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【閲覧注意】罪人の教室  作者: 人鳥迂回


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18/19

6脅迫罪-杠葉弦-(6)

「因みに柚子ちゃんは私の協力者だから助けを求めても無駄だよ」

「だれ?鏡に映ってるのって誰?」

「弦ちゃん?聞こえてる?」

「どこ?私の歯。お鼻も曲がってる。これだれ?」


 楓が杠葉に話しかけても返ってくる答えは会話になっていない。

 鏡に映る自分の姿を見た杠葉は、鏡に対して自問していた。


「楓、なにしたの……」

「弦ちゃんを痛めつけた。依頼通りにね」


 楓に何度も蹴られた顔面は元の杠葉の面影を消し去るほどに酷い状況だった。

 掴まれた髪は何本も頭皮から抜け落ち、蹴られた頬は腫れ上がっている。口を開けて見れば前歯が抜け落ちており、鼻の骨も折れているのか鼻腔があらぬ方向を向いていた。

 可愛いと言われて育ってきた杠葉の顔は酷く醜悪に変化してさせられたのだ。依頼にあった通り、二度とパパ活が出来ないほど顔面を破壊し、精神を壊す。脅迫と淫行を行ったことで受けた痛みを思い出せば二度とやることはないだろう。


「誰これ?ブサイクで汚い顔。おもしろーい」


 杠葉は自身に起こった現実を直視できずに、鏡を見て笑っていた。


「あの顔」

「弦ちゃんって自分の可愛さが承認欲求の源になっていたでしょ?外の世界出た時に脅迫も淫行も出来ないようにするにはどうしたらいいかなって考えて、顔面を潰すことにしたの」

「流石にあれはやり過ぎだよ。どう考えても――」

「柚子ちゃん。私の殺しには口を出さないって約束だよね?破るの?私と柚子ちゃんの約束を」


 楓は精神状態のおかしくなった杠葉から離れ、赤松の元へと歩み寄る。

 死ぬ寸前まで杠葉を追い詰め、苦しむ姿を見て楽しんでいた楓は高揚しきっている。笑顔のまま赤松に詰め寄った楓は、胸倉をつんで自分の顔を赤松の顔に近づける。

 口角は上がっているが、目の奥には晴れることのない濁りに満たされている瞳を見たときに赤松は察してしまった。

――今の状態の楓はヤバい。


「ごめん。そうだった。口は出さない」

「見たくないなら外に出ていいよ。更生員が見回りに来ても柚子ちゃんのことは私の相棒としてスルーされるはずだから。それも踏まえた上でよっぽどのことがない限り入ってこないように言ったんだけどなあ」

「それもごめん。更生員に見つかるのはよっぽどのことだと思って」

「説明してなかった私にも問題あるしお相子様だね」


 すぐに謝った赤松のおかげもあり、楓の怒りはすぐに鎮まった。更には会話をすることで昂ぶっていた高揚も少し落ち着き、状況を冷静に判断するまでに気持ちが安定する。

 楓が一人で依頼を熟していた時は高揚状態のまま罪人を殺し、死体処理作業員に受け渡していた。相棒として共に在る赤松のおかげで普段とは違う感情で犯罪者と相対していた。


「あは、あはは」

「何が楽しいんだろう?柚子ちゃんにはわかる?」


 未だに鏡を見ながら笑い続けている杠葉。


「鏡に変な人が映ってる、おかしいなあ。おかしいなあ」


 急に立ち上がったかと思えば、鏡に向かって拳を振るう。強化プラッチックに覆われた鏡は女性の力では傷ひとつ付けることは出来ない。


「誰だよこいつっ。ふざけんな。消えろっ、消えろよっ」


 自分自身に罵声を浴びせながら、現実を壊そうと鏡を殴り続ける。段々と力がなくなり、鏡に体重を預けてゆっくりと膝から崩れ落ちる。


「何なんだよお……なんでこんな事になってんのよ……」


 俯いて嗚咽をこぼし、力なく呟き続ける杠葉。現実を徐々に理解し始めたのか既に笑わなくなっている。


「ねえ弦ちゃん」


 近づいてくる楓は恐怖の象徴。項垂れる杠葉の近くに楓が来たことを察すると、怯えながらも殺意の籠もった目で睨見つける。


「ひっ……来ないでよサイコパス。あんたがいなかったら私は普通に外に出てたし、ママの自殺も卒業まで知らなかった。全部あんたのせいだ。死神、あんたは死神だ。クソサイコパス女、地獄に落ちろよ」

