異世界フリーディアの住人達
この話は世の中にあふれる異世界トリップ物をある程度読み漁った人向けの説明レベルの文章です。
読んだこと無い方は、テンプレ・二番煎じ・内政チートと付けられている小説を幾つか閲覧後に読むことをおすすめします。
「春の月12日に、太陽の女神の神殿より、異世界から勇者が降臨されました。これにより、神殿長から各国にお触れが出されました。1時から国王より、緊急の会見が開かれます。国民は第二体制に移行して下さい。 次のニュースは―― 」
大地の魔力を使い遠隔地の情報を世界中に一瞬で伝えるテレヴィーでそんなニュースを聞いたのは丁度昼時、いきつけの料理屋で友人と日替わりのコーレン牛のパタ芋ソース添えを食べている時だった。
一瞬の間の後、同じく昼飯を食べていた商人から村人まで、大きな歓声と共に慌ただしく食事を終え、長閑な田舎の町へ散って行った。
「よっしゃ! 畑の手入れだ! 勇者が喜びそうな荒れ具合にしておくぞ!」
「久々に伝統の肥料の出番だな!? 山に材料取ってくるわ!」
「ええ!? 畑は今回はいいだろう? 俺の所、3代前の勇者に糞尿かけられてから土を全部入れ替えたんだぞ!?」
「お前の所、最新の火口砂を導入した時だったよなあ……可哀想に」
彼らは、勇者が農地改革(笑)を出来るよう、改良の余地の沢山ある土地を用意する班である。
「急いで魔導機器類は隠せよ! テレヴィーにはそれらしい布をかぶせて、神棚にしておけ!」
「おうよ。他のは全部地下でいいよな……って、前に来た勇者はついに床下の隠し部屋にも気がついちまったんだっけな。しょうがない……ちゃんと入り口埋めておかないとな」
彼らは、この世界が既に勇者達の言う「機械」とやらに似た恩恵を受けていると知るとショックを受け、大抵拒否反応を起こすらしい。なのでそれらの隠蔽班である。
「15代目の勇者は製紙技術を伝えようとしてたっけな。よし、羊皮紙を復活させるぞ!」
「そうだ ラグペンも隠しておかないと! 出しておくのは万年筆でいいんだっけ?」
「馬鹿野郎!羽ペンにしておかないと、がっかりする勇者だったらどうする!」
彼らは、情報・記録技術関連班らしい。上記2点よりは重要度が下がるのだが、勇者というのはなぜか情報到達の遅さや記録技術の未熟さを見ると喜ぶらしい。特に羽ペンは目を輝かせて見るらしい。
「あの秘伝のレシピを引っ張り出せ!」
「まさか……あの塩だけしか使わないレシピを出すと言うのか!?」
勇者達は、食文化を広めることに対して意欲的な者も多いため、一般レベルの知識でもなんとかなる程度まで食事を作らせてあげるらしい。
ある程度経ったら、広まったと言う事にして通常のレシピ解禁である。
食に興味のない、最低限の料理さえ作れない勇者の場合、旅先で段々食のレベルを上げるのだ。さすがに粗食では長生きできないしな。
ん?勿論俺達は匂いさえ遮断する部屋で普通にソースも香草も使った料理を食べるぞ?食は大事な娯楽だからな。たまに自身の消臭を忘れて出てきて、嫁に連れ戻される奴もいるが。
そう……この村に限らず、この世界は魔法の力を借り、自然の色合いを強く残しつつも、勇者が来る異世界並、いや、その世界以上に発達した世界である。
便利な魔法という存在があるのだから当然だろう?
