ギャルは戦闘民族!?
わたしは、どこにでもいる地味な中学三年生だ。
髪は肩でぴったり止まる黒ストレート。
制服はきっちり第一ボタンまで留める派。
趣味は図書館。推しは文学賞。
そんなわたしがなぜその日、日曜日の午後に渋谷にいたのかというと──模試帰りで、乗り換えを間違えたからである。
降り立ったのは、あの有名なスクランブル交差点。
テレビでしか見たことがなかった人の波に、わたしは完全に溺れかけていた。
(帰りたい……)
そう思ったその時だった。
「ねえ、ひとり? どこ行くの?」
軽い。声が軽い。空気より軽い。
振り向くと、金に近い茶髪、やけに光るネックレス、香水の主張が強い青年が立っていた。俗に言う“チャラ男”というやつだ。人生で初遭遇。
「い、いえ、あの、その……」
わたしはコミュニケーション能力を家に忘れてきていた。
「制服かわいくない? 写真撮らせてよ〜」
撮らせてよ、の意味がわからない。何を? なぜ? どうして?
頭の中が疑問符で埋め尽くされたその時。
「ちょい待ち」
低めでハスキーな声が割り込んできた。
現れたのは、まぶしいほどの存在感。
長い巻き髪、キラキラのネイル、厚めのまつげ、完璧なメイク。
まさしくギャルだった。
「その子、困ってんじゃん。空気読めない感じ?」
笑っているのに、目が笑っていない。プロだ。
「え、いや、別に俺は──」
「はい解散〜。ナンパは双方の合意があって初めて成立するの。道徳、義務教育で習わなかった?」
チャラ男は何か言いかけて、ギャルの圧に負け、あっさり人混みに消えた。
え。強い。
わたしは呆然としたまま、そのギャルを見上げた。
「大丈夫? スマホある? 帰り道わかる?」
「あ、あります……たぶん……」
たぶんって何。と自分でも思う。
ギャルはため息をついてから、にっと笑った。
「模試帰りでしょ。顔に“英語長文しんどかった”って書いてある」
「な、なぜそれを……!」
「うちも去年やったし」
……え?
「え、受験生……だったんですか?」
「今、高一。普通に。てかギャル=勉強してないって偏見、よくないよ?」
図星だった。
わたしの中で、何かが崩れた。
ギャルは見た目だけじゃない。
強くて、空気読めて、頭もいい。
それって、最強なのでは?
「とりあえず駅まで送るよ。こういうの、慣れてないでしょ」
「は、はい……」
歩きながら、ギャルはずっとしゃべっていた。
コスメの話、学校の話、バイトの話。
わたしは相槌を打ちながら、彼女の横顔を見ていた。
堂々としている。
自分のスタイルを持っている。
他人に流されない。
それは、わたしが一番なりたかった姿だった。
駅の前で別れる時、ギャルは言った。
「今日みたいなことあってもさ、自分が悪いとか思わないでね。堂々としてていいの。あんた、真面目そうだし、絶対伸びるタイプ」
伸びる。
まるで観葉植物みたいな評価だが、なぜかうれしかった。
「……あの」
「ん?」
「わたし、ギャルって怖い人だと思ってました」
「よく言われる〜」
「でも……かっこいいです」
一瞬、ギャルはぽかんとした顔をして、それから爆笑した。
「やば、告白されたんだけど」
「ち、違います!」
「冗談冗談。ありがと。まあさ、見た目は戦闘服みたいなもんだから」
──戦闘服。
その言葉が、ずっと頭に残った。
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その日から、わたしは少しずつ変わった。
いきなり金髪にはしない。校則がある。
でも、つけまつ毛、美容液を買った。
リップも少しだけ明るくした。
そして、姿勢を伸ばした。
そして何より。
人に話しかけられたら、目を見て返すようにした。
「堂々としてていい」
あの言葉を、胸に貼り付けるみたいに。
ある日、クラスの男子に言われた。
「最近なんか雰囲気変わった?」
わたしは少しだけ笑って言った。
「進化中だから」
自分で言って、ちょっと恥ずかしかった。
でも、悪くない。
渋谷のあの日、わたしはナンパされた。
でも本当に出会ったのは──
憧れと、ちょっと強くなった自分だったのだ。




