その教室には十三人の犯罪者がいる(2)
3
更生員の目がどこにあるか分からず、杠葉は口を噤んだ。色仕掛けが通じない焔村のことを杠葉は苦手としている。自分の可愛さに靡かない存在と関わらずに生きてきた杠葉は天敵ともいえる焔村と関わり合いたくないのだが、校内で男子を誑かしては説教を食らっている。それでも杠葉が誘惑行為を辞めないのは、辞めることができないからだろう。
「それは困る。どうせなら早くこんなところ出たいし。焔村が居るようなところに居たくないよね。そう考えるとここを出てからまた捕まりたくはないなあ」
「バレないようにやれよ。バレたから捕まってんだろ」
「柊もね。みーんなバレたからここにいる。外出たら、協力してくれる友達にも口を割らないよう徹底的にお話しなきゃ」
「こえー女」
杠葉は学校を出てからも、以前までと同じように友人とも言えない関係性の女子を使って自分の可愛さをアピールするつもりだった。その考えでは学校から卒業することは出来ず、刑務所で何年か過ごすことになるだろう。少なくともあと二年以上は外の世界に出られず、女子高生というブランドは失われてしまう。その時にも今と同じようなことが言えるのだろうか。
三人がクラスの中で話していると、楓の前に座っている男子生徒が振り返って話しかけてきた。
「あの、紅葉さんたち」
「なに?艶葉くん」
「ちょっと、そういう話はやめたほうがいいんじゃないかなって。僕は卒業を目指しているし、巻き込まれたくないから」
「強姦魔がよく言うよ」
「それは誤解なんだけどな」
苦笑いを浮かべながら話しかけてくる男子は艶葉椿。髪を七三に分け、眼鏡をかけているため、真面目そうな風貌をしている。彼が更生学校に連れてこられた理由は強姦。本人は否定しているが、更生学校にいる時点で犯罪者と確定しており、反省していないことも明白だ。
本人は卒業をしたいと言っているが、反省していない強姦魔を外に出す事など出来るわけもなく、この教室に留まることとなった。品行方正で過ごしているが、焔村からのチェックは厳しく、卒業することはできない。
「楓、艶葉と話すと犯されるよ」
「艶葉くんは反省してるのかな。卒業するには反省をして先生に評価してもらわないといけないんだけど」
「反省って言われても僕は強姦なんてやってないからね。冤罪だよ冤罪。ちゃんと同意の上で行った性交渉のはずなのに、裏切られてここにいるだけ」
「本当に?」
「本当さ。捕まったのも何かの手違い。すぐに出られると思ってるんだけど、不思議となかなか出られないんだよ」
艶葉の話では、合意の上で行った性交渉を強姦として通報されて捕まったと言っている。その事が事実ならば、艶場はここに居ない。
実際には女性は路上で意識を失っているところを警邏していた警察に発見され、自分が強姦被害に遭ったこと告白し、事件が明るみになった。艶葉は避妊も付けずに強姦していたため、体内に精液が残っていた。それを分析した結果、艶葉のDNAと一致して逮捕されたのだ。
艶葉は本気で勘違いをしているのか、嘘をついているのか。どちらにせよ、性行為を行った相手を路上に放置している時点で人間性に問題がある。
「ふーん。そうなんだ」
艶葉の事を信じていない杠葉の乾いた声。
「そうだよ。僕は無実だからね。とっととここを出て彼女たちの所へ行きたいんだよ」
「彼女たち?彼女が沢山いんの?」
「告白はされてないけどね。僕のことを見て話しかけてくれたってことは僕のことが好きってことでしょ?みんな僕とエッチしたいと思うんだよ。待たせたら可哀想じゃないか」
「……気持ち悪い」
自己中心的で、妄想的な艶葉の発言に不快感を露わにする杠葉。杠葉も不特定多数の男性と性行為を行っていたが、艶葉とは相容れないようだ。
艶葉は相手が自分のことを好きだと信じているから、行う性交渉は同意の上だと思っており、杠葉は相手に可愛いと思われたいがために性交渉を行っていた。互いに倫理観の欠片も存在しないが、考え方として理解し合うことは難しかった。
「そんなわけで僕は早く卒業したいんだよ。焔村先生に何度も説明しに行ってるのに一向に聞き入れてもらえないからさ。生活態度を良くしないと」
「艶葉なら聞き入れられないのも当然だろ」
「柊くんみたいに更生学校に入ってまで盗みをしたり、杠葉さんみたいに男子を誑かしたりもしない。犯罪者の君たちと一緒にされるのは嫌なんだ」
「チッ。相変わらず話になんねえな」
