その教室には十二人の犯罪者がいる(1)
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その教室には十二人の生徒がいる。
謹慎により登校していない一人を除けば、数週間前まで十二人いた教室も、艶葉が欠けたことで教室にいる人数は十一人となっていた。
艶葉が使っていた机は彼が卒業してもそのままの状態で残されており、今ではほかの生徒が荷物を置く場所になっていた。教室の中心にある空席は雑に扱うにはちょうどいい場所だった。
艶葉の死を確認した翌日、普段通り登校した楓は遅刻をしなかったことに安心していた。部屋に戻ったら深夜一時を示しており、世の中からは音が消えていた。すぐにお風呂に入って就寝したが、いつも通りの時間に起床することができ、寝不足も感じずスッキリとした目覚め。艶葉の最期を見たことで爽快感に包まれたことが理由の一つである。
「ねえ、紅葉。少し顔貸してくんない?」
「私?」
昨晩の出来事を思い出し、独り笑いを浮かべていると女子にしては低めの声で名前を呼ばれる。
「それ以外に誰がいるの」
「他の人には見えてない物が見えてる可能性もあるじゃん?」
「私は紅葉を呼んだ。黙ってついてきて」
用件も伝えず、呼び出す旨だけを楓に伝えると、彼女は早々に教室から出ていった。
「え、私シメられるのかな?弦ちゃん助けて」
「柚子はそんなに悪い子じゃないよ。杠葉と柚子、名前似てるねって話しかけても答えてくれたし」
赤松柚子。黒髪をウルフカットにし、赤メッシュを入れている。身長は百六十二センチとクラスのなかでも高い部類に入り、椅子に座っままの楓では見上げるだけで首を攣りそうになるほどだった。
一見するとガールズバンドをやっていそうな彼女は吊り目な事も相まって威圧感を醸し出していた。女子にも男子にも人気の出そうな風貌をしているが更生学校にいる以上、彼女も何かしらの犯罪者である。
「それより楓に心当たりないの?柚子って一人でいることが多いし関わりがあるとは思えないけど」
隣で話を聞いていた杠葉が楓に話しかける。
「ないねえ。話したのも今が初めてだと思うよ、多分だけど」
「本当にただ話があるって言うだけじゃない?仲良くなりたいとか」
「それならいいけど。弦ちゃん付いてくる?」
「私はパス。あの手のタイプは私と相性悪いからね。自分をしっかり持ってる人って言うこと聞かせられないから苦手なの」
杠葉は気弱な女子を脅迫してパパ活に使う女であり、赤松のような気の強い女は好みではなかった。
「そっか。それじゃ行ってくるよ」
「いってらっしゃーい」
机から立ち上がり、杠葉に向かって小さく手を振ると楓は教室の入り口へと向かう。呼び出された理由が一切わからないが、何とでもなるだろうと軽い気持ちを胸に今日も生きている。
2
「人のいないところで話そう」
楓が教室から出ると、扉の陰に寄りかかって待っている赤松の姿が目に入る。
「態々待っててくれたの?見た目と違って優しいね」
「私が先に行ったら紅葉は何処に行くの」
「確かに。学校内で迷子になっちゃうかも」
「ニ年以上も通っていてよく言うよ」
赤松の言葉を聞き、小刻みに動いていた楓の動きは止まる。赤松を見上げ、下から覗き込み目線を外さない。見つめられている赤松も楓から目を逸らすこと無く、二人だけの時間が流れた。
静寂を打ち破ったのは欲しかった玩具を見つけた子供のように笑いながら、いつもより低い声を発する楓だった。
「――へえ。赤松さん、私のこと知ってるんだ」
「仲良くしている杠葉にも言ってないってことは隠してるんでしょ?だから場所を変えようとしてる。質問はその時でいいよね」
「大人しく連れ込まれてあげる」
「人聞きの悪いこと言わないで」
教室がある二階には生徒指導室があり、基本的に開放されている。犯罪者が問題を起こした時にいつでも指導をするため。
