『存在』
年末最後の更新です。この二人は書いてて楽しいです。
カレンダーを見れば日付はいつの間にか31日を迎えていた。年というものは早く、そしてあっという間に次の年へと変わる。一年間という短さの中で、人は成長し、飛躍し、そして大きくなって行くものだ……。
様々な体験や出来事が彼を変え、一回り大きく成長させた。それは彼だけの力では成し遂げられなかったのだろう……。彼と出会い、彼に影響を与えた彼らの力があってこそ……、以前の彼はそれを理解することが出来なかった。
秀久はキラキラと光りを放つ部屋を見渡し、マスクを外す。年末年始は大忙しなのは彼の家でも変わりはない。愛猫のスズがキャットハウスからひょっこりと顔を出し、秀久に擦りよる。
「に~」
「ああ、掃除は終わったから大丈夫だぞスズ」
頭を撫で、スズが顔に頭をこすりつける。喉をゴロゴロと鳴らし、耳をピンと立てる。音に敏感なスズは、その主を理解すると秀久から離れ、トトトと扉を開いたと同時に足に擦り付く。
「みゃ~、う~」
「いいよ、スズちゃん」
「みゃっ!」
スズはぴょんっと飛びつき、みなもは落ちないように抱きかかえる。スズが喉を鳴らし、嬉しそうに見上げている。秀久はそれを見届け、みなもの方へと向かって行く。みなもからも猫耳、尻尾が見えるのは気のせいだろう……。
「そっちも終わった?」
「うん。……ごめんね?朝早くから」
「気にすんなよ。バタバタする訳にも行かないし……、それに、気を使って一人でやろうとしてただろ?」
「あう……」
バレていたのかとみなもは苦笑いをする。昨日の勤務を終え、疲れていた秀久。それを汲み取っていたからこそ、みなもは起こさないようにとベッドから静かに抜け、掃除を始めていたが秀久は既に起きていたのだ。
まあ結果オーライ、時間も長く掛からなかった訳である。どの道みなもの家事スキルなら長くは掛からなかったが。
「買い出しも終わってるし……どうするみなも」
「え?」
「帰らなくていいのか?」
「……冗談でも怒るよ?」
「ゴメンナサイ」
笑っているが怒りの十字マークが浮かんでいる。あの日、みなものマンションはある事件で放火し、今は形が残っていない。幸い秀久の超重労働運搬で中の物は無事であったが、そんなこんなでみなもは秀久の家で暮らしている。
「……けど、みなもも俺に遠慮するなよ?」
「え……?」
「お前一人で掃除しようとするなよ。……お前はメイドでも家政婦でもねーんだよ」
「ごめんなさ「お前は、俺の……家族だからさ」……っ」
秀久は照れくさそうに頬をかき、みなもは顔を真っ赤に染めていた。この一年間……、沢山のことがあって……沢山の悲しみもあった。そして、様々な想いが交差して何度となく彼にかわされたのだろう。秀久の言葉が遠まわしということも、みなもには理解出来ていた。
「ヒーくん……」
「えっと……だから、……」
くいっと腕を引かれ、みなもの赤い瞳が綺麗な輝きを放っている。
「みなも」
「ヒーくん……」
――ブルルル
秀久のスマホからブザーが鳴り、二人は渋々と触れ合いそうだった唇を離す。
「チッ)……はい」
(舌打ち!?)
