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教会の鐘が鳴り、合同慰霊祭が始まった。二十年の間に亡くなった者たちの遺族や親戚知人、友人縁者が集って皆一様に頭を垂れる。そして、ノアの弔いの言葉が終わると、手にした白い花を各々の墓に供えた。
「村長さんも喜んでるだろうね。遺族の為にも早く弔ってもらわなきゃって、いつも言ってたから」
ジャンがしんみりとした声で言いながら、墓の前で跪いて頭を垂れる。
「それにしても、突然心臓発作で死んでしまうなんて、人間の一生なんて呆気ないものだなぁ」
「そうですね。だから我々は一日一日を精一杯生きなければ。それが亡くなられた方への弔いにもなりますので」
ジャンの言葉にノアは答える。すると、二人の会話を聞いていた男が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「生きても修羅、死んでも修羅だ」
「ルー」
ノアは呆れたように名を呼ぶと、相変わらず『オレ様』な幼馴染みを諌める。常と違うノアの反応にジャンが声を上げて笑った。
「面白い友達だね」
「友達ではない」
ジャンの言葉に、ルージュがジロリと睨んで返す。そして、ノアが村人に呼ばれて傍を離れると脅すように低く言った。
「あれはわたしのものだ。努々下世話な感情など抱くでないぞ」
「え……」
ジャンが意味を問うようにアルビノの神父を見る。
「ルー!」
ソワソワと聞き耳を立てていたノアは、慌てて振り向き、ルージュの言葉を遮った。ノアが珍しく赤くなっているのを見て、言葉の意味に気付いたジャンが狼狽える。
「オレは別に……!」
「神は全てを見ている」
言葉を詰まらせたジャンにルージュが冷たく言い放つ。ノアは最後の遺族を見送ると、慌てて二人の元に戻った。
「そろそろ戻りましょうか。美味しいお茶を淹れますね」
ノアはにこにこ笑って言うと、ジャンも一緒にどうかと誘う。ジャンは眉尻を下げて微笑むと、残念そうに辞退した。
「今日は帰ります。お茶はまた後日」
「それは残念だ。今夜の列車でノアは帰らねばならぬのに」
ルージュの突然の言葉に、ノアとジャンが同時に驚いて、えッ、と叫ぶ。
「降臨大祭だけの臨時出張だからな。合同慰霊祭が終わった時点でノアの任務も終了だ」
ルージュはそう言うと、ローブの内ポケットから剥き身の書状を取り出して開いた。
「ほれ、辞令だ」
そこには次の任務地となる『中央支部』の文字と、ルージュの殴り書きのようなサインが書かれている。それはまさしく昨夜ルージュが怒りに任せて書き殴ったものだったが、ノアは知らない。
「そうだったんだ……」
その書状をしげしげと眺めてノアは呆けたように呟く。それを見詰めるジャンの顔が、驚きから悲しみへ、そして寂しそうな微笑みへと変わった。
「いつまでもこの村にいてくださるのだと思っていました……残念です」
ジャンの言葉にノアは微笑む。
「神はいつも見ています。あなたは独りではありませんよ、ジャン」
「そうですね……」
ジャンは小さく頷くと、ノアに右手を差し出した。
「どうぞお体に気をつけて。また是非この村に遊びに来てくださいね」
「はい、是非」
ノアはその手を握り返すと、同じように頷いて微笑み返す。そして、丘を下って行くジャンの後ろ姿を見送ると、くるりとルージュに向き直って腰に手を当てた。
「聞きたいことが山ほどあるんだけど」
不気味なほどの満面の笑みに、ルージュが思わず視線を逸らす。
「気が付いたら合同慰霊祭だった。時間が戻ってる。どういうこと?」
「……さあ」
ノアの言葉に、ルージュがそっぽを向いたまま肩をすくめる。
「しかも、村長はなぜか死んでるし、ジャンは全く憶えてないし」
「あの崖崩れを画策したのは村長だ。村長が死んだお陰で計画は阻止され、あの男も死なずに済んで、お前も消滅しなかった。これ以上の結果は無いだろう」
一見穏やかだが静かに激高しているノアを静めようと、ルージュがわざと淡々と返す。途端にノアの顔が険しくなった。
「それじゃあドルイドのことも説明してくれるんだね」
ノアの詰問口調の言葉に、ルージュがグッと口を引き結ぶ。ノアはルージュの正面に回り込むと、頭一つ分背の高い幼馴染みを見上げた。
「その目……」
ルージュの赤い瞳が片方だけ灰色に変わっている。薄っすらとしか憶えていないが、ルージュの右眼はルージュが自ら眼窩から抉った筈だった。その言葉を受けてルージュがそっと右の目蓋に触れる。
「ドルイドのものだ……」
意識が途切れる寸前、ドルイドは『ツリだ』と言って自分の目蓋を押さえ付けた。たぶんあの時に嵌め込まれたのだろうとルージュは言う。どんな魔法かは知らないが、意識を取り戻した時には痛みすら残っていなかった。
「ドルイドは……」
「奴のことなら心配ない。あいつは人間ではないからな。ちょっと力を消耗し過ぎて人前に出られなくなっているだけだ」
確かドルイドは術を使うと半世紀は人間の姿に戻れないと言っていた。力が回復すればひょっこり戻って来るかもしれないが、長い間会えないのは事実だ。たとえ悪魔でも、ルージュにとっては友人と同じである。
「ルー……」
黙ってしまったルージュを心配してノアはそっと寄り添う。労わる様な視線に気付き、ルージュもノアを見た。そして、久方振りに逢った幼馴染みを改めて見詰め、満足そうに微笑む。
「まだまだガキだな、ノア。もう少し色気がないと食指が動かんぞ」
「動かなくていい」
相変わらずの不遜な物言いに、ノアは目を眇めてルージュを睨む。しかし、すぐにプッと噴き出すと、笑顔で幼馴染みの手を引いた。
「列車の時間まで少しある。美味しいお茶を淹れるよ」
並んで教会へと向かいながら、ルージュが肩越しに振り返る。その視線の先を追いかけて、ノアも眩しそうに天を仰いだ。ゴツゴツとした岩肌が眩い陽光を受けて白く輝いている。天国へと続くドルシェの山は、今日も静かに小さな村を見下ろしていた。