そもそも勇者というのも、神殿が検知・保護した「強すぎる思念により次元の狭間に流されてしまった、身を守る術である魔力を使うことが出来ない」者達の便宜上の名前である。
最初の勇者は困惑するばかりだったので状況説明と職の斡旋で終わったが、2度目に保護された勇者(仮)が問題だった。
「はっ……これは噂の異世界トリップ!つまり俺は魔王を倒すために呼び出された勇者だな!?」
黒髪、黒目で平べったい顔をした少年は、少し周りを見渡した後から妙にそわそわして、そう言ったのだそうだ。
神殿も突拍子もないその発言を面白がって肯定するものだから、勇者の召喚という設定が伝統として続くことになった。さすがに人民を殺させるわけにはいかないので殺害ではなく封印という事にしたが。
それ以降の勇者も、黒髪の者達は困ったことに、大体が同じ様な考えを持っていたらしい。異世界トリップというのが、強すぎる思念の原因だろうというのが、有識者の見解である。
悪乗りした神殿は、もちろん魔王役も用意し、彼らを旅に出したのである。抜擢されたのは、当時城下町で開催されたミスコンの優勝者だったとか。
4代目の頃には「時代は幼女だ!」などといって、隣町のリリアちゃんを抜擢していった事もあったらしい。小さい子をそんな暇つぶしに使うなど許せぬ。
許せないのだが……
「こんな幼女を……俺は封印しないといけないだと……」
と勇者は膝を折ったそうだ。さすがに不憫なのとリリアちゃんファンによって当時の神官長は吊し上げをくらったとか。
今では魔王役には年齢制限を設けている。
なぜそのような事をするのか。それは彼ら……勇者と呼ばれた者達の不運を思ってのことである。
魔力の無い彼らは次元移動魔法を用いての移動など出来なので、一生を落ちた世界で終えるか、また次元の狭間に流されて誰かが救助するのを待つかしかないのである。
だからこそ、勇者達がせめて残りの人生を楽しく過ごせるよう配慮している、という設定だ。
……単に、この世界の住人は遊びの為なら全力を尽くすというだけだったりする。
遊ぶ為なら、彼ら勇者が想像している中世ヨーロッパという世界観に近づけるための努力は惜しまない。そんな愛すべき馬鹿達というのがこの世界の一般人である。
俺と一緒に食事をしていた友人は、中身を一気に飲み干したグラスを手に持ったまま、ため息をつく。
「勇者も可哀想だよな……ファンタジーとやらの妄想を叶えるためにわざわざ町を作り替えてるなんて知ったら、大抵のやつは落ち込むからなあ」
「俺らからしたら、50年~80年なんて、ちょっと遊ぶ程度だからな。6代目だっけ、うっかり知られて、死にそうな程落ち込んだの」
そう、彼らはここに来てから50年~80年で死ぬのに対し、俺達は彼らの年に換算して万は余裕で生きる。
勇者の妄想に付き合う程度、この世界の住人にとっては一瞬の出来事、朝飯前なのだ。大事な畑を荒らされた奴は不憫でしかないが。
さあ、一ヶ月もあれば勇者は城での訓練を終え、旅立ちの時がやってくる。
勿論平和な世界なのだから訓練など必要ないのだが、国民の準備期間の為と、夢を持ってやってくる魔力のない勇者達にも使える魔法を込めた魔具を扱えるようになってもらうための準備期間である。
魔法を使うには、魔具とされる物を媒介に使わないといけないのだ。という設定だ。
勿論俺も友人もまだまだ2000年しか生きていない若造の部類に入るけれど、素手で山を吹き飛ばす程度は使えるからな。
蛇足ではあるが、伝統の肥料と言うのは、山で捕れるムイムイ虫の体液を使った、紫色の粘着性を持った液体の事だ。これをそのまま畑の畝の周りにたんまりと撒くのだ。紫に染まる大地はなかなかに壮観だぞ。
勇者は大抵コレを見てドン引く。そして改革に乗り出す。
今は追肥いらずの土も存在しているから使われなくなったが、昔は大地の万能薬言われる位大人気だった代物なのに。まったく勇者と言うのは自分の認識から外れたものを認めないのだから困るな。
ここまで読んでくださった皆様。感謝です。
これこそ蛇足
テレヴィー…なんてことはない、動力だけが違うテレビの事。
コーレン牛…ツノが4本ある獰猛な肉食の牛。敢えて飼いならして筋肉を減らしたものが今の主流。
パタ芋…黄色味がかった、ふかすともちもちした食感の芋。パタ族が広めたことから、この名前がついた。
ラグペン…水陸両用のペン。筆圧が高い人にも最後まで使いきれることで大人気の商品。
ムイムイ虫…紫色の表皮を持つイモムシのような虫。さわるとしっとりすべすべしていることから化粧品にも使われている。
スペシャルサンクス:雑談窓のあのひと。