第五章 覚醒 第一節 酒呑童子 第一話「決意の食卓」
第五章 覚醒 第一節 酒呑童子 第一話「決意の食卓」
夕闇が室内に忍び寄り、ダイニングルームの照明が鈍いオレンジ色の光を投げかけていた。
神代蒼真は、食卓の主座に腰を下ろし、静かに周囲を見渡した。妻の顔には微かな疲労の色が見えるが、その瞳には強い意志が宿っている。そして、向かい合う息子である蒼也の成長した姿を、蒼真はまぶたの裏に焼き付けるように見つめた。
「今から、家族会議を始めよう。みんな、席についてくれ」
蒼真の低く、しかし響くような声に、場が引き締まる。蒼也は居住まいを正し、隣に控える葛の葉もまた、静寂の中で主たちの言葉を待つ姿勢を見せた。
重苦しい沈黙が数秒間、室内に停滞する。それを破ったのは、蒼真の穏やかな、しかしどこか凄みを帯びた声だった。
「……蒼也。まずは、お礼を言わせてくれ」
蒼真は蒼也の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「お母さんを支え、ここまで守ってくれてありがとう。お前の活躍は、逐一聞いている。お前がいなければ、この家族は今の平穏を保てなかっただろう。本当に、よくやってくれた」
蒼也は少し気恥ずかしそうに目を伏せたが、その表情には強い自負が浮かんでいた。父から認められたという事実は、彼にとって何物にも代えがたい勲章だったからだ。
「そして、提案がある」
蒼真は食卓に両手を置き、前屈みになった。
「来週から、俺も現場に復帰する。ついては、蒼也、お前と一緒に行動したいと思っている。そして、葛の葉さん。貴女にも加勢をお願いしたい。……力を貸してもらえるだろうか?」
蒼也と葛の葉は顔を見合わせた。言葉を交わすまでもない。彼らの回答は最初から決まっていた。
「もちろんです」
二人の声は重なり、誓いのようにリビングに響いた。
「助かる。心強いよ」
蒼真は短く礼を述べると、その表情を戦士のものへと変貌させた。一級能力者としての誇りと、かつて敗北を喫した苦い記憶が、彼の背筋をピンと伸ばさせる。
「みんなも知っていると思うが、俺のランクは一級だ。これから相対することになる敵も、当然ながら一級の脅威となる」
蒼真は自身の拳を固く握りしめた。その拳は、かつて自分を病院送りにし、家族を恐怖の淵へと追い込んだ相手への怒りと、払拭しきれない無念を物語っている。
「……最初の標的は、あの酒呑童子だ」
部屋の温度がわずかに下がったような錯覚を覚える。伝説級の怪異、その圧倒的な力。蒼真がかつて全てを賭して挑み、そして敗れた相手だ。
「奴との因縁には、ここで決着をつける。リベンジしたいんだ。……二人とも、俺の背中を、そして俺の未来を頼む」
蒼真の言葉には、家族としてではなく、一人の戦士として、共に戦場へ立つ仲間への信頼が込められていた。
蒼也は静かに頷き、自身の右手を確認する。父の覚悟を真っ向から受け止める準備は、既に整っていた。しかし、蒼真の話はまだ終わっていなかった。彼は懐から、あるいは用意していた木箱をゆっくりと差し出す。
「蒼也。お前にこれを預けたい」
蓋が開けられると、そこには鈍く、しかし鋭い光を放つ長大な刀身が横たわっていた。空気が張り詰める。その刀が放つただならぬ威圧感に、葛の葉でさえ息を呑む。
「……これは?」
「童子切安綱。天下五剣の一つだ」
蒼真は畏敬の念を込めてその名刀を指し示した。
「かつて源頼光が、この刀で酒呑童子の首を討ち取ったとされる名剣だ。……今、この状況で、お前以上にこれを振るうに相応しい使い手はいないと判断した」
蒼真の手から受け取った刀は、ずっしりと蒼也の手に馴染んだ。冷徹なまでの切れ味を秘めた刀身が、蒼也の闘志に呼応するように微かに震えている。
「これがあれば、酒呑童子の強固な防御も切り裂けるはずだ。……蒼也、お前に全てを託す。この刀を振るい、俺たちと共に、過去を切り拓いてくれ」
蒼真の瞳には、かつての自分を超えていく息子への期待と、共に戦場を生き抜こうという父としての覚悟が交差していた。
「分かったよ。お父さん」
蒼也は童子切安綱を力強く握り込み、立ち上がる。
窓の外には、明日を予感させる蒼い月が昇り始めていた。家族会議という名の決起集会は、神代家にとっての新たなる戦いの幕開けとなった。
かつての敗北を糧に、彼らは覚醒の時を迎える。神代蒼真、蒼也、そして葛の葉。三人の力が一つになったとき、伝説の怪異でさえ、その牙城を崩される運命にあるのだ。
蒼真はゆっくりと立ち上がり、家族を見渡す。その眼光は、もはや過去の敗者ではない。一級能力者として、再び荒野へ舞い戻る決意を固めた、百戦錬磨の戦士のそれであった。
「……さて、これからの作戦について詳しく詰めようか。時間は、そう多くはない」
食卓に広げられた資料を指でなぞりながら、蒼真は静かに、しかし確かな声で告げた。
神代家の反撃は、ここから始まる。




