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教会の鐘が鳴り、合同慰霊祭が始まった。二十年の間に亡くなった者たちの遺族や親戚知人、友人縁者が集って皆一様に頭を垂れる。そして、ノアの弔いの言葉が終わると、手にした白い花を各々の墓に供えた。
「これで皆も心安らかに眠れることでしょう。どうもありがとうございました」
黒服に身を包んだ村長が、ノアの手を取ってその甲に恭しく口付ける。ノアはにっこり微笑むと、その甲をローブの後ろでこっそりと拭いた。それを目撃したらしいジャンが笑みを堪えながらノアに歩み寄る。
「やあ、ジャン。お前の両親もこれで安心して眠れることだろう」
「そうですね」
村長の言葉にジャンは笑って頷くと、ノアに向き直って同じように手を取り、その甲にそっと口付けた。視線だけ上げていたずらっ子の様に笑うジャンを見て、ノアはパッと赤くなる。
「見られましたか……」
「見ちゃいました」
こっそりと囁き合い、顔を見合わせて笑ったところへ、その村長が割って入ってきた。
「それでですね、降臨大祭の行事の一環として、ジャンと一緒に列車に乗って町まで往復して頂けないかと思うのですが、いかがでしょうか」
「え?」
村長の突然の依頼に、ノアは驚いて目を見開く。
「ジャンの運転する列車は死者の霊を麓の町から天国に続く山まで送り届けるということになっておりますが、なぁに、ただの儀式に過ぎません。別におっかないことなどありゃしませんから、気楽な小旅行だと思ってよろしくお願い致します。ジャンも独りより二人の方が楽しいでしょうし」
村長は笑顔でそう言うと、最後のひと言をジャンに向けた。
ただの儀式だなんてとんでもない。ジャンは実際に毎晩たくさんの霊を運んでいるのだが、それは一般の人には見えないのだから仕方が無い。そう思いながら隣を見ると、嬉しそうに相好を崩したジャンと目が合った。
「そりゃあ、独りよりは二人の方が嬉しいなぁ」
ジャンが歌うように言い、ノアは苦笑して眉尻を下げる。
「じゃあ、今夜だけ」
「そりゃあ良かった! 良かったな、ジャン!」
ノアの言葉に村長は大喜びでそう言うと、すぐに食事と飲み物の用意をさせるからと言って、付き人と共に大急ぎで丘を下りて行った。
列車は通常通り、五時に駅を発車した。客車に設え付けられたテーブルの上には様々なご馳走が並び、見たことも無い果実酒が何本も用意されていた。たかが二人の為にこれは多過ぎるのではないかと思ったが、せっかくの好意なので有難く頂く。客車の窓枠にも花が飾られ、降臨大祭らしく模様替えされていた。
「新婚列車みたいだなぁ」
すっかり華やかになった列車を見てジャンが嬉しそうに相好を崩して言う。よほど誰かと一緒なのが嬉しいのか、朝から顔が緩みっぱなしだった。
「往きは下りだから四時間くらいかな。客車は寒いから、食事が済んだらこっちに来るといいよ」
客車も機関車も吹きさらしだが、火を焚いている分だけ機関車の方が暖かい。ジャンはノアのコートの前をしっかり合わせると運転席に戻ろうとした。しかし、すぐにノアがついて来るのに気付いて振り返る。手にご馳走の載った大きな皿を持っているのを見て、ジャンは目を丸くした。
「どうせなら食事もこちらに運んでしまおうかと思いまして」
ノアはニコニコ笑って言うと、ボイラーの前にある作り付けの椅子に腰掛けてジャンにフォークを差し出す。食事は二人の方が楽しいですしね、と言って促すと、ジャンは照れたように笑いながらフォークを受け取り、隣に腰掛けた。
「今はカラッポですけど、帰りは後ろの車両は満員になるんでしょうねえ」
サラダを口に運びながら客車を振り返って言うノアに、ジャンが唐揚げをフォークで突き刺しながら笑う。
「村長には見えないんだ。まあ、普通は誰にも見えないけどね。でも、何かを感じ取る人はいて、口伝えで噂が広がる。子供の頃は一緒に遊んでた仲間もオレの家には近寄らなくなる」
「そんな……」
ジャンの家は教会に最も近い場所にある。それは同時に『墓に一番近い』ことをも意味する。死者の霊を最後まで見送ることがジャンの家に代々続いている家業だった。
「神父さんが来てくれて良かった……オレは一生、死ぬまで独りで死人の霊を運ぶのかと思ってた……」
唐揚げに視線を落としたままジャンがぽつりと言う。ノアは精悍な横顔を見上げると、そっと微笑んだ。
「あなたは独りではありません。神はいつも傍にいますよ」
「……そうだね」
ジャンが一瞬ノアを見詰めてから弱く微笑む。そして、数瞬躊躇ってから言った。
「キスをしてもいいかな……」
ノアはジャンを見上げてにっこりと微笑む。そして、持っていた皿を膝の上に置くと、空いた左手を差し出した。
「大丈夫。あなたの時は拭きません」
冗談めかしながらも大真面目に言うノアを、ジャンが一瞬驚いたように見つめる。やがて眉尻を下げて小さく微笑むと、差し出された白い手を取り、滑らかな甲にそっと口付けた。