「酷い友達だって言ってくれたのに」

「アンタと友達になる奴なんていない。一生、人を殺して恨まれて死ね」

「キレるのはお門違いだと思うんだけど」


 杠葉の顎を持ち上げて顔にかかった髪を掻き分ける楓。数十分前とは別人になった顔からは殺意が滲み出ていた。


「それにしてもいい顔になったね」


 顔のことを言われれば、賞賛されていた記憶が蘇る。スキンケアも髪の手入れも全ての意味がなくなった。このままでは誰にも愛されない。


「すぐに治さないと……。気が済んだよね?痛めつけるだけだからもういいよね?早くちゃんとした処置受けないと可愛い私が――」


 今ならまだ元通りとは言わずとも治療を受けることで回復する可能性がある。殺さないと宣言した楓を信じ、痛めつけられた事で終わったことを告げる。


「ここは更生学校だよ?弦ちゃんへの暴力行為を許可した場所。いくら弦ちゃんが望んでも適切な処置なんて行われない。その状態のまま、自然治癒になると思う」

「自然、治癒?」

「外の世界に出たら整形でも何でもすればいいと思う。お金は沢山稼げるんでしょ?パパ活をすればさ」


 杠葉は裁判を待つ原告ではなく、断頭台に立たされた死刑間近の罪人であった。

――最初から希望なんて無かったんだ。

 自分の要求は全てが通らないことを理解した杠葉は仰向けに倒れて静かに目を閉じた。


「こんな顔じゃおじさんたちも相手にしてくれない」

「そうなの?五百円くらいで行けるんじゃない?」

「楓。それは殺しの話じゃないから口を挟ませて。それ以上は言っちゃだめ。杠葉のためじゃなくて、私がそういう事を言う楓を見たくない」

「そう?柚子ちゃんが言うならやめよーっと」


 それ以上の口撃はせず、仰向けに倒れた杠葉を見下すように目を向ける。

 可愛いと褒められていた顔面は崩壊し、来ていたパジャマは吐瀉物にまみれている。琥珀色の髪には鼻血がこびり付き乾燥していた。

 今までの杠葉弦が助からないことを理解した結果、現実を受け入れるという逃避に走ったのだ。


「柚子ちゃん、あれかして?」

「あれって何」

「ロープ」


 楓は赤松のつけていたウエストポーチを指差した。

 ポーチの中に入っているのは二メートルほどのロープだけであり、要求されたとおり中身を取り出した。ロープを投げ渡すと楓は器用にキャッチして杠葉に声をかける。


「見て見て弦ちゃん。ここにロープがあります」

「また痛いことすんの?もう何でもいいよ」

「このロープをこの部屋に置いていく」


 話しかけても杠葉は目を開けるすらしない。


「どう使うかは弦ちゃん次第。教室の窓から逃げて病院に行くのも手かも?誰かをぐるぐる巻きにして医者を呼んでもいい。良く考えて最善の方法を選んでね」

「最善なんてない。もう最悪しか残ってない」

「私はあると思うな。最善の方法」

「なに?」

「教えなーい。だって友達じゃないからね」


 紅葉楓は依頼の通り、杠葉弦を殺すことは死ななかった。死なないように痛めつけ、二度と淫行や脅迫を行うことが出来ないように精神を壊した。

 受けた依頼は完遂しており、更生学校の要望には応えたことになる。その後は楓の自由であり、杠葉の生殺与奪を握っている。

 仰向けになった腹部のうえに投げつけられた最善を掴むためのロープ。杠葉はロープに触れることはしない。身じろぎひとつせずに呼吸をするだけの人形と化している。


「じゃあ柚子ちゃん。帰ろうか」


 気がつけば杠葉は気絶してした。一仕事を終え、杠葉の反応がなくなったことを確認した楓は赤松に声をかけて部屋から出ていこうとする。


「え、杠葉は?あのまま置いておくの?」

「依頼は済んだからね。苦しむ姿は見られたし今はこれでいいかな」

「今はってどういう事」

「内緒。っていうか後のお楽しみ」

「楽しみなんてひとつもないと思うけど」


