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【閲覧注意】罪人の教室  作者: 人鳥迂回


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15/19

脅迫罪-杠葉弦-(3)

 5


 杠葉弦の人生は人に狂わされていったと言っても過言ではなかった。

 家族からも友人からも可愛いと、愛でられながら育てられた杠葉は周りから言われるがままに自分のことは可愛いと思いながら生きてきたのだ。

 普通の子供なら、親心によって言われていた言葉だと気が付くのだが、親からの愛情だけを受けて育っていた杠葉は気が付くことなく成長していた。


 自分の容姿に自信を持って生きていた杠葉は他の人に臆することなく、自分を貫いていた。小学生らしからぬ表情や、教師にバレない少しのメイク、そして男に好かれる仕草。成長するにつれ、杠葉のことを可愛いと言うのは男子だけになっていた。

 女子は徒党を組み、可愛いを作っている杠葉のことを邪険に扱い始めた。小学生女子はグループを組み、集団になることで自分のことを強いと思い込む。自分一人で自信に満ち溢れている杠葉はグループに溶け込むことはなく、褒め称えてくれる男子とつるむ様になっていた。


 その姿は裸の王様。自分のことを褒める人間だけを周りに集め、称賛の言葉で悦に浸る。

 その果てに産まれた思想は弱者への迫害。徒党を組まなければ戦うことのできない女子のことを弱者だと見下し、内心で馬鹿にし始めた。


「杠葉。ちょっと指導室に来い」

「はあい。せんせ」


 中年で小太りの男性教師に呼び出されることも多かった。指導室で行われる内容は世間に暴露されたら教員人生が終わるようなもの。唯一性行為だけは行っていなかったものの、男性教員に気に入られる為、杠葉は様々な技術を覚えていった。

 問題として大きくならなかった理由は、教員も一人だけが杠葉を買っていたわけではなく、複数の教員が協力して杠葉を囲っていたからだ。年上の男を手のひらのうえで転がし、意のままに操ることを覚えた杠葉は深みに嵌まっていった。

 杠葉が小学校を卒業し、中学校へ思いを馳せていた頃。神妙な顔つきの両親に呼び出され、家族会議が始まった。数週間程度家の空気が悪かったが、珍しく喧嘩をしているものだと杠葉は判断し下手に触れることを避けていた。時が解決してくれるものだと信じて疑わなかったが、残酷に時間だけが過ぎ、家族は終わりを迎える。


「え、離婚?どういうことなの」

「詳しくは今の弦には言えないの。もう少し大人になったらちゃんと言うから」

「俺が全部悪いんだ」


 杠葉を優しく説得する母と、目の下に隈を浮かべ申し訳なさそうにしている父。その姿を見て、説明を受けずとも父が何かをやらかしたことは想像ができた。


「弦はこれからお母さんと二人で暮らすの。ここはお父さんが買った家だから出ていかなきゃいけない」

「弦、本当にすまない。」

「あ、うん。そっか。わかった」


 父親の表情が去っていく時の男性教員と重なった。倫理的に許されない行為をしてしまい、全てが終わってしまった表情。

 教員は杠葉の深みにハマってしまったばっかりに、他の生徒や自分の娘まで性欲の対象に見てしまうようになったと噂で聞いていた。その結果として何人もの教師が学校を去っていき、杠葉が卒業するまでに八人もの教員が辞めていた。

 許されない行いをして、取り返しがつかなくなった後、どうすることも出来ずに停滞している男の顔。そんな顔をする父の姿に、杠葉は謎の高揚感を感じていた。


「パパ。ママと別れても、パパは私のパパだからね」

「弦……。すまない……。本当に」

「ねえママ。別の家に行った後ってパパに会うの禁止だったりする?」

「え、暴力を振るわれていたとかじゃないから禁止はしないけど」

「多分パパが何かしたんだろうなっていうのは分かるし、ママが怒ってるのも分かる。それでも私にとっては一人のパパだから」


 杠葉の言葉によって父親の表情が少しだけ晴れていた。


「弦がそうしたいなら、私はいいわ。その代わりちゃんと言ってからパパと会うこと」

「分かってる」

「離婚しても弦の父親だってことは忘れないで。夫婦では無くなっても弦にとっては――」

「分かってる。分かっているからそれ以上言わないでくれ」


 母親の言葉によって再び影を落とす父親。

 杠葉は心に芽生えていたのは父親の暗がりに差し込む一筋の光となる事への興奮を覚えていた。自分の言葉によって、年上の男性が絆された瞬間に杠葉は生きている意味を感じたのだ。

