脅迫罪-杠葉弦-(1)
第四章 『脅迫罪―杠葉弦―』
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脅迫罪、及び淫行により更生学校へ収監されている杠葉弦に対しての処罰。
内訳一。杠葉弦に関わったもので死者がいない事。
内訳二。杠葉弦が起こした事件は少数の被害であったこと。
上記から処分する理由に足ると判断できなかったため殺害依頼は棄却とする。
杠葉弦の処罰に関しては、『外の世界へ出た時に淫行や脅迫を行わないように徹底的な指導』が決定した。
更生学校所属生徒処理担当紅葉楓に杠葉弦への処罰を実行していただきたい。内容は紅葉楓の自由とする。
赤松に見せるためと条件を付けて写真を撮ることを許可された依頼状を本人に見せる。
依頼を受けたと楓に聞かされた時、赤松はついに来てしまったかと頭を抱えていた。話には聞かされていたが、艶葉の一件以降、楓に対しての依頼は無く、全てが楓の妄想だという可能性も僅かにあったのだ。
依頼と共に罪を羅列された書類に目を通した時、殺人に現実感が帯びる。
「ということで、次のターゲットは弦ちゃんになりました」
楓は小さく拍手をしながら、写真を見続ける赤松に対して声をかける。内容に対して陽気な態度を見せる楓は、良くも悪くも普段通りであり、依頼など彼女にとっては些細なことなのだと思い知らされる。
「いや、杠葉って紅葉が仲良くしてる奴でしょ。そんな相手を殺すの?」
「私は殺さないよ。今回の依頼はここから出た時に犯罪を起こさないようにしてほしいってものだからね」
書類を読み直しても殺せとは明記されておらず、更生させる事を主としているものだった。
「紅葉に来る依頼って殺しだけだって聞いてたんだけど、そういうものもあるんだ」
「偶にあるよ。もしかしたら更生学校も時代の流れを受けてるのかもね」
「時代の流れ?」
「死刑をやめろーとか、人権がーとか」
「艶馬に適応されてない時点で無いでしょ。犯罪において女性優遇とかも無いだろうし」
「むしろ弦ちゃんの場合は女性側からの殺害依頼があったんだけどね」
杠葉は淫行を行うときに、他の女性を脅迫して共犯者に仕立て上げていた。逆らうことの出来ない女性を男性に充てがい、自分を優位に立たせて男から持て囃されていた。
当て馬にされた女性は行いたくもない性行為を強要され、杠葉からは脅迫を受け、八方塞がりとなり警察に飛び込んだのだ。当て馬を制御しきれなかった杠葉の誤算により更生学校に居ることとなっている。
「殺害依頼?今回は殺さないんじゃないの?」
「更生学校側が決めたこと。弦ちゃんの被害者で死んだ人がいないから殺すのはやめとこう、みたいな感じになったみたいよ」
「なんだか適当だね」
「詳しい話は私も知らないから。私のもとには依頼が来るだけ。上は上で色々やってるんだと思う」
更生学校上層部は内部とは違い外の世界に対しても広報を行わなければならない。人権保護を謳うものや死刑廃止を望むものと戦いながら人々の平和を守っている。
更生学校側が指示したと世にバレれば大問題のため、データの残らないアナログな手段を使って楓に依頼をする。
上層部は世間と犯罪者の板挟みになっており、今日も胃の痛い思いをしていることだろう。
「真面目な話をしてるところ悪いんだけどさ」
「なに?」
「紅葉、何処で寝てんの?」
「え?赤松さんの膝だけど」
真面目な表情で話している楓の顔は、赤松が首を下に向けなければ目を合わせることができない。
赤松が崩した正座をして座っていたところ、床を這う幼虫のように楓が近づき、膝の上に頭を乗せて安住の地としていた。
膝枕に一切触れることなく楓が話をするため、聞いて良いことか分からなかった赤松は、膝枕をしたまま杠葉を殺す算段を楓から聞かされていた。
「私が座ってたらすり寄って来て、勝手に頭を置いて何のつもり?膝枕するつもりなんてないんだけど」
「だって拒否しなかったじゃん。無言は肯定だって」
「馬鹿馬鹿しくていう気にならなかっただけ。足痺れてきたしどいて」
「やーん、私の枕がなくなっちゃう。赤松さんの足を切って枕にしようかな」
