now
突発的なネタです。
【冷たい手の意味】
掃除洗濯、炊事良し。
必要な物は年末に買い揃えたし、こたつもこの気温ならまだ要らない。
辺りに散らばっていた書類を片付け、時計を見る。針は予定の時間を過ぎ、既に数分経過していた。
……時間を過ぎ……
あ、……。
「やっば遅刻!!いって!?」
本棚の角に頭を打った。角だから余計に痛いが頭を押さえながら慌てるように二階に駆け上がる。
作業に没頭しすぎていていつの間にか時間を忘れていたようだ。まずい、久しぶりだからかこれはまずい!
自室に入り、携帯と財布をポケットに入れる。その際に携帯の電源を入れ、着信履歴が無いかの確認を…………4件も入ってるし。
「不味い……【〜♪】うわっ!……もしもし?」
着信音が鳴り、深呼吸してからなるべく落ち着いた声で応答する。
『……遅い』
「ごめん……」
『体調悪い?大丈夫?』
いつもは振り回す癖に……、少し尖っている声ではあるが不安が混ざったような心配しているような、そんな感じだ。
「ああ。なるべく早く行くけど遅かったら先に行っててくれ」
「そう……うん、待ってるね」
「悪い」
携帯を持つ腕を下ろし、直ぐに身支度を済ませる。
謝罪の弁はとりあえず後回しだ。
ドタドタと音を立てながら階段を降りて行く。躓きそうになるもなんとか立て直して玄関の扉を開ける。
冷た!?……今日はやけに風が強いみたいだ。
……どのくらい待たせたのだろうか。
「急がないと……」
施錠をし、家から出て行く。
鍵に結びつけてある貰い物のキーホルダーが揺れて、金属が触れ合うような音を鳴らす。
少しメッキが剥げて、色あせてもいるそれ。
昔やっていたアニメ、悪と戦う狼の顔をしたヒーローがモデルで彼女から別れ際に貰ったものだ。
ーー似てるよね。
何処が似ているのかさっぱりだけど……。
今ではお守りみたいなものかも知れない。
「新宿で待ち合わせだったよな……。20分か」
電車の時間と現在の時刻を確認する。
急行に乗るにしてもあまり差は縮まらない。
駅の階段がやけに長く見える、カタンカタンとエスカレーターが繰り返し人を上まで連れて行く。休日だからかいつもより混んでいるみたいで肩をぶつけてでも急いで上がったり下りたりする人も見られる。
「げ……残金不足」
チャージチャージっと……。
『ーー新宿行き発車します』
「え。ちょ、ちょっと待ってーーー!?」
「それから乗り遅れた後財布を自販機に置いて来たのに気づいて、また乗り遅れたと……」
「ごめん……」
「はあ……。いいよ、私も浮かれ過ぎてうっかり寝坊しちゃってたし」
「お前が寝坊って珍しいな、もしかして沢山食べてる夢でも見ぃたたたた!?耳引っ張るな!?」
「遅刻した奴が言える立場じゃないでしょ!!」
二本の指で耳たぶを摘む力が強まる。
痛い痛いっ、細身の何処にこんな馬鹿力があるんだよ!?
