その教室には十三人の犯罪者がいる(3)
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紅葉楓二十二歳。他の生徒達に比べて年上の彼女だが、童顔や体格の小ささから十代に混じっていても違和感はなく、年下に見られることもある。その度に否定はしているが自身の年齢を公開したことはない。
楓は十四歳から更生学校に通っており、卒業することなく八年が経過している。極度のストレスから身体的成長が止まってしまったことを利用され、毎年新しいクラスが発足されると最初の一人としてクラスに派遣される事となっていた。
「紅葉のいたクラスは毎年卒業する生徒が百パーセントだからな。上も期待しているんだよ」
「生徒の死を卒業として処理しているからでしょ?」
「それでもだ。数字だけ見ればすごいことだぞ」
「今まで正しい意味の卒業ができたのは一人だけ。他は全員私が殺してますし」
楓は今まで八回のクラス変更を受けてきた。その度に集まった犯罪者たちを殺し、クラスを崩壊させてきたのだ。一年以上更生学校に通っている生徒たちは紅葉楓というクラス崩壊の死神のことを知っており、楓の所属しているクラスには近寄ることをしない。
今年から更生学校には行ってきた生徒だけが楓の実態を知らない。
「殺人犯であるお前を外に出すわけには行かない。ある程度自由にさせているのはここでの仕事ぶりが評価されているからだ。分かるな?」
「分かっています。私だって無闇矢鱈に人を殺したい訳じゃありません。ただ――」
「その話は聞き飽きたからいい。それよりも今回はこいつだ」
「新しいクラスでの一人目ですね」
証拠が残らないよう、紙面でまとめられた情報を焔村から渡される。一度見た紙は持ち帰ることをせず、焔村に返せばシュレッダーですぐに紙屑と化す。犯罪者を更生させる組織で行われている犯罪を表に出すわけには行かない。
焔村から渡された情報を隅々まで読む楓だったが、その表情は一切変わらない。読み込んでいる資料には数カ月程共に過ごした相手が載っているにも関わらず、人を殺すことに慣れてしまっている楓の心が動くことはなかった。
「なるほど。分かりました」
「引き受けてくれるか?」
「私に拒否権はないでしょ?やるしかありませんよ。同じクラスの人を手に掛けるのはいつになっても悲しいものです」
楓は悲しみに暮れた表情をしている――つもりであった。
「言葉と表情が合ってないぞ。そういう時には悲しい顔をするもんだ」
「今、私ってどんな顔をしていました?」
「人を殺すことを笑っていたよ。殺人鬼」
「焔村先生以外で私にそれを言ってきた人はみんな死んでるんですよ。ラッキーでしたね、先生」
焔村以外に楓を殺人鬼と叫ぶ声は、被害に遭う人の断末魔だった。
楓が更生学校から出られない理由は殺人を犯した重罪人で、犯罪者を処理する力を買われているから。それ以上に大きな理由は紅葉楓という人間が人を殺すことを楽しんでおり、反省も更生もしていないから。
楓の人を殺したい欲求を満たさなければ、外に出たとしても被害者が増えるだけである。
現在、楓の行っている殺人は犯罪者のみに限定されており、一般人にはほぼ被害が及んだことはない。唯一楓が殺したのは自分の母親だけ。ネグレクトを受け、暴力も受けていたため、表向きは正当防衛として処理されている。ただ、現場に駆けつけた警察には笑顔で母親に包丁を突き立てて無邪気に笑う姿を見られており、その危険性から更生学校に入れられているのだ。
楓を縛り付けておく方法と更生学校の外に犯罪者を出したくない思惑が重なった結果、更生学校は楓を利用することに決めたのだ。
「俺はまだ死にたくないからな」
「犯罪者以外を殺したらすぐに死刑になってしまうのでそんな事はしませんよ。皆と違って報酬で美味しいものも食べられてますし、部屋には娯楽も沢山。やりたい事だってある程度できます。快適な暮らしを手放したくないありませんから」
「殺しに関して以外は普通の人間なんだがなあ」
「その一点が人間として異常になっていること、私は理解していますよ」
正常な人間なら殺人を想像することも、実行に移すこともしない。ましてや楽しむことなど以ての外である。楓は犯罪者専門の殺人鬼で有りながらも、一般的な思考のことは道徳の授業で八年間学び続けていた。その結果、自分とは違う考えを持っている人間が普通という思考に帰結し、それ以降は普通を装うことにしたのだ。