頭によって足の血流を滞らせれば、足がしびれて動けなくなる。指摘したことにより恥ずかしさを覚えた赤松は、理由をつけて楓の頭をどかそうと頭部を下から支えるように持ち上げて自分の膝からどかそうとする。
力を込めて必死に耐える楓は小さい体躯の何処に力があるか分からないほど動かない。終いには物騒なことを言って赤松の力を緩めさせていた。
「だからそういう冗談やめてって。紅葉が言うと洒落にならないんだから」
「赤松さんに対して危害を加えることはしないから安心してよ」
「信用できない。杠葉に何かをしようとしている紅葉だから。クラスの中でよく話してるし、仲良くしてる姿を私は見てる」
「教室内では赤松さんと喋って無いのによく知ってるね」
「――紅葉が本当に殺人鬼なのかを見極めないといけないでしょ」
「私のことが気になってるんじゃないの?うりうり」
「足痺れてるんだからやめてってば」
痺れている足を指先で突かれれば、普段感じることの無い違和感が走る。赤松の反応が楽しいのか、楓は何度も赤松の足に触れ、次第に赤松は諦めたのか楓を膝の上に置いておくことを許すかわりに足へ触ることを辞めるように楓へと伝えた。
鼻息荒く膝枕を許された楓は、太ももの角度などを細かく指示して自分の枕に頭を預ける。
「一応言うけど弦ちゃんは友達じゃないよ?」
「そうなの」
「だって腹割って話したことは一度もないし」
「あれだけ教室で喋ってて?」
「私から話題提供したことはほとんどないし、弦ちゃんが勝手に話しかけてくるだけ。嫌とも思ってないけど、コンビニでいつもの店員さんと世間話をする感覚に近いかも?」
「そうは見えないけど」
「私の部屋に入ったことがあるのは過去を含めても赤松さんだけだよ。私が信頼した人間だけしか部屋にはいれない。自分の部屋は私のテリトリーだから」
「ふうん。そうなんだ」
「照れんなよ、シャイガール」
直球的な言葉に頬を染めながら顔を背ける赤松。誰から見ても照れ隠しをしていると明確な反応。色白の肌では血色による表情の変化が分かりやすい。見上げている楓からは、顔を背けても赤くなった首筋が見えており赤松が照れていることは一目瞭然だった。
「うるさい、話を本題に戻すよ。簡単に纏めると今回の依頼は殺しじゃない。杠葉の考えを変えさせるってことでいいんだよね」
「更生学校からの依頼をそのまま受け取るとそうなるね。弦ちゃんがここから出た時に淫行や脅迫をしないように変化させろってことだと思うし」
「そのまま受け取るとって何」
「だってこの依頼私に届いてるんだよ?つまり殺しの依頼。今回は更生学校の依頼に則って直接殺しはしないけど、弦ちゃんの苦しむ姿が見られるの楽しみだなあ」
直接殺さない殺しの依頼。その言葉は矛盾を孕んでおり、赤松には理解ができない。
「――直接殺さないってことは杠葉をどうするつもりなの」
「どうしようかな」
「下手なことをすると自殺しちゃうかも知れない」
「自殺ってね、酷く自分勝手で自己本位な考え方なの。赤松さんが自殺しようと思ってるって最初に言った時、殺してやろうかって思うくらいには私は好きじゃない。自殺にも意味を持たせないと」
日本では年間で二万人が自らの命を絶っている。他人が理解できない苦しみを心に抱え、そこから抜け出すように現世を旅立つ。
赤松も親が死に、知り合いに迷惑を掛けた状況で生きている意味などないと考えて、更生学校から出たら自らを終わらせようと考えていた。楓と出会ったことでその考えは薄れてはいるが、過去に心で抱えていた逃げ道のひとつを掘り返されて返す言葉はなくなる。
「親から貰った身体だから自分で終わらせるなんてあり得ない、なんで綺麗事を言うつもりもない。全ての精算を死によって行おうとする考えが嫌なの」
「そこしか現実から目を逸らす場所がない人もいる」
「自殺は本質から目を逸らしているからすること。その場から逃げ出すことも選ばない」
「一緒でしょ」
「違うよ。逃げ出すっていうのは立派な選択肢。逃げることを選択する、つまり別の道を行くってこと。自殺はその場から目を逸らして留まること。目を逸らすような出来事が起こっている道に未来なんてない」
人殺しを楽しむ楓は自殺に対して否定的な考えを持っている。
相手の苦しむ姿を見ることができないから。御託を並べて自分なりの理論を構築していた。自殺は他者の関わらない自己完結な死であり、楓の求める死ではない。