『…………(元気だった秀くん?)』
「芹姉ちゃん?」
『…………(ごめんね?熱々の所♪)』
「な、……何で知って……って違う!違うから!」
ちらりとみなもを見て、真っ赤にしながら答える秀久。みなもは不思議そうに首をこてんと傾げている。
「……で、どうしたんだよ?」
『……(龍くんとお蕎麦の材料買いに行ってたらね、みなもちゃんが欲しかったものを見つけたの)』「それって……」
『……(秀くん、良いお年を♪)』
「姉ちゃん?あ……切れた」
さて、どうするか……。
スマホをしまい、秀久はきょとんとしているみなもを見る。
「???」
「……」
『――ありがとうございました!よいお年を~』
「~~♪」
みなもは、大きな狼と羊のぬいぐるみを抱きかかえ、嬉しそうに秀久の隣を歩く。支払いの際に、自分で出すと反論されたが『カップルなら男が出すもんだろ』と論破された。不満そうにはしていたがぬいぐるみを抱きかかえると直ぐに機嫌が直って今に至る。
「これね……今女の子の話題で凄く人気があるの」
「へ~、そういや俺のクラスの女子も話してたな」
「有名なデザイナーさんが手掛けてね……特に狼さんと羊さんの公式な設定もあるんだよ~」
「ぬいぐるみに設定付き!?……どんな設定なんだ?」
「えっと……狼さんはかっこいいけど凄く不憫でいつも仲間の猫や猿からかわれてるんだって」
……何か聞いたことあるな。秀久は頬をかいた。
「それで、羊さんはそんな狼さんを支えててね……密かに好意を持ってて」
「だから狼と羊がセット売りな訳か」
「うん♪」
どうやら思い過ごしだったみたいだ。
しかし、みなもの言う通り、あのぬいぐるみは売れ行きが凄いらしく、店員も今日再入荷したらしい。値段もブランドだけあって高かったけど、割引券を三枚使ったらほぼ0円に近い金額になっていた。……もしみなも一人だったら、無茶してまで買うつもりだったのだろうか。
ポツポツと秀久は考え事をしていると、頬に柔らかいものが当たる。
「ヒーくん……これ、遅めのプレゼント」
「狼のぬいぐるみ?欲しかったんじゃなかったのか?」
「元々、……ヒーくんにあげるつもりだったから」
「……そっか」
ぬいぐるみを受け取り、反対の腕をみなもが片手で組む。
「みな……」
「ヒーくん……来年もよろしくね?」
「ああ」
すっかり夜だ。足りない物に気づき、買い出しに出ていた秀久は急ぎ足で帰路についていた。腕時計をチラリと見下ろし、袋とは別に、抱えていた花束を取り出す。
目の前には、もう形が存在しないマンションの瓦礫が残っていた。 ゆっくりと歩み寄り、ブーツが街灯に照らされて影が出来る。だが、その先には人影が見え、秀久は首を上げる。
「もう……僕達の思い出の場所は無くなっちゃったんだね」
「……すみません」
「君が謝ることじゃないさ。……それに、みなもが居てくれる限り、僕らの思い出は確かにあるんだ」
「叔父さん……」
花束の隣に秀久は自分の花束を添える。隣でにこやかに微笑んでいる男性は、秀久の頭をゆっくり撫でた。光を浴び、赤い瞳が輝いている。茶髪の髪は独特な帽子に隠れ、体格は逞しい。
「……会ってあげないんですか?」
「今日中にまた現地に戻らなくちゃいけないんだ。……それに、夫婦生活に水を差すことは野暮だからね」
「夫婦?」
「あはは……、秀久くんは相変わらず自分には鈍いなあ。くれぐれも程ほどに……ね?未来の息子君♪」
「ぶほっ!?」
思わず吹き出す秀久に男性はくすくすと笑う。
――それじゃ、娘をよろしくね。
軽い風が吹いたと思うと、男性は消えていた。
「ふう……、全くあの人は相変わらずっつーか」
苦笑した後、しゃがみ込み手を合わせ、ゆっくりと目を閉じる。誰も救えた訳じゃない……。大きな犠牲もあった。
……二度と繰り返す訳には行かない。
目をゆっくり開け、瓦礫を後に闇の中へと消えて行く。
「……みなも」
「さっきお父さんと会ったんだ」
「そうか」
親バカなのはみんな一緒なんだな。秀久は見えないように微笑した。そしてコートを羽織って両手に籠を持って待っているみなもの方へと向かう。と、みなもの方も動き出し、二つの影が交わった。
「絶対一人にさせねーから」
「ヒーくん……?」
「だから……お前はお前のままで居てくれ。……何時ものままで……」
「……うん」
守りたい存在がある。
帰る場所がある。そして『家族』がいる。
秀久の家では、一緒に置かれていたぬいぐるみが互いに傾き、寄り添っていた。