「ごめんて『レイナ』!なんか奢るから!」
「本当?」
「ああ、迷惑かけたし……安易な考えだけど」
罪滅ぼしだと思ってと言い終わる前に左腕にふくよかな感触と二本の腕が滑り込む。
言うまでもなく、彼女の腕だ。
覗き込むように見上げている。ふいっと目をそらすとくすりと笑う。
「2人だけって何か新鮮だね」
「そ、そうだな。いつもは澪次が冷たっ!」
「今日一日兄さんのことは禁句だから。言ったらまた冷たくなった手を〜」
「わ、わかったわかった!だから頬に押し付けるのやめろ!?」
冷たい。そうだ、彼女の手は氷のように冷たい。
……そっか。
「……ありがとな」
「ん?」
「いや、なんでも無い。とりあえず何処かで昼食を」
ドンッと肩に背の高い男性の肩が当たる。
改札から少し離れているとはいえ、新宿の混み具合は相変わらずだ。突っ立っていれば当たってもおかしくはない……。
けど……。
「……」
「ち、違う!これはぶつかった拍子に足が滑って……」
そこで左手が何か柔らかいものを掴んでいることに気づく。
目の前には床に倒れ、顔を真っ赤に染めるレイナが。目尻に涙を溜め、握り拳を作っていた。
「こっんの、馬鹿久ーー!」
「なんでだーー!」
【とある兄妹の話】
「ひー兄〜」
「おう」
手を振ってパタパタと向かって来る小さな少女。ボリュームある長い髪はポニーテールにまとめ、リボンが風でひらひらと左右に揺れる。
大きな緑眼はぱっちりと開いていて、愛らしさが滲み出ている。二つの大きなメロンが彼女が走る度にゆさゆさと揺れ、ニーソックスとスカートの間の絶対領域が色っぽさを出している。これだけの魅力が揃っていれば、彼女を小学生と思う者はいないだろう。
制服のネクタイが太陽の日差しを受けて、光って見える。
雨宮つぐみは、秀久へと駆け寄ると、青い布で覆われた弁当箱を渡す。秀久は待っていたかのように、嬉しそうに笑みを見せながらつぐみの頭を軽く撫でた。
「きゃっ、……ひ、ひー兄!」
「ははっ、悪い。お腹ペコペコでさ……いつもありがとな、つぐみ」
「そう言うなら、ちょっとは早起きしてくれると助かるかな」
「う……、努力はしてみるよ……」
屋上は教室の空間と違って空気が美味しく、青い空に、形を変えながら流れる雲もある。暖かい日差しを浴びながら、二人は昼御飯を取る。
つぐみが作ったお弁当は彩りもよく、バランスもいい。尚且つ手作りも多く、秀久は尻尾を振っているかの勢いで食べて行く。
「ひー兄、慌てて食べたら喉に詰まるよ?」
「んっ……んんん!?」
「言ったそばから!?……あー、ひー兄は不憫体質だったんだ……」
秀久、今日も絶好調である。
「~、死ぬかと思ったぜ……」
「ひー兄てば、歩く不幸人だね」
「不名誉だな、それ」
くすくすと笑い、つぐみも自分の弁当に箸を伸ばす。
「ひー兄……」
「んー?」
「あたしってウェディングドレス、似合うかな?」
「ぶっ!……いきなり何言い出すんだよ」
「あ!ごめんなさい……」
つぐみが言うには、今日の調理実習の時間にクラスメイトの一人が言い出した言葉が発端だったようだ。
――料理が上手い人は早く結婚が出来る。そして、つぐみがそれに当てはまっていたようで……
「……つまり、お前は自分が結婚する姿の想像がつかないと……そういうことか?」
「…………うん」
「つまんねーことで悩むなよ。お前なら大丈夫だって」
そうは言うが、……未来のつぐみの相手が気になる。秀久は眉を寄せつつも、ゆっくりと食べているつぐみを見る。
もし、仮にだ。仮につぐみの相手が乱暴で性格の悪い男だとしたら……。
「……ひー兄、なんか顔青いよ?」
「もし……」
そんな未来はある筈が無い。
だが、もしもつぐみに居場所が無くなったとしたら――
「もし、……この先、お前に似合う奴がいねーなら、……俺が隣に居てやるよ」
「……っ」
ニッと笑うと、つぐみは顔を伏せ、「そうだね」と小さく呟いた。
「……ひー兄て無茶苦茶だよね。……鈍感もかなり酷いし」
「無茶苦茶!?……ひでぇ言われようだぜ」
「くすくす、……もし、……ひー兄を好きな人が二人も居たらどうする?」
「また急だな……」
秀久は箸を持ったまま、軽く唸る。
「……まとめて受け止める……かな?」
「やっぱり、無茶苦茶だね……」
「るせぇ、……一人も悲しい思いさせないよりはいいだろ。……方法なんて、探せば見つかるだろうし」
普通ならば、有り得ない話だ。夢絵空事に過ぎない。
だが、彼は……秀久は本気で考えている。つぐみはゆっくりと青い空を見上げた。
「そういや、近々龍星さんと芹姉が式あげるみたいだぞ」
「ふえ!?ほ、ホント!?」
「前龍星さんと話してさ。俺が1人暮らし始めたのもそれがきっかけと言うか」
「早く言ってよ!!」
頬を膨らませるつぐみ。
しかし内心では嬉しくて仕方ない。
秀久も芹香も、本当の兄姉になる。
きっと今までとは変わらないけど……、でも。
「ひー兄も早く彼女作ってね」
「う……ガンバリマス」
つぐみは真っ直ぐに吹いてくる風に目を閉じる。
春はもう目の前だ。