二人の将来
「そこまでだ!富川!」
アジトである倉庫に辿り着き、俺と行動していた仲間が犯人に銃を向ける。富川雄……、連続殺人犯であり、『アルテミス』とかいう犯罪組織の親玉だ。今まで捕まえて来た仲間達を利用し、俺達は富川の行動を先回りした。
……奴は、此処へ女性を誘き出して人質に取る。そして、テレビ中継を乗っ取り人質に取った女性と引き換えに、仲間の解放が狙いだった。……黙っていても、どうしようも無い怒りが湧いてくる。
『ち、警察か!?……だがいいのか?』
『何……?』
下から聞こえる声は随分と余裕がある。俺は眉間にしわを寄せつつ、二人のやり取りを聞く。
『今俺を捕まえれば、この倉庫に幽閉している女性達はどうなるかな?』
『何だと!?』
『あははは!居場所は俺しか知らない!……どうする?刑事さんっ』
『……くっ』
……他にも人質が居たのか。
そういや、ここ最近、若い女性が誘拐されたって報告を何件も聞いていた。……こいつ……、ふざけやがって!!
『そうだ、銃を下ろせ。……見殺しにしたくないだろ?それとも、俺を殺して犯罪者の仲間になるかい?』
『……貴様……』
『ぎゃはははは!!馬鹿な奴!無駄死にしに来てやんの!』
富川をそう言うと、銃を取り出し仲間に向けた。
……合図があるまでは飛び降りるなと言われていた。だけど、こいつは――
『バイバイ刑事さ「この低級殺人犯が!!」うわっ!』
俺は足場から飛び降り、富川に飛びかかる。掴みながらそのまま投げ飛ばし、すかさず襟を掴み、銃を持つ手を膝を打ちつけて落とさせる。富川はナイフを取り出し、やたらめったらに振り回す。それを避け、肘鉄を打つ前に富川に蹴飛ばされる。
「うぁっ!!」
「上狼!くっ!」
「ひゃははは!死ね!死ね!」
「……このっ!」
懐へ潜り込み、ナイフを持つ腕を思い切り捻り上げ、悲鳴が響く。関節を決め、ぐりっと腕を捻らせながらこっちを向かせる。俺は怒り任せに富川の面を思い切り殴りつけ、戻って来た拳をまた叩きつけて壁に押し付ける。
「何がアルテミスだ!か弱い女性を人質に取りやがって!」
「何が悪い?怯えた姿を見て楽しんでるだけが何が悪い?」
「てめえ!!」
もう一発殴り、背負い投げで地面に叩きつける。
赤い血を帯びた拳を振り上げ、ヘラヘラ笑っている富川へと――
「やめろ上狼!!もう十分だ!」
「……っ……」
「ひひひ……、ひ…」
「……午後14時35分。富川雄、連続殺人及び殺人未遂で逮捕だ」
手錠をかけて同僚に渡す。
……終わった。
やり場の無い怒りだけが残り、俺はそれを吐き捨てるように肩から力を抜き、ため息を吐いた。
「無理するなよって言ったのは君じゃなかったっけ?」
「澪次……、見てたのか」
「内心ヒヤヒヤしながらね」
同僚で親友、幼馴染みの夜瀬澪次。
彼は俺とは別の部署の警視庁捜査一課特殊班配属されている。俺は警視庁捜査一課特命班(巡査部長)。前までは一緒にバディを組んでいた。
周りの女性からやたらと支持されているとかなんとか。
「てかお前、嫁との電話の内容まで盗み聞きしてたのかよ」
「あまりにも緩やかな表情してたからつい気になってさ」
「……心配させたくないからな。せめて電話の時ぐらいは」
ここの所富川を追っていた為に帰る時間が深夜を回ることが多かった。彼女も仕事が忙しくなる。
無理はさせずしっかり休んで貰い、俺は静かに食事を取る毎日だ。
彼女の幼馴染みとして親友として、ほのかもそこは分かってくれたみたいであいつとお互いに補助し合っている。
「たまには休みなよ秀久。彼女も君と少しでも居たいだろうからさ」
「ああ、みんなからも言われたよ。「奥さんと一緒に居てあげて下さい」って」
「くすっ、みんなお見通しみたいだね」
「澪次もほのかに顔見せてやれよ?夫なんだからな」
「うん、分かってるよ」
「お帰りなさい」
赤い屋根が特徴の一軒家に帰ると、妻が慈愛に溢れた笑みで出迎えてくれた。それだけで、俺の心は満たされて疲れも吹き飛ぶ。光溢れる桜色の瞳に、長くて、透き通った艶やかな髪。モデル負けのボディバランスと、色白い肌が綺麗だ。
久しぶりに見た彼女はより美しく見えた。
