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「首尾はどうだ、ザナイ」

 村長の言葉に、ザナイと呼ばれた中年の小男が、大丈夫です、と答える。

「それよりも、本当によろしいのでしょうか。もしジャンに何かあったら……」

 男が言葉を切って不安そうに顔を曇らせる。村長はフンと鼻を鳴らすと、村長室の窓から暮れゆく戸外を眺めた。

「案ずるな。機関車は昼に観光客を運ぶだけで十分だ。ジャンが死んだら誰かに代わりをさせればいい」

「しかし、機関士になるには適正が必要です。誰でもというわけには……」

 ザナイが心配そうに言い、村長は露骨に不機嫌な顔になる。

「まさか、お前も信じているわけではあるまいな。あの列車が幽霊を運んでいると?」

 村長の揶揄するような言葉にザナイが青褪めて口をつぐむ。村長は再びフンと鼻を鳴らすと、長い煙突の先から夕餉の支度の白い煙が立ち上り始めた家々を眺めた。

「この村がここまで潤ったのは誰のお陰だ、ザナイ」

「それは勿論、村長様のお陰でございます」

 ザナイが慌てて言い、村長は大仰に頷く。

「そうだとも。わしが村人をまとめて観光業を興したから、皆は何も心配することなく暮らせるようになったのだ」

 昔、まだ村人が農業と放牧だけで暮らしていた頃、村人の生活を支えていたのは麓の町に出稼ぎに出た男たちが送って来る物資と食料だけだった。自然、若者は町へ移住するようになり、老人だけが村に残される。村に残った若者も自分の親以外の年寄りまで養っていけるわけはなく、言葉に出来ぬ不安と恐怖が村内にひしひしと押し寄せていた。そんな時に大天使が降臨したのだ。

 ドルシェの山が眩く輝くのを見た麓の町の住人は、夜中に列車が崖崩れに遭ったのを知る。その列車には神父が乗っていた。神父の魂を大天使が迎えに来たという噂は国中に広がり、麓の町やドルシェの村に観光客が押し寄せた。

「観光客を迎え入れる為の旅館や土産物屋、食堂を村営にしたのはわしの発案だ」

 村長の提案で村は一つの企業になった。皆が自分に出来ることをした。料理の上手い者は食堂を、接客の上手な者は旅館を営み、年寄りは畑で作物を作ったり民芸品や菓子を作って土産物屋で売った。売り上げは全て村の収入となり、村人全員に還元されて、皆が安心して暮らせるようになった。もう飢えて死ぬのを待つ老人は一人もいなくなったのだ。

「しかし、いつまでも二十年前の奇跡に頼っているわけにはいかん。人々の心が離れる前に、今一度大天使に降臨して頂かねば。それには二十年前の事故を再現するしかないのだ。二十年前に崖崩れが起きた時、列車には神父が乗っていた。協会本部には一番大天使の恩寵篤い神父を送って欲しいと頼んでおいた。確かにあの美しさだ。きっと大天使は現れるだろう。わしの計画は完璧だ。そうは思わないか、ザナイ」

「なるほど、そういうことか」

 その時、第三者の声がして村長とザナイは文字通り飛び上がって驚く。戸口を振り返った二人は、鍵が掛かっているはずの室内に若い男が立っているのを見てもう一度驚いた。

「誰だ、お前は!」

 先に我に返ったのは村長だった。大きな声で恫喝すると、見知らぬその男に歩み寄る。男は顔の前で人差し指を立てると、村長に静かにするよう示した。

「神は全てを見ている。神父を殺せばお前は罪人として裁かれるだろう。何故なら、あれはただの神父ではないからだ」

「な……何を言うか、この痴れ者め!」

 男の言葉に村長が狼狽えたように怒鳴る。ザナイはガタガタ震えると、床にペタリとへたり込んだ。

「よく聞け人間。あれはただの神父ではない。あれは神によって人間界に遣わされた本物の天使だ。その証拠に、あれはどこに行っても人々に慕われる。誰にでも愛される。信仰を忘れた者も、その声を聞いただけで再び神の前に跪く。いや、神父の姿をしたあの天使に跪くのだ」

「なッ……なッ……何を根拠に!」

 村長が喚いて男に掴み掛かろうとする。男は口元に当てていた人差し指をスッと動かすと、無造作に前に突き出した。人差し指が村長の額に触れた瞬間、村長の動きがピタリと止まる。人差し指はまるで柔らかな何かに突き立てたかのように村長の額にめり込むと、そのままズブズブ進んで第二関節まですっぽりと埋まった。

「痴れ者め。脳の中まで腐った生ゴミの臭いがする」

 男は吐き捨てるように言うと、人差し指を引き抜いてピッと打ち振る。そして、それきり二人には見向きもせずに、鍵が閉まったままのドアをすり抜けて出て行った。暫し呆然と男が消えた扉を眺めていたザナイが、ハッと我に返って慌てて村長に駆け寄る。村長は両手をだらりと下げて口の端から涎を垂らし、焦点の定まらぬ目で立ち尽くしていた。



『わかったぞ、ルージュ。協会に神父を要請したのは村長だ』

 突然頭の中に直接聞こえてきた声に、書きものをしていたルージュは手を止めてペンを置く。

「ドルイドか。お前の好きな端末はどうした」

 テレパシーだと脳に直接触れるから消耗する、と言ってドルイドはいつも交信手段には端末を使っていた。ルージュは嫌な予感に緊張する。

『緊急事態だ。村長はわざと崖崩れを起こしてノアの殺害を企んでいた』

「何だと!」

 ドルイドの報告にルージュは勢いよく立ち上がる。そしてギリッと歯噛みすると、ノアを指名した協会幹部に呪いの言葉を吐いた。

「あの糞狸! それでノアを選びやがったな!」

『どういうことだ』

 今度はドルイドが聞き返す。ルージュは険しい顔で宙を睨み付けて言った。

「協会に大金が振り込まれたという情報を入手したので調べてみたら、相手はドルシェの村長だった。ノアはその金で売られたんだ」

 ノアは捨て子で身寄りも無い。捨て駒としては最高の人材だったということだろう。

『殺されるのを承知で売ったということか』

 ドルイドが低く唸る。

「それで本当に大天使が現れるなら一挙両得だと思ったのだろう。糞狸の考えそうなことだ!」

 末端の神父など掃いて捨てるほどいる。一人くらい売り払っても協会は痛くも痒くもない。しかも、もし本当に大天使が現れたとなれば人々の信仰心は一気に高まり、協会にも多額の寄付が集まることになる。どちらに転んでも協会に損は無かった。

『とにかく時間が無い。ノアは既に列車に乗って町に向かっている。山が爆破される前に止めなければ』

「追ってくれるか」

 青褪めた顔で問うと、ドルイドが笑う。

『お前とは長い付き合いだからな。宝石一個追加で引き受けよう』

 そして、言うが早いか返事も待たずに交信を切る。ルージュは手をこまねいているしかない状況に歯噛みして低く唸ると、書きかけの書状に荒々しくサインをした。


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