異常性を出す時は人を殺す時と自分を律している。見た目とは違い、成人を迎えている楓は学生のように直情的な行動を起こすことはない。更生員からの依頼を受けて仕事に取り組む様は、更生学校の契約社員ともいえるだろう。自分のやりたい事である殺人に目を瞑って貰えるのなら、ストレスも溜まらず、普通に生きることが出来る。
それが紅葉楓という人間だった。
「殺人鬼ともいえるお前は沢山の生徒を殺してきた。心だけでも狂気に染まっていない事を嬉しく思うしかない」
「共に過ごした学友を殺すのは少しだけ罪悪感もあります。それを上回る感情があるだけで」
「表立ってそういう事を言うなよ」
「実行に移す時は心を殺しているので」
楓は何かを思いついたようで、真剣に話していた顔面を綻ばせ弾むような声を出す。
「心を殺す鬼で殺心鬼なんてどうですか?お洒落で可愛いと思うんですけど」
「血腥いお洒落もあったものだな」
「香水にでもして売りましょうか?」
「絶対に売れんよ」
楓の冗談に乗って会話をする焔村。見た目は厳ついが、話してみると気のいい男である。そこまでの友好関係を築くことのできる生徒がいないため、焔村の本性は知れ渡っていない。
「それじゃそいつの事、頼むぞ」
「方法は?」
「被害者遺族の意向に沿ってくれ。やり方は、任せる」
「分かりました」
楓が書類を返すと焔村は椅子から立ち上がり、資料を裁断するには不釣り合いなほど大きなシュレッダーに紙を飲み込ませていった。ゴウンゴウンという重低音が更生員室に響き渡るが、二人とも気にすることなく、シュレッダーが全てを飲み込む様子を観察していた。
「態々来てもらって悪かったな」
「見せられない内容もありますから仕方ないですよ」
処理する生徒の詳細は漏れてはいけないためメッセージアプリで送ることはできない。毎回呼び出して依頼をしているため、楓からしてみれば慣れたものであった。
「帰っていいぞ」
「それでは帰らせてもらいますね」
「いつから動く?」
「今日から動きます。艶葉椿の殺害はお任せください」
「被害者の無念が晴れるといいがな」
「犯人が死んだところで何も代わりませんよ。死体がひとつ増えるだけ」
犯罪者が死んだところで被害者の苦悩は消えず、生涯を通して残り続ける傷となる。瘡蓋を剥がせば記憶が蘇り、痛みに苛まれる日々を送ることもあるだろう。
楓は犯罪者だけを殺しているという免罪符を自分に持っており、自身の行いを間違っているとは思っていない。親殺しで植え付けられた殺人衝動の種は、立派に芽吹き、今の楓を形成していた。
焔村も楓の考えに同意する部分はあるが、手放しに賛同できる役職には付いていなかった。
被害者がいて、加害者がいる。
加害者にも人権があり、生きる権利がある。その中で断罪をする事は許されないと分かっているからだ。
「……早く出ていけ。他の更生員が戻ってくるぞ」
「分かりました。それでは失礼します」
楓を突き放すような声を出した焔村に違和感を抱きながらも、ステップを刻む足取りで楓は更生員室の出入り口へと向かう。
開けた時と同じように重い扉を両手で引き、焔村に向かって一礼をしてから更生員を出ていく楓。最後に一瞥した焔村の顔は苦虫を噛み潰したような表情をしていたが、その表情の意味を楓が分かることはなかった。
6
楓は四階にある自室へ向かい、部屋の鍵を開ける。室内は装飾こそないが生活感の少ないワンルームのようになっていた。他の生徒が過ごしている部屋を見たことは殆ど無いが、焔村に独房のような場所だと聞かされていた。楓を更生学校に留めておく為の処置ともとれる豪華さになっているらしい。
実際、ベッドはふかふかである程度の娯楽も充実している。申請を出せば更生学校の敷地内を出歩くこともでき、生徒たちの中で一番いい暮らしをしているのは間違いなく楓だ。
「今日も疲れたなあ」
着用を義務付けられているポケットが一つも付いていない特殊な制服を脱ぎ、椅子の背もたれにかける。オーバーサイズで自身の袖が隠れる大きさのカーディガンは床に付き折れ曲がっていた。
楓はそのまま椅子に座ると、机上に置かれたメモ帳とペンを手に取る。ペンが置かれているのも楓の部屋のみで、部屋にいる犯罪者が武器に使えそうなものは極力排除されている。楓に関しては武器になるものがあればあるほどいいため、その考えの限りではない。
「んー。艶葉くんの殺害依頼かあ」
メモ帳に大きく『艶葉椿』と殺しの依頼を受けた大将の名を刻む。
