その教室には十二人の犯罪者がいる(4)
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艶葉が居なくなっただけで何も変わらない。はじめの数日は違和感を覚えるものもいたが、一ヶ月も経つ頃には空席となった場所もいつもの光景として脳が処理していた。
一ヶ月の間に起こった変化といえば楓と赤松の仲が深まったことだろう。学校内で話す事は殆どないが、メッセージを送れば返ってくる。互いにまともな友達付き合いというものが分からないため、手探りではあったが、険悪な仲にはなっていない。
いつも通りの日常を壊すのは楓に送られてくる焔村からのメッセージ。『放課後に更生員室へ来い』と端的な文章によって平穏が終わりを告げる。
「次の依頼が来た」
授業が全て終わり、楓は更生員室にいる。二階の廊下を移動するときは歩いていたが、更生員室に近づくにつれて気分が高揚し、鼻歌交じりにスキップをしていた。
焔村からの呼び出しは大半が人殺しの依頼。一ヶ月も大人しく普通の女の子をやっていた楓は、殺しをできない少しずつストレスが溜まっていた。
「やったあ」
「喜ぶな」
依頼が来たことでストレス発散が出来ると楓は拳を握って喜ぶ。更生員として楓を注意する焔村だったが、その言葉が意味の無いものだと理解している。
何度も繰り返されているやり取りだが、焔村は自分心を律するためにも言わなければならない。犯罪者の巣窟にいることで、世の中に置いて正しい事が何かを忘れてはいけないのだ。精神を強く持たねば更生員は務まらない。
「そろそろかなって思ってました」
「八年もやっていれば何となく分かるものなのか?」
「あくまで予想ですけどね。いつも一つ目の依頼が来てから少しの間が空くんですよ。そこからは立て続けに来ることが多い」
「そういえばそうだったな」
「ベテランお局さんになっちゃいますよ」
「安心しろ。殺人を任せるような新人はいない」
「ずっと新人殺人犯を名乗れますね」
更生学校が殺人の依頼を精査しているため、ある程度の精査が終わった段階で楓に依頼が行く。艶葉の依頼が来た時点で、他の依頼も精査し始めている事が楓には分かっていた。
一つ目の依頼を皮切りに、他の生徒の殺人依頼が来る経験も八年目になっている。
赤松は例外だが、基本的に更生学校側が手に負えないと判断した生徒が楓のクラスに集まるため、殆どの生徒が誰かしらの恨みを買って殺害を依頼されている。その全てをクラス編成の時期までに達成しなければならないが、更生学校側は急ぎつつも慎重に判断を行っているのだ。
「アイツは呼ばなくていいのか?」
「アイツ?」
焔村の指すアイツに思い当たる対象がいなかった楓は小首を傾げて聞き返す。
「赤松だよ。協力者になったんだろ?更生学校側も紅葉が許すのであれば許可と甘い判断をしていたが」
「なんか学校ではあまり絡まないように言われてるんですよ。メッセージは返してくれてるので問題ないんですけど」
協力者だと知られたら動きに支障が出るため、赤松は校内ではほとんど接触してこない。楓は赤松の照れ隠しだと思っているが、その真意は分かっていなかった。
少なくとも楓とは違って殺人に肯定的でない赤松を、依頼を受ける段階で関わらせると話が円滑に進まないと思いこの場に呼ぶことはしなかった。
「紅葉、お前嫌われてるのか?」
「失礼な。赤松さんとは大の仲良しですよ。冗談言ったら可愛い反応してくれますし」
「お前の冗談は冗談に聞こえないからやめろと何度も言っているだろ」
「偶にですよ。普段はクールビューティーって感じな赤松さんだけど怖がってるところは可愛いですよお」
夜になれば定期的に互いの部屋に行くこともある。意外なことに赤松の部屋は紅葉の隣だった。
赤松が楓の部屋を訪れた際には自分の部屋とは違って豪華な作りに呆然としていた。楓自身は特に何とも思っていないが、二年以上更生学校の部屋に住んでいる赤松からしてみれば、弾力のあるベッドも娯楽品も久々に味わうもの。
何をするでもなく、親睦を深めるために互いの話をしていたのだが、楓が話すことと言えば専ら殺人に関してのこと。今まで殺した生徒の事や殺し方などを語る。話を聞いていた赤松が気分を悪くして部屋に戻るという一連の流れが出来ていた。
