109前でエスパーにバレた件
あれから三か月。
わたしは劇的には変わっていない。
でも、微妙に変わった。
姿勢はシャキン。
前髪は研究済み。
リップは“血色感”という概念を習得した。
そして今日、わたしは自分の意思で渋谷に来ている。
模試じゃない。
迷子でもない。
目的はただ一つ。
──あのギャルに、また会いたい。
我ながら動機が不純すぎる。
待ち合わせ場所に選んだのは、あの有名なファッションビルの前。
人が多すぎて、逆に目立たないはず。
(でもどうやって探すんだろう)
ギャルの名前も知らない。連絡先も知らない。
情報が「まつげがすごい」しかない。
……詰んだ。
と、その時。
「え、ちょ、マジ?」
聞き覚えのある声。
振り向くと──
そこにいたのは、あのギャルだった。
相変わらず完璧な巻き髪。キラキラのネイル。
でも今日は制服じゃなく、ゆるいパーカー姿。
(可愛い……)
「……あ」
わたしの声は蚊レベルだった。
ギャルはじっとわたしを見て、目を細める。
「……あーーーーーー!!」
声量、体育館。
「模試ガール!!」
「そ、そんな二つ名でしたか!?」
「覚えてるに決まってんじゃん。あの日の“かっこいいです”の子でしょ?」
わたしはその場で蒸発しそうになった。
「な、なぜここに……?」
「ダチと買い物。てかあんたは?」
「え、えっと……偶然というか……その……」
会いに来ました、とは言えない。
言ったらたぶん一生いじられる。
ギャルはじっとわたしを見て、にやっと笑った。
「もしかして、会いに来た?」
ここでエスパー!?
「ち、違います! たまたま!」
「動揺しすぎ」
完全にバレている……。
ギャルはふっと真面目な顔になった。
「でもさ」
「はい」
「雰囲気、変わったよね」
その一言で、心臓がドンと鳴った。
「姿勢いいし、目も前向いてるし。なんか、ちゃんと“ここにいる”って感じ」
それは…
わたしが一番ほしかった言葉だった。
「……あの日、堂々としてていいって言ってくれたから」
ギャルは少し照れた顔をした。
「え、なにそれ。うち名言メーカー?」
「わたしの中では偉人です」
「やめて笑う」
ひとしきり笑ったあと、ギャルは言った。
「時間ある? コスメ見に行く?」
「え」
「戦闘服、アップデートしよ」
戦闘服。
あの日の言葉が、また胸に響いた。
─────────
コスメ売り場はまぶしかった。
「まずさ、自分がどうなりたいか考えよ。モテたい? 強く見せたい? 優しそうに見せたい?」
わたしは少し考えてから答えた。
「……自分を好きになりたい、です」
一瞬、ギャルは静かになった。
「重っ」
「すみません!」
「いや好き。そういうの好き」
そして真剣な顔で、リップを一本手に取った。
「じゃあこれ。ちょい攻めだけど、似合うと思う」
鏡の前で塗ってみる。
少しだけ大人びた色。
「……どうですか」
ギャルは親指を立てた。
「優勝」
──優勝。
その単語で、わたしの自己肯定感が三段跳びした。
────────
帰り道。
「ねえ」
「はい」
「中三だよね? 受験終わったらさ、また渋谷来なよ」
「いいんですかね…」
「良いも悪いもないし。それに──そのときはさ」
ギャルはにっと笑った。
「隣、堂々と歩きな」
胸が熱くなった。
わたしはもう、ただ守られるだけの人じゃない。
いつか誰かを守れるくらい、強くなる。
まつげでも、リップでもなく。
自分の芯で。
渋谷の夕暮れの中、
わたしは少しだけ背筋を伸ばした。
戦闘服は、もう怖くない。