「ああ、ただいま『みなも』」
「怪我が無くて安心しました」
「……そうか、見たんだなニュース」
「うん」
みなもが今にも泣き出しそうだったので、優しく抱きしめた。流石に高校の頃よりは伸びてるが、それでも小柄な体は簡単に壊れそうなくらい華奢だ。
……死と隣合わせ。俺の仕事はいつ撃たれても、刺されてもおかしく無い危険な職。かつて俺の父さん……『上狼太陽』がそうだったように、俺は今を走る警察だ。だけど……
彼女を残したまま、彼女が居る限りは、絶対死なない。
「……秀久。帰って来てくれて、ありがとう」
「当たり前のこと言うなよ。それよりお前の方はどうだ?上手く行きそうか?」
「うん、後は商品のサンプルが届いてから最終確認すればいいかな」
「そっか……」
みなもは有名なファンシーデザイナーだ。けど、努力家のみなもは商品サンプルや商品を貰って帰っては参考に新しい案を考えている。……一部屋はそのサンプルや商品入れになりつつある。
「……」
「どうし――」
みなもは不安そう俺の腕の切り傷を見ていた。俺は言葉を切り、みなもに軽く口づけを落とす。みなもは満面の笑みを見せ、愛おしい感情がこみあげる。
……いずれは出来る子供。そして、今までより楽しくなるだろう日常。
――想像したら、今以上に頑張らなくちゃいけない。
「お前みたい優しくて」
「あなたみたいに真っ直ぐな子に育って欲しいね」
名前は二人で既に決めている。
男の子の場合は真士……、真っ直ぐに自らの意思を持って自分を成長させ、周囲との協力にて新しい力を自らに備える資質を持つ。そんな意味と願いが込められている。
玄関から上がり、エプロン姿のみなもが腕を後ろで組みながら振り向く。
「早帰りって聞いたから久しぶりに腕を振るっちゃった」
「それは楽しみだな、………みなも?」
背中に回された手に力が籠もる。
「……気を使わないで……側にいてよ」
……気づいてたんだな。
「すまん」
「謝るなら、……態度で示してね」
「……えと、それは……」
OKってことでいいんだよな?
「秀久、私……赤ちゃんが欲しいです!」
「……っ〜〜〜」
キラキラした目で言われると後にも引けない。
明日が休みで良かった。
みなもはキスをねだるように目を閉じる。
……あ〜〜〜〜!可愛いな俺の嫁は!
「……と、とりあず晩ご飯にしよう!な?」
「秀久……」
もぞもぞとみなもが動き、ぴたっと俺に抱きつく。
一と纏わぬ肌と肌が触れ合って暖かい。俺は天井を見上げたまま、こっちを見ているみなもにん?と返す。
彼女はそれ以上は何も言わず、顔を胸元に置く。
「明日から数日、非番を貰ったんだ」
「本当?」
「ああ。だから……その、久しぶりに何処か出掛けような」
みなもは嬉しそうに頷く。
「あ、でも……明日までには片付けておきたい仕事があるかな」
「お前も少しは休めよ。たまには誰かに頼ることも大切だからさ」
「うん……、そうだね。久しぶりにゆっくり寝れた気がします」
ぐっと伸びをするみなも。
確かに、俺もこんなにぐっすり寝れたのは久しぶりな気がする。
「秀久、……その」
気づくとみなもが馬乗りになって、頰を赤らめている。
……少しの間腰痛に悩まされそうだ。
おまけ
「いてて……、みなも誰かにメールか?」
「はい♪ほのかちゃんに……ぁ……負けてる(ボソッ」
「み、みなもー?悔しそうな顔と恥ずかしそうな顔を混ぜた表情になって「スッポン鍋とかいいのかな」……み、みなもさーん?」
おまけ
夜瀬零螺
→澪次とほのかの間に生まれた娘。
容姿は黒い長い髪と父親譲りの優しい目をしている。性格は冷静だが優しく慈愛に満ちた女の子。
恋愛には聡く、幼馴染みの真士に寄り添っている。運動神経は普通だが、頭脳は両親譲りの天才肌。
上狼真士
→上狼秀久とみなもの間に生まれた息子。
真っ直ぐで馬鹿正直かつ両親譲りのお人好し。不憫さは無いが、父親、母親と同じでかなりの鈍感。零螺と一緒に居ることが多いが特に意識はしていない。刑事である父親を誇りに思っている一方で不憫さに同情している。
容姿は赤みがある茶髪に赤と桃を足して割った瞳の色。