第10話 死線
出来れば日付変わる前に投稿したかった2話目!
魔人…そんなものが存在していたとは。
いや、正直なところ、古の時代の話なんて聞いたことないし、かつて魔人と呼ばれた者たちがどれほど強かったかはわからない。
が、目の前に立つあの男は、まずい。
たぶんあの黒い靄、魔力から発せられる圧が尋常じゃない。
…勝てるか?たぶん戦えはする。全力を出せば。
ここまでひりついた空気は久々、というか師匠と最後にやった本気の手合わせの時以来だ。
刀の柄を握る掌が汗で湿っているのがわかる。口の中も乾いている。
目線だけ隣に立つエリーに向けるが、たぶん彼女も似たり寄ったりな様子である。
「そんな警戒しないでよ。今日は君たちと戦うつもりなんてないんだからさ」
「…どういうことだ」
たぶんこういう話は経験豊富なエリーに任せたほうがよさそうだ。
こういう交渉事は、お恥ずかしながら門外漢な僕である。
「いやはやお恥ずかしい話、僕はまだ目覚めたばかりで、いわゆるお寝ぼけさんなのさ」
「…だからなんだ」
「こちとら寝起きのウォーミングアップがてら魔力制御の精度をチェックしてただけなんだ。そんな助教でいきなり君たちみたいな手練れと戦うのはさ、さすがの僕もちょっと大変だし」
「魔力制御…だと?」
「そそ。ぼくら魔人は、ご覧の通り闇の魔力をつかうことができるわけだが」
闇の魔力…魔法については以前、師匠に少し聞いたことがある。
魔法系の職業に就いたものは、それぞれ自身のもつ魔力適性に沿った属性魔法を使うことができる。
代表的なところでいえば、火・風・水・土 の4大属性というやつだ。
闇の属性…なんてもの、そもそも存在していることを知っている人なんていないんじゃないか。
それこそ魔人と戦ったことがある奴でもないと…
「闇の魔力は、君たちみたいに派手派手な攻撃をドッカンバッカンできない代わりに、迷宮を操ることができるのさ」
「迷宮を操る…だと?まさか貴様…!」
「お察しの通り、この迷宮をぶっ壊したのは僕の仕業ってことだねぇ」
これは予想通り。そもそもこのような状況でまともなやつが迷宮をうろついてるわけがないもんな。
まさかこんな大物が引っかかるとは思ってもみなかったけれど。
「それを聞いて、はいそうですか、となると思うのか」
「ならないだろうねぇ。だからさ、君たちにひとつ、出会いのしるしにプレゼントをあげようと思って!」
言葉を放つや否や、彼の足もとに渦巻いていた靄、もとい闇の魔力が急速に集まっていく。
その魔力がなにかを形作っていく。
「…あれは」
「オーク…?いや…」
魔力が固まり、その全貌が明らかになる。見た目はオーク。第2層でも相まみえた巨大な二足歩行の豚型怪物。しかし、以前見た奴と大きく違うのはその大きさ。
『ギルドで確認できているものであれば、大型の蛇型モンスター【キングコブラ】や、オークの上位種の【ジェネラルオーク】などだな。ほかにも何体かいるが、基本的に共通しているのは、その体躯の大きさだ』
ただでさえ巨大なオークの、さらに倍。
見上げるほど巨大な身長に、恰幅のある胴体。
「まさか…あれは…【オルクス】!?」
「お、おるくす…?なんだそれ」
「…オーク種の原種であり、頂点に立つと呼ばれている伝説上の怪物だ…等級は…Aをゆうに超えるといわれている。現在判明している迷宮で出現した情報はなく、資料上でしか存在が確認されていないはずだ」
「いやいやいやAランクを超えるって、そんなの…」
「…想定が甘かったなどというレベルの話ではない。もはや生きて帰ることすら難しくなった、といえるだろうな…」
自嘲するように笑うエリーの横顔には、その表情とは裏腹に冷たい汗が流れており、焦燥が見て取れる。
「いやぁ、喜んでくれたみたいでよかったよかった!じゃ、ぼくはこれで!」
「貴様!待て!」
「あぁそうだ。まだ名乗っていなかったな!僕の名前はメフィスト!もしまた会えたらまた会おう!会えたら、ね!」
そういうと魔人、メフィストはその身に魔力をまとわせる。
まさかこいつ、転移魔法が使えるのか!?
