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Spicy Black(4)

「お帰りっ、ハザマ~♪」

 ドアを開けると同時に、飛びついてくる小さな白い物体。

 反射的に受け止めるとそれはそのまま俺の胸にしがみ付いた。

「…ただいま」

「どうしたの? 今日はいつもより早いね」

 金色の瞳を輝かせて、猫の姿の俺の同居人── ケイトはそんな事を尋ねる。

 正直に話すには、まだ心の整理がついていなかった俺は、ただ苦笑を浮かべる事で返事に代えた。

 …ああ、やっぱりうちは落ち着く。

 あの高いテンションの中にいると、正直言って、かなり気疲れする。

 余計な事を話したり、気を使ったりしないで済むだけで、気持ちは和むものなのだと、再認識させられる瞬間だ。

 …本当はわかっている。

 あかねさんも、鳴海さんも、心から俺に対して親愛の情を持っていて、だからこそ必要以上に構ってくるのだという事を。

 何もわからず、言葉も忘れてボロボロだった俺を拾ったのは鳴海さんだし、そんな俺の世話を焼き、一人で仕事が出来るようになるまで育ててくれたのは、あかねさんだ。

 独立して一人暮らしを始めるにあたって、料理やらを仕込んでくれたのは鳴海さんの奥さんである薫さんで── 彼等がいなかったら、今の俺がない事も重々承知している。

 でも、時折思わずにはいられない。

 …そろそろ、いい加減に『子離れ』してくれないか、と。

 しみじみ思いながら、抱えたケイトを見下ろし── 今更ながら、俺は思い出した。

「…しまった……」

「ん? どしたの、ハザマ?」

「い、いや、なんでもない……」

 不思議そうに見上げるケイトを誤魔化して、俺はどうしたものかと考える。

 あかねさんの事でうっかり忘れていたが、そもそも、俺が悩んでいたのはこいつの事だった。

 …先月、件のバレンタインデーのお返しをどうしたらいいのか、それを悩んでいたのだ。

 何しろ、あかねさん以上にとんでもない方法で、ケイトはチョコ以外のものをくれたのだから。

 それは、言葉と行動。

 …もっとも、ケイトの事だから、ホワイトデーという日が存在する事もわかってない可能性も高い。

 だからそんなに思い悩む必要など、ないのかもしれないのだが── これも性格なのだろう、貰った以上はちゃんと返さねばと思ってしまうのは。

 結局、何も思いつかないままに家に帰ってきてしまったが…さて、どうしたものだろう。

 悩みながら、ケイトを床に下ろし、荷物を居間の椅子に置く。

 毎日の習慣で、そのまま台所に向かおうとして── じっと見つめてくる視線に気付いた。

「…ハザマ、お仕事で何かあったの……?」

 俺の足元で、心配そうな声。

 見れば、ケイトが不安そうな目で俺を見上げていた。

「疲れてる? だったらご飯、作らなくてもいいよ。えと…そうだ! 代わりにあたしが作るよ!」

「…お前、まだ飯も炊けないんじゃなかったか?」

 まるで名案とばかりに提案するケイトに、俺はつい普段どおりに受け答えてしまう。

 するとたちまち、ケイトはしゅん、と項垂れた。

「…ごめんね、ハザマ…力になれなくて……」

 そのあからさまに落ち込む様子に、俺は慌てた。

 確かに今日の俺は疲れている。けれど、それはケイトにはまったく関係のない事だ。

 それに…ケイトが食事を作れないのは、今までケイトに任せようとか全く考えていなかった俺にも責任がある。

 危なっかしくて、つい手を出し── そして、結果的には全部俺がやってしまう。


『要は慣れよ。失敗するのは初心者なら当たり前。最初から完璧にしようと考えないこと、わかった? 最後まで作り上げること、それが大事。一つの事を完遂させたら、自信が持てるでしょ? 自信は次の意欲に繋がるからね。…そうして繰り返している内に、何事も上達するのよ』


