耳かき 秀久ver
あいつがバイトで働いているメイド喫茶店。
一階より下で、少し長い階段を降りていく必要がある。男性とすれ違い、満足げな顔が見えた。
いつものことだ。
彼らは必ず笑顔で店を出て行く。それはあの喫茶店がそれ程の実力を持っている証拠でもある。エレベーターも設置されてはいるが、何故かみんな階段を使ってお店に向かう。まあ、健康ってのもあるだろうか……。
少し長い階段を降り、絵画が飾れられた道を進む。これは全部あいつ(みなも)が描いたもので老若男女人気がある。やっぱり惹かれる何かがあるからだろうし、みなもの描く絵が大好きだと言ってくれる客は多いのだとか。
「懐かしいな、これ」
頭に猫を乗せた男の絵画。
前にモデルになって欲しいしと頼んできて、そのまま飾られることになったものだ。スズの顔や毛の特徴を良く捉えてるし、色使いも鮮やかだ。やっぱり彼女は凄いなと感じる。
てか……自分を見ると何だか恥ずかしくなって来るな。
切り替えるようにふと、手元の半券に目をやる。
『耳かきオプション券です、よかったら遊びに来て下さいね?』
と、彼女から渡されたこの券。使うことに暫く躊躇していたが使用期限間近なので折角だから使わせて貰うことにした。あのメイド喫茶では作業をする環境に向いていて、何よりあそこのスイーツや接客は癒されるして、脳への疲労回復が早くなるんだよね〜。
お洒落な扉の前に着き、ボードにイチ押しメニューが書かれている。その横にはメイドの店員達の写真。みなもの他に実は響も働いていたりする。
彼女がこれまた人気で引っ張りだこで忙しいと聞いている。あのスタイルと誰にでも仲良く振る舞う性格だから頷けるけど、彼女曰く『ダーリンが来てくれなくて不満』だそうだ。……今度あいつを無理やり連れて行くか。
扉を開くと鈴が鳴り、直ぐにメイドが駆け寄ってくる。相変わらずスカートの丈が短めで中々に近代的な……、げほんげほん。
「こちらへどうぞ」
「ありがとう」
「えっと……、あ、みなもちゃんですよね?」
「いや、今日は「みなもちゃん、5番席で旦那様がお呼びよ〜」あの!??」
「ごゆっくり〜」
案内してくれたメイドさんはニヤニヤと笑いながら他の客の方へと向かう。はは……すっかり覚えられてるなあ。
とりあえず生徒会から頼まれた作業をしようとパソコンを取り出していると、奥の方からパタパタと長い髪のメイドが駆け寄ってくる。
周りに視線を集めるその容姿はとても可愛くとても綺麗だ。みなももまたこの喫茶店で客達に大人気なメイドで、彼女目当てで来る男性は多い。
見惚れていると、みなもの顔が近くにあった。
「お帰りなさいませ、あなた♪」
「は!?顔が近……あ、あなた!?」
「……すみません、ちょっと言ってみたかったので……」
そう言って指をツンツンしながら、顔を赤らめ苦笑する。
……落ち着け俺、きっと新しい悪戯なんだ。そう、これはサービス的な……。
『あの野郎、後で〆ようぜ』
『『ああ』』
『チッ』
あっちからは……嫌な意味での熱い視線。
誰だ不憫の癖にとか言ったやつ!?
「今日は何になさいますか?何時もの持って来たら良いんでしょうか?」
「あ、いや……今日は食べに来たんじゃなくて……」
「はい」
「えっと、あの……」
「?」
顔が熱い……。
いざあの券のことを言おうとすると凄い緊張して来る。何より恥ずかしいし、堂々と言える気が……まず心の準備がですね!?
「あの……あなた?」
「!?」
近い近い近い、そりゃもうあと数センチでキスできるくらいには近い距離だから!?