「僕が正しくて君たちが間違っているから話にならないんだよ」
楓は三人が繰り広げる会話を静観しながら聞いている。自分を含めて全員が犯罪者なのだが、三人とも自分よりも他人のほうが酷い犯罪をしていると考えていた。他の奴に比べれば自分が捕まった理由は可愛いものと思っているのだろう。
被害者が存在している以上、犯罪に優劣など無く、絶対的に悪である。楓は自分が悪の存在だと分かっているからこの場で発言することはない。この場での正論は空虚な言葉にしかならず、道徳心のない彼等には一切届くことがないのだ。
「関わり合いになりたくないなら話しかけんなよ」
「何の罪でここにいるのか分からないけど、紅葉さんが巻き込まれているのが可哀想だったから助けてあげようかなって」
「え、私?」
静観を決め、焔村が来るまで呆けながら時が経つのを待つことにしていた楓だったが、艶葉に名前を呼ばれたことで意識を引き戻される。
「そうそう。紅葉さん。僕から助けてもらえれば嬉しいでしょ?」
「いや、困ってないから助けはいらないんだけど」
「その二人に気を使う必要はないよ」
「そういうんじゃなくて」
「品行方正にしてさ、僕と一緒にここを卒業しよう?紅葉さんもそうなれば嬉しいよね?」
楓は艶葉の発した言葉の意味が理解できなかった。艶葉と会話した記憶は数えるほどしかないし、仲がいいとも思っていない。犯罪者同士で仲良くなることもないため、基本的に過干渉することはない。
何故、艶葉の中で楓が助けられる存在になり、共に卒業することで喜びを感じると思われているのか、当の本人は全く身に覚えがなかった。
「楓、変な奴に目を付けられたね」
「どういう事?私、なんかしたっけ」
楓の耳元に口を近づけ、小声で話しかけてくる杠葉。その声は目の前に居る艶葉には聞こえない。
返すように楓も杠葉の耳元で小さな声を出す。
「品行方正を目指してるんなら前向いて焔村が来るの待っとけよ」
「それもそうだね。紅葉さん、何か困ったことがあったら言ってね。手助けするからさ」
「あ、ありがとう」
柊が艶葉を諌めると、素直に従い黒板を向いて静かに道徳の教科書を読み始める。道徳をいくら学ぼうとも改善されないであろう艶葉の考えに、誰も指摘はしなかった。
会話の流れを断ち切ってくれた柊の方を楓が見ると、犬を追い払うような手の動きで追い返された。
小さく首を下げて礼をした楓の耳元に再び口を近づけた杠葉の小さな声が鼓膜を震わせる。
「多分だけど艶葉は楓が自分のこと好きだって思い込んでる」
「え、なんで?」
「さっきの話聞いたでしょ?あいつは少しの経験で相手が自分の事を好きだって思う気持ち悪い男。楓が話しかけたとか、落とし物を拾ったとかその程度のことでも、艶場にとっては"自分のために行動を起こしてくれたなら自分のことが好きに違いない"って思う材料には充分すぎる」
「なにそれ」
「強姦で捕まるような人間だよ。気をつけてね、楓」
「うん。大丈夫だと思うけど気をつけるね」
心配をしてくれる杠葉を他所に、楓は別のことを考えていた。
楓は更生学校から支給されているスマホを取り出すと青白い画面を映し出すために電源を入れる。
基本的に支給されているスマホは外部との連絡を取るために使うことはできず、中にあるアプリもアラームやカレンダーなどの基本的なもの。生徒間でコミュニケーションを取るためのメッセージアプリも備わっているが、独自開発されたアプリのため、更生員は監視と閲覧をすることが許されている。
「(朝起きた時に焔村先生からメッセージが来てたってことは、そういうことだよね)」
数秒経って起動したスマホを操作してメッセージアプリを開く。楓の記憶通り、朝の五時五十五分に焔村から『授業がすべて終わり次第更生員室へ来るように』とメッセージが送られていた。
生徒間で使われるメッセージアプリに更生員が入ってくることは滅多になく、個人的なやり取りをしている生徒は楓以外いないだろう。
楓は更生員とコミュニケーションを取らなければいけない理由があり、自分の役目を果たすためにも楓は更生員と関わっていた。
「(今度は誰のことだろう。クラスのみんなが卒業できるといいんだけどなあ)」
焔村への返信を考えつつ物思いに耽っていると、教室の扉が開き、焔村が入って来た。
直前まで返信の内容を考えていた楓は、本人が教室に入って来た事で、サングラスの奥にある瞳を見つめてしまう。焔村はその視線に気付いて居ないのか、楓の方を一切見ずに一限目の道徳を始めた。
