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幸せの在り処

『子猫のワルツ』の外伝、「Spicy Black」で登場した鳴海夫妻の小話です。

「── 広いか狭いか、かな」


 しばらく考え込んで、勇人ゆうとはそんな風に答えた。

 今日は日曜日。勇人もあたしも、仕事はお休み。

 お天気が良くて、十二月にしては陽射しが柔らかくて暖かな日だった。小春日和ってこういうのを言うのかな。

 うちでぼんやりしているのももったいない気がして、二人でちょっと離れた場所にある公園に向かって歩いている最中でのこと。

 こうして一緒に出かける事は決して珍しくもなんともないのだけど、よくよく考えると不思議でもあった。

 …隣を歩いている人が、この生涯を共にすると誓い合った夫── 自分の伴侶だという事が。

 あたし達は母親同士が親友で、しかも比較的近くに住んでいた為、中学に上がる直前におばさん── 勇人の母親が亡くなるまではいわゆる『幼馴染』という関係で。

 血の繋がりはなかったけれど、あの頃のあたしは勇人を兄弟のように思っていたし、誰よりも多くの時間と記憶を共有する相手だった。

 勇人が引っ越す事が決まった時は、泣きこそしなかったけど本当に淋しい思いをしたし、大丈夫だろうかと心配もしたのだ。

 ── 何しろ、その頃の勇人は小さな頃から変わらない『弱虫泣き虫』だったので。

 …ひょっとすると、その頃の勇人はあたしにとっては『友達』ですらなかったかもしれない。

 物心ついた頃から、勇人はあたしの中では『庇ってあげないとならない存在』として位置付けられていた。

 つまり、自分よりも立場が低いと思っていたのだ。今思うと、かなり失礼な考え方だけれど。

 それが『友達』── 同じ高さになったのは中学三年の時。

 偶然再会した勇人は、たった三年ですっかり変わっていた。『薫ちゃんだよね?』と確認してきた人懐っこい笑顔はそのままだったけど。

 同じ高校を志望している事を知って、また何となく同じ時間を過ごすようになったものの、合格発表の日の直前、勇人が突然失踪して。

 …それからさらに時間が流れて…何の因果かまた再会を果たしたあたし達は、さらに関係が変わっている。

 『友達』が『恋人』に、『恋人』から『夫婦』に。

 ── 恋人から夫婦への移行は、それまでの長さを考えると、信じられないくらい早かったけれど。

 勇人の事を好ましく思う気持ちは、子供の頃から変わっていないはずなのに、関係を表す言葉が違うだけで、まったく別物みたい。


 その境界線ってなんだろう?


 ── 何となく口にした疑問に対して返って来たのが、先程の言葉だった。

「それって範囲のこと?」

 首を傾げて見上げると(口惜しい事に、身長差もかなり出来てしまった)、勇人は軽く頷いて肯定した。

「恋人って一対一の関係だから。友達は一対不特定多数…分子の方が大きい感じ、かな」

 言われてみると確かにそういう気がしないでもない。

 以前から時々思っていたけど、こういう感性的なものは勇人には敵わない。少し感心していると、それに、と勇人は続けた。

「夫婦になると、替えがきかないしね」

「そーいう事は素面で言わない」

 にっこり笑って勇人がぎゅっと手を握って来るのを、すぱっと切り返す。

 結婚したからと言って、そういう臆面もない言葉に免疫って出来ないものらしい。

 愛情表現が素直に出来てしまう勇人と違って、あたしはどうしてもこう、照れが先に立ってしまう。性格かもしれない。

 …手を振り解かなかっただけでも、中世の人間が宇宙に進出して月面を歩く位の進歩だと思う。

「…薫さん、いい加減に慣れようよ?」

「うるさい。そっちこそ、いい加減に『さん』付けはやめなよね」

「うっ。……善処シマス」

 普通に呼び捨てにすればいいのに、どうもそれが勇人には出来ないらしい。

 『さん』付けされると、何だかあたしが勇人を尻に敷いているみたいじゃないの、と今まで散々文句をつけたのに、一向に改善される様子はない。

 大体、『ちゃん』付けは嫌だと言われて、それが『さん』付けに変わるって変じゃなかろうか?

