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子猫のワルツ(後篇)

 小走りにこの部屋で唯一直接外に繋がる場所── ベランダへと走る。

 ここの鍵はいつも開けてあるから、ラクに出られた。そして手すりによじ登って下を見る。

 …………。

 知らなかった。ここってこんなに高かったのね……。

 吹き上げてくる風が冷たい。風を透かして地上は遥か下に見えた。しばらく見ていると玄関らしき場所から小さな人影。

 ハザマだ!!


「ハザマーっ!!!」


 力の限り叫んだ。でも風が強くて、彼には届かない。


「ハザマっ! 待ってよーっ!!!」


 もう一度。今度は届いたのか、ハザマが立ち止まる。そして首を捻っているのがわかった。

 まさか、な。

 何だかそう言っているような感じで、彼はそのまままた歩き出す。

 ちょ、ちょっと待ってよ。普通、そこまで思ったらこっちを見たりしない?

 …あ、でもハザマはすごく目が悪いんだっけ……。

 だからって、ここで諦めてたまるか!!


「ハ~ザ~マァ~~ッ!!」


 体全体で叫ぶ。不意に何とも言えない違和感が体を襲ったけれど、そんな事には構っていられない。

 ハザマの歩みが止まった。そのままゆっくりとこちらに顔を向けて……。

「ハザマ!!」

 やった! 届いた!!

 ── そう、思った瞬間。

「きゃあっ!?」

 いきなり近くで悲鳴が上がった。聞き覚えのない、女の人の声だ。

 何だ? と思ってそちらを見ると、隣の部屋のベランダに女の人が突っ立っていた。ちょっと小太りな、中年に差し掛かった辺りの──。

 なんて事を思っていたら、その女の人は今にも卒倒しそうな声で言った。

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっとあなた!? ダメ、駄目よ、若い身空で早まっちゃっ!!」

「…はあ?」

「い、いいい、いい!? お、落ち着いて、落ち着くのよっ?」

 落ち着くのはどう見ても彼女の方だと思う……。

 それより、ハザマは!?

 慌てて目を戻す── 地上で彼がこちらを見上げているのがわかった。

 …あれ? でも何か、様子が、変……?

 その、刹那。

 不意に強風が吹き上げ、反射的に顔をかばった時。

 何かが違う。そう思った。でも、それが何かわからない内に、あたしの体はバランスを崩してそのまま──。

「き、きゃああああああ~~~っ!!!」

 女の人が自分が落ちたみたいな悲鳴を上げる。落ちてるのはこっちだってばっ!!

 …じゃなくて、落ちてる、落ちてるようう!?

「…ケイトッ!?」

 ハザマが血相変えてるのを初めて見たかも。

 ああ、でもあたしこれで死ぬのかなあ。そうしたらハザマ、少しは悲しんでくれる……?

 そうして、世界は不意にブラックアウトした──。


+ + +


「…ええ、十階のベランダから落ちて……」

「あらまあ、それは強運な子ですねえ」

「…まあ、助かってほっとしました」

 遠い所でハザマの声がする。それと、知らない女の人。

 …おんなあ!? ちょっとハザマ? その人誰っ!?

「そう言えば、さっき警察の人が『人が落ちた』とか言ってましたけど?」

「ああ、お隣の奥さんでしょう。すごい興奮状態で、多分動転してそんな事を……」

「あら、でも…女の子と猫ちゃんを間違うなんて」

「見間違いです。あなたも診たように、この子は── ケイトは猫ですよ」

 ……。

 なんか、ハザマ、怒ってるような気がする。…やっぱりあたし、嫌われちゃったのかなあ……。

 何だか泣きたい気持ちでいると、女の人はため息を一つついて部屋を出て行ったようだった。

 ゆっくりと目を開けると、やっぱり知らない場所だ。匂いが違ったからそうだと思ったけど──。

「起きたか? ケイト」

 ハザマがいつもの不機嫌そうな声であたしを呼んだ。呼んで── くれた。

「…うん。あの、ハザマ…怒ってる?」

 そっと声のした方に顔を向けると、ハザマは疲れたように笑ってた。

「ったく…、寿命が縮んだぞ」

 ごめんなさい。

 謝る前に、目が潤んだ。目が覚めてそうして── もし、そこにハザマがいなかったら。そんな事を思ったらすごく怖かったから。

 大きな手がそっと頭を撫でてくれる。あったかい手。すごくほっとする。

「まだショックから抜けきってないんだ。寝とけ。…わかるな?」

 諭すような言葉がなくても、あたしは半分夢心地だった。ハザマに嫌われてない。それだけですごく安心できたから。

 もう一度目を閉じる。

 大好きだよ、ハザマ。

 世界で一番大好きだから……。だからお願い。ずっと側にいてね……。


+ + +


「…さて、どうしたものかな」

 ハザマはすっかり安心しきって眠りについた子猫を見下ろした。

 純白の毛。今は閉じられた瞳は琥珀。

 子猫と言っても生後半年以上は経っている。半分は大人── 人間なら少女くらいだろう。

(まだまだ子供だと思っていたんだが)

 彼は苦笑する。そしてそっと子猫の頭を撫でる。慈しむように。愛しむように……。

「いつかはこういう日が来るとは思ってはいたが……」

 脳裏に甦ったのは、落下してきた『彼女』の姿。

 この腕に落ちてきた時には、もう元の姿に戻っていたけれど、確かにあの時、この子猫は人の姿をしていたのだ。

 隣家の婦人は決して見間違ってはいない。かと言って、事実を明らかにする訳にはいかないのだけど。

(…引っ越すか)

 結論はすぐに出た。

 確かに、最近住み慣れてきたと思った部屋を去るのはもったいない気もしないでもないが、この手の噂はすぐに尾ひれがついて広まるものだ。

 先程の女医がやけに絡んできたのも、おそらく猫が人の姿になったとは思わずとも、ケイトが猫の姿をしていても実際の猫とは違うと感じたからに違いない。

 恐怖や好奇の目── そんなものに彼女を晒すつもりは毛頭ない。

「…やっと見つけた同類だからな……」

 ぼそりと呟いた彼の瞳が一瞬だけ金色に輝く。瞳孔が盾に裂けたそれは、正に猫の──。


+ + +


 あたしの名前はケイト。ぴっちぴちの女の子。

 いつも身綺麗にしてるの。

 大好きな── この世でただ一人、大事な彼の為に……。

こちらの作品もキリリクで書いたものになります。リクエストは『半獣人もので!』という事だったのですが。

出てきたのが『猫又』か『猫娘』だったのには別に他意はありません。

何で妖怪?と自分でも思いはするのですが、まあ、天の邪鬼ですので……。

本当はもっとこう、ファンタジーなものにしようと思ってプロットまで立てたんですがね~(だって猫耳といえばファンタジーでしょう!?←猫以外書く気なし)

何だか食指が動かなかったんです……。

結果として、なんと言うかめちゃくちゃおとめちっくな少女マンガ状態の話になったのですが、不思議とケイトは書いていてストレスにならない子でした。

結果としてHPイベントで続編を書く事に。ある意味、苦手な一人称が平気になったのはこの子のお陰かも(笑)

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