その教室には十一人の犯罪者がいる
第五章『その教室には十一人の犯罪者がいる』
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その教室には十一人の犯罪者がいる。
楓の座る席の前と右側は卒業した生徒であり、空席となっていた。杠葉が座っていた席も二週間が経つ頃には荷物置き場となっていた。人の居なくなった家屋が廃れていくように、主を失った椅子も手を入れなければ朽ちていく。
クラスメイトたちは居なくなった艶葉と杠葉に思いを馳せることはない。――ただ一人赤松柚子を除いて。
赤松は杠葉が自殺した後、教室内でも楓と絡むことが増えていた。焔村から頼まれた楓の監視もあったが、卒業した二人が既に死んでいることを知っているのは楓と赤松だけである。ある種の秘密を共有しているため、赤松は一人で抱えきれない感情を楓と確かめ合うように話す。
「本当にみんな杠葉が卒業したって信じてるんだね」
杠葉が使うことのなくなった椅子に腰掛ける赤松に話しかけられる。
「そりゃそうだよお。意味のないてるてる坊主になったなんて想像もできないって。ここは更生学校。人が死ぬような場所じゃないしね」
「殺した本人が何言ってんの」
「これまた耳が痛いですなあ。じゃあ犯罪者は例外ってことで」
「生徒たちみんな入るじゃん」
「ああ言えばこう言う。柚子ちゃんは禅問答でもしたいの?」
「艶葉も杠葉もよく考えれば卒業できる人間じゃないことくらいわかるはずなのに」
「生徒たちはどの条件で卒業できるか知らないから分からないんだよ。死んでることを知っている私たちだからそう思うだけ。それ以上の話は教室でするのはやめてよね」
教室内には生徒たちが疎らに散らばっていた。成績が優秀であれば卒業できると信じているものは机と向かい合ってペンを走らせている、卒業する時を待つだけの生徒はいつも通りの日常を送っている。
更生学校からの依頼ひとつで日常が終わりを告げることを知ってしまった赤松は、人生の未来を夢見て行動している生徒たちを見るのが怖くなっていた。半年以内に視界の生徒が楓によって殺されてしまう。自分には止めることも、殺人に手を染めることもできない。流れていく惨劇を見て見ぬ振りをして目を逸らすことしかできないのだ。
赤松柚子の人生は紅葉楓と出会った事で停滞がうまれてしまったのだ。
「柚子ちゃんはさ」
「なに」
「居なくなった艶葉くんとか弦ちゃんの事も忘れないで偉いねえ」
肩肘を立て、手にあごを乗せながら楓は赤松を見つめる。
「それはそうでしょ。艶葉のことは違うけど杠葉に関しては私も関わっちゃったんだから」
「記憶力がいいのは羨ましいなあ」
「楓だって杠葉のこと覚え――待って」
赤松の表情は徐々に血色が悪くなり青褪めていく。それを見つめている殺人鬼は顔に張り付いた表情を崩すことなく笑い続けている。
「どうしたの?柚子ちゃん」
話していた生徒たちの声が一瞬にして消え去り、楓の声だけが脳に反響する。目の前にいる小さな存在が抱えている深淵に手を掛けてしまった事で、異常性に気が付いてしまった。
初めて楓と話したときから感じていた違和感。人を殺したと話す姿がどこか他人事のように見えていた理由に気がついた時、赤松の声は小さく震えていた。
「楓って、今まで殺した人のこと、覚えてないの?」
「覚えてるわけないじゃん。もう死んでてこの世にいないんだから。覚える必要は無いよね、もう関わることのない人なんだから」
人間には死が二度訪れると言われている。一度目は寿命を迎え、肉体が死んでしまった時。二度目は人々の記憶から存在がなくなってしまった時。
楓の中で人間の死は存在の死と同義であり、一年が終わって新しいクラスが編成される時に過去の記憶を殺してしまう。去年のクラスメイトは全員殺しており、一人たりとも記憶には残っていない。
「まだ艶葉くんも弦ちゃんも覚えてるから安心して。クラスメイト全員殺すまでは忘れないよお」
「ちょっと、教室で物騒なこと言わないで。誰に聞かれてるか分からないんだから」
「私が言ったやつじゃん。真似っこだあ」
物騒な話題にからからと声を上げて笑う楓だったが、目線の先にいる赤松の表情は険しい。
「なになに?二人とも喧嘩してんの?」
「仲良くして」
離れた席から楓たちが会話をしている様子を目ざとく見つけ、席まで近寄ってきた同じ顔をした生徒。判断基準となっているルーズサイドテールは今日も左右対称となっていた。
机と机の間を抜けるように歩き、赤松のもとへやって来た。徒花不結は険しい表情を浮かべる赤松の頬を指で摘んで伸ばす。すぐに手は払われたが、何が面白いのか笑い声を上げていた。
