第3話:【英霊-武蔵坊弁慶】
「ふむ、無能力か。見込みのあるおなごかと思ったが残念だ」
武士がゆっくりとなれた手つきで刀に手をかける。
金属同士が擦れ合うような音がする。
あの日聞いた「あの音」と同じであった。
その瞬間慶の視界はスローモーションになった。
飛び出す弦、泣き叫ぶ静香の友人。
失望感漂う他のクラスメイト。
無表情で躊躇いのない武士。
周囲のものが視界から次第に消えていく。全ての音が消え、ただ静香しか見えなくなった。
震える手、潤んだ目。彼女はこちらを向き、小声で何かを伝えようとしていた。震える唇が、ほんの少しだけ持ち上がった。泣きそうになりながらも微笑んでいた。
静香が、死ぬ。
俺には何もできない。
また見ているだけか。また死なせるのか。
また大切な人が消える。
また一人になる。
嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ。
その瞬間ふと何故かあの言葉が頭にチラついた。
『主よ、何を望む』
心の奥の方。ずっとずっと奥の方から、ゆっくりとひとつの想いが浮かび上がってきた。
あの日からずっと望んでいることが慶にはあった。
「俺は、大事なものを護りたい」
『よかろう、その望み。この武蔵坊弁慶が叶える』
次の瞬間、慶の胸から黒金の光が破裂するように溢れた。
それと同時に、何かが自分の心と混ざった感じがした。
『それでは主、あとは思うままに』
それは一瞬の出来事だった。
「【七道具:刺股】」
まるでいつもやっているかのように、自然と体が動いた。口元で言葉を呟いた瞬間自分の手に2mを超える槍のような巨大な三又の棒が出現した。
しかし、持っててもまるで重さを感じない。
慶は足に力を入れ、スッと踏み込む。踏み込みの大きな音を立てながら間合いを詰めた。
そして、静香に迫っていた刀目掛けて刺股を振り上げる。刃がぶつかる甲高い音が響く。刀は男の手から宙に舞い、付近に落ちた。
すぐに静香の側へ寄り、静香を抱き寄せる。静香は必死に目を瞑り、まだ気づいていないようであった。
その表情は青白く、駆けつけてよかった、心の底からそう思った。
「ハア、ハア、静香…怪我ないよな…?」
「…う、うん。ケイ、ごめん」
「無事でよかった」
慶は静香の安全を確認すると、すぐに再び相手に向き直る。
男の表情は驚きに包まれていた。しかし、すぐに心を整えて、今度は脇差のような短刀を抜き、構える。
慶は再び短刀めがけて刺股を大きく振るが、男は今度は対応して、流される。
男が間合いを詰めようとジリジリと距離を近づける。慶はそれに対して刺股の三叉で短刀を絡め取ろうとするが、相手はそれを意にも介さない。
慶は再び大振りで刺股を振り下ろす。
「同じ手は喰らわぬ…グッ!?」
大きく振り回したその勢いのまま、刺股の柄で男の鳩尾に石突を喰らわせる。
鈍い音に少し遅れて男の苦しそうな声が漏れる。
黒い光のようなものが刺股からでてきて、輪っかに変化して男とその周りにいた武士を拘束した。
(体が勝手に動く…この能力を全て分かっているかのようだ…)
慶は周りを警戒しつつ、先ほどの自分の動きについて分析する。あの動きは全てやろうと意図したわけではなかった。文字通り体が動いたのだ。
男は苦しさと共に呆気に取られたような顔をしており、まだ現実が把握できていないようだった。他の者たちも同様のようで、クラスメイト、貴族たち、全員が似た表情をしていた。
そんな中で1人だけ、焦りとも悔しさとも見て取れる感情を秘めた人物がいた。
「これが……これが英霊の力ってやつなのか?やっぱりケイはすごいね」
弦は静香ではなく、慶の「動き」そのものを見ていた。
焦りに似た熱が胸にこみ上げる。
ただ――
(僕はまた、後ろから見てるだけなのか?)