犯罪者でない人間が自殺することについて考えた時、楓には理解の及ばない人種だと片を付けた。親を殺して犯罪者になった自分が自殺者について慮る事など無理なのだと。親からの虐待から目を逸らさず、親を殺す『逃げ』の選択をした楓が異質なのだと分かっているからだ。
他人にも同じ考えを押し付けることはしない。
楓は自分の欲望の考えとして、自己中心的な解釈で自殺を否定する。
「自殺をする苦しみっていうのは個人の心に宿る苦しみ。私のみたい苦しみとは違うんだよね。だから私は殺すんだよ」
「紅葉は杠葉をどうしたいの」
「依頼文を見てよ。『杠葉弦を殺してほしい。生まれ変わっても苦しむぐらいの苦痛を与えて』って書いてあるじゃん?それなら未来にも残るくらいの傷を植え付けてやろうかなって」
楓のスマホに映されている依頼文を再び読む赤松。楓の発した言葉、一言一句同じ文章が画面に映されている。
「あんた、何するつもり?」
「言わないよ。赤松さんに言ったら止めるでしょ?」
「内容にもよる」
「嘘だよ。何を言っても止めるはず。弦ちゃんのためじゃなくて私のために。赤松さんはね、優しいんだよ。殺人鬼とも仲良くしてしまう程に」
最初は恐怖していた赤松も、楓からの猛烈なアプローチを受け続けたことで態度が軟化していった。楓を殺人鬼と知りながらも、赤松の前で見せる無邪気な表情に心が絆されていく。
「それは、紅葉が私を特別って言ってくれたから、応えてあげようって思ってるだけ」
「優しさって自分が気付くものじゃない、受け取った相手が気付くもの。本人が気まぐれでやったことも、受けた側は一生覚えている。赤松さんの優しさっていうのは赤松さん自身には分からないことなんだよ」
やる偽善、やらない偽善。やった方は偽善かもしれないが、受け取った側は偽善であれど確かに優しさを受けている。相手に対しての感情は自分が持つものではなく、相手に受け取ってもらえて初めて成立するもの。
楓はスマホを一旦自身の胸の上に置き、床にある高松の手に自分の手を重ねる。剥き出しになっていた手は少し冷たくなっていたが、人肌特有の温かさは失われておらず、その場に赤松柚子という生きている人間が居ることの証明となっていた。
「それを言うなら紅葉も優しいんじゃない?私のことをどうして選んだのか分からないけど」
「私は優しくないよ。殺人鬼だからね」
「与えてる本人は分からないんでしょ。私が感じてるんだからそれでいい」
「こりゃ一本取られました」
「その優しさが杠葉にも向けばいいけど」
楓の言葉をそのまま本人に返す赤松。一瞬呆気にとられた顔を浮かべた楓だったが、直ぐににこにこと人懐っこい笑みを浮かべた。
「それは無理。依頼だからね」
「……分かった。これ以上は何も言わない。直接殺す以外で私にできることはある?」
「勿論。私が計画してる方法は一人じゃできないの」
「私が死体を見ることは?」
「ない。今の段階だと弦ちゃんが死ぬかどうかも分からないから」
「紅葉はそれでいいの?人を殺すのが、その、好きなんでしょ」
「いいよお。私は人が苦しんで死ぬのが好きなだけだから。直接手を下さなくても問題なっしんぐ」
楓は殺す過程が好きなだけであり、その延長線上に死という結果がある。
寧ろ普段関わっていた人間が、違う表情で怯え、恐怖し、怒りを向ける顔が好きなのだ。杠葉という人間はその条件に当てはまっており、想像するだけで尿意がこみ上げるほどに楓は興奮している。
茶化して誤魔化す楓、赤松は本質に気が付くことはない。
「ねえ。何度も聞いてるけどまた聞いてもいい?」
「何を?」
「人を殺すってどんな感覚なの?」
楓は顎に手を当てて真剣な表情で悩む。数秒程度無言の時間が流れ、瞳を開いたことを合図に語り始めた。
「いつも使ってる色鉛筆がいつの間にか一色だけ無くなってるような感覚。無くなっても買い足せばいいし、別の色で補うことができる。私の人生に必要のない人が死んでも私は困らないから感覚としては何も感じないよ」
「罪悪感とかないんだよね」
「ないよ。相手は犯罪者。誰かから死んでほしいと願われる人間。私はその願いを叶える天使様ってところかな」
「血塗れの天使様なんて悪魔みたいなものだけど」