室内には防犯カメラが設置されており、生徒が普段使うことはない。勝手に使えば減点されてしまうのだが、赤松は気にする素振りも見せずに生徒指導室へ入っていく。楓も減点などに興味はなく、その後ろをついて行った。
生徒指導室の中に入った楓は扉を閉める。
「ちゃんと話したことなかったよね。私は紅葉楓。よろしく」
「赤松柚子」
初対面に等しい楓たちは簡易的な自己紹介をした。同じクラスになって暫く経つが、赤松はクラスに馴染まず孤高を気取っており、杠葉達と仲良くしている楓とは対照的だった。
「単刀直入だけど、私を呼んだ理由聞いてもいいかな?」
登校してすぐのため、焔村が教室に来るまで暫しの時間はある。それでも話が長引けば朝のホームルームに遅れてしまう。減点をされることのない楓だったが、代わりに更生員室へ呼び出されることになる。面倒事は避けたく、赤松が自分に声をかけてきた理由を問う。
「昨日の夜、紅葉は何をしてた?」
「昨日の夜?」
楓の脳内に浮かんだものは艶葉の死体。
生徒たちに犯罪者を殺していることが発覚してしまえば更生学校として問題になるため、楓は話すことができない。そうなってしまえば楓が人を殺す機会も無くなってしまうので、ある意味相互利益の関係となっている。
勿論、赤松の質問には正直に答えられない。
「部屋で寝てたよ。身長低いからさ、寝る子は育つっていうのを実践してたんだ。全然伸びないから迷信だと思ってるけど」
「いつ寝たの?」
「消灯時間だから二十二時くらいかな。眠かったしよく覚えてないかも」
「それで零時くらいに部屋を出て、一時くらいに戻ってきたってこと?」
「何を言ってるの?どゆこと?」
「私さ、こんな見た目だけど成績優秀者なの。紅葉は知ってると思うけど成績優秀な者は意外と自由が許されてる。それこそ、夜の間に部屋の扉を開けられる程度の自由はね」
成績優秀者にはある程度の自由が許されており、赤松もその対象生徒だった。
依然として惚けた態度を取る楓。
「成績優秀だとそんな事をしてもいいんだ。脱走とか考えないのかな」
「卒業まで秒読みな生徒が脱走を計画したら減点されるでしょ。紅葉もあの時間に外へ出ていったってことは成績優秀ってことだよね」
「私は優秀じゃないよ。焔村先生直々に更生学校から出られないって言われてるし」
「素行不良には見えないけど」
「色々あるんじゃないかな?更生員にも」
「それで何してたの?」
話を逸らしてみたものの、すぐに戻されてしまう。赤松は杠葉のように馬鹿ではないため、別れ道で目的地と違う方向に向かったとしても、元の場所へと戻ることができる。
「うーん。強いて言うなら掃除かな?掃除をすれば評価が上がるからさ」
「ふざけないで。私は艶葉の卒業に紅葉が何かしらで関わってることも知ってるの」
「ほえ?どゆこと?」
艶葉の卒業に関して、クラスの中で疑っているものはいなかった。勉強をしっかりしていた艶葉が抜け出したことで勉強の意義を理解した者がいたくらいだ。
ましてや更生学校ではなく紅葉が関わっていると推測している赤松の存在は非常に珍しい。楓は興味本位でその意味を知りたくなった。
「去年のクラス。紅葉がいたクラスのこと。紅葉以外は全員卒業した。その前の年も。私はここに二年以上通っているから分かる。唯一残った犯罪者でありクラス崩壊の立役者。その不気味さから一年以上この学校にいる人は紅葉に話しかけたりはしない。卒業を目指す上で紅葉との関わりはデメリットになるから」
「他のクラスの人から妙に避けられると思ったらそういうことだったんだ」
「二年も続けてそうなるってことは紅葉が何かをしてるって考えても道理は通る。だから私は艶葉の卒業に関しても紅葉が何かをしたと思ってる」
「赤松さんは去年と一昨年のことを知っている人なんだね。そう言えばクラスが再編された時、始めからいたの赤松さんだった気もする」
「紅葉は此処で――更生学校で何をしてるの?何かをやってるとしか思えない。同じクラスになったからこそ分かる異質さが紅葉にはある」
