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枝分かれ

今回は彼女にスポットを当ててみました

俺の未来の娘、アスナを見送った後行きつけの喫茶店に寄った。

智が言うにはあれは可能性の一つらしく、人間の未来というのは枝分かれしているらしい。分岐……、一つの結末。必ずしもその道に進むかはわからないけど、未来の俺はあいつと幸せな家庭を築いてることがアスナの笑顔が物語っている。

ストローから通して喉を潤していたジュースが空になり、カランと氷が音を立てた。

何というか、……まあ可能性の一つで良かった。

あのままだとみなもが放心状態で、希林が急にかけ算を始めた光景は中々に恐ろしいものだった。つぐみはアスナにちゃん付けされたダメージが残っていたんだろう。


「……ごちそうさま」

「はいお粗末さま。なんか元気ないわね秀久」

「そんなことねえよ。……ちょっと買い出し行ってくるよ」


食器を洗ってからエプロンの紐を解く。この時間帯は人は少ないから今の内にさっさと済ませてしまおう。

店から出ようと扉に手をかける、丁度お客が入ってきたようで先に扉が開かれ綺麗な女性が……


……………。


「こんにちは〜」

「いらっしゃいませ〜。ほら、秀久邪魔よ」

「あ、はい!すみません」

「いえいえ、変わらないなあ」

「え?」


女性はなんでもないと手をふり中に入って行く。

マタニティドレスって言うんだっけこの服。お腹が膨れてるし、足取りがおぼつかない。

妊婦……。ふと、さっきまで一緒に居たアスナの顔が浮かぶ。


「よいっしょっ……」

「大変ね、それでそれで男の子?女の子?」

「ちょ、いきなり失礼だろ瑠璃ねえ」

「ふふ、大丈夫ですよ。……女の子で……咲良って言うんです」

「へえ〜〜もう名前が決まってるんですね〜」


嬉しそうにほほ笑む女性。瑠璃ねえも興味深そうに指を顎に当てる。

咲良…、綺麗な名前だ。きっと彼女のように綺麗で可愛い娘に育って行くのだろう。

女性は長い赤みのある髪をポニーテールに纏め、ぱっちりとした目に桜色の瞳をしている。綺麗だった……、思わず見惚れてしまう。


「この、今日のオススメのケーキでお願いします」

「はーい、秀久お客様の相手よろしくね〜」

「え?ちょっと瑠璃ねえ!」


厨房に消えてしまう瑠璃ねえ。

……、気まずい。

大人の雰囲気ってなんか緊張するな。

ちらりと女性の方を見る。


にこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこ……


……凄く笑顔だ。


「良かったら、お話相手になって貰えませんか?」

「あ、俺でよければ」


瑠璃ねえが来る間、俺は女性と色々な話をした。

この街や今の世界のこと、瑠璃ねえのこと、咲良ちゃんのこと、俺が話したことはどれもこれも懐かしそうな顔をして聞いていた。


「はい、今日のケーキはラズベリーとイチジクのロールケーキよ」

「わあ、美味しそう」


瑠璃ねえは頭を一度下げ、他のお客のオーダー変形して向かって行く。

ケーキを見て嬉しそうにほほ笑む女性。


「……似てる」

「?」

「あ、すみません。……その、嬉しそうに笑う姿が俺の幼馴染みに似ていて」

「……どんな娘なんですか?」

「うーん、お姉さんみたいにケーキが好きで、お姉さんみたいな髪の色で……」


優しくて、ちょっと泣き虫で……呆れるほど親切ですぐ無茶をして……

絵が好きで、裁縫が上手くて……料理が美味くて

誰よりも努力をして……何故かほっとけない大切なーー

大切なーーー

幼馴染みじゃなくて、きっと……


「……ありがとうございます。真っ赤になって、恥ずかしかったのでしょうに……」

「い、いえ!俺があいつに惚れてるのは事実ですから……、お姉さんの旦那さんのこと聞いてもいいですか?」

「ひゃい⁈……そうですね、少し恥ずかしいですが……おあいこということで!」


お互いに熱を冷まし、お姉さんは自分の夫のことを語りだす。


「あの人は、私の初恋の相手でもあったんです。貴方みたいに私も幼馴染みがいて、よく車に跳ねられたり、争いに巻き込まれたり、財布をひったくられたり……心配ばかりかけていつもヒヤヒヤしてました」

「う、……なんか胸が痛い」

「でも、優しくて真っ直ぐで……私以上に誰かのためにすぐ無茶をするし誰よりもかっこいい人なんです」

「お姉さん、好きなんですね旦那さんのこと」


それはもうと手を頬に当て、やんやんと体をくねくねと捩る。おおう、べた惚れじゃないか。こんな美人な妻を持つ旦那が妬ましい。


「でも……」


お姉さんは少し顔を俯かせ、ゆっくりお腹を撫でる。


「あの人は刑事……、わかっていました。わかっていたのに……いつも不安が過るんです。ある日、私や咲良の前から居なくなってしまうんじゃないかって。私が知らない時に死んでしまうんじゃないかって……」

「お姉さん……」

「私はナースをしています。だからわかるんです……、人の死は一瞬だって」


カランと、氷が音を立てた。

ふと、懐かしい記憶を思い出した。

その時、既に彼は死んでいた。悲しみより先に残されたことの恐怖が強かった。

1人では生きていけない……。彼女も怖いのだろう、夫が亡くなりまだ産まれてない娘とこの先を生きていくのが。それだけではない、あんなに愛している夫に居なくなること自体、彼女には地獄のようなものだ。


「……大丈夫ですよ。その人はきっと帰って来ます。絶対貴方を1人になんてさせない、どんなことがあっても絶対に貴方と咲良ちゃんの側にいてくれます。……確証なんてないですけど。でも!きっと這いずってでも戻って来ますよ。大切な人との時間はきっと旦那さんにとっては何よりも…」


何故か、口から自然にそんな言葉が出た。


「……貴方はやっぱり今も昔も変わらないんだね」

「お姉さん?」

「……少し楽になったかな。ありがとうございます秀久君。私はあの人を待ち続けます。……貴方の言うとおり、あの人は絶対帰ってくる」

「……どういう……」


ガチャンと向こうで食器が割れた音がした。あー、早く処理に行かなきゃ。


「あれ?」


体を戻した時、お姉さんの姿はなかった。

あの時微かに微笑んだ姿が頭の中を離れなかった。

……食器が割れた音で聞こえなかった。

お姉さんは何を言っていたのだろう。

胸に微かな不安と痛みがし、それを払うように処理へと向かった。

彼女は何を言いたかったのでしょうか

あの未来では秀久は行方不明です。

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