「あははっ。ほっぺ引っ張ったら払われちゃった」
「勝手に触っちゃ駄目っていつも言ってる」
「珍しい表情してる柚子って格好いいのに可愛くて」
「私もそれはわかる」
「半分こしたいね」
「半分こ」
赤松に払われた不結の手を、不実が包み込み撫でている。仲睦まじい二人を見て、殺伐とした空気が霧散したのか赤松は大きなため息をついた。
「それにしても楓の席も寂しくなったじゃん。艶葉も弦も卒業しちゃって」
「前と右が卒業。紅葉だけ残った」
「何を言う。左には柊くんが居るであろう」
「俺を巻き込むなよ」
ガールズトークが始まった瞬間、窓の外を見つめて関わり合いにならないように気配を消していた柊に楓は声をかけた。興味のない柊は会話に加わることはなく、そっぽを向いたまま無関係を突き通す。
「柊は置いておいて楓と仲良くすると卒業できるのかも」
「マジ?ちょっと拝んどこ」
「神社じゃないんだからやめてよね」
柏手を打ち、楓のことを拝む徒花姉妹。空気を含んで叩き合わされた手は思いの外大きな音を立て、クラスメイトの注目を集めてしまう。すぐに視線は霧散したがその光景を見ていた赤松は馬鹿馬鹿しくなり自分の席に戻る。
楓も徒花姉妹も赤松の行動に気がついていたが呼び止めることはしなかった。楓とは話すようになったものの、依然としてクラスの中では孤立している赤松。呼び止められて一緒に会話をするほどの関係性は築けていない。
赤松は席に戻り、意味もなく道徳の教科書を取り出して読み始める。
『人の嫌がることはやめましょう』
『自分を大切に、相手も大切に。思いやりの心を忘れてはいけません』
生きていれば当たり前に知り得る事をわざわざ書き記した教科書だが、犯罪者の読み物としては適当なものであった。人の嫌がる罪を犯し、他人を厭わない犯罪者は道徳の心がない。赤松は楓と関わることで犯罪者の精神を身を持って体験していた。
既に親殺しと思い込んで軽犯罪を犯していた自分を恥じており、本物とは違うと自覚している。更生学校から卒業する要件は満たしているのだが、楓に気に入られた結果、更生学校から出ることは許されない。教科書が擦り切れるまで読み込んでも、外の世界には出られないのだ。
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赤松が教科書を捲っていると隣の席に座っている生徒から話しかけられる。
「あの、赤松さん」
「なに?松雪」
背筋を伸ばし、腰まで伸ばされた艶のある黒髪。くすみ一つ見当たらないきれいな肌。一目見るだけで何処かの令嬢だと分かる風貌をした松雪柳。艶葉の死から、成績向上が卒業には欠かせないと信じ、常に善良な生徒として振る舞っていた生徒。
「先ほど言っていたことは本当ですか?」
「言ってたこと?なに?」
楓と話していた内容は二人だけに聞こえる程度の声量であり、離れた席に座っている松雪に聞こえるはずはなかった。聞かれていた場合、問題になる事は目に見えており、確認するために赤松は聞き返した。
「紅葉さんと仲良くすると卒業出来るという話です」
「ああ、そっちね」
「そっち?」
「何でもない。それで楓と仲良くすると卒業できるって話ね。あれは徒花姉妹が勝手に言いだしただけ。そんな事で卒業出来るなら更生学校に意味なんてないでしょ」
「それもそうですね。すみません、変なこと言って」
椅子に座りながらも恭しくお辞儀をする松雪。
「松雪も必死だね。あんなしょうもない言葉を信じようとするなんて」
「ええ。お父様やお母様に若気の至りで御迷惑をお掛けしてしまいましたから。私にそれ相応の才能があることは分かりましたので、許してもらうために今度は家のために尽くしたいと考えています。そのためには早くここを出なければ」
「大変だね。松雪のお嬢さんも」
柔らかく微笑み、小さく頭を下げると松雪は道徳の教科書へと目を向けた。何度も読み込んでいる教科書は、すでに諳んじる事ができるだろう。それでも態度で示すために、何度も何度もページを捲り続けていた。
楓に目を向けると徒花姉妹と談笑をしている。端から見れば、女子高生たちが繰り広げる休み時間にしか見えない。殺人と器物損を犯して更生学校に入れられている少女たちは仲睦まじく笑い合う。後々殺す相手であっても笑顔で会話をし続ける歪さに赤松の気分は悪くなる。
楓は何を思って笑っているのか。
犯罪者でもサイコパスになりきれなかった赤松柚子には理解ができない。教室を包む喧騒と窓に打ち付ける雨音が酷く耳障りに感じていた。
一冊分投稿し終わりました。
続きは声があればやると思います。現状では未定ですので一応完結とさせていただきます。




