じゃんけん
if未来
「ひ、秀久!じゃんけんです!」
「……」
それはある村の作業がひと段落し、海外から帰宅した夜のことだ。
明後日にはエジプトの方へと発つ予定だが、恋人であるみなもが珍しく反対して来たのだ。何故かと問いかけると天候が悪く、最近台風も多発しているからと毅然とした態度で返された。
そこまで心配してくれるのは嬉しいし、わざわざ調べてくれた彼女に惚れ直してしまう。
しかしだ、俺はそれを十分理解している。それにエジプトの周辺には前に訪れた民家がある。台風対策が分かっていない彼らは今頃苦労している筈だ。みなもにそう伝えると……
「私も一緒に行きます」
ちょっと待て!?何でそうなるんだ!
海外は場所によっては治安が悪いし、テントを張ることも多々ある。何が起きるかわからない場所に大切な恋人を連れて行けるわけがない……。そう返したら彼女は
「じゃんけん」で決めましょうと言ったのだ……。
「そんな簡単な話じゃないんだみなも!」
「私だって同じです!秀久の不憫さは十分理解してます!」
「地味に傷つく!?」
高校を卒業し、それぞれの進路へ進み、二十歳になりみなもはかなり大人びた。発言や風格にも余裕が出来ていて、たまに天然さから毒を吐く。背丈も伸び、顔もより可愛くなった。
今でも彼女にはもっとお似合いの男が居たのではないかと思うことがある。
「エジプトと言っても観光とかじゃないんだぞ?」
「分かってます」
「野蛮な奴らだって居るかもしれない。襲われた女性だって少なくはないんだ」
「秀久と一緒なら平気です」
「……そういう意味じゃなくてさ」
あー駄目だー。
みなもが昔のように敬語を使ってくるのは絶対譲らない時だ。
『あんた知らないと思うけど、みなもいつも海外サイトの天気予報見てるのよ』
前にほのかに言われたことが脳裏に蘇る。
イングランド滞在の時あいにくの暴風だった。それを知った時のみなもの顔はほのかですらたじろいたと聞いた。
……はあ、これは説得難しいな。
でも……。
『秀久がまた刑事として戻ってくるの、私待ってるから…』
……俺は、まだ立ち上がれないのか。
「頼むよみなも、俺はもう失いたくないんだ」
「……秀久」
「分かってくぼはぁ!?」
「馬鹿!」
家計簿が直撃した鼻をさすっているとみなもがクッションを持って頭へ振り下ろす。
慌てて腕で顔を守るが、みなものラッシュは止まらない。
「馬鹿!馬鹿っ!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!馬鹿ぁ!」
「いって、ちょ……タイムぐほ?!」
「秀久はどうしていつもいつもいつも!」
暫くの間、俺はクッションで殴られ続けた。
火山が噴火したかのように、彼女の手は何度も同じことを繰り返して時間が経つに連れて弱々しくなって行く。
馬鹿と叫ぶその声の覇気も次第となくなり、ポスポスとクッションで叩く力もゆっくりと消えて行く。
「すー……」
疲れ切ったように眠る。
静かに寝息を立て、肩が上下に揺れる。
乱れている髪を直してやると、疲労からか顔色があまり良くないのが分かってしまう。
……これからあとどれだけの重圧を彼女に乗せることになるのだろうか。
別れてしまえれば、どれだけ彼女の負担を減らすことが出来るだろうか。
……それでも。
「生きる意味は……もうお前にしか見出せなくなってるんだって最低だよな」