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全ての授業が終わり、更生学校内の宿泊場所に帰っていく生徒たち。当然だが外の世界へ出ることは許されず、学校内から出ていくことはない。学生のように振る舞ってはいるが、ここは犯罪者たちの巣窟であり、法的に閉じ込められた檻である。
「楓、帰ろ」
杠葉がいつも通り、楓に声をかけて部屋へ戻ろうとする。部屋には監視カメラが設置されており、すべての行動は筒抜けとなっている。暴動等を起こさせないために、家具などは硬く固定されていて、持ち込める道具もないためベッドと机しか存在していない。成績によって要求すれば支給されるものもあるため、部屋によって持ち主の特色が表れている。
仕切りのついた独房と表現したほうが適している空間だが、思春期の学生たちにとっては仕切りがある場所というものは案外落ち着くらしく、巣に代える鳥のように授業が終われば自分の部屋へ帰っていく生徒が大半であった。
「ごめん、ちょっと呼び出し受けてて」
「焔村に?楓、なんかしたの?」
「いつものことだから気にしないで」
「いつもの事って呼び出されてるイメージないんだけど」
「弦ちゃんが来る前からだよ」
杠葉が更生学校に来たのは約半年前。杠葉だけでなく、このクラスが編成されてから半年ほどしか経っていない。
以前から更生学校にいた楓の事を杠葉が知らないのも無理はなかった。
「焔村ってロリコンなの?」
「遠回しに私が子供っぽいって言ってる?」
「あはは」
「笑ってごまかしてもダメなんだからね」
「ごめんごめん。それなら私は部屋に戻るよ」
「それじゃ弦ちゃん。また明日ね」
「また明日」
4
別れの挨拶を済ませると、杠葉は一人で教室を出ていく。友好的な杠葉だが、クラスの女子達と絡んでいるところをほとんど見たことはない。話しかけてくる生徒はいる者の、起こした犯罪から女子に嫌われているのか、パパ活が出来ない更生学校では女子と仲良くする必要がないのか。真意は杠葉にしか分からないのだが、楓は知る必要も無いことと考えて問うことはしなかった。
教科書などは自分の机に置いたまま帰るように指示されているため、来る時も帰る時も手ぶらで良い。手ぶら出なければ、危険物の持ち込みなどで評価を下げられてしまうこともある。
楓はその身ひとつで、焔村の待つ更生員室へと向かっていった。
更生学校は六階建ての一つの建物となっており、一階は基本的更生員が使う場所。二階と三階が生徒の授業用であり、それより上の階層が生徒たちの居住しているエリアとなる。
更生員室は一階にあり、生徒たちは基本的に降りることのない場所。好んで更生員と関わりをもつ生徒などいない。その点に関しては楓も他の生徒と変わらないのだが、呼び出されてしまっては従うしかない。更生員室へ向かう間に生徒と出会うことはなかった。
内部の情報が漏れないように設けられた重厚な扉。触れるとひんやりとした冷たさが伝わってくる。重く閉ざされた扉を両手で力いっぱい横に引き、更生員室の扉を開けた。
「来たか」
「紅葉楓です。失礼します」
更生員室の中にいたのは頭部で電灯を反射している焔村のみだった。他の更生員は出払っており、楓が来るため焔村によって退出させられていた。
楓は他の更生員が使っている机を目に入れないよう、真っ直ぐに焔村の元へと向かって行く。更生員室へ呼んでいる時点で、焔村から最低限の信頼を得ているのだが、楓から焔村への信頼がないのだ。人間関係を円滑にするべく、余計なことをしでかさないように心がけていた。
「そう固くなるな」
「呼び出されて固くなるなって言われても無理ですよ」
「今更だろう?」
「何度呼び出されても慣れるものじゃありません」
焔村から呼び出された回数は両手で数えられない程。
「呼び出した理由は――いつものやつですか?」
「ああ。今回も紅葉に依頼だ」
「また、クラス全員で卒業することはできないんですね」
「お前が一番わかっているだろう」
呼び出された段階で頼み事を察していた楓だったが、焔村の言葉により確定したことでわざとらしく肩を落とす。
「殺人を出来るのはお前だけなんだ」
「犯罪者を手駒にするなんて、本当に悪い組織」
「悪には悪をぶつけるしかないんだよ。反省しない奴らを外の世界に出すわけには行かないだろう。その前に――な?」
紅葉楓、殺人罪。
それこそ彼女が更生学校にいる理由。




