その教室には十二人の犯罪者がいる(2)
生徒指導室を後にした楓は、教室に向かう道すがら焔村へとメッセージを送った。ホームルーム直前というのに返信はすぐに返って来て、放課後に更生員室へと顔を出すように指示された。
逸る気持ちを抑えながら教室へ戻ると、楓と赤松以外の生徒は殆ど着席していた。
「おかえり、楓」
「ただいま弦ちゃん」
「どうだった?悪い子じゃ無かったでしょ?」
「うん、壁ドンされちゃった」
「え、マジ?なにそれ詳しく教えて」
色恋の話だと勘違いした杠葉は椅子から身を乗り出して楓に話を聞こうとする。それを「五月蝿い」と制した柊と一悶着あってから普段通りの日常が始まった。
2
「話というのは何だ?」
「呼び出しておいていきなりですね」
「呼び出させたのはお前だろ。仕事もあるし、お前の要望はなるべく聞くようにと言われている。手短に話せ」
放課後になり楓が更生員室へ行くと、いつも通り更生員室には誰もおらず、焔村の姿しかない。その理由を聞いても回答を得られない。他の更生員とは顔を合わせることはあっても会話をすることはなく、恐れられる理由が依然として分からない楓。
焔村も時間がないのか、机の上には裏返しになった書類が小さく山となっていた。今日に限って言えば時間を取ってもらっているのは楓の方であり、焔村の指示に従って手短に用件を伝える。
「赤松柚子について情報を教えてください。犯罪歴や人となりを知りたいですね」
知りたい情報は、朝に絡んできた生徒のこと。
「何のためだ?赤松には殺しの依頼は来ていないぞ」
「私って八年も更生学校にいるじゃないですか。それなのに友達の一人もできないんです。不思議とみんな居なくなってて」
八年通っていても、同級生の殆どは殺し、生きていた生徒も卒業をした。クラスメイトは居ても、友達と呼べる存在が楓には一人も居ない。
楽しみを共有できる人と、秘密を伝えられる友達は大きく違うのだ。
「赤松を友人にしようとしているのか?」
「友人というよりも協力者ですかね。そろそろ一人で依頼を熟すことに飽きてきたんですよ。労力も多いし」
「それ相応の見返りは受けているだろう」
「精神の話です。一人でやるとメンタルに来るんですよ。面倒だなあって」
楓は手近にあった更生員が座っていた椅子を持ってきて焔村の前に座る。男性用の椅子は楓にとって少し高いためよじ登るように座った。靴のまま椅子に上った楓の行動に、焔村もいちいち注意をすることはない。
「赤松さんに昨日部屋から出るところを見られていて、何してたんだって問い詰められたんです。その時に赤松さんの口から自分のやった罪を伝えられて」
「親殺し、か」
「運命でしょう?私と同じ親殺し。そして天涯孤独。協力者として申し分な――」
「赤松をお前と一緒にするな」
普段は平坦に喋る焔村が一瞬だけ大きな声を上げる。怒鳴り散らかすものではなく、悲哀の感情が籠もった声。赤松の罪について知っている焔村は楓と同じ扱いをされた赤松に対して同情し、感情的になっていた。
焔村はすぐに深呼吸をして、平静を取り戻す。楓は焔村の急な変化に驚きはしたものの、反応から何かがあると察して問い詰めていく。
「どうしたんです?大きな声を出して。うっかり殺しちゃいそうになりました」
「すまない。――その冗談は紅葉が言うと洒落にならないからやめてくれ」
「焔村先生が一人の生徒に肩入れするとも思えないんですけど。何か理由があるってことで良いんですよね」
「紅葉の要望は聞き入れるようにという命令が、今ほど忌まわしく思ったことはない」
「恨むなら上を恨んでください」
紅葉の特別扱いは更生学校全体が絡んでいる。謂わば闇の部分を担当してもらっている楓の要望を聞くことで、反逆行為に及ばれる可能性をなるべく低くしたいのだ。
更生学校からの指示に対して焔村が独断で逆らうことはできない。心情に削ぐわないことでも楓の言うことは聞かなければいけないのだ。
「――本当に赤松を巻き込むつもりか?」
「どんな理由であろうとも、私と赤松さんは同じ穴の狢。他の犯罪者では繋がることのできない罪の共有ができます。勿論依頼を熟すのは主に私がやりますよ。人を殺す役目を渡したくは有りませんし」
「一応赤松の情報は後で送っておく。その件は流石に俺だけでは対処しきれん。赤松を協力者に出来るかどうかを上に確認をする」
「はーい」
椅子のバネをうまく使って飛び降りて床に着地する楓。雑に元の位置へと椅子を戻して更生員室を去っていく。
椅子の持ち主に、楓が使っていたことを伝えれば微妙な表情を浮かべることを悟った焔村は丁寧に椅子を片付け始めた。
3
授業が全て終わる頃には焔村から『上の許可が下りた』と連絡が来ており、送られてきた赤松の情報を読み込んだ楓は即日行動に移していた。
