強姦罪―艶葉椿―(5)
6
艶葉の卒業から二週間が経過した日、楓は焔村から呼び出しを受けていた。杠葉からは「焔村が話してる最中に映画見てるから呼び出されるんだよ」と呆れながらに吐き捨てられたが、呼び出された内容として適当でないことを楓は知っていた。
艶葉の様子を観察してから四日が経過した辺りから、艶葉の反応が殆どなくなり、興味を失った楓はその後一度も動画を起動していなかった。
「何の呼び出しですか?」
「艶葉の件だ」
「ああ。艶葉くんの件ですよね、分かってます。分かってますとも」
今回もメッセージで呼び出されたのだが、焔村から話があると言われたことで艶葉の事を思い出すに至った。クラスにいない男子のことを想起させる出来事は、一週間の間にはなく、艶葉本人を観ることもなくなっていたため、楓は完全に艶葉の事をことを忘れていた。
目を泳がせながら応える姿を見て焔村は大きなため息を吐く。
「お前が殺した相手だろう?」
「艶葉くんの言葉を借りるなら勝手に死んだだけですよ。私は殺して――冗談ですって、そんな怖い顔しないでください」
冗談で艶葉が天陽真昼に言っていたことを口に出してみるも、鋭い眼光で睨まれたため言葉を途中で取りやめる。楓が殺したという事に変わりなく、その事実を騙るつもりもなかったのだが、焔村の機嫌が悪くなったため余計なことは一切言わないことにした。
「ふん。お前が艶葉の様子を見に行かないから俺の元へ伝えるように言われたんだ」
「勝手に確認すればいいのに」
「更生員は紅葉に関わろうとはしない。お前が殺したんだ。最後まで責任を取れ」
殺しを頼んだのは更生学校側なのだから責任を取るのは更生学校だろうと楓は思ったが、否定をする事も面倒なため、思考を流して会話を進めていく。
更生員室は今日も焔村以外の更生員はおらず、二人の会話を聞かれることはない。組織管理の理由で防犯カメラや音声録音はされているが有事の際に使われるのみで普段から利用する更生員はいない。更生員室に来る生徒も楓以外は殆どおらず、生徒を叱るときは二階や三階の教室を使うことが多い。生徒によっては卒業するまで一回も更生員室に入らないものもいるだろう。
「それなら今から艶葉くんの所へいきましょうか」
投げやりな焔村の言葉に少しだけ苛ついた楓は意趣返しの提案をする。今の時刻は十五時。日はまだ傾いておらず、教室には残っている生徒がいるかも知れない時間。人間が活発に動いている時間に犯罪者の行く末確認させるというのは精神的に感じるものがあるだろうと思い、楓は焔村に伝えたのだ。
「今からか?」
「いや、だって更生学校側は早く艶葉くんのことを片付けたいんですよね?生きていたら私に息の根を止めさせる、そのために私が様子を見に行くように仕向けているんでしょ?先生たちはいつも高みの見物で良いですよね。面倒くさいんだけどなあ」
更生員は普通の人間であり、当然人の死や犯罪に慣れているわけではない。慣れてはいけない。見た目が厳つい焔村も例外ではなく、正す側の彼らは犯す側の楓たちとは相容れることはない。
更生学校は表向き犯罪者に反省や更生を促す組織である。その更生学校が主導となって犯罪者を殺したと世間に知られてはならない。もしもの時に機能する布石として、犯罪者が勝手に殺したとするために楓のことを利用している。
更生員が艶葉を処理するのではなく、楓に任せることで、更生員は死体を発見しただけになり、殺した事実は全て楓に押し付けることができるのだ。何とも釈然としない楓であったが、元より更生学校からは出られないため気にしないことにした。
楓としても艶場の件には飽きてしまっていたため、すぐにでも片付けていつもの日常に戻りたかった。既に教室では艶葉の事を語る人はいない。
「……確認するなら夜にしてくれ。今だと他の生徒の目につく」
様々な葛藤があったのか、数瞬の間焔村は悩み、絞り出すような声で了承した。
「いいですよ?っていうか、今回は焔村先生が来るんですか?」
「一応担任という役割を任されているからな」