赤松が感じていた異質さとは、犯罪者が更生学校を出ようとする必死さが楓にはなかったこと。二年間の間、赤松は様々な生徒が更生学校を抜け出すため、必死になっているところを見ていた。当然今のクラスでも楓以外の生徒は減点になる行動はなるべく控え、早く抜け出せるように頑張っている。
楓は減点になる行為はしていないが、加点となる行為もしていない。それにも関わらず、二年も学校から卒業できていないのだ。長く居続ける楓に、赤松は目的があると考えていた。
「あらぬ疑いを掛けられてるかも。何かしらの根拠があって問い詰めてるんでしょ?冤罪を掛けようとしてるなら勘弁してほしいなあ」
「犯罪者なんだから冤罪もクソもない」
「あるよ?窃盗犯に殺人の罪を被せるとかね」
「そんな話、今はしてないでしょ。艶葉の卒業と紅葉の関連性を聞いてる。それと昨日の夜、何処に行ってたのか」
「知ってたとしても教える義理はないかな」
飄々としている紅葉に対して痺れを切らした赤松は、紅葉の体を壁に押し付けて視界を塞ぐ。
身長の低い紅葉を見下ろしながら、会話をしていた時よりも低く、響きを利かせた声で語りかける。
「――紅葉はさ、私が何の罪で捕まったか知ってる?」
更生学校はそれぞれの生徒が犯した罪を生徒たちに公表していない。生徒同士で語り合うか、自分から吹聴するかしなければ誰が何の罪を犯したか分かることはない。
赤松は寡黙で人付き合いをしていないため、クラスの中で誰も彼女が何の罪で捕まっているかを知らない。
「知らない。バンド内でのもめ事とか、ギターを壊して怪我させたとか?あ、分かった。乱闘だ。レディースの特攻隊長みたいな事やっていて喧嘩したんでしょ」
「楽器は何も弾けない。見た目だけで判断しないで」
「――見た目で判断しない……?バスジャック、ハイジャック、ハッカーなんていうのもあるかも」
「話したこと無かったけど紅葉って結構ふざけるんだね。今は真面目な話をしているはずなのに」
「そう?ごめんね」
「見た目で言ったら私は怖がられる部類。そんな人間と二人きりで話しているのに余裕がありすぎる」
「赤松さん怖いよー。助けてー」
「そういうところ」
「だよね」
巫山戯ても真面目に返されてしまうため、赤松は調子を狂わされる。楓の独特な喋り口調は相手のペースを乱し、自分のペースへと引き入れることができるのだが、赤松はしっかりし過ぎているが故に楓の会話に乗ってこない。
会話する事が面倒な反面、今までそのような人種と話してこなかった楓は赤松の反応を面白がっていた。
赤松に興味を持ち、会話をしようとした瞬間、一回目のチャイムが校内に鳴り響く。ホームルームまでは三回のチャイムが鳴り、三回目の時点で教室に居なければ遅刻となる。
焔村に呼び出されないため、楓は話を進めることにした。
「結局、赤松さんは何の罪でここに入れられてるの?」
「――親殺しだよ。殺人の罪」
時間がない時に限って、世界は興味を持たせてくる。
楓と同じ、親殺しを犯した犯罪者が目の前にいるのだ。殺人犯が更生学校に来ることは珍しく、大体は少年院に送られてしまう。人を殺してしまった後、社会に責められることで反省をする。更生学校に入れられてしまうほど反省をしていない殺人犯は少ない。
俄然目の前の赤松に興味が湧く楓。
「これまた大罪を犯しているんだね」
「私は人を殺せる人間。あまりふざけないほうがいい」
「ふーん。因みに親殺しをした時、人様に迷惑は?」
「生きるために掛けた。世話になっていた商店街で盗みをした」
「親はどうやって殺したの?自分の手?事故?どんな感覚だったの?楽しかった?嬉しかった?悲しかった?寂しかった?気持ちよかった?」
興味は抑えきれずに溢れ出す。源泉となっている楓からは止めどない質問が赤松に降りかかっていた。
楓と零距離に近いほど密着していた体を離して後ずさる赤松。その表情には困惑が浮かんでいる。
「言うわけない。――それよりも、紅葉」