 鼻歌を歌いながら杠葉の部屋をあとにする楓。赤松もその後ろをついていき、部屋で横たわる赤松に憐憫の情を浮かべながらゆっくりと部屋の扉を閉めた。


 9


 翌日、赤松は早朝から楓の部屋に訪れていた。


「焔村先生から連絡来てたでしょ?」


 寝ぼけ眼を擦りながらスマホを見る楓。

 赤松が目を覚ました朝六時。ホームルームが始まる前に職員室へ寄るようにとメッセージが送られていたのだ。当然赤松だけではなく楓と共に来るようにと。

 すぐに身嗜みを整えて楓の部屋へと向かった赤松だったが、その時には楓は夢の中。外からの呼びかけるわけにもいかず、メッセージを送ると文章にならない返事が返ってくると、すぐに部屋の扉が開く。目に入った姿は明らかな寝起きで、赤松からのメッセージで起きた様子だった。

 幸いにも赤松からのメッセージだけは音が鳴るように設定していたため、すぐに起きることができたのだ。


「ほんとだ。なんか来てる」


 口が開ききらず、もごもごと話す楓。


「ほら、早く着替えて。私にも呼び出しが来るってことは緊急だよ」

「なんか頭が重い……。もしかしたら雨振ってるかも」

「それはいいからさ、早く」


 ゆっくりと身支度をする楓にやきもきさせられた赤松は楓のパジャマを脱がせて制服を着せたり、髪を整えたりして準備を手伝う。

 着せ替え人形のように準備をさせられた楓はされるがまま。終いには手を引かれて部屋から連れ出されていた。


 更生室に着くと、焔村以外にも二人の人間が待っていた。


「来たか、二人とも」

「おはようございます」

「おはよう。葬馬と弔旗さんもいるじゃん」


 赤松と死体処理作業員の二人は初対面のため軽く自己紹介をすると、焔村に手招きをされ三人のもとへと移動する。

 机の上には開かれたノートパソコンが置かれているが、画面には何も映っていない。


「それで焔村先生。こんな早く呼び出してなんなんです?案の定雨が振ってるし」


 更生室に設置されている窓には雨粒が打ち付けており、天候の悪さが目に入ってくる。気圧の影響もあり、楓の気分は重い。


「昨日はご苦労だった」

「いいえ。依頼ですし何の問題もないですよお」

「それでなんだが、杠葉は最後にどんな感じだった?」

「寝てました。気絶してた感じですかね」

「そうか――これを見てくれ」


 焔村がノートパソコンの電源を入れてしばし待つ。その間、誰も言葉を発さない。驟雨にも似た激しさが不規則に窓を叩いていた。

 青白い画面が付き、焔村が操作をすると画面には監視カメラの映像が映し出される。複数にわたって映し出された映像には、ベッドの上で就寝をしている生徒の姿。


「予め言うが普段はプライバシーの観点からこのカメラは使っていない」

「裸見られてたらセクハラで訴えてましたよ」

「洒落にならん冗談はやめろ」

「今回監視カメラの映像を見せた理由はなんですか」


 楓の冗談によって会話が止まることを危惧した赤松によって、すぐに本題へと戻される。流石に複数人いれば会話のペースを楓に握られる事はない。


「これだ」


 焔村はマウスを操作し、ひとつのカメラを拡大した。


「なにこれてるてる坊主?雨振ってるし意味ないじゃん」

「ふざけるな」


 監視カメラに映し出されたのはてるてる坊主――ではなく、ロープが首に巻かれた状態で部屋にぶら下がってる人間であったもの。

 電気のついていない部屋でも記録できる赤外線カメラには白黒の首吊り死体が映っている。


「ここは杠葉の部屋だ。昨日の依頼、これをしたのはお前たちじゃないな?」


 口を押さえて下を向く赤松、にこにこと焔村を見ている楓。死体処理作業員の二人は人の死体を見ても何食わぬ顔で笑っている楓に引いていたが、同時に気分を害している赤松には一定の親近感を覚えていた。