過去八年間の処理を確認していたのは焔村の時もあれば、他の更生員の事もあった。楓の殺し方が残虐でない時は焔村が確認をしていたが、酷い状態で発見される時には焔村は派遣されない。
労働基準法や働き方改革と騒がれる現代では焔村たちも仕事をしやすくなっている。楓が殺した犯罪者を処分する業務に当たっているのはそれ専門の仕事をしており、更生員とは別の業務に当たっている人。本来であれば焔村が確認する必要はないのだが、楓に提案されたことで謎の責任感を発揮していた。
「担任って形ばかりでしょ?教員免許とか持ってるんです?」
「いや、持ってない。ここでの活動は殆ど看守と変わらないからな」
「ヤブ教師じゃないですか」
「ヤブか。確かにそうだが医者以外ではあまり聞かない言葉だな」
「元々呪術とか不可思議な力で根拠のない治療していた人のことをヤブって言ってたみたいですよ。元々が医療系の言葉だから医者だけなんじゃないですかね」
「どうでもいいな」
「どうでもいいですね」
更生学校とは名ばかりの犯罪者を閉じ込めておく施設。教員免許を持っている人が授業を行っているわけではなく、施設の更生員や、監視員が授業をやっているにすぎない。
更生員が教壇に立って指導をしているが、道徳以外の授業では基本的に自習となっている。理由として、ひとつのクラスには同じ年齢の生徒が集まっている訳ではなく、成年未満の生徒たちが詰め込まれている。杠葉は十六歳だが、徒花姉妹は十五歳。学ぶ課程が異なるため、授業をしても意味がない。
道徳を説くだけならば更生員でもできるため、教員免許は必要がないのだ。
「それでどうする?俺としては深夜に動くのがいいんだが」
「私もそのほうが良いですね。夜になったら皆部屋から出ませんし、自由に動きやすいですから」
「あまり殺人鬼が自由に出歩くなよ」
「依頼がある時だけですよ。私って案外引きこもりなんで。更生学校から出ることが殆どないでしょ?」
「こっちが閉じ込めてるんだ」
「それならもっと他の更生員とも仲良くしたいところなんですけど」
学生ばかりの年齢の中、見た目以上に歳を取って経験を積んだ楓は冗談交じりに会話をする余裕があった。更生学校に八年いることで、更生員とも顔見知りになっているし、勤続八年経っている気分である。
それでも殺人鬼と一般人としてある程度の壁はあるのだが、楓は犯罪者以外を殺さないと決められている。もう少し他の人ともコミュニケーションを取りたいのだが、相手からは恐れられており焔村以外とはまともなコミュニケーションを取れていなかった。
犯罪者を殺す手伝いをさせられることもあれば、その末路を一緒に見届けることもある。自分が殺されないと分かっている更生員も、笑顔で犯罪者を殺す楓を見て恐れを抱かぬことは無理な話だった。普段の楓が優しく話しかけても、更生員の脳裏に浮かぶのは人の死に塗れた殺人鬼の姿であり仲良くすることは叶わない。
「それでは深夜零時に更生員室へ来ますね」
「分かった。待っているぞ。何かあればメッセージを送ってくれ」
「あいあいさー」
軽い返事で約束を取り付けた楓。その帰り道に、久々に艶葉の動画を確認しようとスマホを取り出したが、あとの楽しみのために動画を見ることなくスマホの電源を落とした。
7
「艶葉くん。元気にしてるかな」
艶葉が閉じ込められていた男子トイレ。その一角に新しく建てられた一室があり、その場所こそ艶葉の上半身があった所である。下半身を固定されていた艶葉が手を伸ばしても、手に触れるものは何もないが、部屋自体は外側から簡単に空く仕組みになっていた。
艶葉を殺すため専用に建てられた部屋。そこへ向かうのは楓と焔村、そして二人の死体処理作業員。
「死体処理作業員を連れて来て、何を言っているんだ」
「生きてたら殺すし、死体処理作業員必要ですよ」
「あまり殺すなどというな。死体処理作業員が怖がるだろ」
「いえ、我々は――」
「葬馬さんも弔旗さんも私との付き合い長いから大丈夫だよ。そうだよね?」
楓から笑顔で同意を求められた葬馬と弔旗は顔を引き攣らせる。
「は、はい。何も問題ありません」
「私もです」
「ほらね?」
「ほらねじゃない。完全に萎縮しているだろう。ふたりとも紅葉は普段からそうなのか?」
