口の中に留めたままの奴に、大概僕も待ちきれずになって「ねぇ」と再度呼び掛けた。
「あんたにどうしてもCD買ってもらおうと思ったんだ。だからついてきた」
「はぁ?」
何それ。悪徳業者の押し売りじゃあるまいし。
「だーかーらー買わないって言ったでしょーが。大体からして僕はアイドルなんかに興味ないんだから」
「で、でもSAGINはアイドルでもそんなそこらのにへらにへらして躍り狂ってる奴等とは違うし! 歌詞だって楽曲だってちょーいいのばっかだしさ」
や、どういいかなんて聴き比べした事ないからわかんないけど。
「それでも僕には例え千円でも出して買う必要性はないですよ。興味ないし」
ハッキリそう言えば諦めるかなって思ったのに、相手はまさかの逆ギレ
「そっ、そんな言い方しなくたっていいじゃんか!」
と声を荒げギッと僕を睨みあげて来た。
「君がいい加減しつこいからじゃないか! 何? 逆ギレなんてされる謂われ僕にはないんだけどっ?」
逆ギレされた事に腹がたち怒鳴り返すと、僕がいい返すなんて思わなかったのか奴は「うぇっ?」なんて言いながら身を引く。
「興味ないっつったらないんだよ! 日本語わかんないの君」
捲し立てる様に言い切ると、はぁっと息をついた。
ちろりと奴の方を見れば、奴は木の間に隠れてガタガタと震えていた。
てかお前は犬かなんてツッコミはこの際置いておこう。
「……ご……ごめんなさい」
木の影からちろりと此方を伺いながら絞り出された謝罪に、僕は不機嫌を露骨に出してフンッとそっぽを向く。
その僕の態度にガンッと衝撃を受けた(らしい)奴はシュルシュルと縮こまってしまった。
流石に可哀想かな……?
そう思った僕はスタスタと彼に近付き「で?」と声をかける。
え? と顔をあげ見上げてくる彼。
「何でそこまでしてSAGINを売り込んでくるんですか。そこまで好きなの?」
「や、まぁ好きったら好きだけど別にファンとかじゃなくて」
「違うんですか?」
じゃあ何で? そう問おうとした時、後ろから「見つけた!」という声が聞こえて振り返れば、ぜぇはぁと息を切らしながら一人の青年が此方をギロリと睨み付けていた。
その姿を見るやいなや奴が「うげっ」と慌てた様にあたふたし始める。
「このっ、テメェッ……トナミぃ!」
ドダダダッとまるで牛の様に此方へ向かって突進してくる青年に、トナミと呼ばれた彼は「ひぃっ」と声を上げてサッと僕の後ろへと隠れた。
「えっ、ちょっとっ?」
何で僕の後ろに隠れるんだよっ?
ん? て言うか今トナミって……。
「トーナーミーィっ!」
「うわぁっ待て待て待て貴文! 話せば短いけどちょっと待ってーっ!」
「どぅあれが待つかこのクソガキが! よくも生放送に穴あけやがったなっ?」
貴文と呼ばれた青年は僕の後ろに隠れたトナミをガーッと怒鳴り散らす。トナミはトナミで泣きになりながら「だってぇ」と繰り返し言っていた。
「あ、あのぉ~……」
僕を間に挟んだまま喧嘩しないでくんないかなぁ……。
「えっと、何があったか知りませんが僕を挟んで言い合いしないでもらえません?」
はいはーいと挙手して言えば青年は「あっ」と気付いて僕から数歩放れてごめんと頭を下げた。
「ごめん勢いあまってつい……」
「ひっどいんでぇ貴文」
「お前が言うかぁ~っ?」
「だーかーら」
ったく……。
暫し間をおいて。
「えっと、改めましてうちのタレントが迷惑かけたみたいですみません」
とりあえずここでは何だしと近くの喫茶店に腰を落ち着けた僕達。開口一番に青年は謝罪の言葉を口にした。
青年は貴文さんと言って、芸能事務所で働く役員との事。
それは別にいいんだけど、何が一番驚いたってさっきまで僕を追い掛けて来ていた奴が実はSAGINのメンバーである神田トナミだったって事だ。
それには流石に驚いた。
「ほらお前も謝れ!」
貴文さんはガシッとトナミさんの頭を掴み無理矢理頭を下げさせる。
「ごめん……なさい」
「本当すいません」
「いや、別にそれはもういいですけど。でも何だってアイドル自ら売り込みなんて」
「売り込み? ってちょっと待て。お前あれほどそんな事しなくていいっつったのにまだやってたのかよっ?」
「だって後2百枚売らないと元とれないって言ってたじゃん!」
「誰に聞いたよそんな事」
「美月とそう話してるの俺聞いちゃったんだもん。このままだったら借金の返済分捻出出来ないって。だから俺……」
「あー……それはまぁそうなんだけど。でもそんなんお前が気にする事じゃない。俺が協力して欲しいっつったのは仕事が入る様に頑張ってくれって言っただけで自ら体はってCD売ってこいなんて言ってないだろ?」
「そうだけどさぁ。でも俺まだ今月一度も仕事とれてないし……さ」
ぶーっと口を尖らせるトナミさんに貴文さんは大きく溜め息をついた。
「それは俺らスタッフ側の仕事であってお前らタレントの仕事じゃないんだよ。お前はそんな事しなくて気兼ねなくオーディション受けてればいいの」
「う……わかった」
「よろしい。で、えーとミナト君だったっけ?」
「は、はい!」
会話の矛先が俺の方に向けられる。
名前を呼ばれ返事を返すと、貴文さんが申し訳なさそうに眉を寄せてもう一度「ごめんな」と謝罪の言葉を口にした。
「本当に迷惑かけてごめん」
「いや、そんな。別にもう怒ってませんし。それに僕もトナミさんに失礼な事言っちゃいましたし」
千円でも出して買う必要性がないって言っちゃったし……。
「ごめんなさい」
トナミさんに向き合ってペコリと頭を下げると彼は驚いた様に目を見開いた。
「何でお前が謝るんだよ!」
「何でって失礼な事言ったから」
「そ、そんなの俺別に全然気にしてない! 俺も無理言って悪かったし」
「でも……」
「いーんだってば! た、貴文もう事務所戻るんだろ? 行こうよ」
ガタガタと立ち上がり、じゃあなと一言言ってまるで逃げるかのように外に駆けていったトナミさんの後ろ姿をポカンと見ていると、隣でクツクツと笑っている貴文さんが目端に映る。
「なぁに照れてんだか」
「照れてる?」
「あいつ、素直な奴に弱いから。SAGINのメンバーにも君と似たような奴がいるんだけど、唯一あいつが気負けする奴なんだ」
「ふーん……」
「じゃあ俺も失礼するわ。今日は悪かったな。じゃ」
「あ、はい」
レジで会計を済ませさっさとトナミさんを追って外に出て行く貴文さんを見送ると、本日幾度めかの溜め息をつく。
SAGIN。神田トナミ……か。
僕は喫茶店を出るとそのまま先程いたCDショップへと足を向けた。
陳列されたCDの中からSAGINのCDを手に取るとふむと頷く。
「ま、一枚くらいは投資してもいいかな」
ポツリと呟くとそのままCDを手にレジへと向かった――――。