バレティーン
2月……。
節分を終え、恵方巻きを食べながら祈り、何かと日が過ぎ去るのが早い月。
来たる14日は世の女性にとっては遊びでもあり、戦いでもたり、感謝の日でもある。男がもっとも荒れやすい日でもあり、お菓子メーカーが本気を発揮するのもこの日だ。
意中の男性に好意を持つ人間が複数いれば、女性はソルジャーとなり火の中へ飛び込んで行く。そして、男性もまた女性の好意を理解し、選ばなければならない。例え仲間への忠誠を裏切っても、敵に回したとしてもそれが選ばれた者の宿命なのだから。
「……ふむ、見たまえ秀久。外では教師すら止めれない男子達が暴れ回っている、実に愉快だ!」
「単なる地獄絵図だろ……」
教室の窓から戦争状態の外を見下ろす秀久と智。教室には真面目に勉強している生徒か話し込んでいる女子生徒、勝ち組の男子が少数と授業どころではなかった。秀久は半目で智を見る。
「どうした?これが気になるのか?」
「いや、お前でもチョコを貰えるんだなって」
「ふむ。なに簡単なことだ、私の「アームズ」である彼女から貰ったまでだ」
「杉崎、お前……」
「いきなり困惑するようなワード出すなよ」
「はははは!なにを言ってるんだ秀久、ここは短編。好き放題やって許される場所だ!」
「ドヤ顔でメタなこと言うな!?」
アームズと言われてもわからないだろう。
簡単に言えばパートナーである、なんでこんな設定が出てきたかというとまた勝手な思いつきだからだ。
智はお洒落な箱をしまい、眼鏡を光らせる。
「秀久、君はどうやらチョコを貰っていないようだな」
「うぐっ……」
「仕方あるまい、私がチョコを貰えない男子達にチョコ以上の輝きを見せてや「何をしているんですか、と、も、ちゃ、ん!!」」
智の腕を掴みにっこりと笑う黒髪ロングの女子生徒。秀久は頭を抱えつつ、ひらひらと揺れるスカートから目をそらす。
「ふむ萌君、哀れな男子達に恩恵をと思ってな」
「それで〜?どうして私のスカートを掴む必要があるんですか〜〜?ねえ?」
「問題ない、私は今朝拝見済みだ。それに水色は男子の欲情を掻き立て「智ちゃんの恥知らず!!」」
鈍く鋭い音が教室内に響き渡る。
秀久も他の生徒も血濡れた智を呆れた眼差しで見ながら、拳を拭いている萌に同情の念を送っている。
智?あいつはすぐ復活するから大丈夫。
秀久はため息を一つ零し、教室から出て行くことにした。
「智のやつ、何であんなに執着してるんだ」
わからない。
だが、智の萌に対するそれは依存に近いような気もした。
……依存。そうかも知れない。
この学園は……きっと…。
屋上に繋がる扉を開くと、まだ冷たい風が通り抜け長髪の女子生徒の背中が見えた。赤みのあるような茶色く艶がある長い髪。それだけで誰なのかわかる自分ももしかしたら……。
少女は秀久に気づき、何か異様なものをみたような目と顔を真っ赤に染めていた。
「ひ、秀久くん!?」
「よ、よお」
「あ、あの、今授業中じゃ……」
「それはお前のとこもだろ?みなもこそ屋上にいるなんて珍しいな」
「あ、あにょ、これは〜〜……あの、」
急にもじもじし出し、少し目尻に涙を溜めている。
両腕を後ろに隠して視線もぎこちない。だがそこは鈍感な秀久、全く気づく事もなくみなもに近寄り頭に手を当てた。
「ひゃい!?」
「あつっ!?みなも、風邪か!?」
「ち、違います!!なんでそうなるんですか!!」
ぷくうと頰を膨らます顔は可愛いのだが、秀久はますます困惑した表情を浮かべる。
「……うぅ」
「何で泣きそうになって……」
肩から力抜き、秀久は小さなため息をまた一つ零した。
「バレンタイン……だっけ。みなも……誰かに渡すんだな」
「っ………あ、これは」
「ごめん、見えてしまったから……さ」
屋上、……挙動不審、みなもの態度……、流石に気づけなかった自分はパートナー失格かも知れない。それでも、祝福はしっかりしよう。
胸の中にモヤモヤを秘めたまま、秀久は軽く笑った。
「届くといいな、みなもの気持ち」
「で、その後みなもちゃんからチョコを渡されたと」
「はい!みなものやつ屋上でチョコを渡す練習をしてたらしいんですよ!それを俺が見てしまったもんだから恥ずかしくなってしまったらしくて」
「……なんというか……、大変ですよねみなもさんも」
龍星と煉介は苦笑しながら、お洒落な袋を横に置き上機嫌な秀久を見る。夕陽が差し掛かり、その笑みは太陽なように輝いて見えた。
「秀久くん、お待たせ」
「今行くっ、じゃあ、2人共また明日!」
袋を持って扉の前で待つみなもの方へ駆け寄って行く秀久。2人の背中を見つめながら、龍星は口を開いた。
「何だかんだで、いい感じですよねあの2人」
「ああ。それにしても秀久のやつ、また明日なんて……。今日だけの関係なのにな」
「秀久さんらしいですけどね……、例え明日からまた命を賭ける日々に戻ったとしてもあの2人はきっと」
「結局よくわからない話になっちゃったな」
「うん、色々とごちゃごちゃだったしね……」
「杉崎がいきなりやらかすから……ん?なにこのメモ、読むの?」
「?」
「……みなも、今夜一緒に朝までいっぱ……馬鹿かああああ!?」
「秀久くん、あの、え??ふえ?」
「違う違う違う!誤解だ!このメモに書いて……杉崎お前の仕業かぁああああぁああああ!」