「違いますよ。私は痛めつけて、弦ちゃんにロープを渡しただけ」

「なんでそんな事をした?俺は杠葉を拘束するためだと思って渡したんだが」

「焔村せんせいが説明もなしに、理解したつもりで行動するからこうなってるんですよ。なんでと言われても、弦ちゃんに選ばせたかったからですかね」

「選ばせたかった?」

「少しばかり同じ時間を過ごしたクラスメイトへの慈悲みたいなものでしょうか。辛い現実から逃げ出すのか、目を逸らすのか。結果として自殺しちゃったから意味ないんですけど」


 幸いにも首を吊った赤松の顔はカメラの反対を向いており映っては居ない。楓に痛めつけられ、痛ましい姿となった顔は誰にも観られず、死だけを観測された。


「杠葉は死んだ。これで満足か?」

「私を悪者に仕立て上げようとしないでくださいよ。更生学校が依頼してきたんですから同罪ですよ。今回に限って言えば私は殺してない。それに何度も言ってますけど私は死んだ結果に満足する人間ではないですよ。死にゆく苦しみをみて満足するんですから」

「赤松は――」

「ノーコメントで。私には聞かないでください」


 自然も合わせず言葉を吐き捨てるように焔村の発言を遮った赤松。人が死ぬ経験をしたことはあっても、故意によって人が死にゆく経験は初めてであった。昨晩は目まぐるしく変化する状況と精神的な疲れから泥のように眠ってしまったが、杠葉の首吊り死体を見たことで自分のやったことの重大さを認識してしまった。

 人殺しに協力したことで生まれた罪悪感と、死に対する潜在的な恐怖。外に出たら自殺しようと考えていたことが馬鹿らしくなるほど、人間の死に対して恐怖を抱いていた。これからも楓の断罪に協力をして行かなければならない赤松だったが、すぐに気持ちを切り替えることは出来なかった。


「これで依頼は完了ってことでいい?」

「……ああ」

「今回はどうしよっかなぁ。折角柚子ちゃんと初めての依頼を乗り越えたし甘いものでパーティーでもしちゃおっかな。そんなわけで今回のご褒美はケーキよろしくね」


 女の子らしく甘い物を要求すると軽い足取りで更生室から出ていく楓。苦しみから解き放たれた杠葉の死を確認したことで楓の興味は報酬である甘味に移っていた。

 取り残された赤松と焔村、そして死体処理作業員の二人。葬馬と弔旗はこの後、秘密裏に杠葉の死体を処理する仕事が残っていた。それぞれの今後に思いを馳せ、四人同時に深くため息を吐いた。


「赤松、紅葉のことを頼んだぞ」

「頼むも何もどうしたらいいんですか。私の言うことなんて聞きませんよ」

「現状アイツが唯一心を許しているのが赤松だ。これ以上猟奇的な思考に陥らないようにストッパーになれ」

「これ以上ってまだ上があるって考えるだけで胃が痛い」

「先のことは分からないが、お前だけが頼り――かも知れない」


 人を苦しめて快楽に浸り、笑顔を浮かべる殺人鬼相手に何ができるかを考えても答えはすぐに出てこない。赤松に対して楓が過保護なほど付き纏っていることは本人も気付いている。

 殺人に関すること意外なら楓に意見をすることのできる赤松の存在は、更生学校が紅葉楓を管理するうえで必要不可欠である。

 今後も生徒の断罪が楓に依頼される事で赤松の心労が増えていくことは分かった上で焔村も頼まざるを得ないのだ。楓が更生学校の依頼を受けて殺人を行っている内に。反旗を翻して無差別殺人鬼にならないために。

 紅葉楓の心を繋ぎ止める赤松柚子。それだけが契約なしに楓を更生学校に縛り付ける唯一の方法だった。


後はエピローグ

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