年末
世界は広く、きっと伸ばしても伸ばしても足りないくらいだ。
空も無限に広がっていて、世界があればその上には空がある。青く、突き抜けていけそうな雲、冷たい風、この世界に光を照らし続ける太陽。
生い茂る木々や若葉がある、今は枯れているが春には満開の桜を咲かす。
世界を繋ぐように流れている海がある。その深い深い底には青く澄んだ世界がある。
目を閉じれば音が聞こえる。
目を開けば世界が見える。
……自分は確かに、この世界で生きている。
「秀久くん、お掃除終わったよ」
「ありがと、俺ももう少しだから終わったらお茶にしよう」
金色の髪の少女がこくりと頷いた。
キッチンへ向かって行く姿を見ながら、秀久は窓拭きを済ませてしまう。
年末の大掃除は毎年この日この時間に終わらせてしまうのが秀久とみなもの恒例行事だ。
今年も残り数日、相変わらず頭をぶつけたりゲームに負けて罰ゲームされたり、見知らぬ夫婦喧嘩に巻き込まれたりと散々な年ではあったが生きていることに秀久は感謝するようになった。
掃除用具を片付け、手を洗っているとみなもが茶菓子を用意していた。
「へえ、このクッキーまだ売ってたんだな」
「うん、丁度残り一個だったからギリギリでした」
秀久の隣の席にみなもが座り、ホットレモンティーを飲む。 時々秀久がみなもを見ると、彼女は察しているようにクッキーを秀久の口へと持って行く。
「相変わらずみなもが選んだ菓子は美味いな、流石甘大統領」
「もうっ、秀久くん!」
ポカポカと叩き、からかっている秀久は笑っている。
「でも、最近控えてる方なんだけどね……」
「ん?なんでだ?」
「……少し、体重が増えて……」
しょんぼりと頭を俯かせるみなも。
秀久はそれをからかうことはせず、彼女をじっと見てからため息をつく。思わず肩を縮こませ、みなもがおずおずと秀久の方を見上げる。
「うぅ、やっぱり食いしん坊なのは引きますよね……」
「なんか勘違いしてるみたいだけど、俺がため息ついたのは最近みなもがあまり食べなくなった理由がわかったからだぞ」
「え……」
秀久はもう一度ため息をつく。
キョトンとしているみなもを見てから、椅子を後ろに引きみなもをひょいと抱き上げる。
無重力を体感した後、みなもは現状に気づくと顔を朱色に染めた。
「あ、あの秀久くん!!?」
「んー……うん、相変わらず軽いな。だから大丈夫だ」
「私が大丈夫じゃ……恥ずかしいし……」
「俺はこのままでもいいけどな〜」
しかしみなもがバタバタと暴れるものだから秀久は名残惜しそうにソファーへと降ろす。みなもは赤い顔から必死に熱を冷ましながら、隣に腰を下ろす秀久をちらりと見る。
「俺はさ、いつもみたいに甘いものに目がないみなもが……好きなんだよ……だから、体重が増えただけで減滅なんてしないよ」
「本当……ですか?」
「本当だって。だから無理にダイエットなんてしなくていいんだよ。少しふっくらしてても少し痩せてても俺は涼宮みなもが好きなんだ」
「秀久くん……」
「それに、いくら食べても栄養が全部胸にいってるぶるへぁ!?」
最後の一言は余計だ。
でも……
「ありがとう、秀久くん」
きっと秀久も内心では照れている。それでも、自分の気持ちを簡単に伝えてくる。そんな彼が羨ましい。
だから……。
みなもは後頭部をさすっている秀久に座ったまま近づき、満面の笑みで感謝を告げた。
こんな日が、ずっと続きますように……。