強姦罪―艶葉椿―(4)
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艶葉を刑務所内の男子トイレに設置した翌日、楓は教室でスマホを横画面にして動画を見ていた。
昨日は薬を使い、意識を失わせた艶葉を更生員たちに運ばせて移動をさせた。人が通れるか怪しい程度の穴をトイレの壁に空けていた更生員と合流し、意識のない艶葉を受け渡す。楓の名前や実績は更生員に知れ渡っており、感謝されることはないが邪険に扱われることもない。盾突けば自分が殺されてしまうかも知れないという恐怖心から楓のいうことを聞いているものもいる。
楓がトンカチを使って作っていたのは艶葉の自己紹介看板だった。一枚の鉄に記された『艶葉椿』の名前と、『期間限定。ご自由にお使いください』の文字。女の子らしく可愛らしい声丸文字とポップな装飾によって、看板は一層の不気味さを醸し出していた。
諸々の説明をした後、楓は大きなあくびをしながら自室へと戻っていつもより深い眠りについた。
「楓?何見てるの?」
少し遅れて教室に入ってきた杠葉に声をかけられると、すぐに画面を閉じてスマホをポケットに仕舞う。見ていた物は他人に見せられる代物ではなく、個人的に楽しむためのものである。
これから先に続く連鎖を予感している楓にとって、自分の好みを知られることは避けたかった。
「おはよう弦ちゃん」
「おっは」
「今日もいい天気だね」
「部屋には窓もないから教室に来るまで晴れが雨かも分からないけど、確かに今日は日も出ていていい天気だ」
片手を上げて軽い挨拶を済ませると、杠葉は席に座り、肘を付きながら楓に話しかける。
「それで何見てたの?支給されてるスマホで見られるものなんてないと思うけど」
「んー。内緒かな?」
「内緒ってなに?教えてくれてもいいじゃん」
「当てられたら教えてあげるよ」
「メッセージならスマホを横にする必要はないし、動画とか?」
「すごいね弦ちゃん。名探偵みたい」
「へっへーん。まあ、名探偵なら捕まったりはしないだろうけどね。それで何を見てたの?」
適当に煽てておけば、杠葉の興味は薄れて別の内容に変わっていくと思っていたが、杠葉は楓の想像よりもしつこく、見ていた内容を聞き出そうとしてくる。
杠葉はパパ活と脅迫によって捕まっており、執着した時のしつこさは人並み以上だった。更生学校という娯楽の少ない施設で普段と違う行動をしている人を見つければそこに惹かれてしまうのは当然であり、聞き出そうとすることも必然だった。
誤魔化してもしつこく絡まれると判断した楓はスマホを取り出して画面を見せる。
「なにこれ?真っ暗な部屋?」
「今は一時停止してるんだけどね。教室だから音は消してるよ」
「んー?一時停止ってことは動画、だよね?」
杠葉の眼前に出されたのは真っ黒な背景に一時停止のマークが浮かび上がった画面。それだけでは楓が何を見ていたか判断をすることができなかったのか、首を傾げて疑問を浮かべていた。
「映画みたいなものかな。あと、ちゃんと焔村先生に申請すれば映画とかをスマホに入れてくれるよ。道徳学習の一環として、だけどね」
「そうなの?初めて知ったんだけど」
更生学校は生徒への娯楽を全面的に禁止しているわけではなく、申請が通れば融通が利くこともある。現に更生員からの評価が高く、更生や反省をしていると判断されれば映画や動画などを閲覧することも許されているのだ。
動画といっても児童向けの作品や、世間的には詰まらないとされる平和を謳歌する日常物の作品だが、娯楽に飢えた生徒たちにとっては喉から手が出るほど欲しいものだった。
楓に関しては成績の良し悪し関係なく、更生学校に齎している恩恵により過去の映画も最新の映画も見放題である。だが楓自身は映画よりも実際に目の前で起こる事に興奮を覚えるため、映画や動画関連の申請をしたことはなかった。
「ある程度成績が良ければね?ちゃんと入った時に説明を受けてると思うけど」
「ここに入った時なんてやさぐれてたし覚えてないよ。なんで自分が捕まんなきゃいけないのかキレてたもん。それは今もだけどね。絶対にあの女許さないんだから」
「弦ちゃんが映画を見られるようになるのは先の話かもね」