その際に使った凶器などを赤松に向けたり、いきなり後ろから驚かしたりすると驚いて声を上げ、腰を抜かすこともある。
「赤松からすれば親殺しをした自分を凶悪犯罪者だと思ってたところに、本物の親殺しが現れて殺人大好きときた。目の前に異常者がいれば怯えもする」
「赤松さんも自認親殺しですし、同じ異常者だと思うんですよ。殺してもいない親を自分が殺したと思い込む。正常とは思えません」
「それが友人に言う事か?」
「友人?いいえ、赤松さんは私の相棒になりましたので」
赤松と楓は相棒。友達以上恋人未満。共犯者の相棒。
これから共に罪を被り合う仲間。
「それで呼び出した依頼は何ですか?」
「今回はいつもと違う。そのことは留意してくれ」
「依頼なら熟しますけどね」
「これだ」
焔村は一枚の紙を楓に手渡す。いつも通り処分をしやすいようにアナログな方法だ。
渡された紙を読もうと、一番上に大きく書かれている題の部分に目を向ける。
『罪人:杠葉弦』
と、その紙には記されていた。
「わお。弦ちゃんに対しての依頼じゃん」
「いけるか?」
焔村は教室内で楓と杠葉が仲睦まじく話しているのを何度も見ていた。赤松に対して友好的に接することのできる楓が、クラス内で仲良くなった相手に危害を加えられるのか、焔村は希望を持っていた。
――仲良くなった相手だし、厳しいかも知れません。
そんな返答が楓から返ってくれば、赤松との関わりを許可した意味も出るというもの。
過去の生徒には楓と極端に仲良くなる生徒は少なく、生徒それぞれが卒業に向けて頑張っているクラスが多かった。時代が進むことで犯罪者たちも本当の学校のように過ごすようになり、更生学校が掲げている『人との関わりによって更生を促す』という目標を達成できる生徒が増えていたのだ。
ただ楓のクラスにいる生徒は全員が死までのカウントダウンが始まっている。始めの二年ほどは楓も、生徒と友人になったりしていたのだが、生徒の殺しを達成することで、次の年からは必要以上にクラスメイトと関わることはなくなった。関わろうとしない楓にちょっかいを出す生徒はおらず、淡々と殺しを行う殺人鬼となっていた。
今年の楓はいつも通り壁を持って生徒と接していても、その壁を感じさせずに絡む杠葉と、八年目で初めての相棒に選ばれた赤松がいる。焔村は楓に心境の変化があることを期待していた。更生学校が楓を殺人鬼としてしか見ていなくとも、焔村は楓を一人の人間として見ていた。
「問題なっしんぐ。何の問題もありませんよ」
楓から返ってきた答えはいつも通り。
少しの躊躇いも、後悔もない。依頼をされたら殺すだけ。まるで母親に買い物を頼まれた子供のように無邪気な笑顔で依頼を受領した。
「ん?」
「どうした?何か気になる点でもあったか?」
渡された資料を読み込む楓。紙を横向きにしたり、逆さまにしたりと意味の無い行動を繰り返していた。楓の悪ふざけに付き合う義理もない焔村は小さくため息を吐く。
「今回の依頼は殺しじゃない?外へ出た時に罪を犯さないようにしてほしいって書いてあるんですけど」
渡された書類は杠葉弦に対しての依頼であることは間違いなかったのだが、殺害をするとは一言も書いていなかった。外へ出た時に犯罪をしないように、という大雑把な内容のものであり、普段とは違う内容に楓も疑問を覚えたのだ。
「依頼人は殺してほしいと依頼を出してきたが、更生学校側としては殺人を承認することはできなかった」
「何故です?」
「被害者に死者がいない」
「だから殺さないように痛めつける感じなんですね」
「痛めつけるというよりも、ここから出たときに脅迫や淫行が出来ないように懲らしめる程度だぞ」
更生学校側が依頼してくる内容にしては随分と軽い処罰だと楓は思うも、その裏に隠されている内容を思案して微笑む。
「表向きは、ですよね。私に依頼が来ているんですから」
懲らしめる程度の依頼なら楓のもとには来ていない。楓のもとに来る依頼はいつだって殺人をすることだけだ。
「俺からは何も言えない」
「それは言ってるようなものですよお」
「紅葉、お前に依頼が渡った。それが答えだ」
更生学校としては犯罪を行えないようにすることだけが依頼内容。その解釈は楓に委ねられていた。
「それじゃ今回は私が殺すのはやめておこうかな」
「なに?嬉々としてやると思っていたのだが……」