 …俺が薫さんに料理を習った時に最初に言われたのが、この言葉だった。

 結局、俺もあかねさんや鳴海さんと変わらないのだと思う。

 いつまで経っても、ケイトを何も出来ない子供扱いをして。…でも、ケイトが何も出来ないのはそうさせない俺がいるからだ。

「ケイト」

「…何?」

「── 料理、覚えたいか?」

「…── うん!」

 途端に明るくなる表情。

 …同時に自分の心が軽くなるのを自覚して、俺は覚悟を決めた。

「じゃあ、今度の休みに…俺の料理の師匠に会いに行くか」

「え。師匠って…ハザマの先生ってこと?」

「ああ。…あと、他に二人くらい、お前に会いたいって言っている人もいるんだが……」


+ + +


 そうしてケイトと二人、あかねさんの『お願い』を叶えるべく、出かけたのは次の日曜日。

 折角の休日だからと、集まったのは繁華街だった。職場に連れて行かずに済んで、心底ほっとしたのは言うまでもない。

 …おそらく、その辺りは鳴海さんが根回ししてくれたんだろうと思う。あかねさんが自分で言い出すとは思えないし。

 最初こそ悪ノリしていたけれど、そうした配慮を忘れないから職場でも『難あり』の人に信頼されるんだろう。悔しいけれど、そういう部分は敵わないと常々思う。

 俺以外の人間(正しい意味で『人間』と呼べるのは薫さんだけなのだが)と初めてまともに接したケイトは、最初こそ人見知りをしていたものの、やがて打ち解けて楽しそうだった。

 …これが今の俺に返せる、バレンタインデーのお返し。

 危険から遠ざけるように閉じ込める事は、もうやめる。庇護したい気持ちだけじゃ、ケイトの為にはならないから。

 多分、これから何かある度に胃が痛くなるような思いをしたり、頭痛を覚えたりしないとならないんだろうけれども。

 それでも、きっとこれは必要な事だと思う。俺にとっても、ケイトにとっても。

「ねえ、ハザマさん」

 薫さんに似合う服選びに連れて行かれるケイトの後姿を何気なく見ていると、不意に横から声がかけられた。

「…何ですか、あかねさん」

 何となく嫌な予感を感じつつ、声の主に目を向けると、ご満悦な表情のあかねさんが俺を見上げて立っていた。

 流石に今日は着物姿ではない。普段の和装とは遠く離れた原色も眩しいジャケットにスカート。

 長い黒髪は二つに分けて三つ編みにし、更にやはり派手な模様の帽子を被っている。

 ケイトをして『可愛い!』と言わしめた位だから、似合ってはいるのだろう。

 …普段の姿を見慣れている俺としては、何だか別人を前にしている気分だ。この場においては着物よりはるかに違和感がないはずなのだが。

 そんな俺の感想など気付いた様子もなく、あかねさんは軽く小首を傾げて尋ねてくる。

「つかぬ事を聞いてもよろしいですか?」

「── 何でしょう」

 するとあかねさんは、その笑みを例の『悪魔の微笑』に代えると楽しげに問うた。

「ケイトさんに、何処まで話しても良いのかしら?」

「……!?」

 言われた言葉の意味の重さに気付き、言葉を失くした俺を無視して、あかねさんは心底楽しそうに続ける。

「ハザマさんのご幼少のみぎりとか、きっとケイトさんも知りたいんじゃないかと思うんです。ですからほら、ここにアルバムも用意してきました」

 と、背に背負った花柄のリュックサックを示す。

 妙に重そうだから何を入れているかと思えば…── って、ア、アルバム……!? 

「な、なんでそんな物を、あかねさんが持っているんですか!!」

「そりゃもう、こっそり隠し撮りしたに決まってるでしょう? 何しろカメラを向けたら、ハザマさんったらすぐに表情が固まってしまうんですもの。自然体で撮れるように、わたくしと勇人さんはそりゃあもう苦労したんですよ?」

 いけしゃあしゃあとそんな事実を暴露して、あかねさんは反論も出来ないくらいに動揺している俺に追い討ちをかける。

「ほら、夜中に怖い夢を見て泣いたりとか、勇人さんに海へ連れて行ってもらった時に溺れて、危うく死に掛けた事とか。…ふふ、思い出しますねえ……」

「…── っ!!!」

 ふふふ、と含み笑うあかねさんをその場に残し、俺は駆け出した。

 冗談じゃない。そんな事、ケイトに吹き込まれて堪るか……!


+ + +


 ── 刺激が強すぎる毎日。

 慣れたと思うと、すぐに次から更に強い刺激がやって来る。

 平穏に生きて行きたいと願う俺が、そこから解放されるのは果たしていつの事か。


 …少なくとも、当分そんな日はやって来そうにない。

バレンタイン企画でケイトの話を書いたので、じゃあホワイトデーにはハザマの話を書かねばなるまいか? と思って書いた話です。

もっとも、3月の頭くらいまでこんなの書く予定もありませんでした。

…が。

当時のWeb拍手用のイラストに、つい今まで設定はあったもののイラストには起こしていなかった『あかねさん』を描いてしまい、なんですか、すごく(外見だけですが)お子様にいたぶられ、翻弄されるハザマの図を書きたくなってしまったのです…!

書いててとても楽しかったのですが、愛情の差か、結果としてあかねさんが人気者になってしまったという……。

着物いいよ着物。和文化、バンザイです(コラ)

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