そしてまたもやあなた呼び……、そこはもう受け入れよう。後が怖いが。
「……あ。もしかして、オプション券を……」
「あ、いや、あの、……えとえと、これはその、やましい気持ちは決してなくてですね?!いや、正直少し期待してる自分はいるんですが!」
「ふふ、お耳のお掃除致しますね?あなた」
ふっと耳に風を吹きかけられる。
……あ。
もしかして、もしかしなくても俺は今。
みなもに連れられて奥の部屋へと向かう。……もしかして、もしかして俺…。
バクバクと鳴っていた心臓の鼓動が聞こえない。
……やっぱり俺は、死んだのか?
「大丈夫ですか?」
「ひゃ!?」
ひょこっと涼宮さんが顔を覗かせる。
止まっていた針が動き出すかのように、俺の顔が真っ赤に染まり上ずった声で返事をする。
うわあ、かっこわる。
勝手に落ち込んでる内にみなもと個室に入り、みなもはちょこんとソファーに座った。何かを催促するように膝をポンポンと叩く。
ま、まさか……
「ご主人様、どうぞ寝転がって下さい」
「…み、みなも……これって」
「だ、大丈夫れすよ。恥ずかしいのは私も一緒です、から」
「あ……」
手を引っ張られ、俺は落ちるようみなもの膝へ寝転ぶ。彼女の柔らかな肌が頰に伝わり、大きな二つのたわわが当たっている。
「先ずは右耳からお掃除していきますね」
みなもは器用に耳かきを使い、ゆっくりと耳を掃除する。
……人にしてもらうってこんなに気持ちが良いんだな。
今にも意識が落ちそうで、身体中の力が抜けていく。みなもだから気持ちが良いのか、人にしてもらうから気持ちが良いのかよくわからない。でも
「人にしてもらうのは……何だか安心するよ」
「それは……、私だからですか?」
「……そうかもな。お前だから、きっと安心出来るんだと思「ふっ……」うひゃぁ!?みなも!」
「ごめんなさいっ」
急に息を吹きかけられたらびっくりするって……。
再び膝に頭を乗せ、耳かきを再開する。……すぐに力が抜けてくのが分かる。
……何だろう、何だか懐かしい。
「母さんがさ……昔、こうやって耳かきしてくれたんだ」
返事は無いけど、みなもは聞いているように耳かきを動かしている。
「今はたまに姉さんがやっていたたた、耳たぶ引っ張るなよ!?」
「……芹香さんには、龍星さんが居るじゃないですか」
「みなも?」
「……」
顔を赤くし若干頬を膨らましている。
……えと、怒らせちゃった?
「その、オプション券……実は秀久くんにしか渡してないんですよ、はい」
「……」
「……鈍感」
ジト目で見下ろされ、思わず目を反らす。
こんなに厳しいみなもはいつぶりだろうか。ここでそうだったのか、意外だな〜とか言ったもんなら今の流れだと耳に耳かきをぶっ刺される未来が見える。
少し引かれる覚悟で本音を言うべきなのかも知れない。
「みなもさ、もしかして嫉妬してる?」
「っ……そ、そんにゃことは」
「噛んでるってことはそういうことだな。でも、正直嬉しいよ。俺を見てくれてるんだよな?」
「……、情けないですよ」
「そうか?俺は寧ろ可愛いと思うけど「ふぇ!?」いっだぁあああああああ!?」
耳かきが終わり、右耳だけ包帯が巻かれている。鼓膜……、大丈夫だよな?口は災いの元っていうけど、あながち間違いじゃないかも。
「あの、ごめんなさい」
「大丈夫だって」
「でも……」
「……じゃあさ、チャラにする代わりにまた耳掃除してくれる?」
みなもの顔が凄く明るくなった気がする。
「……、では旦那様、券を使って頂いたお礼をさせて下さい」
「お礼?そんなのがあ……」
目の前にみなもの顔。
「こほん」
「「!?」」
そして慌てて離れる俺達。咳払いした響はみなもにため息をつく。
「そーいうのは仕事場以外でするように!」
「あう、ごめんなさい!」
「ヒデりん、今度はダーリンも連れて来てね?」
「ああ、頑張ってみるよ」
響はウィンクをすると、みなもを連れて店内へ戻って行く。
……今晩は、久しぶりに俺が作るか。作業を思い出し店内へと戻るといい笑顔をした客達が俺を囲む。
あ、やばい、すっかり忘れてた。