 ── まあ、どちらか言うと日常的な事に関しては何事もあたしがリードしている気がしないでもないけれど。…やっぱり、尻に敷いてる?

「それで、薫さんは何だと思う? 三つを分ける境界線」

 繋いだ手はそのままに勇人が尋ねる。そうだなあ、と考えるあたし。しばらく考えてみたけれど、これという答えは見つからなかった。

「わかんない。だって、『友達』だった人が『恋人』になって、終いには『夫婦』になっちゃったんだから。…途中で線引きなんて、出来ないよ」

 言ってしまってから、まるでずっと今まで勇人一筋だと言っているようだと気付いて、内心ちょっと慌てたけれど、幸か不幸か勇人はそこまで思わなかったようだ。

 いつものように微笑んで、確かにそうだねと頷くだけで。

 …でも、多分。

 相手が勇人じゃなかったら、ここまで一直線なんて有り得なかったと思う── なんて、もちろん照れ臭くて言えないので心の中だけで呟く。

 まあ、その内。

 酔った勢いにでも任せて、ちゃんと言うからね(素面ではとても言えません……)。


 あたしをずっと好きでいてくれてありがとう。


 今まで言いそびれてきてしまった、その一言を。

 『友達』だった時も、『恋人』から『夫婦』になってからも、いつもあたしは言われてから気付く事ばかりで。

 それだけあたしにとって、勇人が近くにいる事が当然の事だった訳だけれども── 実際、勇人がいなかった頃の記憶はとても曖昧なものになってしまっている。

 我ながらなんて鈍感なんだろう。そして、よくもそんな鈍いあたしを、勇人は好きでい続けてくれたものだ。

 よく晴れた日曜日。二人でちょっと離れた場所にある公園に向かって歩く。

 それだけの事だけど、それがとても得がたいもののように思えるのは、きっと隣りにいる人が特別だからだ。

 先程から繋がれたままの手に目を向けて、隣を見る。…うん、やっぱり自然だ。

 あたしの隣は、勇人がいい。

「薫さん? 何?」

 視線に気付いて、勇人が何事かと尋ねてくる。

「何でもない。見てただけ」

「…左様で」

 肩透かしを食らったような顔。こういう他愛のないやり取りも嬉しい。

 そうか、こういうのをきっと『幸せ』と言うんだ。

 結婚式の時に知り合いとかに『幸せになれよー』とか『幸せにしろよー』とか言われた時は、何だかピンと来なかったんだけど、それもそのはずだ。

 だってあたしはその時にはもう、十分幸せだった訳だから。…勇人もそうだといいんだけど。

 聞いたら聞いたこっちが恥ずかしくなるくらい、臆面もなく笑顔全開で『幸せだ』って答える気がするのは── ちょっと自惚れてるかなあ。

 やがて目的の公園の入り口が見えてくる。公園の中から、小さな子供達の声。

 うーん、平和だ。

 これからもこんな風に、長閑に生きて行きたいものだ。小市民で結構、やっぱり世の中も、夫婦仲も平和が一番。

 好きな人が隣にいて、家族や友達に囲まれて、好きな事を仕事にして。あたしは本当に幸せ者だ。

 


 長い間、当たり前過ぎて気付かなかったけれど。

 あたしの幸せは、ここにある。

これは2004年のこっそりクリスマス+年末企画(何処がこっそりなのかというと、変更点を更新履歴に載せてなかったから)での、ランダムTOPに合わせて書いた小話です。

「Spicy Black」を書く以前から存在していた夫婦なのですが、この夫妻は私の中では、かなりの「ばかっぷる」に分類されています。

べたべたいちゃつく訳ではないけれど(薫が照れ屋さんなので)、結局の所お互いしか見てないんで(笑)

今の時点では馴れ初め(何処から何処までにするかで長さが変わる…)の話を書く予定はないのでこちらに外伝として入れる事にしました。

よく考えたらわたしが書く夫婦は、奥さんを「さん」付けする旦那がよく出て来ます。何故だろう……。

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