戦ってきたのに。鍛えてきたのに。
能力が発現したとはいえ殻を破ったのは、慶だった。
そのことが、弦の男としてのプライドを刺激した。
握った拳は自然と熱くなる。
剣道や弓道の鍛錬によって鍛えられた、大きな手。見た目とは裏腹にゴツゴツとしている。自分にもあのような力が籠っている、そう考えるとドキドキし、拳を握りしめる。
「ケイ。。。。」
静香が慶にゆっくりと寄りかかってくる。慶はそれを優しく受け止める。体は冷たく、手も膝もまだ震えていた。こんな小さな体からあそこまでの勇気が出るのは本当にすごい。無事でよかった、と少し安堵をする。
「ごめん、力がまともに入らなくて。。。」
「気にするな」
「ごめん……いや、ありがとう。本当にありがとう。。。」
まだ体が震えていて、あの状況に怯えているようだった。慶は刺股を持っていない方の手でゆっくりと背中を撫でる。小さい頃こうされるとよく寝ていたのを知っているからだ。
『主よ、望みは果たせたか?』
脳内に弁慶の声が響く。「果たせた」という言葉が口から出かけたが、まだ厳密には果たせていないことに慶は気づいた。
たとえ、この場は静香を救えたとしても、その後にも辛い思いをさせてしまうのは、また違うのだ。その場だけでなく予防をしなくては行けない。
『なるほどな、それではもっと都合の良いものに変えておこう』
まるで思考を読んでかのような弁慶の声が聞こえる。すると、再び口が勝手に動き出す。
「『岩融』」
刺股が消え、右手には二倍くらい太い、巨大な薙刀が出現した。刃渡は2mほどもあり、リンリンと不思議な音を立てていた。少し褪せた黒色をしており、歴戦の雰囲気を漂わせていた。床板がわずかに軋んだ音がする。
『刺股は有用じゃが威嚇にはならんからな。あの刃渡の刃物を見ればどんな物も小便を漏らすであろう!ガハハ!…ガッハッハ!』
(ちょっ…声量どうなってるんだ)
弁慶の声が頭に鳴り響く。心持ち、どんどん声が大きくなっており、うるさい。テンション感も少し違うのでかなり複雑な心境になる。
『おお、失敬失敬』
(まったく……あれ?)
そこで慶は違和感に気づいた。慶の中で弁慶が出現してから、無我夢中になったからという可能性もあるが、刃を見れば手が震えていたあの日の記憶が、嘘みたいに遠かった。少なくともこの巨大な『岩融』への恐怖感は全くなく、まるで体の一部のように手に馴染んでいた。
『岩融』の出現に、驚きから警戒という張り詰めた空間に変わった。場がざわりと揺れた。怯える者、逃げ腰の者――反応は様々だった。
その中でも反応はやはり人それぞれで、こちらを興味深そうに見る者たちもいた。貴族の一部はまるで慶の目的を知っているかの如く、興味深そうに、こちらを観察していた。帝も同様で、近衛の隙間から射抜くように慶を見つめていた。
静香をこの瞬間守れても、この国のルールが変わらなければまた傷つく可能性がある。だから帝に直接言うしかなかった。
「シンチョウ帝陛下。どうやらこの国では能力の有無、大小で待遇を変えているみたいですが、俺たちは平等を望んでいます。みんな等しく、扱われる形にしていただいてもよろしいですか?」
慶は喉が張りつき、声が裏返りそうになるのを必死で押さえながら言う。少し言葉は震えたものの、『岩融』を持った効果は出たようで、貴族たちも少し怯えた表情をしていた。
「よかろう。皆も、異界人に対してはそのようにせよ。異界人を殺めるのは国力を損なうことと同義だ。逆に協力し合い、国力を高めるべきである。反した場合は余の言葉に反したと言うことだ。心せよ」
帝が少し間を置き、慶の言葉に対し肯定の旨の発言をする。それに合わせ貴族たちも服装や体勢を整えて綺麗に帝への敬意を表す。
これで同じようなことは起こらなそうであり、クラスメイトたちは皆胸を撫で下ろす。
慶の袖をそっと掴む静香の指が、まだ震えていた。
「……また、迷惑かけちゃったね」
その呟きに、慶は胸が痛んだ。
「迷惑なんかじゃない……いつも、助けられてるのは俺だ」
口にしてから、慶は少しだけ視線を伏せる。
こうしてよく静香は自分を卑下する。しかし、これまでも含めて助けられてきたのが多いのは慶の方だったのだ。
慶は静香に寄り添う。
そんな慶と静香を静かに、しかし強烈に見つめ続ける人影が一つあった。
「僕じゃなかったのか…やっぱりそうなんだ」
「本当に…?でも…」
「うん…うん…そっかそうだよね」
「うん、ごめん。ありがとう、秀吉。そうだよね」
静かに、邪悪な笑みを浮かべ、呟く。
「僕が全て手に入れる」
暗い紫色の光が強欲と共に脈打った。
色はどんどんと濁っていく。
まるでこれからの未来を示すようだった。
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