自習の時間が終わり次第、杠葉の言葉も聞かずに赤松の席へと向かって行く。人付き合いのない赤松と小動物のような楓の組み合わせはこれまで一度もなく、クラス中の興味を一身に受けていた。
「今度はこっちら呼び出すよ赤松さん。面貸せーい」
「何そのキャラ。冷静になっても紅葉はおかしい。ってかメッセージ送ってよ。交換したんだから」
机の前に立ち仁王立ちをして堂々と宣言をする楓。赤松は大きなため息を吐きながら小声で呟く。そのまま席を立ち、楓の横を通り過ぎて教室から出ていった。
楓も後を追ってついていくが、赤松の歩幅と楓の歩幅の違いがあり、少し早足で移動する。授業が終わったばかりの廊下には人影ひとつ見えず、朝とは違う雰囲気。
一日で二度目となる生徒指導室へ二人は入っていく。監視カメラのセンサーライトが朝から起動しているが、焔村からは小言を貰っていない。使うことを暗黙の了解として許可されている。
「焔村先生から赤松さんに話すことの許可を取れたから全部話してあげる」
「怖いんだけど」
「そんなに怖がらなくてもいいよ。ほら座って座って」
壁に立てかけられているパイプ椅子を二脚持ち、赤松に手渡す楓。椅子に座るということは簡単な話では済まされないことを意味しており、すでに赤松は関わってしまったことを諦めていた。
楓が何をしようとしているのか一切わからない。興味本位でブラックボックスを覗き、深淵に飲み込まれるように深みに嵌っていく。
「改めて自己紹介しようかな」
「朝したでしょ?」
「これからの話に大切な事だからさ」
向かい合うように座る二人。深く腰掛ければつま先が床にギリギリ付く楓と、足が長いため綺麗に椅子に座る赤松。
座ったまま、映画で見た優雅なお辞儀をしながら本当の自己紹介を赤松に伝える。
「改めまして。私の名前は紅葉楓。連続殺人犯」
「連続殺人犯?」
「沢山人を殺してる犯罪者ってことだね」
「それはわかる」
「最初の殺しは赤松さんと同じで親を殺してるよ。殺されそうになったから包丁を奪い返して滅多刺しにしてね。その点では赤松さんと違うかな?赤松さんは見殺しだもんね」
「ねえ。何で私の――そんなこと知ってんの。いや違う、そうじゃない。それよりも紅葉の犯罪歴どういうこと」
想像の遥か上を行くカミングアウトに赤松の思考はシャットダウンし、再起動するまでに時間を要した。
連続殺人犯と伝えられた赤松はその言葉が嘘だとは微塵も思えなかった。雰囲気や言葉の重みから妙な現実感を感じたのだ。相対している小さな存在が、途端に凶悪なものへと変貌していた。
動揺する赤松の脳裏に――なぜ自分の犯罪歴を知っているのか。些細な疑問が浮かぶ。しかし、それよりも気になった事は楓の語った犯罪。
「え?だから親殺しで捕まってここに入ってるんだけど」
「最初の殺しが親ってことは理解した。でもその後捕まって更生学校に入れられてるなら連続殺人犯にはならないでしょ。どういうこと?」
初犯が親殺し。その後に捕まっているなら連続殺人犯という犯罪歴はおかしいと、更生学校で楓がやっていることを知らない赤松は考えて問い詰める。
その答えこそが赤松を呼び出した理由であり、知ったら後戻りをすることが出来ない枷となる事を知る由もない。
「んー。分かりやすく言うと卒業かな」
「卒業?生徒たちが成績優秀でここを出られるって意味の?」
「あってるよ。ちゃんと反省と更生をしたら学校から出られる。それじゃ質問。艶葉くんは自分の犯した罪に対して反省や更生をしていたかな?クラスにいれば艶葉くんの話くらいは耳に入ってるでしょ?」
「授業態度とかの成績は良かったけど強姦の罪に対して反省はしていなかった、と私は思う。主観的だけど」
「でも艶葉くんは卒業した」
「それがおかしいから紅葉が関わってるって私は思ってる」
「正解なんだよね。私が艶葉くんを卒業させてあげました」
「はあ。紅葉にそんな権限があるの?」
その言葉こそ楓のもつ答えだと赤松は確信してしまったのだ。楓には他人を卒業させる権限を持っていて、更生員の目がない時にクラスの中を監視する番人だと。
ある程度の仮定を立てていた赤松は自らの想像が大きく違っていなかった事に安堵してため息をついた。
「忘れないでよ赤松さん。私は連続殺人犯。艶葉くんが卒業したのは学校じゃなくて――この世界からだよ」
赤松の吐き出した息はその場に留まる。楓の言葉とともに赤松の時間は止まり、無意識に呼吸を忘れてしまっていた。
この世界からの卒業。楓の戯言じみた言い回しを理解する内に世界は動き出し、息を吸うことを思い出した。
「紅葉……アンタ、艶場を殺したの?」
「待って待って。快楽殺人をしたわけじゃないよ」
赤松は震えながら楓に立ち向かうが、顔色は青く、パイプ椅子も震えが伝達しカタカタと音を鳴らしている。
「更生も反省もしていない生徒を外に出すわけには行かないでしょ?この学校にいる犯罪者で特に反省していない人が私のいるクラスに集まるの。そういう人たちって誰かから恨まれてるんだよね」