「…っ!逃がすか!」
_ 最刃流抜刀術 紫電いっ 「グモォォォォアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
抜刀術の姿勢に入っていた僕に向けて、急に動き出したオラクルの拳が襲い掛かる。
まずい、紫電一閃は、軸足に大きく力をためて放つ突撃技だ。ここから会費は間に合わない。
「技能 重装盾術!!!」
ガキィィィィィィィィン!!!
エリーの大盾が真っ赤に輝く。圧倒的な質量の攻撃のはずだが、エリーは全く押し込まれることなく防ぎきって見せた。
「エリー!助かった!」
「気にするな!…しかし」
今の一瞬の攻防のうちに、メフィストの姿はすでに消えていた。
やはりあれは、転移魔法の予兆だったか。
「魔人のことも気になるが、今は目の前のこいつに集中しなければ」
「わかってる。防御は任せる」
「受けたまわった」
相手はAランクを超えるかもしれない超強敵。生きて帰れるのかもわからない相手。
でも、隣の彼女となら、必ず勝てると信じている。
目を合わせてうなずきあう。言葉はもう必要ない。
さぁ、最終決戦だ。
「勝って、帰ろう!」
「おうとも!」
戦いの火ぶたが、切って落とされた。
「ゴバァァァァァァァァァァァ!!!」
「技能 重装盾術!」
「__ 最刃流 山茶花 __!!!」
連続で敵に刀を突きさす刺突術、オラクルの胴体に無数に突き刺さる。
「ぐもぉっ!!?」
エリーがオラクルの拳を防ぎ、できた隙に僕が切り込む。このダンジョンに入ってから幾度となくこなしてきた連携であれば、やはり対処できる。
「エリー!」
「任せろ!技能 突撃盾!」
目にも止まらない速さで、オラクルの足もとに突撃するエリー。
その物理的な突進力は、ダメージこそ与えられないものの、その巨体のバランスを大きく崩すことを可能にする。
行動阻害状態である。
「でぇぇぇぇぇい!!!」
__ 最刃流 三日月 上弦 __
上段の構えからあたかも三日月を描くように振り下ろす空中剣術。
「ゴバァッ!」
少し浅いか。
でも、確実に押しているのはこちらだ。
どうもさっきからこいつの圧力、A級には程遠いように感じる。
「…やはり、あのオラクル。本来の力を出すことはできていないようだ」
「みたいだね…たぶんあいつ、メフィストが寝起きだったってのと関係があるんだと思う」
「万全な状態で怪物を生成できなかったがゆえに、このオラクルは弱体化している…ということか」
エリーが言っていた、国を亡ぼすほどの力を持つ魔人。
あいつが本当にそんな力を十全に使えたのであれば、間違いなくこんな手間のかかることをせずとも、僕らのことなんて片手間で殺せたはずだ。
奴がしきりに強調していた『寝起き』って言葉。たぶんあれは文字通りに受け取ってよいんだと思う。
完全な状態でなかったから僕らの相手をするのを避けたし、出現させた怪物も不完全な状態で顕現させるしかなかった。となれば
「まったく…我々は運がいいのか悪いのか…」
「少なくとも、良くはないんじゃないかなぁ」
勝ちの目が出てきた。こいつがAランクの力を発揮できないのであれば。
いける。勝てる。これなら、このまま押し込めれば。
『勝ち筋が明確に浮かび上がっておるとき、その瞬間がもっとも敗北に近いと知れ』
師匠が口を酸っぱくして言っていた言葉である。
油断は、なかったはずである。慢心も、していなかったつもりだ。
僕もエリーも、間違いなく全力で、必死で戦ってた。
でも、いやだからこそ、失念していた。
目の前の存在が、いくらその力を満足に発揮できないからと言って
伝説上の怪物であるということを。
だからこそ、気づくことができなかった。
オラクルの異変に。