 子供の世話で疲れ果てた男性教員がストレスを発散するように杠葉を求めて来た時の興奮を論理的に理解した時、杠葉弦が犯罪者として一歩を踏み出すこととなった。


 中学に上がると小学校の頃と同じように男性教員を誘惑していた。成績や金銭の要求はなく、只管に疲れている男性に目をつけてストレス発散の捌け口として使わせる。中学生ともなれば性的な知識も身につけており、直接的な性行為はなかったが、教員が自慰をするための仕草なども身につけていた。

 事が終われば教員は一瞬の恍惚感を得る。その後直ぐにやってしまった後悔と不安に襲われる。その流れが杠葉弦という沼に飲み込まれてしまう要因だった。

 相手の心を包み込むような優しい言葉で思考に入り込み、快楽によって意識に杠葉弦を染み込ませる。段々と抜け出せなくなった教員は杠葉との先を妄想し、気に入られようと躍起になった。そうなってしまえば教員の異常な行動は節々に見られることとなり、問題行動として学校から追い出される。

 

「次の人探さなきゃ」


 一人居なくなれば別の人にターゲットを切り替える。誰かが杠葉を求める時、相手は杠葉を褒め称える。その称賛はかつての父親が自分に向けていた愛おしさと同じものを感じていた。

 中学生になれば友達もでき、行動範囲も広がる。夕暮れの中で街なかを歩いている時、男受けの良さそうな格好をした女性たちが道に並んで何かを待っている姿を見た。いつ通ってもそこには人がいて、何をしているのか杠葉は気になっていた。


「何してるんですか?」


 自らに絶対の自信を持っている杠葉は黒いマスクをつけてスマホを弄っている女性に声をかけた。


「何?」

「この辺っていつも人が立ってるんですけど何してるんですか?男の人と待ち合わせしてるみたいで一緒に歩いて行く人が多いみたいですけど」

「ああ。私たちは男の人にお金で買われてんの」

「お金で?」

「風俗とかは熟れたプロが性行為してくれるでしょ。大体はおばさん。おじさんっていうのは若い子とヤりたいわけ。私たちはお金を貰えるし、おじさんたちは気持ちよくなれる。そういう関係。あんまり言いふらさないでよ。ここはまだ警察にバレてない穴場なんだから」


 話を聞いて、脳裏に浮かぶのは過去に自分で欲望を発散していた教師たち。気持ちよくなった男性は一瞬だけ幸福に包まれた表情をしており、それを引き出したのが自分だと思うと堪らない高揚感に包まれた記憶。話してくれた女性が何をしているのかを瞬時に理解した杠葉。


「ここに立ってるだけでいいんですか?そうしたら話しかけられる?」

「……あんた見るからに中学生でしょ。私が言えた義理じゃないけどやめときな。ここに立ってる女たちも自分たちが高尚な人間だと思ってやってるわけじゃない。寂しさを埋めるため、金が欲しいから、理由は沢山あるけど真っ当に生きる事を避けてる人種なんだから」

「どうしたらいいんですか?」


 男性教員に媚を売るときと同じ表情を浮かべてマスクの女性に質問をする。杠葉の仕草を見た女性は訝しげに一瞥したあと小さくため息を吐いた。


「あんた、中学生でしょ?終わってんね」

「何がです?」

「人を誑かす術を覚えてるってこと。その年齢でそんな事を覚えてる奴に碌なやつはいない」

「碌なやつ――確かにそうかも知れませんね」

「私たちはここに立ってるだけ。それだけだよ。何もしてない。いつも道を聞かれているだけ。場所が分かるから目的地まで案内してる。そのお礼にご飯を奢ってもらう」

「そういう――ことですよね」

「それ以上言わない。悪いことは言わないからここに来るのは辞めときな。こんなところ肥溜めと何も変わらない」


 マスクの女性は犬を追い払うように手を動かすと、それ以降杠葉の声を無視してスマホを操作し続けた。

 