更生学校に入ってからまだ半年程度の杠葉は全く反省しておらず、外の世界に出たら自分を通報した女を許さないと言う始末。危険思想を持つ生徒の申請が通るはずもなく、卒業を出来るわけもない。
楓のいるクラスに入れられている時点で、更生学校側からは更生をすることを諦められているのだ。
「「ねえ。何の話ししてるの?」」
楓と杠葉が仲睦まじく談笑をしていると、背後からユニゾンのような高低差で話しかけられる。杠葉は振り返り後ろの人物に挨拶をした。
「あ、不結と不実じゃん。おはよ」
「おはよう杠葉」
「おはよう弦ちゃん」
「おはようふたりとも」
つられて楓も振り返り朝の挨拶。
目線の先にはふたりの同じ顔を持つ少女がいた。
彼女たちの名前は『徒花不結』と『徒花不実』。一卵性双生児でこの世に生を受けた双子は見た目が瓜二つで見分けがつかない。本人たちも気にしているのか、ルーズサイドテールを左に下ろしているのが姉の不結。右に下ろしているのが妹の不実と他の人にも分かりやすくしている。身長と体重が二人は同じで、いつも一緒に行動をしている。宿舎では珍しいことに二人で一部屋を使っており、起きてから眠るまでの殆どを共に過ごしていた。
「楓がさ、なんか映画を見ててね。成績良くて申請したら見られるんだって。不結も不実も知ってた?」
「知ってた。入る時に聞いた」
「不結はそういうところ真面目だからね。私はよく覚えてないけど」
不結の話し方は感情の起伏が少ない声を出す。それに対して、不実は杠葉と昔なじみのように話せる程度に明るい印象を持たせていた。話し方に関しても、他の人に区別して貰うために姉妹で話し合って決めたものである。結果として見た目は瓜二つな徒花姉妹を見分けることが容易となった。二人が結託して相手を騙そうとしない限り。
「私たちには関係ない」
「ねー。私たち成績良くないし、映画とか見なくても不結と一緒にいるだけで楽しいから」
「不実と一緒にいるのが一番」
「相変わらず仲睦まじいご様子で。ごちそうさまです」
常に一緒にいる二人の姉妹仲は良好であり、昔から互いを信じ合って生きてきた。罪を犯し、その猟奇性から親に見限られる形で更生学校に入っている。普段話している限りでは普通の女子高生にしか見えない彼女たちも、内に秘めている犯罪性がありここにいる。
「結局紅葉は何の映画を見てたの?」
「私が聞いても教えてくれなくてさ」
「私も楓ちゃんが何の映画を観てたか知りたいなあ」
三者三様に楓の見ていた動画に興味を持つ。真っ暗な画面で一時停止をされている動画に興味を持たれても、素直に動画の中身を言うわけにはいかなかった。
「ほらみんなもうすぐ焔村先生来ちゃうよ」
先ほどまで疎らだった教室にはクラスの生徒が殆ど登校しており、立ち話をしている人も少数となっていた。楓と杠葉は席に座ってはいるものの、後ろから話しかけてきた徒花姉妹は未だに立ったまま。彼女たちの席は前方にあるため移動しなければ授業を受けられない。
「ちぇ。まあ言ったもののそこまで興味ないしいいけどね」
「映画興味ない。ばいばい紅葉」
「じゃねー」
徒花姉妹は楓たちに手を振って自分の席へと帰っていく。仲睦まじく二人で席へ向かう姿は犯罪者には見えない。
「ってあれ?」
「どうしたの弦ちゃん?」
「艶葉って成績を上げるために普段なら早くから勉強してるよね?今日は来てないみたいだけど」
「お休みかな?」
「どうでもいいけどちょっと気になるよね」
艶葉本人がいない事をこの教室の誰よりも早く知っていた者は、事実を隠し、杠葉からの質問に対してとぼけた解答をしていた。
数分後、焔村が来たことで教室の空気は一気に張り詰める。その隙を縫って楓はスマホを取り出して動画を閲覧し始めた。横目で見てくる杠葉に見えないように、角度を調整しながら。
「(ふふっ。艶葉くん、いい顔で叫んでるなあ。何も見えない暗闇で嬲られるってどういう気分なんだろ)」
楓はスマホを操作して暗視カメラの機能をオンにする。そうすると真っ暗だったスマホの画面に、流した涙と鼻水が渇き、皮膚が赤くなっているであろう艶葉の姿が映し出された。