「私も誰かに恨まれてる……?」
「いや、赤松さんは違うみたい。余ったからこのクラスに入ってるだけだよ。それは置いておいて、恨みっていうのは殺意に変わり、殺害依頼として更生学校に届くんだよ」
指を立てて教えを説く学者のように楓は説明をしていく。床に付ききらない足をゆらゆらと動かしながら話す様子からは想像できない程の血腥い話をしている。
殺された艶葉の事実を知らず、卒業したと思い込んで過ごした数週間を思い出し、恐怖に襲われる赤松を他所に楓は説明を続けていく。
「更生学校側が対象を更生していない、再犯の可能性ありと重く判断した場合、依頼を受けて私が殺すことになってるの。艶葉くんの場合は強姦した女の子が自殺しちゃって、その親から苦しんで殺してほしいっていう依頼が来たからやっただけ。詳細知りたい?」
「し、知りたくない」
「あ、そう。そんな感じで私のクラスからは私以外卒業する事が多いんだ」
「去年も、一昨年もみんな殺したの?」
「みんな殺したよ。誰かの恨みを買って依頼が来たからね」
淡々と笑顔で語る楓。更生学校の裏の面を知ってしまった高松はもう逃げることが許されないと無意識に脳へと刻まれる。誰かに事実を言ったところで信じてもらえず、情報漏洩として殺される可能性も考えてしまったのだ。
語られた情報から推測できるすべての恐怖は、自分の親を殺してしまった時にも感じることのできなかった程に濃厚。
「紅葉は、人を殺すことを何とも思ってないの?」
絞り出した言葉は何の意味も持たない。
「思ってるよ。思うところがないわけないじゃん」
「それならちゃんと焔村に言おう」
楓にも人の心があったと、自分と同じように嫌なものがあると。赤松は立ち上がって楓の近くに寄る。膝を曲げて楓に目線を合わせると、優しく肩に手を添えて、楓に少しだけ残っている良心に語りかけようとした。
「え?あ、勘違いさせちゃったね。思うところっていうのは楽しさだね。私、人が苦しんで死に逝く様をみるのが堪らなく楽しいんだ。一般人を殺しちゃいけない倫理観はちゃんと持ってるから安心して」
殺しに対する良心など楓には最初から存在していなかった。
「依頼を受けた相手だけを殺す。そういうルールになってるから」
合わせられた目をそらさず、楓は顔を近づける。肌と肌が触れ合うギリギリの距離まで近づいた時、楓の眼球には怯えきった赤松の顔が映っていた。
「何で私にそれを話したの。もしかして私のことも殺すつもり?」
「どう足掻いても赤松さんに殺しの依頼は来ないよ」
「どうして。私は親も殺してるし、盗みもしている。恨まれてもおかしくない」
「その程度で人は殺意を向けない」
赤松が起こした犯罪は親殺しと窃盗。
罪としては大きいが、その背景を知った時、彼女を恨むものは少なかった。
3
子供時代の赤松は小さな街で育った。商店街のおじさんやおばさんとも仲良くなり、親に頼まれて買い物に来ることもあり、皆から親しまれる子供であった。肉屋にいけばコロッケをサービスしてもらい、魚屋にいけばおまけとして一尾多くもらうなど、赤松は大人に好かれていた。
中学になり赤松が部屋で寝ていると、家の中が妙に煙たく、違和感から飛び起きて部屋を飛び出す。急いで両親の部屋を叩いて知らせるも返答はなく、すでに外へ逃げ出したと判断した赤松は外に出て消防へと通報した。
その後消防が駆けつけ、煙の元を探ると固く閉ざされた両親の部屋。力付くで消防隊が開けると、扉と窓には養生テープで空気が入りこまないようになっており、部屋の中心では赤松の両親が倒れていた。
両親は赤松を残して心中を起こし、自殺を図っていたのだ。結果として赤松の両親は死亡し、親戚もいない赤松は両親の残した貯金を使い、一人で暮らすことになる。両親の部屋の前を通る度に、何故両親が死んだのかを考えて、行き着いた先が赤松自身の存在だった。一緒に死ぬことを選んでくれなかった両親に愛されていないと思ってしまった赤松は、自分が両親を殺したと思い込んでしまう。自分が両親を見殺しにしたと。
赤松が生きていくためにはお金を使うわけにはいかず、商店街の店に行っては通常よりも少なめに商品を買い、店主が背を向けている間に商品を盗んだりしていた。その事がバレて警察に捕まり、反省無しとして更生学校に送り込まれた。
「世話になった商店街の人から盗んでたんだ。恨まれてないわけがない」
「警察が商店街の人に取り調べしたらみんな知ってたみたいだよ」
「なにを?」
「赤松さんが盗んでいたこと。流石にお客さんに通報されたら、問題にするしかないからね。店主たちは盗まれていたのを気付いていたけど気がついていないふりをしてたんだって。『ちゃんとおまけとしてあげてればよかった』って言ってたらしいよ」