 翌日から杠葉は学校が終わってから私服に着替え、女性たちに混じって路地で立つようになる。他の人に比べて幼い顔立ちをしている杠葉は目立ち、すぐに男性から声を掛けられた。

 初めて声を掛けていた男は小太りの男性。スーツは縒れ、顔にも覇気がない。話を聞くと残業続きで疲れ切っており癒やしが欲しいという。


「ホ別苺でどう?」


 立っているだけで何の知識もない杠葉は男性に言われた言葉の意味が分からない。当然、周りにいる女性たちも意味を教えてはくれない。


「ね、おじさん。私初めてで分からない事が沢山あるの」

「は、初めて?」

「だから沢山教えてくれる?」

「それなら」


 男性は指を広げて、

――これくらいは出すよ。

と杠葉の手を取った。


「それじゃ道案内するね」

「お嬢ちゃん名前はなんていうの?こういう時は偽名とかでバレないようにするんだよ」

「そうなんだ。じゃあツルっていうの」

「ツルちゃんか。今日はよろしくね」


 初めての男性は杠葉に色々なことを教えてくれた。道に立っている人のことを立ちんぼと言うことや、ラブホテルで行為に及ぶ時の隠語など、学校では決して教わらない知識が淀みなく杠葉の脳内に刻まれていく。

 出会った時には疲れていた男性の表情も、杠葉と話しているうちに顔色も良くなり疲れが抜けているように見えた。


「ツルちゃん、初めてって言ってたよね」

「うん。したことないよ」

「おじさんでいいのかい?」

「別に誰でもいいかな。おじさんが気分よくなれるなら」

「最近の子は……。ツルちゃんは可愛いねえ」

「ふふ。もっと言って」


 杠葉弦の初体験はその日出会った中年の男性に捧げられた。性行為が終わっても世界が変わることはなく、秒針は一定の間隔で動くし、自分の心臓も動きを止めない。

 男性のスッキリとした顔以外には何の変化も無かった。


「よかったよ、ツルちゃん」

「おじさんが気持ちよさそうでよかった」

「ツルちゃんは可愛いね。どうだい?連絡先の交換でも」

「んー。連絡先の交換はだめ」

「そっか。それじゃこれ」


 男性はベッドから移動し、財布の中から一万円札を六枚取り出してベッド脇に置いた。


「五って五千円じゃないの?」

「違うよ。ツルちゃんくらい可愛い子を抱かせてもらったんだ。少しおまけしておくよ。また次もよろしく」

「う、うん」


 お金目的で行った行為ではないため、急に入ってきた大金に動揺する杠葉。先ほどまで男性が浮かべていた快楽と幸福の入り交じった表情を思い出せば媚薬のように脳を焦がす。

 男性はせっせと寄れたスーツを着直している。その傍らで貰った六万円を握り締めながら、他の男性も喜ばせるために自分磨きへお金を使うように考えていた。

 杠葉がパパ活を始めた事で、教員との関わりを絶つ事になった。狭い世界でリスクを取り教員を癒すよりも、もっと自分を肯定してもらえる世界を見つけたからだ。そうなると今まで誘惑をしていた教員達には困惑が広がり、所構わず我先にと杠葉を誘うようになっていた。

 教員によっては無理やり杠葉を指導室に連れ込む素振りを見せたりし、被害者ぶった杠葉が教員たちの行動を公にしたことで関わっていた人たちは学校を去ることになった。

 中学校でも杠葉弦は他人の人生を狂わせていた。


「ねえ可愛いって言ってよ」

「いつも言ってんだろ。かわいいかわいい」


 パパ活を初めて一年近く経った頃、通りで一番稼ぎのある女は杠葉になっていた。男に取り入るのがうまく、行為も丁寧だとリピーターが続出した。何度も行為を行う内に、最初は耳にタコができるほど言われていた可愛いという言葉を投げやりに言う人も増えてきた。

 男性が自分の行動によって変わる姿の興奮、自分のことを褒めてもらえることで得られる満足感。この二つを同時に得ることのできたパパ活に翳りが生まれた時、杠葉は学校の友人を思い出した。