「さっき焔村先生に見せてもらった資料を思い出して纏めようかな」
艶葉椿。十六歳。男性。強姦罪。
「教室で話しかけられた時に感じていた独特の気持ち悪さは元々の性格なんだろうね。捕まった事件以外にも何件か強姦しているみたいだし、若気の至りじゃ済まされない」
艶葉は夜道に女性を襲い、暗がりに連れ込んで犯す事の常習犯であった。本来ならば警察によってすぐに捕まるのだが、現場の撮影や脅しなどで女性が被害届を出せないように工夫していたのだ。
本人が犯罪を行っている自覚はなく、警察の取り調べに関して「僕のことを好きな女性が、野外を一人で歩いている。もしかしてそういうプレイが好きなのかと思って。彼女は野外プレイが好きじゃなかったみたい」と笑いながら話していたらしい。通報も被害者の本意ではなく、自分への意趣返し――いたずらだと語っていた。
「今回の依頼は艶葉椿に犯された中学生の親」
被害者の名前は天陽真昼。真昼は犯行日の午後九時頃、塾の帰り道で艶場から強姦を受けた。手口は後ろから近寄り、叫び声を上げさせないように口の中へ布を詰められ、電灯も照らさない暗がりへと連れ込まれて犯された。その際に首を絞めたり、腹部を殴打されたりしたことで、恐怖心から叫び声を上げられなかった。
事が終わると艶葉は力なく倒れている真昼の写真を撮ってからその場を立ち去っていった。
その後、真昼は勇気を出して両親と警察に自分の被害を訴えたのだ。当然被害者の名前は公表されず、犯人である艶葉を探し始めた。しかし真昼の行為を裏切りと捉えた艶葉は、真昼に裏切られたと考え、撮影した写真と住所氏名を公開してネットの海へと流したのだ。
匿名で行われていた捜査は意味もなく、世間では強姦を受けた被害者として真昼の名前が知れ渡ることとなってしまった。すぐに艶葉は逮捕され、ネットに流れた情報を消させたが、一度海に流れてしまった雨粒は取り除くことができない。
「天陽真昼さん。艶葉くんに人生を終わらされた子供」
そして天陽真昼は自殺を選ぶ。
被害者として担ぎ上げられた彼女に待っていたのは多数寄せられる心配の言葉。その言葉を聞くたびに真昼は当時の恐怖がフラッシュバックし、精神を病むことになっていった。外を歩けば被害者、テレビを見れば被害者、友人だった人からも被害者。艶葉が悪いはずだが、苦しみを受けているのは被害者である真昼のみで、艶葉は捕まったことを何とも思っていない。
辛い感情がこの先一生続くことに耐えられなくなった真昼は、家族が寝静まった後、静かに自室で首を吊り死んだのだ。太陽を意味する名前を親から貰った少女は最後まで誰にも照らされることはなかった。
「娘を亡くした両親からすれば、反省していない艶葉くんは殺したいほど憎い相手。更生学校にいる以上は手出しができないし、犯罪者と言えど殺したら罪になる。それで私かあ」
更生学校から受ける依頼は、外部にいる被害者やその関係者からであり、依頼に正当性が認められた場合のみ楓の元へと情報が来る。
艶葉の行ったことは強姦だけでなく、殺人罪ともいえるだろう。自らの快楽、欲求を満たす為に他者を不幸へ陥れ、捕まったら何事もないかのように更生学校で日々を過ごしている。
反省していない艶葉の現状を知っている更生学校は、殺害依頼を承認するに至ったのだ。
「卒業できなかったとしても刑期を終えれば外に出られる。その時に艶葉くんは間違いなく次の被害者を出す。本人が、自分の事を好きな相手になら何をしてもいいって考えているから」
楓はメモ帳に書かれた艶葉椿の文字を二重線で消した。
楓の中で艶葉を殺すための方法をいくつも思い浮かべる。首をナイフで切ったり、首を絞めたり、今まで殺した同級生の姿を思い浮かべながら思案していると、不意に天陽真昼の両親からの依頼文を思い出す。
『私たちの愛する娘、天陽真昼を殺した犯人には償いなど求めません。真昼が味わった苦しみをアイツにも味あわせて殺してほしい。とても無残に、残酷に、苦しみを与えながら殺してください。よろしくお願いします』
「天陽真昼さんの両親は艶葉を殺すことに意味を持っちゃったんだね。愛されて育って羨ましいなあ。愛の終着点が他者への憎悪になるなんて」
楓は親から愛されて育った記憶もなく、殺されそうになったことも少なくはない。死んだ後に自分のために動いてくれる親の存在など、更生学校に入って殺人をするまで知ることもなかった。
天陽真昼が受けた苦しみを艶葉椿に味合わせる――。楓はひとり、笑顔を浮かべ計画を立て始めた。