「なになに?」
「なんであんた笑ってんの?目の前にいるのは殺人犯だよ。クラスにいる軽犯罪者とは違う重罪人。人の命を奪うという決してやってはいけない行為に手を染めてしまった人間。それを前にしてどうして笑っていられる?」
殺人犯と伝えた段階で楓が赤松に怯えて全てを白状してくれると赤松は予想していた。しかし楓は赤松の犯罪歴を聞いた途端、今まで見せていなかった笑顔で赤松に詰め寄る始末。その変化に困惑した赤松は楓を押さえつけていた体を離してしまったのだ。
人殺しの話を笑顔で、目を爛々とさせながら聞いてくる楓は異質のひと言で言い表すことのできない違和感を覚えさせる。
「え、私笑ってた?」
「嬉々として人の過去を暴こうとしてたよ。倫理観のない興味を剥き出しにしてさ」
「だって重苦しい雰囲気で話す割には可愛い犯罪だなって思って」
「は?殺人が?」
殺人は人間が起こす犯罪の中でも重罪。
それを可愛い犯罪と言う楓の目は茶化しているようには見えない。
「親って基本的には二人でしょ?なら赤松さんが殺してるのは最大でも二人ぽっち。それに喋ってる時の声や手の震え、おそらくだけど殺したことを後悔してるよね」
「それは――」
「人を殺してるって言われたら私が驚くと思った?そんなことじゃ驚きませーん。残念でした」
赤松は自分の手を見る。
確かに手は小刻みに震えており、殺人を犯した後悔に身体が反応していた。
後退り、離れていった赤松に向かって足を進める。次に距離を詰めるのは楓の番だった。
「――おかしいよアンタ。二人も殺しておいて二人ぽっちなんて普通は言わない。それに殺した対象は肉親だ。それまでの十五年間を育ててくれた人を殺した。どう考えても私は異常者でしょ」
「私から見たら異常者を騙る正常者だよ。赤松さんが自分を異常者って思うなら私も異常者。異常者どうし仲良くしようよ」
なるべく平静を装っていた赤松だったが、近づいてくる楓に対して明確に怯えを示していた。
友好の証として差し出した楓の手。その動きに対し、顔を守るように防御姿勢を取って悲鳴を上げる。
「ひっ。さ、触んないで」
「む。ちゃんとお風呂は入ってるから綺麗だよ?昨日もあの後お風呂に入ったし」
「本当に何をしてたの……」
「内緒だよ。――あっ」
「っ。今度は何」
何かに気がついたように楓は小さく声を上げる。その声に再び体をビクつかせて驚く赤松。
「いいこと思いついちゃった。私、一人で退屈してたんだよね」
「普段から杠葉とつるんでるし、他のクラスメイトとも仲良くしてるじゃん」
「そういうことじゃないんだよね。焔村先生に聞いてみよ」
「待って、何も理解が追いつかないんだけど」
「焔村先生から許可が出たら、夜に出ていた理由も、艶葉くんの卒業に関しても教えてあげる」
「焔村先生?もしかして更生学校が関わってる?」
「おっとそれ以上の詮索はやめてね。うっかり口を滑らせちゃうかも知れないから」
「紅葉が何を言ってるか分からないんだけど」
「スマホだして」
楓は自分のスマホをポケットから取り出して高松に向ける。目の前にいる奇々怪々な存在に対して、赤松が出来ることは従順に従うのみ。赤松の脳内は
――なんでこんな奴と関わってしまったんだろう。
という疑問で埋め尽くされていたが、すでに楓からの興味を得てしまっているため逃れることはできない。
「許可出たらメッセージを送るよ。それまでは私のことは詮索しないこと」
「もっと詳しく説明して」
「赤松さん、好奇心は猫をも殺すんだよ。私は見たくないなぁ……。赤松さんが猫になるところなんて」
好奇心は猫をも殺す。知りたいと願い行動すれば災いが振りかかるということわざ。
楓が猫に例えた真意を思い浮かべると、高松は無言のまま首を縦にすることしかできなかった。
ホームルームが間近へ迫った二度目のチャイムを合図に楓は生徒指導室を出ていく。その背を見る赤松は暫しの間動くことができなかった。