「その、我々の事も気遣ってはくれています」
「人間の油が臭いとか、内臓踏むと靴底にこびり付いて大変だよとかちゃんと気を遣ってますよ」
楓が気を遣っているのは確かだったが、今の話を聞く限りでも凄惨な現場に向かわされていることが想像できる焔村だった。死体処理作業員が本来行う仕事は自殺してしまった犯罪者を運び出すことであり、殺人現場を処理するものではない。実質楓専門の死体処理作業員となっている葬馬と弔旗は他の仕事を免除をされているが、肉体よりも精神的に辛い仕事となっていた。
今も楓の説明によって現場を思い出したのか、口元を抑えて深呼吸をしている。笑顔で語る楓とは真逆の表情。
「ほらほら皆さん、目的地に着きますよ」
先頭を歩く楓は鼻歌交じりに目的地の男子トイレを指さす。
「ピクニックじゃないんだ。気を引き締めろ」
「大丈夫です。いつでも殺せますよ」
「そうじゃない」
「ん?違うんですか?焔村先生の言うことは偶にわからないなあ」
凄惨な現場となっている可能性を考え、状況が目に焼き付く覚悟をする意味で発した言葉に、意識を引き締める死体処理作業員。相変わらずヘラヘラと何が楽しいのか笑っている楓。
男子トイレに辿り着き、裏手へ回ると新しい素材が使われているプレハブが目に入る。艶葉を苦しませて殺すために楓が立てた計画。そのために急ピッチで作り上げられた一室からは物音一つせず、不気味な雰囲気を放っていた。
「なんか臭いんですけど」
「男子トイレだからな」
「受刑者たちが普段から使っていますし、掃除も受刑者にやってもらっていますから。偶に業者が入りますけど直近では入っていないみたいですね」
トイレに近づきながら犬のように匂いを辿っていく。
「これ精液の匂いじゃないですか?」
「は?」
「男の人には分かんないかな。部屋で丸められたティッシュの匂いに気が付かないって言うし」
その発言に対する答えを男性陣は持ち合わせていない。
「まあいいや。葬馬さん、そこの鍵開けちゃって」
気まずい雰囲気を感じ取ったのか、楓は南京錠の掛けられている扉を指さして葬馬に声を掛けた。
葬馬は急ぎ足で扉のもとへと向かい、手際よく南京錠を解錠する。そのまま扉を開けずに元の位置に戻り、楓に対して一礼をした。
「え、私が開けるの?」
「それは、頼む。何があるか分からないから俺たちは動けない」
「いきなり艶葉くんが飛び出してきたらどうするんですか。私はか弱い女の子なのに」
「これだけ外で騒いで、鍵まで外したのに物音一つしない。艶葉の上半身は自由な状態にしたんだろう?」
焔村は死体処理作業員に向き直り質問をする。弔旗は「はい」と短く返事をした。
「じゃ開けるよお」
楓はプレハブ小屋の扉に手をかけ、ゆっくりと引いて開ける。
「艶葉くーん。元気にしてるー?遊びに来たよお」
まるで友達の家へ遊びに来たように、プレハブ小屋の中に声をかけた。当然ながら呼びかけに返ってくる声はない。
明け放たれたプレハブ小屋は月の光が入り込まず、中の様子を伺うことができない。
それにも関わらず、楓は鼻を摘みながらプレハブ小屋の中へ躊躇わずに足を進めていく。
「葬馬さーん。照らして照らして」
「はい」
「もしあれだったら見ないように電灯だけ照らしてくれてもいいし、渡してくれてもいいよ」
「いえ、処理しなければならないので問題ありません」
震える声で返答をする葬馬。目を背けているのは焔村のみで弔旗も真剣な眼差しで楓の方を見つめている。
「そ、まあこっち側は大丈夫だと思うから安心して照らしてよ」
葬馬は手に持っていた電灯の電源を入れ、一筋に伸びた光を地面に沿わせながらプレハブ小屋の中へと滑り込ませる。ゆっくりと顕になっていく室内で最初に映ったのは黒タイツに包まれた楓の足。そこから少しずつ上へと照らしていくと、腰の部分を折り曲げ、床に向かって手を伸ばしている相馬の姿だった。
干している蒲団のように力なくぶら下がる艶葉は、照らされても反応を見せない。
汚物を触るように楓が動かない艶葉を何度か蹴るが、慣性の方向に動くのみで自らの力で動くようなことは無かった。
「紅葉さん、その男は――」