「私が悪魔のコスプレしたら可愛いって?照れるなあ」
「言ってない」
楓の言葉は本質を何重にも無駄なものでコーティングして相手に伝えており、その場で思いついた御託や冗談によって会話を流している。
赤松は楓の本質にはたどり着かず、表面の言葉だけで理解したつもりになってしまうのだ。
「そっか。これから紅葉はクラスメイトを断罪していくんだ」
「被害者に代わってお仕置きよ、なんてね。赤松さんには先に言っておく」
楓はふざけた表情を一瞬で引き締めた。赤松のことを相棒として大切にしているからこそ、本質を伝える時には真剣に。
「なに?」
「おそらくだけど、今年度中に私たち以外の生徒は全員殺害する。もしかしたら正しく卒業できる生徒がいるかも知れないけど、過去八年間で卒業した生徒は一人しかいない」
「今年度中ってあと半年くらいしかないけど」
「その間に徒花姉妹も、柊くんも、松柳さんだって殺すことになる。私たちがやらなきゃいけないことって何か分かる?」
出された名前はクラスメイトのもの。
半年の間に全員を楓が殺すと言ったことでその場の空気は緊張感に包まれる。依然として膝枕をしているのだが、赤松の足にも力が入った。
「分からない」
「終わりに近づくにつれて教室は混沌に包まれるんだよ。徐々に卒業していく生徒が多くなり、取り残された人たちが焦り、今では考えられない行動を取る」
「おかしくなるってこと?」
「経験ではね。だから私たちがやるべきことは生き残ること」
「まって、教室にいる人が私たちを殺そうとしてくるの?」
八年も生徒たちを殺していれば様々な事が起こる。更生学校側も楓の殺害を利用して犯罪者の更生に繋げている。その道程で精神異常を起こした生徒もいた。
「可能性は零じゃない。追い詰められた人間が常軌を逸した行動に出るっていうのは経験したこともあるの。過去には残った生徒一人が半狂乱で私を殺そうとしてきたこともある」
「大丈夫だったの」
「その子にも殺害依頼が来てたからね。私にしては珍しく物理的にちゃんと殺したよ。人間の匂いって油があるから上手く取れないからあの時みたいな殺しはしたくないなあ」
直接的な表現はしなかったが、聞き馴染みのない言葉の意味を想像して気分を悪くする赤松。楓が人を殺した事実よりも、最後に残った血の海の方が赤松にとってはキツかった。
「あの時は一対一だったから相手も焦ってたのかも。今なら私と赤松さんがいるから大丈夫な可能性もあるね」
「急に不安になってきた」
「安心して。私が赤松さんをちゃんと守ってあげるから。そのかわりに私が死なないようにちゃんとサポートしてよ、相棒」
赤松の膝枕で入眠するつもりなのか、無防備に目を閉じて言葉を発さなくなる楓。
この場で精神的に一人になってしまえば、伝えられた内容を思い出してしまうことが怖くなった赤松は、楓を寝かさないように頬を軽く叩く。態とらしく「むにゃむにゃ」という楓に対して、前々から考えていた提案をすることにした。
「柚子でいい」
楓は目を勢いよく開け、膝枕から起き上がって赤松に詰め寄る。
ふかふかのベッドを背にしていたため頭をぶつける事は無かったが、勢いよく肩を掴まれ赤松は体勢を後ろに崩した。
「名前呼びしていいってこと?それなら私も楓でいいよ。名字呼びっていうのも距離がある感じしてたんだよね」
早口で告げてくる相手を見て時期尚早かと思う赤松だったが相棒として共に生き残るためなら親睦を深めるのは早いほうが良い。
「それじゃ楓、一緒に生き残ろう」
「おっけー柚子ちゃん。お姉さんに任せなさい」
傍らに杠葉弦の殺害依頼が置かれている部屋で二人は友情を深めている。
一ヶ月に渡り、楓によって行われた過去の殺しや死体の状況を聞かされていた赤松は、既に正常な判断が出来なくなっていることに本人は気がついていない。楓に気圧されないように正常なつもりでいるが、殺害依頼を受けているにも関わらず二人だけの会話を繰り広げる異質さに違和感を覚えていないのだ。
赤松が協力すると伝えた時、楓の心は大いに昂ぶっていた。
――赤松さんは私のやることを理解してくれている。
互いに依存し合う状況に第三者が関わる事はない。第三者はみな死んでいくから、彼女たちは異常な共依存に気付くことはないだろう。