常に殺人を嬉々として行っていた楓の返答としては意外なもの。
「人殺しが目的じゃなくて苦しんでいる姿を見るのが私の楽しみなんで。その延長線上で死んでしまうだけで」
「今回は赤松にやらせるということか?」
「私をなんだと思ってるんですか。赤松さんにそんな事をさせませんよ。約束しましたしね」
「紅葉が約束を守るとは信用できんな」
「焔村先生、それは酷いです。泣いちゃいますよ?第一に赤松さんは私のことを多分信用してません。でも信頼してくれています」
目元に手を当てて嘘泣きをするが焔村からの視線は冷めたものだった。
「何が違うんだ」
「信用は心持ち。相手が何かをしてくれるだろうという希望です。客観的事実に基づいた評価とも言えますね。それに対して信頼は個人の主観で発生するもの。私も赤松さんもお互いしか信頼できる存在はいない。いい信頼関係が築けていますよ」
楓にとって赤松は更生学校で唯一心を許せるかも知れない相手。楓が心を開けば、人情深い赤松は楓を切り捨てることはできない。商店街の人たちに対して、今も慚愧に堪えない赤松は楓に対しても情を向けている。
自分のことを特別と言って懐いてくる楓の存在を赤松は信頼していた。しかし、殺しに関しては楓の言うことを信用していない。赤松を殺さない事だけは信じるしか無いのだが、夜な夜な話を聞く限りでは信用し切ることはできなかった。犯罪に関わらない部分を信頼しているに過ぎないのだ。
「――裏切るような真似はするなよ」
犯罪者の人間性を感じる関係に、焔村は釘を差す。楓が赤松を裏切るような事があれば、人間としておしまいだと焔村は分かっていた。
「裏切ったら殺されちゃいます」
「赤松はそんなことしないだろ」
「私自身にですよ」
赤松には、裏切ったら殺すと伝えている楓だったが、自分自身にも言い聞かせている言葉だった。向けてくれてるであろう信頼に対する裏切り行為は楓が殺し以外で大切にしている仁義に反する行い。
仁義を通そうと思った相手に対しての裏切りこそ死をもって償うべきと考えていた。
「殺人鬼とは言え仁義は通さないといけません。それをなくしてしまったらただの鬼、人ではなくなってしまうんですよ」
「……紅葉が外の世界に出られることはないと俺は思っている。学生として欺けなくなったら更生員として、今と同じような業務を任されるだろう」
「私もそんな気がしています。だからこそ、周りの人間に私が殺されることのないように、他人を慮る気持ちは忘れちゃいけないと思うんです。私が楽しみたいのは殺してもいい相手を殺す時だけ。他の時はなるべく普通の人で居たい。それは間違ってますか?」
普通の人でいたいという願いを聞き、焔村は渋い顔をする。すでに犯罪者を多量に手に掛けている紅葉は普通の人でいることはできない。更生学校から基本的に出ることが許されず、世間の人が一生で経験する普通を体験することもできない。
楓が得ようとしているものは、自分が手に入れられる最低限の普通であり、焔村の想像する普通よりも低次元のものだった。
人を殺さない時が普通という楓の考えは、他でもない更生学校が植え付けた異常なものである。年齢を重ねたことで、人を殺したい自分と普通でいたい自分の二つが融合して今の紅葉楓という存在が出来上がっていた。
更生学校で楓は大人になっていたのだ。
「間違っていない。そうであってほしいと俺も思う」
「殺人は楽しいですけど、今は赤松さんと付き合うのも同じくらい楽しいんですよ――私が更生員になる時は赤松さんも一緒にしてくださいね」
焔村は思う。
――もしかしたら紅葉は無意識の内に赤松の事を気にしているのかも知れないな。
二人を引き離すことは紅葉の精神状態にかかわるかもしれない。焔村からは、楓が相棒という名を借りて赤松に依存しかけているようにも見えていた。
「随分と気に入ってるんだな」
「はい。私と同じ親殺しですから」
親殺しという禁忌を犯した者同士が傷を舐め合い共存している。
その歪さが、赤松と楓を繋げていた。
焔村の予想は正しく、この時には既に楓の興味は赤松に向いていたのだ。元々殺しにしか興味のなかった楓が人間に興味を示したらどうなるのか。
巻き込まれている赤松も、本人である楓も、抱えている感情の大きさは分からなかった。