「見ての通り死んでる。そうだよね艶葉くん。君は死んでるのかな?」
死人に口なし。すでに死んでいる艶葉が楓の問いに答えることなどないことをこの場にいる全員が分かっていた。
プレハブ小屋の中には艶葉の死体以外は何もなく、暴れた形跡だけが残されていた。両手の爪は剥がれ、手の皮膚はコンクリートを殴りつけたのか骨が見えている。
「一応とどめを刺しておいたほうがいいかな?」
「そんなことはしなくていい。艶場は死んでいるのだろ?」
楓が足を振り被って艶葉を蹴ろうとしたところを焔村が制止する。すでに死んでいる艶葉にこれ以上危害を加えるのは焔村の倫理観では許されないことであった。
楓からすれば自分で手に掛けて殺すことで、艶葉が死んだという事実に納得することができる。やめろと言われれば、すぐにその足を下ろした。
「艶葉くんの死因はなんだと思います?」
「男子トイレ側で受刑者の自由にさせていたのなら自殺か?」
「私は更生員の人に艶葉くんをここに閉じ込めるように言ったんですよ。依頼通り苦しめて殺すために。人間が苦しんで死ぬ方法ってなーんだ」
首根っこを掴み上げ、死んだ時の艶場がどのような表情をしていたかを確認した後、死体をそのままにしてプレハブ小屋の外へと出てきた。
苦しんで殺す事が依頼だったため、楓は今まで行ってきた殺人のなかでも、対象が一番苦しむであろう方法を取った。
「分かりません。自殺、ではないということですか?」
「自殺を選んで実行する、それは確かに恐怖なんだけど苦しんで死ぬわけじゃないんだよね」
「渋らずに答えろ。この後は死体処理作業員の仕事もある」
「正解は真っ暗闇に閉じ込められること。それと水とご飯を与えられないこと」
水がなければ人間は5日程度しか生きられない。そして人間は暗闇のなか孤独を感じると精神に異常を来たすと言われている。
艶葉に自殺した形跡はない。プレハブ小屋の中には水も食料もなく、暗闇のなかで孤独に苦しみながら下半身を弄られ餓死をした。
「つまり餓死だね。艶葉くんの死体を処理するならトイレ側で固定してるところを外さないと。どっちでもいいから様子を見てきてよ」
楓の指示を受け、作業員は互いを見合った後、弔旗が男子トイレの中へと走って向かう。
一分ほど待った後、弔旗が顔色を悪くしながら戻ってきた。
「どうだった?」
「筆舌にしがたい状況でした」
「それでも教えて?私は女の子だから男子トイレに入れないからさ」
弔旗は死体処理作業員として、男子トイレ内に残された艶葉の下半身について説明をし始める。
「艶葉椿は確かに死んでいました。現在はトイレ清掃用のデッキブラシを肛門に差し込まれており、足枷で固定されていた足は暴れた結果変色していました。紅葉さんが察した通り、艶葉椿の下半身には精液が付着していました。雑に使われていたのか、下半身には乾燥した血液が付着しています。死んでからも使われていた可能性もありますが、死体の状況から死後は性処理に使われることはなく、邪魔なオブジェ程度に思われていたのか様々な落書きをされています」
自分で説明している最中に何度も気分を悪くしながら、弔旗は最後まで楓に説明をした。
艶葉の末路を聞きながら楓の口角はどんどんと上がっていった。依頼通り苦しめて殺すことに成功した事も理由のひとつではあるが、苦しんで死んだ艶葉を想像するだけで笑みが止まらない。
死んだ後すらも尊厳が傷つけられ、良いように使われた艶葉をリアルタイムで見られなかったことを悔しがってもいた。
「そっか。焔村先生」
「なんだ?」
楓は焔村に声をかける。
「艶葉くん死んだこと確認したし、もう寝ていい?眠くなってきちゃった」
「――分かった」
「それじゃ後のことはよろしくね葬馬さん、弔旗さん」
小さな歩幅で地面を蹴りながら更生学校へと戻っていく楓。監視の役割も請け負っている焔村はその後を追いかけていく。
残された葬馬と弔旗。その後二人がやらなければいけない仕事は固定された艶葉を回収して死体を処理すること。
現場を確認していない葬馬は気分悪く語る弔旗を見て、自分もそれを目にしなければいけないことに憂鬱な気分となっていた。