艶葉は受刑者に下半身をいいように弄られ、苦痛を感じているのか快楽を感じているのか分からない表情を浮かべている。艶葉が目を覚ました時間を楓は知らないが、受刑者が活動を始める早朝五時には、更生員の手によって艶葉の身体は壁に埋め込まれ、楓お手製の看板を取り付けられていた。
現在の時刻は午前八時半。入れ替わり立ち替わりに犯されていたとすれば既に三時間は経過していることになる。
「(提出用に撮っている動画だけどいい画角かも。流石に下半身の方は見たくないから私のスマホでは見ないようにしてるけど)」
依頼を受けて犯罪者を殺す時、依頼者が望み、更生学校が許可をすればどのように死んだかを見せることができる。全てを見せることはせず、死んだということを理解させるための措置だが、犯罪者に恨みを持っている人間はその死に様を見て満足するのだ。
「(依頼者の願いは苦しんで殺すこと。艶葉くん、死ぬまで犯されれば天陽真昼さんの気持ちが少しは分かるんじゃないかな。それにしても人を殺す依頼を出すなんて、犯罪者も被害者も対して変わらないなあ)」
犯罪を起こしていないだけで人の心は醜悪に染まれば何処までも落ちていってしまう。実際に罪を犯している者こそ悪なのだが、その人に対して殺害依頼を出す人間は悪ではないのかと一部では論争が起こっている。
論争を過激化させるのはいつだって第三者であり、関係のない者が客席から野次を飛ばしているに過ぎない。海外で起こった事故により死者が多数出たとしても、そこに日本人が居なければ安心してしまうような人たちが餌を見つけては騒ぎ立てる。
被害者や遺族からすれば罪を償って生きる事が罰などという甘いことは考えられない。自分の手で殺したいほど憎くても、法が許さないから楓に依頼するのだ。
「(私からすれば合法的に人を殺せるし、幸せだから何でもいいけど)」
断じて楓の行為は合法的でなく、その行為に目を瞑って貰っているだけである。死刑を執行する人が人を殺しても死刑にならないように、犯罪者を殺す犯罪者が居なくなれば処理をする人が少なくなる。
「(あ、艶葉くんが苦しみ始めた。壁の向こうで何をされてるのかな)」
「ねえ楓。楓、聞いてる?」
動画に集中していた楓は横から呼びかけてくる杠葉の声に気が付かなかった。何度か呼ばれたことで、杠葉の声が耳に届いた。動画を止めて杠葉の呼びかけに応える。
「何?弦ちゃん」
「今焔村が言ってたこと聞いてた?」
「ごめん、聞いてなかった」
「そんなんじゃ成績下がるよ?まあいいや。なんか艶葉が卒業したみたい」
「え、卒業?」
今見ていた動画のなかで艶葉は絶賛犯されている最中であり、卒業など一切していない。
顔を上げてサングラス越しに焔村を見ると、焔村も楓の方を見て小さく頷いた。
「(卒業ってことにして処理したことを隠そうとしてるんだ。今までも何度かあったけど、今回はそういう感じでいくんだね)」
過去八年の間にも楓が殺した生徒を卒業したと騙ることが何度かあった。年によっては敢えて殺されたと伝えることで殺伐とした空気を生み出し、更生や反省を促す時もあったが、今回の更生学校は黙る方針をとった。
様々な方針をとる理由として、どのような状況に陥れば犯罪者たちが一番反省するかのデータを取っている事が挙げられる。殺すことになった犯罪者を死後も利用して、今後の運営に生かそうとしているのだ。
「(かわいそうな艶葉くん。皆からは生きて出られたって思われて居るのに現実は人間便器みたいな扱い。すぐに殺してあげたほうが幸せだったかも?幸せにしちゃったら意味ないんだった)」
朝のホームルームを終えて焔村が教室から去れば、話題は艶葉のことで持ちきりだった。楓もその波に飲み込まれ、杠葉や柊以外の人からも話しかけられ、精神的疲労が募っていく。
一部の生徒は艶葉の事を気にしているわけではなく、どうしたら卒業できるのかを必死に考えている人もいる。本気で艶葉が卒業したと信じてしまっているが故の意味がない思考に頭を働かせていた。
一番前の列、その中心に座っている松雪柳≪マツユキヤナギ≫もその一人だった。ある程度の成績を維持し、更生学校から美容品やシャンプーなどを支給してもらっているお嬢様。腰まで伸びた黒髪は教室の明かりを吸い込むように光り輝いている。彼女は一人静かに、腕を組みながら誰とも会話をせずに悩み込んでいるのだった。




