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甘いけど酸っぱい日

短編だから出来る←

「……そこで何をしている」

「!!」


 体が跳ね上がり、後ろを見る。黒髪の男性が腕を組みながら、秀久をじっと見下ろしていた。見下ろすというのも、秀久は屈んでいた状態から尻餅をついているが故だ。


「あ、秋獅子か……、驚かすなよ、はは」

「今の貴様は不審者にしか見えんぞ……」

「う、相変わらずストレートだよなお前は……」


仕方ないことだ。さっきから秀久はずっとテーブルをうろうろしていたのだ。しかも、ここは調理室。流牙は腕を組んだまま、冷ややかな目で秀久を見る。


「なるほど……今日はホワイトデーだな」

「な、何だよ」

「自暴自棄になったか……惨め以外の何者でもないな」

「あのさ……何か変な誤解してねーか?」


 秀久は、バレンタインの時のお返しをするため洋菓子を作ったのだが、最後の分が焼き上がるのを待っていたらしい。

 テーブルには、綺麗にラッピングされ、色違いのリボンで口を縛っている袋が数個置かれている。流牙は見るなりそれがクッキーだとすぐに気づく。


「結構な数だな」

「なんだよ……嫌みか?」

「いや。……罪深い奴だな、と」

「……?」


 流牙の言葉に首を傾げていると、オーブンから焼き上がった音が鳴った。


「よし、綺麗に出来てる!」

「ほう、中々だな」

「へへ、そうだろ?」

「……猿も煽てれば木に登る、か」

「誰が猿だ!?」


 がるるると唸るように睨む秀久を相変わらずスルーする流牙。テーブルに目をやり、密かに眉を寄せる。


「貴様、全員統一していないのか?」

「ん?」

「面倒事が嫌いではないのか?」


 流牙はテーブルに目をやったまま、秀久に問いかける。テーブルには数個のクッキーの入った袋の他に白い箱に入ったマカロン、購入したであろう飴の箱が数個置いてある。秀久は眉を寄せ、軽く笑う。


「いやさ、……レイナの奴マカロン好きだから、丁度いい機会だったから」

「……」


 一瞬だけ呆気に取られた。流牙の考えと秀久の発言が違ったからなのか、秀久が馬鹿だからなのか。


「さて、渡しに行くか!」






「一通り回ったかな。あとはこれだけか」

「……」


 秀久は白い箱を片手に軽く息を吐いていた。流牙は隣に並び、先程から一緒に回っていた。だがそれは、仲間意識などでも友情などでも無い。ただ、実際に見て答えを知りたかっただけだ。

 秀久も最初こそは気味悪いと思い、流牙に蹴っ飛ばされる発言をしていた。しかし、回って行くうちに何かを理解したのか知らず知らずと普通に会話という珍しい状況になっていた。


「おい、一つ聞いていいか?」

「何だよ」

「さっきまで渡しに行っていた奴ら。貴様はどう想っている」

「……いやはや鋭いな~獅子王さんは」

「とぼけるな。鈍感のままでは通らんぞ」

「……」


 秀久は確かに鈍い。相手の気持ちに気づかず、空回りさせる程に。だが、けじめもつけれない程哀れではない。


「……」


 流牙は天井を見上げる秀久を横目に、先程の流れを思い返していた。

 クッキー:つぐみ、麻果、小豆、綾菜、姫

 飴:芹香、時雨、みなも

 マカロン:レイナ、明香

 飴は好き、マカロンは特別な人という意味がある。勿論、秀久も気づいている筈。秀久は流牙の視線に気づき、観念したように肩をすくめた。


「つぐみや綾菜、姫はさ、……妹みたいなもんさ。……傍に居てくれると安心出来る、そんな存在」

「……雨宮もか」

「ほら、ちょっとツンとした妹って可愛いだろ?」

「俺は、そうやって軽口ばかり叩く貴様が嫌いだがな」

「……そりゃどーも」


 口を尖らせぶっきらぼうに返す。しかし、流牙の言葉を待たず秀久は口を開く。


「麻果やあんみつは……わからねえ。あいつらもどう想ってくれてるのか知らないけど……もやもやとした気持ちがはっきりするまでは……」

「そうか」


 秀久なりに考えているのは確かだ。流牙は腕を組んだまま、次の言葉を待つ。


「芹ねーちゃんは説明する必要はねーな。……としたら、明香、時雨、レイナか」

「……待て。何故涼宮が上がらない。貴様と一番近くにいた存在だろ」


 流牙は見逃さなかった。秀久が一瞬だけ動揺していたことを。ほんの少し間を置き、秀久は薄く笑った。そして、何も言わずに廊下を歩いて行く。そんな背中を、追おうとはしなかった。




「実は空回りしてたの、俺だったーなんてな」

「……」

「優柔不断だぜ、ホント」


 それは自分へ言っているのだろう。秀久は口だけは笑ったまま空を見る。

 思い出すは嬉しそうに歩くみなもと、男子生徒。一緒に歩いて来た彼女は、何処かで幸せを手に入れていた。秀久の飴の箱を抱えて。


「ずっと、幼い時から一緒だったけど……だから、俺とあいつの時間はもう止まっていたって分かってた」

「……」

「……近すぎるから、だから、それ以上は……ないんだ」


 ――これからもよろしくね、ヒーくん


 その言葉は遠くて、でも、秀久は笑って見せた。これからも隣だろう。これからも……一人の『友』として。


「……」


 屋上の展望台から見える星は煌めいていて、そして残酷だ。夜空を隣で見上げていたレイナは、冷えきった彼の手をそっと握る。


「そうだ、秀久から貰ったマカロン。早速食べようかな」

「……言っとくが、初めて作ったから味の保証は――」


 口の中にマカロンが入り、中断される。


「うん、美味しいね……」

「……甘いな。……だけど、やっぱり失敗したな。……なんかしょっぱいや」

「それこそ青春の味だよ少年」

「……ケティさん、いつの間にか間に入るの、びっくりするからやめてくんない?」

「ふむ、打ちのめされて人間成長するものだ」

「杉崎!?お前もいつの間に……」


雰囲気ぶち壊しと言うより、ぶち壊しに来ているであろう二人。気遣ってくれてのことかも知れない。


「あ、ケティさんにお返ししてなかったな」

「デートで許してあげるよ☆」

「冗談も程ほどにしてくれ。……はい」

「ありがと、秀久君」

「いえ……」


謎電波キャッチ。秀久は苦笑いをしつつ、レイナを見る。


「……(むすーっ」

(完全に拗ねてるなあ……)

「ふむ、一難過ぎてまた一難。……秀久も気苦労が絶えないようだ」

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