――私のことを可愛いって言わなくなったのは私に慣れちゃったから。それなら私より下のやつを充てがえば、また可愛いって言ってもらえるかも。

 悪魔のような考えが杠葉の脳内に産まれたとき、既にスマホに手が伸びていた。連絡先からあまり仲良くないが連絡先だけを交換している女子を選択しメッセージを送る。


『仲良くなりたいから今度一緒に遊ぼ』


 中学校内で教員たちと行為をしなくなった結果、人に取り入る術を覚えた杠葉は男子達の人気者になっていた。女子からのやっかみの視線はあるが、大人ぶりたい女子は、男子から人気のある杠葉に取り入るように友人が増えていった。

 一軍女子である杠葉から誘いを受けた女子は断ることをしない。二つ返事で了承を得られ、青白い画面の光を浴びながらニヒルな笑みを浮かべた。


 7


「やめてっ。何でっ。杠葉さんっ」


 男に跨がられて必死に抵抗する少女、早贄百舌はやにえもず。二人の男性に手首と足首を押さえられながら、体を動かして抜け出そうともがいている。


「ツルちゃん、この子嫌がってるけど大丈夫なの?」

「俺たちもレイプする気はないんだけど。いつもみたいに寝ている子じゃないのかよ」

「そういうプレイみたいなものだよ。もうすぐ薬も効くと思う。そんだけ動いてるから」


 事前に杠葉と早贄は喫茶店でお茶をしていた。早贄にバレないよう、こっそりと睡眠薬を飲み物に混ぜていた。いつかの男性に貰った睡眠薬を自分で試す勇気は出ず、いい機会だからと早贄に飲ませたのだ。

 早贄で既に六人目の被害者。普段は薬で眠らせて、その間に行為を済ませている。事後に写真を撮り、脅迫をすれば被害者の仕事は終わり。寝ているだけで奉仕精神のない人形を抱かせたあとに、杠葉からの施しを受けた男性は口を揃えて杠葉を称える。その一瞬の煌めきに杠葉は惹かれて、引き返せない。


「薬ってなにっ。杠葉さんっ」

「ここじゃツルって名乗ってるの。名字言ったらダメじゃん」

「最低っ。死ねっ。クソビッチが」

「ひどーい。言葉遣い悪い子には――お仕置きだね」

「むぐっ」


 いつの間にか男性が脱がせて捨てられた早贄の下着をつまみ上げ、早贄の口内へ押し込む。手足を動かせない早贄は自分の下着を口から吐き出すこともできずにうめき声を上げることしかできない。

 次第に血流が良くなったからか、薬が身体に回り始め早贄の抵抗は弱くなる。男たちが力を入れずとも手足は動かない。数分もすると涙を流しながら寝息を立てていた。


「ツルちゃん。流石にやばいじゃないの」

「今回もいつもと一緒だよ。写真撮って脅せば黙るでしょ。今までだってそうだし」

「そういうんならやることはやらしてもらうけどさ」

「金払いはその子にしてあげて。私はいらないから。あとゴムだけは付けてよね」

「優しいのか怖いのか分かんねえな」


 男は早贄に覆い被さり腰を振る。早贄は深い眠りにつき、一切の反応を示さないが、心は抵抗をしているのか涙は止めどなく溢れていた。

 早贄が眠りから覚める頃にはその部屋に誰もおらず、枕元に一枚の書き置きが残されていた。


『写真は撮ってあるからばら撒かれたくなかったら誰にも言わないこと。おじさんたちからのお金は全部あげるよ。友達だから仲良くしようね』


 杠葉から残された文字を見て、早贄は一人きりの部屋で咽び泣いた。被害にあった自分への悲しみは、杠葉への殺意へと変化していく。自分がどうなろうとも杠葉だけは絶対に許さないと、心に決めた時、涙は止まった。


 数日後、杠葉の残した筆跡や監視カメラの映像から事件が明るみになり杠葉弦は捕まった。杠葉が捕まったことでそれまで被害に合った女性たちが徒党を組み、実刑判決を望んだのだ。

 杠葉は強迫行為には及んだが、実行したのは男性であり、未成年ということもあって重い処分にはならなかった。

 しかし取り調べの最中、一向に反省の色を見せなかった杠葉は少年院ではなく更生学校に送られる事となる。


 更生学校に入った杠葉は知らない。

 娘の不始末に精神を病んだ母親がひっそりと死んでいることを。



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